2018年02月21日

昨日のこと

昨日の「一万人に蒔き終わって」の私の思いに対して、直接メールを下さる方や賛同してくださる方、理解されている方が結構おられて、驚くとともに、嬉しく思います。

昨日も不思議な縁で繋がった人と再会していました。例の「稀なる医師」小川先生です。小川先生在住の下関の病院に直接行き、院内で2時間ほど医療、宇宙人、歴史等々興味深い話を伺って、その後奥様が来られたので、種を差し上げました。おしどり夫婦とはこの人たちのことかと思うほど、羨ましいご夫婦でした。
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小川先生に出会った日のブログは以下です。小川先生のフェイスブックのアドレスも紹介しているので、ぜひご覧ください。医師とは思えない情報が満載で、私の方へも驚きのメールが次々に来ています。
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/456485048.html

ところで、小川先生との再会は容易ではありませんでした。「これから伺います」と小川先生にメール連絡した直後でした。ガソリンを満タンにした途端に、再び車が動かなくなりました。スタンドのおばさんたちに車を押してもらい、安全なところで待機していましたが、一、二時間しても動きません。スタンドの人も迷惑そうにしているし、小川さんを待たせているしで、とうとうレッカー車を呼びました。

レッカー車で運んでもらったこの方にも種を渡しました。ディーラーのところまでの一時間ほどのドライブで、旅のこと、種のこと、教育のことなど色々話しました。この人のための故障だったかなと思いました。
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ところで、一万人目から100人目くらいまで米の字が変わりました。目出度いので、98歳の母に書いてもらいました。98歳とは思えないしっかりした字です。幸運な100人ほどの方達は、封筒も大事にしてください!長生きするかもしれません。
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posted by 種まく旅人 at 15:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

10月21日  能美市(石川県) 8981−8982

この建物、何でしょう?レストランのような、ホテルのような洋館。
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実は、松井秀喜ベースボールミュージアムです。
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12時に着き、17時まで5時間もいました。全てのビデオを見ました。
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写真もつぶさに見ました。特に、子供の頃のものを。
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アメリカでMVPを取った時のトロフィー他、野球に関するものもたくさん展示してありました。
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しかし、一番気にかかったのは、松井がどう育ったのか?ということでした。私はスポーツは好きですが、ファンになるほどの選手はいません。そして、成績云々や能力云々よりも、どんな人間なのかが気になります。これまでで最も気になったスポーツ選手が松井選手でした。それでわざわざこの博物館に立ち寄ったのです。

何故気になるのか?それは、以前雑誌か、本か、ネットかで、松井選手のお父さんが自分の息子を「秀喜」とは呼ばずに「秀喜さん」(あるいは「秀喜君」)と呼んでいたと聞いたからです。時々、母親は自分の子供をさん付けで呼びますが、父親がさん付けで呼ぶのは初めて聞きました。

無論呼ぶだけではありません。それは、小さい時から人間として敬意を持って接した父親の姿勢の現れです。自分の子供を一人の人間として、生まれた時から接する親は珍しいと思います。口では言っても、実行するのは難しいことです。つい、子供扱いしたり、上下関係が出てきたりします。

そういう環境で育った松井秀喜とはどういう人なんだろう?

本人に直接訊くことができませんから、本当のところはわかりませんが、全ての資料を見て感じたことは、行く前と変わりませんでした。彼は野球選手である前に紳士だなあ、ということです。あれほどの成績を残したにも関わらず、全く傲慢さや、自慢げにしている様子がありません。チームプレーとはいえ、個人の成績を優先したくなる事もあるだろうに、そういう感じを受けません。成績が悪くなれば、さっさと引退し、実に清い生き方を示してくれました。

多分、一流の野球選手にならなくても、ごく一般的な職業についたとしても、彼は人間として人を魅了しただろうと思います。

彼個人の資質もあっただろうし、長い野球人生で接した人々の影響もあっただろうと思いますが、生まれたときからの親の接し方にこそ、人間の生き方の基本が培われただろうと思います。

以下は多分小学高学年か、中学生時代にお父さんから松井秀喜に贈られた言葉です。普通の親なら子供に改めて贈る言葉としては、ちょっと恥ずかしくて躊躇うような言葉の数々ですが、これを堂々と贈るところがさすがです。
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一、世の中で一番楽しく立派なことは一生涯を貫く仕事をもつことである。
一、世の中で一番みじめなことは教養のないことである。
一、世の中で一番寂しいことは仕事のないことである。
一、世の中で一番みにくいことは他人の生活をうらやむことである。
一、世の中で一番尊いことは、人のために奉仕して決して恩に着せないことである。
一、世の中で一番美しいことは、すべてのものに愛情をもつことである。
一、世の中で一番悲しいことはうそをつくことである。

松井秀喜さんにお米の入った袋を受付の人に渡しました。お父さんに届けてくれるということでした。8981番。受付の方に8982番を。
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2018年02月20日

1万人に蒔き終わって

今、やっと普通の状態に戻ってきました。沖縄滞在中はほとんど風邪気味で調子が悪く、下痢も10日間くらい続きました。一生下痢しているんじゃないかと心配になったほどです。沖縄の食事も体に合わなかったですが、それより風邪の症状だったと思います。

フェリーで鹿児島に着いた時に、冷たくてカラッとした風に当たった時に「これだ」と思いました。沖縄は常にジトッとした空気が流れていて、それが僕の風邪の症状を引き延ばすのに絶好でした。

目標の1万人が達成され、少し気が緩んでいたのもあるかもしれません。

あちこちから祝福の言葉を頂き、感謝しています。花火が上がるわけでもなく、ビール掛けが行われたわけでもありませんが、静かに「ああ、やっと達成した」とホッとしました。ただ、鹿児島県内で知り合った中(アタリ)さんが、自前のドブロクをくださったのですが、それを風呂上がりに飲もうとして、蓋を開けたら一気に噴き出して、せっかく綺麗になった体にドブロクをぶちまけてしまい、それが祝杯になりました。(笑)

2015年2月に出発して、ちょうど3年で終わりました。3年前と今とでは何が違うかといえば、私自身がすごく違うことです。これをせずに死ぬのと、やって死ぬのとでは随分違うと思います。大げさな言い方をすれば、体全体の細胞が代わってしまったような感じです。

そもそも旅自体が旅人に変化を起こすものだと思います。しかし「種を人に蒔く旅」はかなり違うと思いました。一つは1万人の人に出会った(人を介することもありましたが、基本的には私からの手渡しでした)ということです。普通の旅では、これほどの人に接しようとは思いませんし、なかなか難しいことです。

その全てが記憶にあるわけではないですが、私に刻まれたのは確かであり「いつ、どこで手渡された」と聞けば、記憶が蘇り、その場の雰囲気を思い起こすことができます。長い会話や印象的な会話をしていれば、なおさらのことです。その一つ一つが私の目に見えない財産になっていること。その集積したものが私だとすれば、やはりそれ以前の私とは違う私がここにいるのです。

また「そういう集積したものは、全て一つに繋がっているかもしれない」と気付かされました。世界のものは全て別々に存在しているように見えますが、ちょっとした拍子に、それが全て繋がっていることに気づかされます。あちらの人とこちらの人は距離的にはすごく離れているのに、実は隣にいたりするのです。

それは偶然の出会いがあまりに多かったことで、実感したのです。先日もこんなことがありました。次回の旅は「学校へ行かない(行かなかった)子供達を訪ねる旅」ですが、その中でもどうしても訪ねたい人がいました。それは富山県出身の人です。苗字のみわかっていて、住所も電話もわかりません。しかし、どうやってでもいつか会おうと思っていました。

すると、沖縄の北方で同宿した若者と会話している時に、彼がその人の知り合いだとわかり、住所と下の名前もわかりました。会話の流れで偶然わかったのですが、全く無名のこの人の住所を知っている人は沖縄県に一体何人いるでしょう。多分この人だけだと思うし、そういう人と同じ日に同じ宿に泊まる可能性は一体何%でしょうか。しかも、彼も他県からの旅人のような人だったので、一定の場所にいないことを思えば、捕まえるのは至難の技です。

「会わせてもらえた」と感じましたが、「会わせたもの」とは何でしょうか?これらをつないでいるものは一体なんでしょうか?

島根で定住して米を作っているときは、こういうことはほとんど想像もせずに生きていました。日々知り合いの範囲内で動いているので、遠く離れた人のことはほとんど無関係で生きています。人と距離の関係は切り離せない問題でした。

しかし、旅を通じてわかったことは、実は地球の裏側の人とだって、つながる可能性はあるということです。ただ、我々はその方法を知らないだけです。ただ、地球は一つだ、我々の意識は一つに繋がっていると思うことで、何か大きな変化が生まれるような気がします。

無論、この気づきに「種」が関わっていたことも、大きな印だったと思います。
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2018年02月12日

一万人達成!

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昨日、沖縄北中城村の桜祭りで247人に蒔き1万人を超え、10007人まで来ました。実質2年、資金稼ぎの期間を入れると3年もかかりました。予想よりも時間も金もかかりましたが、想像外に興味深い展開があり、次の日本一周の予定も立て始めました。次回は「学校へ行かない子供たち」を訪ね歩く旅です。

この親子が9999番目と10000番目でした。おめでとうございます。笑顔が可愛い男の子なのに、それを撮れなかったのが残念です。
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風邪を引き、解熱剤を飲んでの種蒔きだったので、ちょっと辛い日でした。今もまだ全快ではないので、元気になったらブログ書きます。ちなみに、桜祭りの情報を教えてくださった上地さんが風邪の僕に代わって、必死になって蒔いてくださったので、1万人達成できました。ありがとうございました。



posted by 種まく旅人 at 20:10| Comment(1) | 種受取人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月08日

種蒔き予告 ー音楽祭と桜祭りー 沖縄 

沖縄に来て、いきなり体調不良もあって種蒔きが順調でなく、蒔く場所もなかなか見つからず、1万人目まで残り353人が意外と困難そうになって来て、ちょっと焦りが出て来ました。

そこへ、高江のヘリパッド移設工事反対の座り込みのグループの方から「高江で音楽会がある」と聞き、急遽那覇からバスを乗り継いで高江に来ました。着くなり、四人のミュージシャンの皆さんやそのファンの皆さんや反対運動している皆さんに種蒔きしました。いよいよ今夕5時半音楽祭が始まります。近くの皆さんはこぞっておいでください。
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さらに、祭の話が舞い込みました。高江に来る際に、バスを乗り継いだ名護のバスターミナルで種をお渡しした我如古(がねこ)さんの奥さんの職場の方ー上地さんから突然の電話で、北中城郡の石平で「桜祭り」の情報が入りました。明々後日ですが、近場の皆様ぜひおいでください。米と麦の種の袋に加えて、野菜類など130種類以上の種を用意して待っています。本州じゃ、ドカ雪なのに、沖縄ではもう桜です!
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2018年02月07日

船旅ー沖縄へ

2月6日午後7時に那覇港に着きましたが、翌日体調を崩して一日寝ていました。以下、船旅報告です。

鹿児島新港を出発。5日午後6時。
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早速、レストランへ。
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ここで先日に続いてトンカツを食べたのですが、体調を崩したのはこのせいなのか?このカツ、挽き肉的カツでガッカリ。
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夜の海は真っ黒で不気味です。引き込まれそう、、
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奄美大島の中学生が鹿児島のサッカー大会に出た帰りでした。みんなに種蒔き。
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翌朝7日
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朝飯はまさかの閉店7時で、食べ損ね、これが朝食。
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時々、すごい波で上下動が激しく胃腸がおかしく、おならも上下動します。
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船名「あけぼの」のA
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船尾
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煙突。一体リッター何cmでしょうか。でかい船です。
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平らな穏やかな島。着くまでに5つくらいの島に停泊しました。
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時々、活動。船中では気持ちも盛り上がらず、効果もなし。
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売店で買った奄美大島の新聞に「油状物漂着」。これは先日のブログ記事「タンカー沈没、原油流出事故」
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/456584317.html と関わっているような気がします。もう、この辺まで来ているのでしょうか。
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方言のページがありました。さっぱりわかりません。
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那覇到着。小雨でした。
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25時間の船旅は退屈です。レストランも売店も時間制限があり、食い損なったり、買い損なったりすると、数時間待ち。あとは自動販売機の食べ物、飲み物が頼り。レストランも美味いものを食べさせる意欲に欠け、独占企業そのもの。乗ってしまったら、旅人の財布は船のもの。優雅な旅というより、監獄です。それを心得ているのか、慣れた旅人はずうーっと寝ていました。元気のいい中学生が救いだったかな。沖縄行きの船に乗るなら、ネットの繋がり具合も悪いので、分厚い面白い本を一冊持参することを薦めます。



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2018年02月04日

10月20日 金沢市(石川県) 8974ー8980

種蒔き記録のつづきです。

10月20日、金沢市内の自然食品店「NOPPOKUN」へ行きました。NOPPOKUN=ノッポ君=経営者がすごい長身だそうです。忙しそうで、会えませんでしたが。
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そこで再会したのが、自然栽培パーティー代表の佐伯さん(左側)。昨年の5月19日に群馬の会場でお会いしました。この日は金沢で講演会だったようです。みなさんに、8974番〜8976番。
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お店の方に8977番。
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同じく8978番。
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岐阜の石子さんの紹介で小坂さんに会いました。小坂さんは数年前に脳梗塞になり、家族と別れ自殺するつもりでインドへ行ったところが、インドの生活の中で改善し、さらに帰国してからディジュリドゥの練習によって完治させた人です!今ではディジュリドゥの先生です。石川県の海辺でディジュリドゥを吹くとイルカが寄ってくるそうです。8979番を。
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お友達に8980番を。
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その日は楽器の練習の日でしたので、一緒について行きました。私もディジュリドゥを持っていて、以前は吹いていました。
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珍しい円形のディジュリドゥ。
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近況;無料の駐車も可能になり、沖縄初日のドミトリーも見つかり、いよいよ今夕フェリーに乗ります。持参する米と小麦の種も整理し直しました。9645番から10100番まで455人分用意しました。133種類の野菜類の種とともに、相当に重い荷物が全て身体にかかります。車が無いのは辛いですが、種を蒔けば蒔くほど楽になる、理想の出立ち。
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お、鹿児島に雪が降っています。温暖化!?
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2018年02月03日

五郎八のその後

1月31日に「沖縄に行く間の2、3週間、五郎八を預かってもらう先を探している」とブログに書きました。現地でも鹿児島市に近い市町村で種蒔きしながら、預け先を探していたら、アンデスさんに紹介してもらったカフェ「風の丘」の三善さんが引き受けてくださいました。
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「風の丘」にはすでに二匹の犬がいて、五郎八は着いた早々に散々吠えられていました。五郎八は相手の犬が嫌がっても、吠えられても、しばらくして近づくと、また臭いを嗅ぎ始める徹底した臭いフェチなのです。どんな犬でも臭いに敏感ですが、五郎八は犬の中でも「特上臭いフェチ」なのです。(写真はネットより拝借)
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普通は相手の犬が嫌がって、激怒して吠えて喧嘩になるところですが、五郎八は吠え返したら、すぐに軽快な足取りで逃げて行くので、噛み合いにならないので、怪我をすることもさせることもないので、それは安心です。足が速くて良かったです。ただ、忘れずにどこかにおしっこをかけて終了にしますけど。
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預け先が決まったのはいいのですが、もし、何かあれば、つまり行方不明になったり、事故に遭ったり、、、すぐに駆けつけねばなりません。しかし、フェリーに乗ってしまったり、沖縄に行ってしまえば、すぐには引き返せません。それで、慣れるまでの二、三日は鹿児島近辺で待機しようと思いました。三善さんが「行くならさっさと行って、姿を見せない方がいい」と言われるので、無論五郎八の前には姿を見せずに。

それと同時に、車の駐車場の問題もありました。港近くでは一日1800円もします。10キロ以内のところでも、1日400円くらい。2、3週間なので、馬鹿になりません。それで、無料駐車場を探しているのです。

五郎八は突然の留守番に不安そうでしたが、散歩と餌をくれる人は誰でも好きになる現実主義者(犬)。翌日、風の丘に電話をしたら、すでにもう大丈夫そうでした。よろしく、お願いします。
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2018年02月02日

ひょうごの在来種保存会より

結石ですっかり忘れていた情報をお知らせします。明日のイベントです。

先日、八女市の「第25回九州山口有機農業の祭典IN福岡」で種蒔きした兵庫の山中さんから種に関するイベント情報の連絡がありました。締め切りが1月15日ですが、多分今からでも大丈夫でしょう。私にも3日前くらいに連絡があったのですから。タキイ種苗の人も来るみたいです。F1の総元締めみたいな会社の人ですから、きっと面白い話が聞けるでしょう。F1擁護派の人の話も一聞の価値あり、反論多いにすべし。近県の方、頑張って!以下、転載します。

「ひょうごの在来種保存会」で2月3日(土)「たねのはなし」として、姫路文学館にて講演会を行います。今回は、「自然農法」と「F1交配種」の作り方の違いなど、その道でご活躍されたお二人の専門講師をお招きして、実際のたねのとり方や質疑応答など技術的、実践的なお話をしていただきます。

寒い中だと思いますが、興味のある方は、ぜひお申し込みの上、ご参加ください。
日時:2018年2月3日(土)。
午前10時〜午後4時。
テーマ: たねのはなし
場所:姫路文学館 北館3階 講堂。
(兵庫県姫路市山野井84TEL:079-293-8228)

電車&バス:JR・山電姫路駅前の神姫バスターミナル、9・10・17・18番乗り場から乗車約6分、「市之橋文学館前」下車、北へ徒歩4分、6番乗り場で城周辺観光ループバス乗車10分、「清水橋(文学館前)」下車、西へ徒歩
お車で:駐車場あり(無料)。
(もちろん姫路駅から徒歩も可。寒い時期ですので、交通機関の延滞にはご注意ください)

参加費:1000円(原則・全日参加)
(中高大学生500円)小学生以下無料。
(昼のお弁当:別途800円申込制。持参は可)
参加は事前申し込み制。

締切:1月15日まで。(厳守)
申し込み先:seed★herbs.itigo.jp
(★を@に変えて)
電話090-7879-8736(緊急時も)
なるべくメールにてお申し込みを。

日程:
10:00 開場
10:30〜12:00 講師、巴 清輔氏
「自家採種のコツのコツ」
12:00〜13:30 昼食と交流会。
13:00〜13:45 ひょうごの在来種保存会の活動報告。
13:45〜15:15 講師、九鬼 宗一良氏
「F1品種の種子生産」
15:15〜16:00 質疑応答とディスカッション
16:00〜16:30 閉会&片付け

講師紹介(簡略):
巴氏は公財・自然農法国際研究開発センターでメロンやたまねぎなどの育種を担当。今年度より兵庫県佐用町に入植。

九鬼氏はタキイ種苗(株)にて国内外の野菜原種採種、F1採種に従事。現在は滋賀中央森林組合で樹木採種に従事。

以下より転載
https://www.facebook.com/tanedanelabo/


posted by 種まく旅人 at 20:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「稀なる出会いの種」が出るまで

食事後に激痛があったので、28日の昼飯から絶食を始めました。2日間6回の食事抜き。これが効いたのか、痛みは無く、穏やかに過ごしました。それでも、29日朝病院には行ってみようと車を動かすと、車の下で変な音が、、、、。
旅始まって以来のパンクでした。よりによってこういう時に、、、
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車の床下にスペアタイアが無い、、、と慌てたら、車体の下にありました。
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そこへ、一人の男性がやってきて「僕も日本一周がしたいんですが、、、」と言われるので、旅の要領など色々お話しして、種を蒔き、、、
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ボルトを緩めるのに四苦八苦していると、今度は見かねた年配の方が何も言わずに手伝ってくださいました。断られるのを「どうぞ、どうぞ、、、」とやっと種を受け取ってもらいました。
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タイヤのない車は歯が抜けた人間みたいです。
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五郎八も心配そう
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やっとこさスペアタイアに変えて公立八女総合病院へ。
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案内係が
「紹介状はありませんか?」
「ありません」
「それじゃ2700円頂きます。初診料込みで5700円です」
「なに? 入場料だけで5700円! 高過ぎるでしょう、、、。
  近くに質の高い個人病院ありませんか?腎臓結石の」
「古賀病院の先生はここにお勤めでした。」
「古賀先生に診てもらったことは?」
「母が癌で、コバルト照射を」
「それで治りましたか」
「それが、、、」
「ほいじゃ、止めた」

それで、車に帰るとネット検索し始めましたが、「一気に鹿児島で診てもらうのもいいなあ、、」と思いました。というのは、私は保険証が無いのではなくて、受け取れなかったのです。旅をしているので島根の住所に送ってきたものが送り返されたのです。しかし、役所からは連絡なし。お金の請求の時にはガンガン電話してくるので泣く泣く払ったのに、サービスが受けられない状況には完全無視。怒りの電話をして、姉のところに送ってくれれば、私に届くからと、姉経由ですでに鹿児島の郵便局に届いていました。

で、鹿児島の泌尿器科をしらべてみると、最初に出たのが新村病院でした。
以下のような文面に「おお!」

私たちの病院は泌尿器科専門病院です。
なので毎日同じことを朝から晩までしています。

毎日同じことをしていたら飽きるんじゃないかって?
そんなことはありません。野球やサッカーだって同じでしょ?
毎日繰り返しトレーニングしなければ強くなりません。奥が深いんです。
我々は一つのチームです。野球やサッカーと同じです。
病院に一歩踏み入れれば、そこには毎日同じことに取り組んでいる仲間がいます。

行っていることは世界の最先端の治療です。ここに妥協はありません。

例えばロボット手術。導入したのは4年前ですが、毎日同じスタッフが一糸乱れずそれぞれの持ち場を担当し、
流れるように仕事をこなす仕事人の集団が手術をサポートしています。やることは複雑でいくつものステップに分かれています。丁度ロケット打ち上げと同じです。

一つでも間違えば上手く行かないんです。同じことを毎日やっていなければ、質は上がらないんです。
そして毎日のように改善すべきところを追及する。とことん、診療の質を追求する。それが私達です。
この繰り返しの結果500例を超えたロボット手術では出血による輸血ゼロ、
極めて少ない合併症率を誇ります。

私たちはチーム医療をします。そして、あなたに最高の結果が得られるよう
全力でサポートします。
常日頃、全世界の情報に耳を欹てて、あなたにもっと良い治療を提案致します。
ある時は全国から優秀な医師を招請し一緒に手術をしながら厳しい意見を聞き
切磋琢磨します。

必要とあれば、海外に行って手術を学びます。

最高の医療をしたい。そこに妥協はありません。
(転載終わり)

マイボールならぬ、マイストーンを持って、この病院と戦ってみたくなりました。

国道を250qひたすら走り、同日深夜鹿児島に到着。24時間営業の郵便局へ行き保険証を受け取り、翌早朝に受付を済ませて、2時間後に診察が始まりました。検査には二通りあると説明がありました。一つはエコーとレントゲン、他方はCTスキャン。前者は8割わかり、後者は98%わかる上に脾臓、膵臓、肝臓、胃腸の癌までわかると。しかし、問題は値段です。

「いくらしますか?」
「医者はそういうことはわかりません」
(一番儲けている人間がどうして?)
私が悩んでいると、さすが「妥協のない病院」です。
「調べてみますから、待ってください」

結果、初診料等全て込み込みで
エコーとレントゲンコース  3000円
CTスキャンコース     6000円

3000円の違いならば、清水の舞台から飛び降りたつもりで、6000円贅沢コースにするか!
「高級清水落下コースでお願いします!」
「そうでしょう。私でもそうすると思います」
それで、放射線をバンバン浴びつつ、決死の覚悟でCTスキャンに入りました。

結果、以下の写真です。白い小さな点が光っています。
「お、これが稀なる出会いの種か!」
「え、何ですか?」
「いやいや、こちらのことで、、、」
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「水を飲み、縄跳びをすれば1週間くらいで知らないうちに出ているでしょう」
自慢の最先端の医療技術に感心しつつ、ほっと安心して種を渡して病院をあとにしました。
「子供に稲の成長を見せたい」と嬉しいことをおっしゃっていた伊波先生、ありがとうございました。
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そして、待つこと3日。それは、昨晩のことでした。夕食に球出し(石出しともいう)のためのビールを1リットルも飲み、心地よくなりつつ、ネットを見ていると、例の救急病院で診て頂いた小川先生と私のFacebookつながりの友人が埼玉の山村夫妻と出ていました。「え、以前から知り合いだったのか」と早速電話。

何のことはない、彼らは私のブログから小川先生を知り、友達関係になっていたのでした。久しぶりで会話が弾み、ついつい長話になりました。すると、ビールが効いてきて「ああ、オシッコが漏れる、、、」しかし、話は止まず、、、とうとう小学3年生以来のお漏らし、、、「バカヤロウ、腎臓結石の人間と長話するな!」とも言えず、人のいい私は文句も言わず、受話器を置くと、車の中での難儀な着替え、、、とほほ。人生全て、難行苦行、パフォーマンスの連続!

そして、しばらくすると再びもよおしてきました。「キタキタキたあああ」慌てて、コンビニのトイレへ、、、。ジャージャーチョロチョロチョロリンコ、として便器を見ると、小さなものが便器に沈んでいます。「あれか!あれだ!でも、便器の中だ、、、いや、拾う約束だった、、、やろう、思い切ってやろう」と、再び清水舞台!小便と水が混じった中へ手を入れ拾いあげました。「確かに、硬い!石だ!」

これです。わずか2ミリ。奇跡の石ー「稀なる出会いの種」
ーまたの名をイエローダイヤモンド!ー
新たな種が加わりました。
これを持って、1万人達成の最後の地「沖縄」へ、いよいよ出発致します。
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posted by 種まく旅人 at 09:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする