2019年07月21日

4月5日ー17日 飯能市(埼玉)・玉村町 太田市(群馬)10625ー10658

函館に着きました。今日は余裕があるので、再度ブログ更新します。溜まっていた種蒔きの記録を。

4月5日 

飯能市の自由の森学園に行き、生徒たちに10625番〜28番・10634・35番・41番。この時に撮影したビデオは旅終了後に(他のビデオも同様に)編集して公開します。
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石田サダさん家族に10629番と30番

10631番〜33番をあがた森魚氏へ郵送

10636番〜40番は自然農法を愛する会(1月26日)にて

4月11日

群馬のタンポポ小学園にて、10642番〜10654番。
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タンポポ小学園の生徒のお父さん(橋本さん)から、タネを頂きました。植物の成長著しい水を作る浄化装置をすでに発明し、現在はどんな汚い水でも飲めるようにする浄化装置を研究中だそうです。金儲けのためではなく、これからの世界は水が重要になるので、飲める水をどんな場所どんな条件でも自分自身で作れるようにしたいのだそうです。
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10655番を茂木さん宅のポストに

4月17日 群馬の金山さん紹介のレストラン クレオールにて10656番〜58番
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レストランの庭には数多くの果物の木があり、この日にはレモンやグレープフルーツがたくさん実っていました。日本でもグレープフルーツが栽培可能なのです!
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色の異なるグレープフルーツ、その他ハーブ類を頂きました。甘い、美味い。
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フランス料理のシェフにして、果物栽培のプロ!
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群馬県内の町でスーパーをナビ検索して、行ってみたら、、、パチンコ屋じゃないの?
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と思ったら、確かにスーパー。でも、外人ばっかり。
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パンの種類が違い、、
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豚は丸ごと!
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ちょっと気分が開放的になって、異国情緒が楽しめました。外人が多くなると、行かずして外国が味わえます。






【関連する記事】
posted by 種蒔夫 at 10:50| Comment(0) | 種受取人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大間港より北海道へ

予定より1日遅れで、北海道へ出航です。今回は教育問題、社会問題が絡む旅なので、前回の種蒔きの旅に比べて過酷ですが、考えることも多々です。それを表現する時間がないのが、残念ですが、旅が終わり(10月)寒い時期になれば、ビデオも含めてまとめたいと思います。
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種は東北で一気に増えて、今160種類以上あります。特に秋田のT.FARM(田口氏)では、たくさん頂きました。食用のあきたこまち、野菜類もうまかったあ!ありがとう。
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posted by 種蒔夫 at 06:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月18日

1927年7月18日 2000年前の大賀ハス開花

今日、7月18日は植物にとって記念すべき日です。1927年7月18日、世界最古(2000年前)の花が復活し花を咲かせた日なのです。その名は「大賀ハス」。詳細はウイキペディアより、以下。
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戦時中に東京都は燃料不足を補うため、花見川下流の湿地帯に豊富な草炭が埋蔵されていることに着目し、東京大学検見川厚生農場の一部を借り受け草炭を採掘していた。採掘は戦後も継続して行われていたが、1947年(昭和22年)7月28日に作業員が採掘現場でたまたま1隻の丸木舟と6本の櫂を掘り出した。このことから慶應義塾大学による調査が始められ、その後東洋大学と日本考古学研究所が加わり1949年(昭和24年)にかけて共同で発掘調査が行われた。その調査により、もう2隻の丸木舟とハスの果托などが発掘され、「縄文時代の船だまり」であったと推測され落合遺跡と呼ばれた。

そして、植物学者でハスの権威者でもある大賀一郎(当時・関東学院大学非常勤講師)が発掘品の中にハスの果托があることを知り、1951年(昭和26年)3月3日から地元の小・中学生や一般市民などのボランティアの協力を得てこの遺跡の発掘調査を行った。調査は困難をきわめめぼしい成果はなかなか挙げられなかったが、翌日で打ち切りという30日の夕刻になって花園中学校(3月31日迄は千葉市立第七中学校)の女子生徒により地下約6mの泥炭層からハスの実1粒が発掘され、予定を延長し4月6日に2粒、計3粒のハスの実が発掘された[1]。
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大賀は5月上旬から発掘された3粒のハスの実の発芽育成を、東京都府中市の自宅で試みた。2粒は失敗に終わったが3月30日に出土した1粒は育ち、翌年の1952年(昭和27年)7月18日にピンク色の大輪の花を咲かせた。このニュースは国内外に報道され、米国ライフ週刊版1952年11月3日号p60 に「世界最古の花・生命の復活」として掲載された。[2](WEB内では、11月17日の日付が流布しているが、こちらは国際版Vol.13,No.10の発刊日による。p.26に掲載。)撮影は JUN MIKI(三木淳)による。 「大賀ハス」と命名された。また大賀は、年代を明確にするため、ハスの実の上方層で発掘された丸木舟のカヤの木の破片をシカゴ大学原子核研究所へ送り年代測定を依頼した。シカゴ大学のウィラード・リビーらによって放射性炭素年代測定が行われ、ハスの実は今から2000年前の弥生時代以前のものであると推定された[3]。自宅近く、大賀の銅像が建てられている府中市郷土の森公園修景池ではこの二千年ハスが育てられており、鑑賞会が催されている。

この古代ハスは、1954年(昭和29年)6月8日に「検見川の大賀蓮」として千葉県の天然記念物に指定された[4]。また1993年(平成5年)4月29日には千葉市の花として制定され、現在千葉公園(中央区)ハス池で6月下旬から7月に開花が見られる。日本各地は元より世界各国へ根分けされ、友好親善と平和のシンボルとしてその一端を担っている。

しかし2012年になって、東京大学が、法人化に伴う財政難から、大賀ハスの生育されている施設などの売却を検討していることが判明した。これに対し、千葉市民らが、大賀ハスが千葉市の市花となっており、シンボルキャラクターともなっていることなどを考慮し、存続を求めている[5]。現在は騒動は収束している。

現在は、ボランティア団体「大賀ハスのふるさとの会」が東京大学からハス見本園の管理を引き継ぎ、観蓮会の開催や蓮文化の継承と普及を行っている。(転載終わり)

先日、大賀ハスではないですが、ハスのタネを長野県池田町の臼井さんのシャンテイクテイの「種の館」で頂きました。それを、山形県鶴岡市の土遊農の山沢さんに見せたら、発芽方法を教えてくださいました。研修生に囲まれる相変わらず元気な山沢さん。
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中が見えるくらいまで削ると発芽は1週間くらい。そのままでは1か月もかかるそうです。さすがに長持ちする種は違います。ヤスリでは削れず、カッターナイフで皮を切らざるを得ないほど固ーい皮でした。
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2年前に山沢さんの農園に来た時には600種類の在来種固定種を栽培・種採取していると聞いていましたが、今現在は1000種類を超えているそうです。全国から「継いでほしい」とタネを持ってくるそうです。
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2年前の訪問時の山沢さんの記事
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/455178705.html



posted by 種蒔夫 at 07:11| Comment(0) | 植物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月12日

成績とは

先日紹介した基督教独立学園とか、愛農高校、愛真高校、自由の森学園等は偏差値が高くはありません。いい学校なのに、成績の悪い生徒の入学するところというイメージがあります。しかし、各高校を訪れる度に思うことですが、一体成績とは何か?

教師をしていた頃に、知能指数は高いのに成績が悪い生徒がいました。他のことでは良く頭が働くのに、偏差値の悪い生徒もいました。

元来、学校の勉強というのは面白いものではありません。子供を放っておいて、教科書を開く子供はほんの数%だと思います。例えば、学校に行かずに大人になった人で毎日熱心に勉強したと思われる人はいないようです。親に言われて多少はしていたくらいだと思われます。

つまり、食べることほどは必要もないし、ゲームをするほど一人でやって面白いものでもないので、やらないのが普通です。そういうものを、学校の教師は無理矢理させています。もし、嫌いなもの、興味の持てないものを無理にさせるとすれば、させる側によほどの力量がなければ、子供はストレスが溜まる一方です。

一体、教師にそういう力量があるでしょうか。

教育学部の授業や実習というのは、そういうこと(興味の持てないものに関心を向けさせ、夢中にさせる)に重点が置かれているわけではありません。大学の授業のほとんどは、その科(国語、英語、数学等々)の専門的なことをやっているだけです。例えば、美術ならば、彫刻したり、絵を描いたり、、、。しかし、どうしたら描くことに興味を抱くかは勉強も研究もしていません。たったの1ヶ月の実習では、教師の仕事の表面的なことを学ぶだけです。

となれば、教師は自分で創意工夫して「興味を持たせる」ことを研究しなければなりません。独学です。しかし、それを熱心にしている教師はほとんどいないでしょう。もし、していたとしても、成功している例は稀です。

それよりは、学習塾のやり方を学びに行く方がずっと賢いやり方です。学習塾はそれだけに特化していますから、研究もされているだろうし、現実に儲けにつながるので一生懸命です。多くの子供が学習塾に行き、それなりの効果は上げているのは当然です。もし、学校において生徒の点数向上と給料に相関関係があれば、教師は熱心に取り組むでしょうが、レベルの低い授業をしていても、給料は毎年上がります。

つまり、学校社会は、学習に興味がない子供と学習させることが下手な教師がいる場所なのです。双方にストレスがあるのは当然です。噛み合わないのです。当然子供には責任はありませんから、まずは教育学部のカリキュラムを根底から変える必要があるでしょう。

文科省は教育方針を変えてきていますが、一つには子供たちに興味のないことを無理矢理させることに問題があることを気づき始めたのでしょうか。しかし、文科省の官僚はできる子供だった(多分子供時代は神童的で、大学は東大)可能性が高いので、気づくのが遅いのでしょう。

子供によっては学校や親の要求するように熱心に勉強していい成績を取る子供もいます。しかし、神童的子供は別にして、ほとんどの普通の生徒の動機は恐怖じゃないでしょうか。

「将来云々(うんぬん)」の先生や親の脅しや叱られるより褒められたい気持ちが動機になってないでしょうか。仮に学校というものが無くなったら、ほとんどの成績のいい子も教科書を開くような子供はいないと思います。

現代の評価では、東大に行くような勉強のできる人は評価が高いですが、実は一つの能力に過ぎないのです。手がむちゃくちゃ器用なことと変わりません。それをあまりに過大評価しすぎて、世の中狂っているんだと思います。

成績優秀者=有益 という構図も、最近の官僚の不祥事や科学の進歩が必ずしも人間の幸せには繋がっていない様子を見ていると、害の方が大きいのではないかとさえ思います。それより、人間にとってもっと重要なことがあるはずです。それを大事にしている人間の方がずっと有益なのです。

また、学歴が高いほど報酬も高いですが、それもそもそもおかしいのでしょう。報酬はそれぞれの特性に応じて、それ相応の報酬が得られるべきです。

しかし、報酬と幸せは絶対的な相関関係にはないことが、旅をしていて実感していることです。高報酬=幸福 これ自体が見直されるべきでしょう。

そういえば、旅の中で聞いた話ですが、ロシアでは医師の報酬が下がる方向にあるそうです。何故なら、報酬が少なくても人の命を救うことに関心がある人間にこそ、医師であらねばならないということだそうです。確かに、高い報酬が欲しいから医師になる人が多い世の中です。

話を戻しましょう。いい成績が取れないのは、当然なのです。つまり、放っておいてもやるような内容ではないのが教科書です。真正直な子供ほど、勉強などしないでしょう。「成績を良くしたい」と大人が思うなら、「面白い授業をやってみろ。面白い教科書を作ってみろ」と子供は言っているのでしょう。

つまりはキリスト教独立学園も、愛農高校も、愛真高校も、自由の森学園も、親や教師の脅しにも負けず、褒められたいという欲望や叱られる恐怖にも打ち勝ち、面白くないものは面白くないという自分の気持ちに素直に生きてきた正直者の集まりなのではないでしょうか。興味のあること中心の生徒たち。だから、個性的な生徒が多いとも言えます。これらの学校で登校拒否をしている話を聞かないところを見ると、先生たちの授業も面白いという証でしょう。また、ここを卒業した人にも時々出会いますが、面白い人が多いです。


余談:私の経験から言っても、小中高大で面白い授業はたったの一つでした。中学生時代の美術の歴史の授業でした。田中先生は古代から現代まで、特に中世のルネッサンスとかの授業は鳥肌が立つほど面白く、先生のあだ名は「ミケ」でした。何故なら、ミケランジェロの話が圧巻だったからです。「システィーナ礼拝堂」という言葉をきいただけで、壮大なイメージとともに当時が蘇ります。今でも、もう一度受けたい授業です。先生、元気かなあ、、。




posted by 種蒔夫 at 06:51| Comment(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月10日

❤️ドーベルマン

五郎八が同じドーベルマンと遭遇しました。相手は8ヶ月のメス。五郎八は6歳と8ヶ月ですから、おじさんと少女くらい。相手の飼い主さんに「お互いに放してみましょうか」と持ちかけたら「いいですよ」。檻に入ったドーベルマンとは何度か会いましたが、自由に触れ合ったのは生まれて初めて。相思相愛!とても嬉しそうでした。


そういえば、こんなこともありました。
五郎八 悲恋物語
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/454158574.html?seesaa_related=category




posted by 種蒔夫 at 08:02| Comment(0) | 五郎八物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月07日

基督教独立学園

7月5日。基督教(キリスト教)とあったので、宗教的に厳しい学校かと、やや緊張して行きましたが、すぐに馴染んでしまいました。着いた早々に草刈りに同行し、その後風呂に一緒に入ったり、食堂で夕食をご馳走になったり、、

草刈り機かと思ったら、大きな鎌でした。
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初心者にはほとんど刈れませんが、刈り慣れると、早い!


刈り終わり、学校に帰って

行きますよ!
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はい!(クリック拡大すれば、みんなの生き生きした表情がうかがえます)
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みんなでタネ全130種類を袋詰め。
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種蒔夫、お薦めの高校です!基督教独立学園
以下の口コミのページも見てください。
https://www.minkou.jp/hischool/school/review/1553/

全部読んでませんが、一つ紹介します。

「自分とは何か、本当の願いは何か、そもそも人は何のために生きるのかと、考えさせられる学校である。飾りもなく偽りもなく、先生方は本音で語り、本気で向かい合ってくれる。」

五郎八も豚と交流
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posted by 種蒔夫 at 09:31| Comment(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月05日

3000年前に自然農法はあった!

先日紹介した易経の解説の中に、自然農法に関するものがありました。関連して自然治癒力に関しても書かれてあります。

竹村 亞希子氏はこう解説しています。一部抜粋します。わからない漢字はカタカナで。

「コウカクセズ」とは、田畑を耕さなくとも収穫があるという意味です

「シヲセザレバ」というのは、開墾しなくても土が肥える、田畑がこなれるという意味です。

もし、思い込みを捨てて、洞察力を持ち、自然に即して生きるならば、本来、耕作や開墾すら必要ないと書かれているんです。

さあ、これ、実現した人がいますよね。

自然農法の福岡正信さんと
奇跡のリンゴの木村秋則さん。

「テンライムボウ」の科は

作為なく、自然の法則のままに任せたなら天は万物を養う、と説いているんです。

私たちは余計なことをしないで、何もしない自然の法則に任せるということをしたならば、耕さなくても収穫がある。開墾しなくても田畑がこなれる。

自然農法を提唱した福岡正信さんという人は、もう亡くなっていますけれども、四国でやらなくてもいいことは何かということで、もう、何十年とかけて耕さない、無農薬、無肥料、無除草の農法にたどり着きました。これが自然農法を提唱した福岡正信さんのやったことです。
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もう一人は世界で初めて、奇跡のリンゴと言われてますが、無農薬、無肥料のリンゴ栽培に成功した木村秋則さんです。

お二人ともより自然に近く、余計な手入れを省いた農法を実践しましたが、そこに行き着くまでには、大変な苦労を強いられました。

それこそ、テンライムボウ。

何故かといったら、自然体になれなかったからです。どうしても知識がありますし、いろんな技術があります。過去の農業のやり方、それがもう頭を占めています。いろんな工夫をこらして努力されたわけです。でも、一つずつ余計なと言われることを省いていって、最終的に自然農法にたどり着いた。

農薬をやらない、肥料をやらない、除草をしない。そして、自然の法則、自然の力に任せる、という本当に苦しい時代を経て、そして、実現しました。

木村秋則さんは無農薬のりんご栽培を始めてから、10年以上何も収穫できず極度の貧しい生活を送った、といいます。しかし、自然が作る土により近い土つくりを考えました。それによって、生命力の強い美味しいりんごが育つようになった、と言います。
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(中略)

「イマダトムトセザルナリ」は、富もうとして取り過ぎないということです。

もっともっとと取り過ぎない。例えば、開墾し過ぎないとか、育て過ぎないとか、育ったものを根こそぎ取らないとか、後に残しておくとか、例えば、海の魚を取り過ぎないという意味でもあります。森の木を切り過ぎない、山を削り過ぎない、そういったことを言っているのが、「イマダトムトセザルナリ」の意味です。

そして、五項に面白いことが書かれています。

「ムボウの病あり、薬すること無くして、喜びあり、ショウに曰く、ムボウの薬は用うべからざるなり」

「ムボウの病」とは、例えば私たちはたまに風邪をひきます。熱が出るのは体が風邪の菌を無くそうとして、菌と戦って熱を出しているわけです。

「薬すること無くして」というのは薬づけはいけませんよ、というだけではなく、無農薬にも通じます。先ほどの、自然農法の無農薬にも通じます。

実は人間も大地も大自然の良くなろうとする回復力を元来持っているんですよ。免疫力も本当は持っているんです。

6分30秒頃より






posted by 種蒔夫 at 11:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月03日

“不登校”44万人の衝撃

NHKスペシャル 子どもの“声なき声” 第2回  “不登校” 44万人の衝撃

以下より、転載します。
https://www.jiji.com/jc/v4?id=2019ssc0021

“不登校”44万人の衝撃

不登校、および不登校傾向の中学生の数、44〜85万人。2019年5月に、NHKの調査で明らかになった数字である。8人に1人、あるいは4人に1人という衝撃の結果である。これだけの子どもたちが今の学校に「ノー」を突き付けているということは、長年続いてきた学校のいわば慣習的システムが、もはや限界を迎えているのだと言わざるを得ない。

その慣習的システムとは次のようなものである。すなわち、「みんなで同じことを、同じペースで、同じようなやり方で、同質性の高い学年学級制の中で、教科ごとの出来合いの問いと答えを中心に勉強する」。このシステムが、いわゆる落ちこぼれ・吹きこぼれ問題を構造的に生み出し、また、同調圧力や空気を読み合う教室内のサバイバル空間を生み出す元凶になっているのだ。

不登校の理由が、極めて複合的なのも今回改めて分かった特徴である。「クラス全体の空気がイヤ」「勉強についての悩み」「友人関係」「先生との関係」「いじめ」「決まりや校則」などが上位を占めるが、これらの理由は、一個人の中で幾つも絡まり合っている。

いずれの理由も、多かれ少なかれ、先述した「みんなで同じことを、同じペースで」に起因するものであるように思われる。5月30日、NHKは、NHKスペシャル「“不登校”44万人の衝撃」を放送した。番組では、「みんなで同じことを、同じペースで」からの脱却を実現している、オランダのイエナプラン教育なども紹介された。

私もこの生放送に出演し、イエナプランのような先進的な取り組みは、実は日本でも十分に可能であることなどをお話しした。それを妨げるものは制度上ほとんど何もないのだ。多くの人は、自分が受けてきた教育しか知らないから、それを当たり前のことだと考えてしまう。しかしそろそろ、その当たり前を抜本的に見直すべき時であるはずだ。

緩やかに、しかしラディカルに、「公教育の構造転換」を実現していきたい。

(苫野 一徳=熊本大学准教授)(転載終わり)

以下はこの番組を紹介したサイトにあった、オランダの学校の昔と今の違いを紹介した写真のようですが、今のオランダの学校は今の日本のフリースクールと似ています。この写真以上に自由度が高く、当初は私自身でさえ戸惑いました。

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詳しくは以下のサイトへ。https://ai-am.net/44b




posted by 種蒔夫 at 07:08| Comment(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月02日

飛龍の時代 龍と雲

中国に易経というものがあります。簡単に言えば「陰陽二つの元素の対立と統合により、森羅万象の変化法則を説く」というものだそうです。(ウイキペディアより)

その解説をしているNHKのラジオ番組があり、NHKの「聴き逃し」で毎晩子守唄代わりに聞いていますが、内容によっては目が覚めます。その一つが今日紹介する「飛龍の時代 龍と雲 」です。

その中から、気になるところを抜粋しました。

「自然の変化は徐々にゆっくりと変化して行くのです。ところがそこに人の欲が絡むと、急激な変化を起こします。飛龍が、もし自分の欲でもっともっともっとと、陽をまるで煽って行くような、そういった陽の衝動をすれば、上に登っていったものが急激に下ります。急激に落ちていきます。これは不祥事に繋がったり、様々な事件や事故に繋がったりします。

自然の変化は徐々にゆっくり変化していきます。もし飛龍が「大人(たいじん)を見るによろし」そして陰を大きく生じさせたとしたら、緩やかにソフトランディングして行く飛龍になります。

龍の華々しい活躍を見ていると、それは勝ち負けで言うと勝つし、成果を出すし、業績は上げるし、そうするとですね、陰と陽を比べるとどうしても私たちは陽に引かれます。そして陽でなくてはいけないと思ってしまいます。

しかし、龍が役割を発揮するためには、雲が必要です。雲と一緒に陰と陽が交わることによって、雲の陰の力を借りて、初めて龍は陽の力を発揮できます。もっと言えば、陰がきっかけになって、陽の力を引き出して変化を起こして行く。

また、世の中を変革して行くのは、位の高い人が変革を起こすのではなく、必ずセンリュウ(千龍?)が育ってきて、そして飛龍になって行くという過程で変革を起こしていきます。易経は全編に渡って、「世の中を変革して行くのは、必ず下から現れてくる。下から伸びてくる。」そう言っています。

「世に良くしてほこらず」という言葉があります。世の中に大いになる循環を起こして、恵みの雨を降らして、世の中を良くしたとしても、自分はほこってはならない。龍は龍の役割を果たしただけである。龍はそれができて当然である。と言っています。

「世に良くしてほこらず」という「ほこる」という字は実は誇大広告の誇大の誇ではありません。にんべんにかたなーバツという字です「伐」。

龍は元々が陽の力を与えられているわけです。世の中を良くするために、陽の力が与えられている。龍の力を果たすために、例えば強い、例えば大きい、例えば勝つ、そういった陽の力を与えられているわけです。世の中を良くできて当たり前だ、と言ってます。

それを「伐る」(ほこる)ということは それができない人を、役に立たないからと言って斬って捨てると言う意味です。世の中を良くしても伐(ほこ)ってはならないというのは、陰の役割の人を斬って捨ててはならないと言うことです。

龍は雲とともにいて、雲の力を借りて初めて世の中に役立つ龍の役割を果たすことができる。と言うことを教えています。

そして、龍は自分のためだけに、自分の幸せ、自分の遊び、享楽のためだけに、その地位や財産や力を自分のためだけに、使ってはならないと教えています。」(抜粋終わり)

詳しくは以下へ

龍が教える帝王学5 社会に大きな恵みをもたらす時〜飛龍の時代 龍と雲 】 竹村 亞希子





(注:これ以外にもYOU TUBEには 中国古典【 易経 】から学ぶ 帝王学が24映像あります。それぞれ示唆に富んでいます。)

飛龍を各国の首脳として、センリュウを庶民とすれば、今の時代そのものではないでしょうか。以下の部分。

『また、世の中を変革して行くのは、位の高い人が変革を起こすのではなく、必ずセンリュウ(千龍?)が育ってきて、そして飛龍になって行くという過程で変革を起こしていきます。易経は全編に渡って、「世の中を変革して行くのは、必ず下から現れてくる。下から伸びてくる。」そう言っています。』

易経は紀元前1000年くらいですから、3000年も前にも自然界というか、人間界というか、同じようなことが繰り返し起こったいたのかと思わせます。

これが事実とすれば、今の時代も同様に「世の中を変革して行くのは、必ず下から現れてくる。」と言えそうです。

1月26日の「福岡正信さんと自然農法を愛する会」で出会った吉田太郎氏を先日長野市に訪ねました。

関連記事ー再度ー訂正「やばい日本」http://happyhillcontest.seesaa.net/article/463941304.html

昼食を共にし、「種の館」がある「シャンテイクティ」に行き、臼井夫妻らと会いました。その時に話されていたのが、スウェーデンの少女グレタ・トゥーンベリさんのことです。社会活動家で、スウェーデンの国会でストをしたりしている人です。ついに子供が立ち上がったのです。

グレタ・トゥーンベリさんによるCOP24でのスピーチ


15歳少女、気候変動に抗議で2週間座り込み スウェーデン


日本でストをする子供はいませんが、不登校児はすでにストをしていると言えます。この現代世界が作った学校というものが嫌になっているのです。そういう意味では、世界中の登校拒否児童はストをしていると言えます。

「たとえ学校を出ても、社会に出るのも嫌だよ」と大人になると「ひきこもり」でストをしているとも言えます。

しかし、ひきこもりの人も立ち上がって欲しいのです。そのまま、その部屋の中にいたままでいいです。ただ、この世界を安全で平和なものに変えて行く情報の拡散をして欲しいのです。一日一個でいいです。たとえば、今日のこのブログの記事に関心を持ったら、誰かに伝えてください。この世界を変革する「下から」の一人になりましょう。そうすれば、いつかきっと、もしあなたが望むなら、その部屋から気持ちよく出ていける日が来るはずです。それは3000年前からの自然界の約束事です。




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2019年06月28日

ボブさん宅で

3月に「部族」のことを書いたら、かなりな反響がありました。それで、今回の旅では部族やヒッピーの関係者にも会うことにしました。一昨日は内田ボブさんのお宅にお邪魔して、お話を聞かせて頂きました。「ボブ」とは、若かりし頃に頻繁に聞いたボブ・ディランのボブだそうです。
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「部族」 http://happyhillcontest.seesaa.net/article/464445247.html
「部族誕生の歴史、そしてヒッピーの子供はどうなったか?」 http://happyhillcontest.seesaa.net/article/464519136.html

今から50〜60年くらい前の話ですが、高校に入ったボブさんは1ヶ月で退学し、都内で「赤鴉」(あかがらす)という集団に接し旅を勧められ、無銭旅行が始まるのです。本当に無一文で、乞食同然の旅だったようです。

当時の高校に対する不満を聞いていると、今と変わらないと思いました。ただ、当時としてはボブさんは人並外れて「この生き方、おかしいんじゃないか?」という認識が際立っていたと思います。学歴主義や高度経済成長が始まろうとする頃ですから、ほぼ100%の国民がそれに同調していた頃で、疑う余地がない生き方だったはずです。

私はこのようにに多数派に抗う生き方をしている人を僧侶でなくとも「出家者」あるいは「準出家者」と名付けていますが、それを話したら笑いながら「そうかもしれないけど、抹香臭いと言われるから、そうは言わないんだ」と。しかし、好々爺に見えながらも、いまだに追求心や闘争心を感じさせるボブさんは金にまみれた生臭坊主よりずっと坊さんらしい方でした。

出家者の話は以下「ブッダの話」http://happyhillcontest.seesaa.net/article/456115501.html

ところで、後になってから、もしこの時期(1960〜70年代)にインターネットがあったらどうだろうかと考えたのですが、ボブさんでさえ、もしかしたらひきこもりになっていた可能性もあるんじゃないかと思ったのです。

ネット社会であるからこそ、色々な人に出会い、世界中の情報が入り、速報はマスコミよりも早く、夢中になるとあっという間に時間が過ぎます。これは疑似体験をしていることであり、お金も要らない、移動も不必要なので、「便利が好き」の人間の習性で当然こちらを選ぶでしょう。もし、ネット社会でなければテレビとラジオと新聞ですから、そのうち飽きて外に出ざるをえなくなります。ひきこもりはネット社会の申し子なのかもしれません。

ネット社会に没頭しているとすれば、彼らは彼らなりに、膨大な知識を得ている可能性もあります。それがいつか生かされる可能性も無くはないでしょう。

しかし、大事なのは実感です。実体験です。私はインドに行く前に様々な情報からインドのイメージはありました。しかし、実際のインドは臭いがつきまとい、常に汗が吹き出し、インド人の密着度はすごく、、、しかし、また素晴らしく、、、。とにかく五感が感じるインドは行かないとわからないのです。

ひきこもりがその世界で満足している以上は、どうやって実体験をしてもらうかは、私にはアイデアがありません。ネットや電気がパンクする日を待つしかないのか。

それはともかく、若者が感じる社会の問題も学校の問題も、今も昔もそれほど大きな違いはないのです。それにいち早く気づいたのが、その昔のボブさんたちであり、その数が途方もなく増えてきたのが現代なのでしょう。

ボブさんと話が終わると「泊まっていく?」と言われたので、この日は遠慮なく泊めてもらうことにしました。何故なら、ここには山尾三省、長沢哲夫らとコミューン「部族」を始めた「ななおさかき」が亡くなった部屋があるからです。その部屋に泊めてもらうことにしました。
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一緒にピーナツを食べ、酒を飲みつつ、、、「ななおさんは旅を人に勧め、自ら生涯旅人でしたが、いくつになっても旅の面白さ、大切さを思い知る日々です。」
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「生前のななおさんからたくさんの助言を頂いたにも関わらず、我々人類はおかしな道を突き進んでいます。それに気づいた若者は現代文明の機器に依存して、ななおさんが経巡った世界中の国へ、ネットで旅をしております。もし、どこかでななおさんに巡り合うことがあれば幸いです。」
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posted by 種蒔夫 at 12:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする