2018年07月08日

植物とは何か 3

「植物の神秘生活」

第二章 植物は人間の心が読みとれる

第二章では第一章で登場したバックスターの研究をさらに推し進めたマイセル・ヴォーゲルの話です。
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IBMの化学研究員のマルセル・ヴォーゲルはバックスターの研究に言及していた雑誌の中に掲載された「精神反応分析器」を組み立て、同じような実験を繰り返した。

植物は現実にちぎられたり、焼かれたり、その他の方法で実際に残酷な仕打ちをされるときよりも、「焼くぞ」とか「根こそぎにするぞ」という威嚇に対していっそう反応を示すことを立証した。

種蒔夫:ヴォーゲルは化学研究員ではありましたが、「少年時代は人間の精神の営みを説明すると思えるようなことには、どんなことにも関心をもった。魔術、心霊術、催眠術、、」とあるので、科学一辺倒な偏りのある科学者ではなかったようです。

霊媒能力のあるヴォーゲルの友人ヴィヴィアン・ウイリーはユキノシタの葉を二枚摘んで来て、1枚を自分のベッドの横のテーブルの上に、もう一枚はリビングルームに置いた。彼女はヴォーゲルにこう告げた。「毎日起きるときに、私は枕元の葉を見つめ、その葉が生き続けるように念じましょう。でも居間の葉には何の注意も払わないでおきましょう。何が起きるか見ましょう」

一か月後、彼女はヴォーゲルに葉の写真を撮るカメラを持参して家に来るように頼んだ。ヴォーゲルは目にした事実がほとんど信じられないほどだった。友人が注意を払ってやらなかった葉はぐにゃぐにゃになって褐色に変わり、腐り始めていた。

彼女が毎日注意を集中させていた葉は、輝くように生き生きとして緑色をしており、まるで庭から摘みたての葉のようだったのである。何らかの力が自然法則を無視して、葉を健康状態に保っているらしかった。

自分にもこの友人と同じ結果が得られるかどうか知りたくなったヴォーゲルは、ニレの樹の葉を三枚摘み取った。家に帰ると彼はそれらの葉を自分のベッドの近くのガラスの板の上に置いた。

毎日朝食前にヴォーゲルはガラスの上の外側の二枚の葉を一分間ほど集中的に見つめ、その二枚に愛情をこめて、生き続けるようにと熱心に説き始めた。まん中の葉は常に無視した。一週間もすると、まん中の葉は褐色に変わり、しなびた。外側の二枚の葉は相変わらず緑色で健康な様子をしていた。

ヴォーゲルにとってもっとも興味深かったのは、生きている方の切られた葉柄は木から摘み取られたさいに生じた傷を癒してしまったように見えたことである。ヴィヴィアン・ウイリーは彼女の実験を継続していて、あとで彼にそのユキノシタの葉を見せてくれたが、葉は彼女によって二か月間も緑色を保ち生き続けていた。他方、無視された葉の方は完全に干乾びて褐色だった。

技法の改良に成功したヴォーゲルは1971年春、新規の実験にとりかかった。植物が人間との記録可能な交信に入るその瞬間を立証できるかどうかを見ようとした。検流計をフィロデンドロンに貼り付け、その植物の前に立った。完全にリラックスして、深い息をすい、十分に伸ばした指を植物に触れなんばかりにして。同時に彼は、友人に注ぐのと同種の愛情のこもった感情をその植物にいっぱい降り注ぎはじめた。

彼がこうするたびごとに、一連の上昇振動がグラフ上にペン軸で描かれたのである。同時にヴォーゲルは両手に植物からある種のエネルギーが流出しているのを明確に感じた。

3〜5分たつと、ヴォーゲルの側から感情をさらに放出しても、植物からはもう何の反応も呼び起されなかった。植物は彼の付添奉仕に応答することで「全エネルギーを放出し」てしまったようにみえた。

ヴォーゲルにとって、フィロデンドロンとの相互反応は、恋人や親友同士が出会ったときに喚起される相互反応と同類のように思われた。彼らはエネルギーの急上昇を呼び起こす熱烈な相互応答のあとで、ついにはエネルギーを使い果たし、再充電しなければならない。ヴォーゲルと植物は歓喜と充足に満ち溢れた恋人同士のようだった。

種蒔夫:今日の話と似たような事実を山形県で見せて頂きました。ご飯が変化する現象です。以下のページです。
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/454516900.html
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2018年07月07日

NHKスペシャル 人間はなぜ治るのか? 第二回 心がガンを治した その三

以下の続きです。
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/460071083.html?1530932258
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/460282214.html?1530932204

九州宮崎。潮の香の届く町に、患者の会から巣立った人がいます。長友明美さん、44歳。肺に転移した子宮絨毛(じゅうもう)ガンから生還しました。昭和57年、アメリカのスローンケタリングメモリアル病院で余命半年の宣告。当時、ガン治療の世界的権威であったそこでの治療は抗がん剤の激烈な副作用との戦いだったと言います。一日中嘔吐が続く中、眠ることもできず衰弱が進むばかりでした。一ヶ月後、アメリカでの治療に見切りをつけ、帰国。手術もせず、生還を果たすのです。余命半年の絶望的な宣告を、まだ6ヶ月の猶予期間があると考え直した長友さんの勝利でした。
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(長友さん)私がどうして治ったんだろう、と自分自身に問うのです。三つの理由がありました。

一つ目はガンを宣告してもらったからなんです。宣告されなかったら、治らなかったと思います。自分の病気が何かわからなくては、戦略戦術が立ちません。だから、宣告されたから、ガンだと分かったから治りました。

二つ目は「ガンは不治の病ではない」という信念です。ガン=死という社会通念を砕くことができたからです。

三つ目はどういう状況下にあっても「治るという信念と希望」を持ち続けたからです。

治ると思わなければ治らないのです。心がけていたのは、死病と聞いていたので、死ぬほどの努力をしてみようと思いました。ガンと正面切って「ガン子ちゃん、今どこにいて、何を考えて、どういう気持ちでいるの?」と、いつも尋ねていました。

ガン子ちゃんとその周りの細胞、つまりガン細胞と正常細胞が仲良くして欲しいから「許せ、愛せ、団結せよ!」ふふふ、、ガン細胞が大きくならないように、わがままなガン子ちゃんを周りの細胞に許してあげて欲しかったのです。嫌な細胞なんだけど「愛してあげて」と。「許せ、愛せ、団結せよ!」それをいつも言っていました。
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動機付けをして頂いたのと、死病だと、、(他の人は)本当に死んでいきましたからね、、、どうせ死ぬんだったら、死ぬほど戦ってみたいと。ガンに呪われた人生だとか、災難が降りかかってきたとか、罪を冒したからだとか、ガンの家系だとか、そんなことを言ってもけして幸せにはならないと思います。

ガンを通して幸せになって欲しいし、気付きを与えられた時に転換して、出会っていくもんじゃないかと思います。だから、心の持ち方によって決まるものであると。体がどういう状態であっても、心の方向付けをしていったならば、必ずいい方向に行くし、治療方法が良ければ治ると、私は確信しています。

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(ナレーター)昭和58年、順調に治療が進む中、長友さんは身ごもります。そして翌年、様々な不安を乗り越えて双子を出産。子宮絨毛ガンの患者としては世界で初めて、しかも二人の子供には何の影響もありませんでした。

(文字起こし終わりーつづく)

種蒔夫:文字起こししているこのビデオを提供してくださったのはこの長友さん本人です。電話でお話ししましたが、いまもご健在(放送は1993年)で、自分の体験談を多くの人に広めようと活動されています。長友さん、ありがとうございました。

posted by 種まく旅人 at 13:22| Comment(0) | 不治の病の克服 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月06日

2月9・10・11日 高江(沖縄) 9746ー9760

2月9日。ブロッコリーハウスで泊まっていたミュージシャンの皆さんに野菜類の種を差し上げて、
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お別れしました。すばらしい音楽、ありがとう!
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2月10日。ブロッコリーハウスで上映会があり、10数人のお客さんが来られました。9746番〜9758番を皆さんに。
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家族中でインフルエンザにかかり、結局お会いできなかった雪音さん(池田さんの妹)に9759番を、遠すぎて行けなかった儀さんに9760番を、ハウスの管理人の清水さんに依頼しました。

2月11日。上映会で一緒だった速渡(はやと)さんにバス停まで送ってもらいました。彼と話しているときに、奇蹟を感じました。「次回は学校へ行かずに大人になった人たちを訪ねる旅を計画していて、その一人(無名の一般人)にはどうしても会いたいのだ」と自分の計画を打ち明けると、何と驚いたことに速渡さんはその人をよく知る人だったのです。お陰で、その人の居所もわかり会えそうなのです。訪ねる人は富山、速渡さんは確か長野、会ったのは沖縄。1億2千万人の人口、広い国土、時間を一致させて、こんなことが単なる偶然で起こるでしょうか。不思議な出会いでした。
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2018年07月05日

ワールドカップ ベルギー戦

戦い終わって二日。まだ、後遺症が残っているほど衝撃的な幕切れでした。終わり方があまりにあっけなかったので、茫然としました。現実が信じがたく、しばし虚の時間があり、意識が戻ると、すぐにテレビを消して五郎八と散歩に出ました。前を向いて、顔を上げて歩くことができません。「日本国中、今日は肩を落として歩いてるんだろうなあ、、」夢も希望も無くしたような、恋人を失ったような、、、明日はない、、ワールドカップは終わった。

こんなにショックを受けるのはいつ以来だろうか。何でスポーツがごときでこんなにショックを受けるんだろうか。スポーツは麻薬だなあ、、。

日本人でさえこんなだから、ブラジルの人やスペインの人は一生こういう体験しながら生きているんだなあ。4年に一度だから、ワールドカップは20回か、せいぜい25回見て人生を終わって、優勝の年だけを思い浮かべながら死んでいくんだなあ。

何て、大げさか、事実かわりませんが、そう思いつつ、いったい、いつになったら、この気分を回復できるんだろう、、と思っていたら、当日午後には何度も映し出される決定的瞬間を見てました。お葬式のような番組かと思ったら、進行係も解説者もあっけらかんとしたもの。さすが、テレビ。

いっそ負けるならPK戦の方がよかったなあ。気持ちの準備もできるし。今回は、あまりに劇的過ぎました。ただ、その分サッカーの面白さを満喫できたのかもしれません。

しかし、よくわかったのは日本のサッカーが世界でも通用するレベルにきているということ。それに、そのサッカーが世界中のサッカーファンを魅了するような面白いサッカーであったことです。

パラグアイとの練習試合から、興味深いサッカーが展開し始めて、実際に大会が始まってもコロンビア戦セネガル戦でも力量を発揮し、間違いなくいいチームだと思ったら、メンバーを変えたポーランド戦では、それほど面白くもなく最後は戦わずして負けましたが、再びベルギー戦では日本的ないいサッカーを展開しました。

負けはしたものの、このチーム、このメンバーは最高だなあと思いました。サッカーの世界は個々の選手が買われてチームを変わりますが、このチームごと買い取ってくれるリーグはないだろうかと思うほど、個々もさることながら、チーム力がすごくよかったと思いました。

再び新しいチームができたときに、こういう試合展開ができるでしょうか。西野監督の話では、新しい世代はもっと期待できるらしいです。さらにグレードアップされることを期待します。

2点先行した時には、あまりの予想外の展開に、もしかして芝生が手伝ってくれているのかと、期待しましたが、芝生も最後の攻撃にはあっけにとられていたのかもしれません。

私自身の数値的分析では、ベルギーは日本の1.5倍強くて、2点とっても3点入れる実力があると書いたら、本当にそうなってしまいました。1.5倍とは、最後の1分という時間への意識にもありますね。日本側は終了まであと1分の時に、本田のコーナーキックで勝利で終わるか、時間切れで延長戦と思っていたでしょう。いや、その後があったんですねえ。

再び、長い4年が始まります。五郎八と私も4年後を目指して、トレーニングすることにしました。

「五郎八、行くぞ。」
「何だか、うまそう!」
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「おれは、ゴールキーパーの川島だ!」
「僕は犬射です」
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「歯がたたないなあ!こんちくしょう!」
「こら、食べもんじゃないぞ!」
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とうとう裂けてきました。
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かぶりついてダッシュ!
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トイレ休憩
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ゴールへ向かってひたすら国道をひた走る犬射!
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犬射じゃなくて、犬胃でした。
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乾のシュートは素晴らしかったですね。
思いがけない二点目に、想定外の大声が出ました!


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2018年07月02日

サッカーと植物

今晩のベルギーとの戦いの競技場では事前に練習はできないとテレビが言ってました。両チームとも見るだけのようです。何故なら、競技場の芝生のためなのです。芝生ごときで、練習をさせないとは意外でした。主催者が競技の際に会場をよく見せたいからなのか、本当に芝のことを慮(おもんばか)ってなのか、わかりませんが。

それでふと思ったのですが、芝は植物です。昨日も紹介したように、植物に意識があるとすれば、芝にお願いしましょう。「日本チームだけに、ボールがうまく転がるように、芝さんお願いします」と。

本によれば、距離は関係ないようです。みんなでロシアの会場「ロストフ・ナ・ドヌ」の芝をイメージして、「日本に味方して!」
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追加:アウェイよりホームの勝率が高いのは、本拠地の人たちの気持ちを察して芝も味方しているのかもしれません。実際、ランキング70位のロシアも強豪スペインに勝ちましたし、

世界中の競技場に日本の魂を植え込んだ日本の芝を安く売って、日本の芝だらけにしたら、連戦連勝!これは人間の植物への意識を高めるためにも画期的なことかもしれません。人間同士の勝敗の価値だけにこだわっている狭い了見の人間に一撃を与えるでしょう。

posted by 種まく旅人 at 23:10| Comment(0) | 植物の神秘生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

植物とは何か 2

「植物の神秘生活」第1章 

植物王国の扉を開いたバックスターの大発見
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バックスターとうそ発見器

うそ発見器検査官の第一人者のバックスターはある日ドラセナの葉にうそ発見器の電極を取り付けてみようと思い立った。熱いコーヒーカップの中に浸けたが反応はなかった。そこで葉を焼いてみようと思い、彼が心に炎の像を描いた瞬間、グラフ上の自動記録模様に劇的な変化が現れた。

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ドラセナ

しかし、葉を焼くふりをしたときの針の動静を注意深く調べてみたが、反応は皆無だった。植物には本当の意図とうわべだけの意図とを識別する能力があるらしかった。

植物は人間による威嚇ばかりでなく、犬の突然の出現とか植物に好意的でない人が不意に現れるような漠然とした脅威に対しても反応した。植物は他の植物が自分に迷惑をかけることは予想だにしないが、動物や人間は動き回って気まぐれだから、注意して監視している必要があるのか、、。

ある日、カナダから生理学者が植物の反応を確かめるために訪れた。ところが1番目から5番目までの植物は無反応だった。6番目にようやく反応が出た。その原因がその学者にありはしないかと「あなたの仕事に植物を害するようなところはありませんか?」と尋ねた。学者は「私は研究対象としている植物を死なせています。植物をオーブンに入れて焼き、植物の乾燥重量を得て、それを分析しています。」植物たちは学者が帰ると同時にどれもみな反応を始めた。

精神病学者のアリスティド・H・エッサーは化学者ダグラス・ディーンは一人の患者を実験台にした。患者は一株のフィロデンドロンを大切に育てていた。それにポリグラフを取り付け、患者に一連の質問をしたが、いくつかの質問には虚偽の回答をするように指示しておいた。植物はいともやすやすと虚偽の回答がなされた質問を検流計を通して指摘した。
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フィロデンドロン

バックスターは研究生の一人に室内の二本の植物のうちの一本を引き抜き、踏みつけ、完全に殺すようにさせた。残った一本の植物にポリグラフをつなぎ、その生徒を含む6人の研究生をその前で歩かせてみた。案の定、他の5人には無反応だったが、犯人が近づくやいなやメーターの針を激しく振らせた。

彼は世話をしている植物にポリグラフを取り付けたまま、外出して、自分の感情の流れに植物が反応していることを確認した。植物とそれを世話する人間との間には、距離に無関係に共感ないし絆が作り出されているだろうことを発見した。

転載終わり。

種蒔夫:バックスターの実験を否定する科学者もいますが、日本には実際に似たような検査機械を創作し、実証した日本人がいました。以下、昔、たけしの番組で取り上げた様子です。この橋本健氏自身は東大卒・黄綬褒章受章の立派な科学者ですが、番組を見ていると段々と嘘っぽくみえてきますが、特筆すべき人物です。それと、さんまのサボテン実話も真剣に話しているのが興味深いです。


posted by 種まく旅人 at 12:07| Comment(0) | 植物の神秘生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月01日

NHKスペシャル 人間はなぜ治るのか? 第二回 心がガンを治した その二

6月19日の「NHKスペシャル 人間はなぜ治るのか? 第二回 心がガンを治した その一」の続きです。
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/460071083.html

東京K病院。心と体の両面から自然退縮の状態を人為的に作り出して行こうとしているガン専門の病院です。全身温熱療法と呼ばれる新しい治療を行っています。点滴の輸液の中に入れた発熱剤によって、全身の体温を40度にまで上昇させ、2、3日持続させるものです。
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ドイツの医師ブッシュによって、世界で最初に報告された自然退縮の患者は40度以上の発熱を繰り返した後にガンが消えたと言われています。全身温熱療法はその治癒のメカニズムを応用発展させたもので、体の持つ治癒力が熱に弱いがん細胞を叩くことを援助するというものです。通常の10分の1程度の抗がん剤を併用しますが、副作用もほとんどありません。

成田亮三さん、31歳。ガンの一種、脂肪肉腫が肺、肝臓、腎臓に転移。他の病院で抗がん剤による治療をやり尽くしたあと、最後の望みを託してここに来ました。モルヒネもいらなくなり、新しい人生のスタートです。
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(妻)来たら何とかなるだろうと中途半端な気持ちで北海道から出て来たんです。しかし、医者は「そんな中途半端な気持ちでいるなら、これだけ難しい病気は克服できない。北海道に帰ったほうがいいですよ」と言われました。甘い気持ちにまず愛の鞭を頂きました。その時に初めて目が覚めたんです。
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自分が治すんだという気持ちを強く持たなくてはいけないということですね。極端にいえば、自分の体験と同じ目にあって欲しくないということを、街頭に立ってでも人に訴える、そういう迫力、気迫が病気に立ち向かう第一条件だと言って頂いたんです。本当にありがたかったです。

それと、家族との団結が最初はあまりなかったんです。最初は私と主人と私の弟と3人できたんです。しかし、追い返されてから親兄弟みんなに泣きながら二人で電話をかけたんです。「とにかく助けて欲しい、力を貸して欲しい」と。次の日に、、(嗚咽)北海道からですね、、、、7人、、来てくれたんですね。両方の両親と主人の兄弟がですね、それで医師は認めてくれたっていうか。家族の団結がなければ、治らないんですね。

(成田)人の愛っていうのが、ほんとに生きていく上ですっごく大切なんだなというのが、本当に身にしみて感じてます。向こうでは無茶苦茶落ち込んで、泣いてばかりという感じだったんですけども、こっちでは、そんな気持ちだったら、あっという間に、、っていう。だから前向きに前向きに常に心を持っていって、頑張って行こうって思っています。
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(妻)今、現状はかなり厳しいんです。ギリギリのところなんですけども、それでもとにかく生きたいという気持ちを強く持って、、、見ていて本当に頑張り甲斐があります。今まではすべて受け身の治療だったんです。何かしてくれる、それがここでは「自分で治すんだ」という前向きな姿勢なんです。
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小池典子さん、34歳。昨年6月、首のリンパ節にも転移がある乳がんの末期。手術不能と言われ、k病院に来ました。ここではどんな専門的データも全て説明がなされます。
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(医師)11回(温熱療法?)やったんですね。左の乳房にこれくらいの、直径12センチくらいありました。6月23日に他のがん専門病院で診断されて、治療不能であると言われてこちらにこられたんです。
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その後、温熱療法をやりまして、全身の熱を繰り返してやりまして、これが10月27日。そこにあったものが、ほとんどガンが退縮というところです。抗がん剤をほとんど使ってないわけですから、抗がん剤で縮んだわけじゃない、自分で治る力、免疫の力、脳は最大の治癒力を発揮して、だいたい自分で治ったと思っていいんです。
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k病院では患者と家族にレポートを書いてもらいます。患者の心を見つめ、治療に役立てるためです。最も大切なことは発病の原因が自分の心の持ち方や、性格、そしてライフスタイルにあったことを気づかせることだと、林田さん(医師)は言います。
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ガンが不運な偶然から起こるのではなく、自分の心にも原因があったことを気づいたとき、初めて自分にもできることがあるとわかり、闘病に自信が持てるからです。
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小池さんは父親の思い出からおずおずと書き始めます。駅前で店を経営し、深夜はタクシーの仕事をしていた父は子供を褒める余裕はなかったのでしょう。勉強していれば、店を手伝えといって叱られる。オール5の通信簿が4が二つになったときには、「みんな5じゃない」と叱られ、顔を合わせれば小言ばかりで、父を嫌っていました。
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そんな生育歴が悲観的でストレスを溜めやすい、抑うつ的な性格を作ったのではないか、小池さんのレポートは自らをそう分析していきます。

若くして結婚離婚、そして再婚を経験する中で、小池さんは発病します。新しく始めた生活もうまくはいきませんでした。その頃の自分を振り返り、どこまでも自分を責めるしかなかったと記すのです。書き進めるうち、小池さんは気づいていきます。発病には父親や夫に責任があるのではなく、むしろそうした出来事に対する、自分の反応に問題があったのではなかろうかと。そしてこう結びます。ガンは自分らしく生きるきっかけとして、自分が作ったのだと思います。4ヶ月後、小池さんは目覚しい回復を見せたのです。
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(医師)「私こと夫、家庭内での環境作りに徹していきたいと思います」と書いてあります。「私を含め、本人がストレスを溜めないためにはどうしたらいいかと、話し合い協力し、実行することが大事だと思います」と書いてあります。「プラス思考で前向きにやっていこうと思います」一応、積極的になられましたね。よかった。
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(医師)これをもう、三日間でも四日間でもお祝いして、ご主人と旅行でも行って立て直したらどうですか?
(小池)そうですね、本当にお祝いしたいですね。

k病院の患者の会、月一回の会をすでに12年続けていました。体験を交換し合う中から、自らの内面を見つめ、新しい自分に気づいていくことが、大きな目的の一つです。
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(吉水)「主人との仲は大変良いのですが、主人が家に帰ってくるのが、楽しくなったと言いました。それまではあまり言わなかったんですが、角を曲がるとまた家の中でゴタゴタやっているんじゃないかと。旅行に行く前から、まず喧嘩が始まって、帰ってきたら必ず文句を言う。旅行に行っても非常につまらなかったと。いまは旅行に行っても、私がとっても楽しそうな顔をするそうです。
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いまはどこへ行っても何をしても何を食べに行っても、非常に楽しいと。だから、ガンというのはすごいもんだねと。両親が作ってくれた人格、プラス主人が20年かけて治らなかった私の人格が2年間で治ってきたと。

(新田)私には子供がいるってことで、社会から隔離されたキャリアを自分で?なかった不満がすごくあったんです。そして子育てが一段落して、自分の人生を新しく始めようと思ったときに病気になりました。そして病気になったことで、私は癌センターで手術をしたんですけど、その時に夫の中に病気はあなたが勝手に自分で作った病気だから、医者に治してもらって元気になったら家に帰ってらっしゃいと言われたことが、すごいショックでした。
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それが私の中で心の中のしこりとしてずっと残りまして、癌センターで手術した後もこのままなら手術はしたけれど、死んじゃうのかなというのがずっとありました。「あ、ここに行けば自分が変わって治るかもしれない」と、それでここに来ました。ここで治療するときの条件として、ホリスティックで協力してくれないなら、離婚するということで、がん治療に協力することが離婚しないことの条件だと言いまして、それがちょっとでもしてもらえないなら、離婚するからと喚いていました。

がんになったことで、しまったと思い、自己嫌悪がすごかった。しかし、がんになった後ろめたさも吹っ切れて、軽くなりました。そして、夫も協力してくれているのが実感として私にわかるようになった時に、しこりが取れたというか、恨みがましい気持ちがいっぱいだったのが、少しは解けました。まだじくじくと残っていまして、それはこれからの私の課題でもあると思っています。

(夫)この2年近くの闘病生活の中では、明日にでも離婚されかねない強いストレスの中でやっているんじゃないかと思うんですけど(笑)、でも今日があれば、いい明日が必ず来るなと、二人手を携えてやっています。よろしくお願いします。
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つづく
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2018年06月29日

ワールドカップ フェアプレーポイント

日本とセネガルが勝ち点も得失点差も同じだったので、フェアプレーポイント(アンフェアなプレーの数)が少ない日本が一次予選を突破しました。昨日私が賞賛した日本のフェアプレーぶりが、最も重要な決勝トーナメント出場に繋がったわけです。「だから、フェアプレーをしていてよかった!」とも言えますが、問題はそのポイントを守るために、攻撃をせずにボールを回している行為はフェアプレーであるのかどうか。

できれば、精一杯動き回って、点を取りに行った結果であって欲しかった。それが真のフェアプレーを重んじるチームがすることではなかったか。見方を変えれば、この行為だけでレッドカード5枚分くらいだったかもしれません。とにかく、海外から猛烈な批判にさらされています。この規則を決めた人は、まさかこういう自体になることは予想していなかったでしょう。

ただし、この制度は評価できる点もあります。フェアな戦い方をしていても、せいぜい良くて「フェアプレー賞」というものを授与されるだけで、ほとんど評価されないと思っていましたが、このように結果につながるのであれば、フェアプレーは生きてきます。そういう点で逆にセネガルは「結果につながるから、これからはイエローやレッドカードをもらわないようにプレーしよう」と思っているかもしれません。それはそれでいいことです。

日本の行為を批判している国のチームが同じ立場だったら、どうでしょう。他国だから批判しているとも思います。今後、仮に同じことが生じてその国が時間いっぱいまで攻撃を続けたら「あの時の日本は逃げたが、彼らは逃げなかった」と賞賛されるでしょう。果たして、そういう国が現れるか。

問題はこの規則自体にもあるでしょう。一番良いのは時間がかかっても、その両者を再び戦わせることです。今回の行為が許されるならば、日本側は最初からボールを回して、結果的に0−0の同点に持ち込めばよかったのです。これでも同様に一次予選突破になりました。それはしないけども、最後の10分くらいならば、ボール回しをしてもいいだろうと思ったのでしょうか。しかし、同じだと思います。時間の長短ではなく、その考え方に問題があります。

同様に、勝っているチームが相手に点を入れさせないために、自陣でボールを回して時間稼ぎをすることがありますが、これとて同じことですが、あまり批判されないのは、みんなが慣れてきたからでしょうか。

「スポーツとは何か?」ということにもつながる深い問題だと思います。結局、勝利至上主義ーどんな方法だって、勝てばいいのだ!という功利主義的な考え方になっていきます。「何をしたって儲かればいい」という、いまの世界そのものですが、それがスポーツの世界も同様になれば、この世界はいよいよ歪(いびつ)になっていくように思います。海外からは「今回の行為はサムライではない」という批判がありますが、不正ばかりのこの世界にあって、外国人も本物の侍を求めているのかもしれません。それに答えられなかったのは誠に残念です。

日本の試合が見ることができるので、それはそれで嬉しいですが、こういう消極的な姿勢、堂々と渡り合えなかったプレーが彼らを萎縮させないか、心配なところです。それでなくても、次戦の相手のベルギーは予選全勝で勝ち上がり、初戦で自信を喪失してさらに韓国に負けたランキング一位のドイツとは異なり、ランク3位の強豪がベストコンディションで挑んできます。日本チームの決勝トーナメント進出は奇跡どころか、実際には十分に実力がありましたが、次戦の勝利は本当の奇跡でしょう。強いチームの本当の実力を知ることになると思います。私の統計によれば、あらゆる点で日本の1・5倍強そうです。2点入れたら3点、4点入れても6点入れられるレベルです。

今日の最後は、いつも厳しいセルジオ越後さんのコメントを

【セルジオ越後】

時計の針を進ませるためだけに、両チームがいたずらにパスを回す。スタンドからはブーイングが聞こえてきた。皮肉なもんだよね。結果的にイエローカードがセネガルより少なく、フェアプレーを評価されて勝ち上がった西野ジャパンだったけど、時間稼ぎをしたことで、拍手ではなく、大ブーイングを浴びながらグループリーグ突破を決めるハメに。これは極めて珍しいケースだし、なにがフェアプレーなのかよく分からなくなってきたよ。
 
 勝利を目指し、堂々と勝負して、その結果、このルールが適用されて決着がつけばいい。でも、今回は違うよね。当たり前だけど、ワールドカップは世界中の人が見ている大会だ。そのなかで、日本の決勝トーナメント進出はどう見られたのか。どう評価されたのだろうか。祝福しているのは、おそらく日本だけなんじゃないかな。それが何を意味するのか。この点は冷静に振り返るべきだよ。
 
 手段にはこだわらず、なんでもいいから勝てばいい? そう考えることが一番、フェアプレーに反しているような気がするけどね……。



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2018年06月28日

ワールドカップ 突破の夜

ワールドカップが始まってからこの二週間ほど、グループ突破の可能性を残す戦いをし続ける日本チーム。期待がどんどん高まり、何だかずっと楽しい気分です。日本の人口の半分か、それ以上がそれに巻き込まれているでしょうか。この高揚感はオリンピックとワールドカップくらいです。

しかし、嬉しいのは期待以上であることや、負けない戦いをしているばかりでなく、見ていて面白いサッカーをしているのからでもあります。ボールを取るのもうまいし、肉体的にも力負けしてないし、パスワークもチームプレーも素晴らしいし、点を入れられても落胆せず淡々と試合を進めるし、他国に比べるとずっとフェアプレーだし、ベテランと新世代がうまく機能しているし、、、、協力し合う点と忍耐強さ、感情的にならない点でとても日本人的だと思います。他国を真似したサッカーでなく、日本的サッカーをしている点がいいなあと思います。試合後の他国のプロのコメントも同様で、かなり日本的サッカーは評価されています。

一人一人の力量も上がり、海外で活躍している選手も多くなったことも原因だし、西野監督の選手のコントロールとその采配がいいのだと思います。先日のオフサイドトラップは見事で、こんな技もあるのかと感心しました。西野監督のコメントの様子も、口下手なのが逆に真摯な感じで、この人は評価そのものよりもいいサッカーがしたい人であり、サッカーを本当に愛している人だと思いました。実績があるのに、どうして今まで監督に指名されなかったのか。知将ですね。

こういうサッカーを通して、いつか優勝して欲しいですが、それは案外今回かもしれません。と書きたいほど、調子がいいですね。いまの状態なら、トップクラスのチームと当たってもそれほど多くは失点もせず、得点もできそうな感じがします。日本とセネガル戦の前のポーランド・セネガル戦を見た時に、セネガルは優勝の可能性があると感じたほど攻撃の速さがすごくて、ランキング以上に力があると思いました。それにもかかわらず、セネガル戦は同点でしたから、よほど日本に力があるのだと認めざるを得ませんでした。

ベテランも次世代も活躍した試合でしたが、次世代組を支持する者として、統計好きな私は数値での分析をしてみました。

以下、https://russia2018.yahoo.co.jpの資料より

今まで2戦合計4得点に絡んだ起点とアシストと得点者の関係は以下です。

コロンビア戦

大迫ー香川(PK)
本田ー大迫
 
セネガル戦

柴崎ー長友ー乾
乾ー本田

得点に絡んだ9回のうちの6回がベテラン=過去出場(大迫・香川・長友・本田)ですが、大迫を次世代組と見れば、ベテラン:次世代=3:6となり、次生代組は二倍の活躍になります。

二戦合計シュート数の比較では

大迫 7  W杯2度目
乾  5  W杯初出場
香川 2  W杯2度目
本田 1  W杯3度目

15回のうちのベテラン組は10回ですが、同様に大迫の見方を変えればベテラン組:次世代=3:12で次世代が4倍。

また、初出場選手とベテランとの活躍の度合いは得点ばかりでなく、他の面でも比較できます。

二戦合計・パス成功数合計・多い順に

吉田  132回 W杯2度目
長谷部 131回 W杯3度目
昌子  129回 W杯初出場

DFで初出場の昌子がベテランと同じレベルで働いています。

二戦合計・スルーパス・クロス・ドリブル・タックル各成功合計数

長友  6 W杯3度目
香川  4 W杯2度目
大迫  3 W杯2度目
長谷部 2 W杯3度目
吉田  0 W杯2度目

合計 15

柴崎  6 W杯初出場
酒井  5 W杯初出場(前回出場機会0なので)
乾   4 W杯初出場
原口  4 W杯初出場
昌子  2 W杯初出場

合計 21            

ベテラン15回に対して、初出場組は21回。これも大迫を次世代組にすれば 12:24になり、次世代組がベテラン組の倍になります。

ゴールキーパーを除いて5対5の半々ですから、初出場組が活躍していることを示し、明らかに世代交代が始まっています。

新しい世代というよりは、旬の選手が大事だと思います。旬は一瞬。いつまでも続くわけでもありません。特にサッカーの選手は短い。旬の年齢も人によって違います。それを見極め、それは見逃せません。サッカーの旬の国ポルトガル(FIFAランキング4位)リーグで活躍中(21試合10得点12アシスト、期間最優秀FWに選出)の中島翔哉は今が最も旬の選手。選出されていれば、もっと点が入っている可能性もあったんじゃないかと素人応援団は思うのです。

今回、直前に監督が変わりましたが、それは悪くないと思いました。何故なら「さあ、日本のために頑張って行こう!」と西洋人監督が言っても、実感が湧きませんが、同じ日本人ならば同レベルの日本人的共感性があります。マスコミからのプレッシャーも同じ感覚で味わっていますから、苦しみも楽しみもお互いよく理解し合えます。外人監督は自国に帰ったら、成功も失敗も置いていけます。日本人監督はその賞賛も叱責も一生ものです。それくらい重いものを抱えています。

無論、西野監督の采配は言うまでもないでしょう。それなのに何故日本人が監督になりにくいのか?外人依存症があるからなのか、日本人は大きな責任を負えないからなのか。しかし、その中で岡田監督はよく戦ったと、今でも思います。岡田監督の好例が生まれたので、日本人監督になっていくと思ったら、また外人に戻ってー岡田・トルシエ・ジーコ・オシム・岡田・ザッケローニ・アギーレ・ハリルホジッチ・西野ーと外人が圧倒的。

日本人独特の戦術、技術が確立されたら、日本人として見ていて面白いし、日本人として納得が行くと思います。体が大きいものだけのスポーツではないことを証明してくれます。日本人独特と言えば、外人に比べてひどい反則が少ないのも特徴です。先日のセネガル戦を見ていても、セネガル選手は手を使って顔面を叩くような場面がありました。日本人も服を引っ張ったり、体を抑えたりの反則を侵しますが、喧嘩になりそうなひどいやり方はしません。

いつだったか日本人選手に対して「フェアプレー賞」が授与されましたが、それは毎回もらってもいいほど、プレー態度は素晴らしいと誇りに感じます。賞の授与だけでなく、その価値をもっと高めないと汚い手を使ってでも勝てばいいというプレイになってしまいます。すでに、実際にそうなっています。痛くもないのに痛そうにしたり、ぶつかっても無いのに大げさに倒れたり、叩いたり、蹴ったり、、、。他国同士の試合を見ていると本気で喧嘩になりそうな場面も結構あります。

ただ、日本の強みもここにあって、他国選手が頭が熱くなってイライラして集中力が無くなった時こそが、攻撃の狼煙(のろし)を上げる時ですから。強い相手には、この戦術で行くのが一つの方法だと思います。まさに、セネガル戦はそうだったと思います。叩いたときにはすでにイライラし始めていました。だから、終盤にはもう一点取っていてもおかしくありませんでした。

「解説者の違い」

野球も同様ですが、元選手が解説します。しかし、選手として優秀でも競技の解説となるとまるでダメな人もかなりいて、解説を聞かない方がいいと思うときもあります。そういう人はやたらと褒めて、勝つ可能性があるようなことをばかり言います。こんなにやられているのに、そんなわけないだろ、と思うのですが、そういう口調は終わりまで変わりません。期待させるだけの解説者は視聴者をバカにしているように見えるし、悪いことが言えない気の弱い人だなあとも思います。戦時中の大本営発表みたいに思えます。

逆に良い解説者はプロだからこそ知っていることを言うので、見ていて勉強になります。先日のセネガル戦も「セネガル側の守備が悪くなった」と言うのですが、見ている方は何故だかわかりません。アナウンサーに問われて、それを説明してくれたときに、奥深いなあと感心しました。そう言う人は、やたらと褒めたり、期待させたりはしません。だから、そういう点でも信用がおけるし、試合を客観視できてより競技が面白くなります。視聴者のレベルアップには分析力のある解説者が不可欠ですが、スター的な人や芸人的な冗舌家がやりがちです。

「試合の流れ」

テニスを見ていても思いますが、試合には流れがあると。すごいいい調子でやっていて、この調子なら勝てると思っていると、数分後には「あれれ」と思うくらいに劣勢になっていて、どうしたの?と思うことがよくあります。

試合の流れとは一体どうしてやってくるのか?流れを生む要因というのが必ずあるはずです。それを支配したものが、試合に勝てるのかもしれません。試合の流れの研究をして、それを把握すれば、勝率は上がるはずです。稀に流れをほとんど手渡さない選手やチームもいます。これが一流と言われる人ですが、多分それを熟知しているのでしょう。

一つの原因としては精神的脆さがあるでしょう。一つの失敗プレイで意気消沈する場合もあります。だから、強い選手というのはそういうことをコントロールできるのでしょう。あるレベルに達したら、最後は精神のコントロールを学ぶべきだと思います。それはいくら練習を積んでも身につかないものでしょう。

そういう点で、今回の日本のチームは精神的に強いなあと思います。点を入れられても、冷静に試合を進めていました。W杯前には不安定さしかなかったのに、同じ人間がしていても、こうも変わるものかと思います。西野登場ですかね、要因は。彼は自分をコントロールし、また選手をコントロールできるのだと思います。

「日替わりヒーロー」

一回戦で「半端ない」で名を挙げた大迫。しかし、二回戦では乾と本田が点を入れたので、あれほど大騒ぎだった「半端ない」は紹介頻度が激減。2試合で得た4点は香川、大迫、乾、本田とそれぞれ得点者が違います。これはいいなと思いました。毎回違うヒーローがいるのがチームワークで勝つ日本的なところだと思います。

一人のヒーローがいるチームはヒーローが調子悪かったり、病気や怪我で休んだりすれば、それで終わりです。危険な賭けになります。それよりは少々弱くても、全員がFWになれるくらいのチームの方が、試合が面白いと思います。全員で勝ったと思えます。ヒーローがいれば、勝ったら全てその人の賞賛になりがちで、防御で活躍していても目立たず、ちょっと褒められる程度。

今回の強豪と言われたアルゼンチンがいい例です。最後にやっと勝ちましたが、二戦目まではメッシが点を入れられないので、とうとう最下位になり予選突破は難しい状況を作りました。薄氷のグループ突破でした。レバンドフスキを擁するポーランドも同様です。現在最下位。

世界最優秀選手であるバロンドールはいつもストライカーです。これも不公平なことです。1点入れる選手もいれば、1点防いだ選手もいるわけで、だからこそストライカーの活躍も生きるのです。DF、MF、FW、GKそれぞれにバロンドールを設けるべきです。

「ポーランド戦」

弱い日本がコロンビア相手に奇跡的に2−1で勝つと予想していた私ですが、実際の戦いを見たら、過去の日本チームと異なり見応えのある試合ができること自体に驚きました。結局、奇跡というよりは、一人一人に力はあるのに、それが発揮できなかった、あるいはチームワークに問題があったと思われました。今思い返せば、前監督更迭はやむを得なかったかなと思います。さらに、コロンビアより強豪だと思われたセネガルにも互角に戦い、その実力が嘘ではないことを証明しました。ということは、ポーランドにも十分勝てる力を持っていると思えます。同点以上の力はあるでしょう。

しかし、問題は仮に先取点を取った時です。2006年ワールドカップ予選のオーストラリア戦に前半に中村が先取点を取っていいムードだったのに、後半終盤に同点にされると集中力を欠いてその後の8分間でさらに2点を取られ、結局1−3で負けました。とても印象的な試合でした。その点の取られ方があっという間の出来事で、あっけに取られました。同じ大会のブラジル戦でも前半1点先取した後の前半終了間際に1点、後半で3点取られました。勝ちムードになった時の慢心が一番怖いように思います。

ポーランドは元々強豪ですから、力を抜いたが最後、ボンボン入れられる可能性があります。3試合目で集中力も切れかかっているかもしれませんし、それだけがちょっと心配な今夜です。

最後に歴代の外人監督の中でただ一人この人なら日本人の監督でもいいと思えたオシムさんのコメントを紹介します。あの人だけは国を超えた真の監督だと思いました。残念ながら、病気で交代しましたが、あの人で本戦に出たらどうだったか、いまだに残念な思いです。

2018.06.21
オシムが語るコロンビア戦。

「日本は相手の退場で勝ったのではない」
ズドラフコ・レイチ●文 text by Zdravko Reic  利根川 晶子●翻訳 translation by Tonegawa Akiko

 W杯が始まった。各国の戦いを興味深く見ているが、なかでも特別な思いで追っているのは、かつてユーゴスラビアという名の同じ国であったクロアチアとセルビア、そして私が率いたことのある日本だ。

 その日本が初戦でコロンビアに勝利した。W杯でアジアのチームが南米のチームを破ったのは史上初だ。まさに快挙という言葉がふさわしい。
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コロンビア戦で決勝ゴールを決めた大迫勇也 photo by Sano Miki

 正直、大会が始まるまで、日本がコロンビア相手に勝ち点3を挙げられるとは思っていなかった。日本が勇猛なチームであることは知っていたが、W杯前のデリケートな時期の監督交代は、あまりにもリスクが高かった。

 おそらく西野朗氏が新監督に就任したことが、日本を救ったのだと思う。西野氏はもともとチームの中にいた人間で、詳細なチーム内の状況を熟知していた。新監督に与えられた時間は少なかったが、それがあまり足かせにならなかったのだ。

 チームにおいて、選手が監督の指示を速やかに受け入れることが、私はとても重要だと思う。選手から監督に対するプレッシャーは受け入れられない。ただ、時には彼らの言い分も理にかなっていることがあるのだが……。

 コロンビア戦は、日本が勝つべくして勝った試合だったと思う。もちろん、立ち上がりすぐのPKとカルロス・サンチェスの退場は、日本にとって大きな僥倖(ぎょうこう)ではあった。おかげで日本はすぐにリードすることができたし、コロンビアより1人多い人数でほとんどの時間をプレーすることができた。そこで試合の方向がかなり決まったのは否定できない。

 ただ勝敗を決めたのはそれだけではない。

 コロンビアが最初にピッチに姿を現したとき、私は彼らの傲(おご)りを感じた。2014年ブラジルW杯で準々決勝まで勝ち進んだ彼らは、自分たちの勝利を信じて疑わない様子だった。南米選手にありがちな、そうした驕慢(きょうまん)を私はよく知っている。そして彼らはピッチでその代償を支払うことになった。サッカーとはそういう風にできている。相手を見下せば、必ず手痛いしっぺ返しにあうのだ。

 前半の日本は、PKのシーン以外では、全体的に攻めあぐねている感じだった。しかし後半に入ると、日本のアグレッシブさがコロンビアを凌駕するようになった。

 コロンビアのホセ・ペケルマン監督が後半にハメス・ロドリゲス、カルロス・バッカという2人のアタッカーを投入したことは驚きだった。この交代で彼は「試合に勝ちたい」という強い気持ちを見せたのだろうが、10人で戦い続けたチームがどれほど疲れていたのかまでは、見えていなかったようだ。

 日本が得た勝ち点3は非常に貴重なものではあるが、ゆめゆめこの勝利で慢心してはならない。決勝トーナメント進出においては、まだ小さな一歩に過ぎない。

 セネガルもポーランドに勝ったことで、グループHは先行きが読めなくなった。次の試合は日本にとってもセネガルにとっても、非常にハードなものになるだろう。

 セネガルは次の試合でグループリーグ突破を決めようと、何が何でも勝とうと出てくるはずだ。彼らの身体能力は恐ろしく高く、また経験も豊かだ。ほとんどの選手がヨーロッパ5大リーグの強豪チームでプレーしていることは、彼らの持つ大きなアドバンテージである。

 しかし日本人も、それには及ばないものの、決して無名のチームでプレーしているわけではない。多くの選手がヨーロッパのチームに所属しているので、戦術もよく理解し、勝ち残るための駆け引きも身につけているだろう。西野監督もきっとわかっているとは思うが、引き分け狙いで闘っては絶対にダメだ。守りを固くすることは必須だが、同時にゴールを得るために前に出なくてはいけない。互いにベスト16入りの夢をかけた試合は、絶対に0−0のスコアレスなどでは終わらないはずだ。

 もうひとつのコロンビア対ポーランドの試合の結果も非常に重要になってくる。日本にとって一番理想的なのは、この試合が引き分けに終わることだろう。

 日本が決勝トーナメントに勝ち進むことを私は心の底から願っている。日本代表は、黙々と自分たちのすべき仕事をし、最後の最後まであきらめず戦い続けるチームだ。どんなに不利な状況になっても、タイムアップの笛が鳴るまで、まるで決勝を戦うようなスピリットで戦い続けることができる。そんなチームは世界を探しても日本と、あとアイスランドくらいだろう。片やバイキングの末裔、片やサムライの末裔たちだ。

 いま、私はオーストリアのグラーツにいる。健康状態はあまりいいとは言えない。もしかしたらリスクの高い治療を受けなくてはならないかもしれないが、妻のアシマの励ましを力に変えて、すべてがいい方向に向かうことを願っている。あまり元気ではないが、それでもすべての試合をテレビ観戦している。まあ、時にはソファーでうとうとしてしまうこともあるが……。

 今大会はここまで多くのサプライズが起こっていて、W杯の醍醐味を感じている。それでもやはり最後には有力と言われているチームが決勝トーナメントに駒を進めるのだろう。だが、そのなかにひとつでも多くのサプライズチームが入ってくれれば、それはサッカーにとってすばらしいことである。日本に期待している。

(さらに、セネガル戦では)

オシムがセネガル戦を絶賛。「日本の強さはポーランドより上」

6/26(火) 15:52配信

 日本よ、見事だ。本当に見事だ。このようなエネルギー溢れるサッカーを見たとき、チームスピリットに触れたとき、私は大きな幸福を感じる。

 試合前は日本がセネガルに対抗できるのか、私は懐疑的だった。セネガルの選手の身体能力は非常に高く、すこぶる強靭だ。野生動物のような鋭さを持っている。そんな彼らと互角の戦いをするのは、決して簡単なことではなかったろう。

 それなのにデータを見ると、”デュエル”での勝利は日本がセネガルを上回っている。日本の選手が知能と工夫を駆使して競り勝つたびに、私は誇りのような喜びを感じ、思わず手を叩いていた。

 1点のビハインドから同点にすることは、ただ単にゴールすることより難しい。この2−2という結果は、最後の1秒まであきらめず、集中力を切らさない日本の、まさに面目躍如といったところだろう。いや、それどころか日本は勝つことさえできたかもしれない。柴崎岳のクロスに大迫勇也の足が触れていれば、それも可能だったはずだ。

 今、私はクロアチアに滞在し、クロアチア・テレビの放送でワールドカップを見ている。おりしも日本対セネガル戦の解説者はロベルト・プロシネツキだった。かつてレッドスターやバルセロナ、レアル・マドリードでプレーし、現在は我がボスニア・ヘルツェゴビナの代表監督でもある。

 プロシネツキは日本のプレー、精神力、その統率の取れた動きに驚嘆し、絶賛していた。私はなにか、自分の息子が褒められたかのようにうれしかった。

 次のポーランド戦で、計算上、勝ち点1さえ挙げれば、日本は決勝トーナメントに進出することができる。しかし、頭のどこかで”引き分けでもいい”などと思ってしまうのは非常に危険だ。それでは前へは進めない。守るばかりでは後ろ向きの結果しか出ない。

 次の試合でもこれまで通りのプレーを、勇猛果敢に走り、何が何でも勝つというサムライスピリッツを見せてほしい。今の日本とポーランドなら、強さは日本のほうが上のはずだ。頭を働かせて、正しいメンタリティをもって試合に臨めば、いい結果は出せる。ポーランドのディフェンスは、動きが緩慢だ。日本がそこをつけば、必ずや突破口を見出せるはずだ。

 サッカーの世界に絶対はありえないが、日本のベスト16入りを信じている。それは日本サッカーにとって大きな前進となるだろう。
 
 コロンビア戦後の取材で「体調が悪い」と言ったら、多くの日本人が私の健康を心配してくれていると聞いた。本当にありがたいことだ。持病の心臓に加え、今は右膝を痛めてうまく歩くことができない。本当は手術をすべきなのだが、心臓にはペースメーカーが入っているし、血が固まらない薬も飲んでいるので、それは危険なことなのだ。

 おかげでソファーから動くこともままならないのだが、幸いにも頭だけは健在だ。そして、今回の日本のようなすばらしいサッカーが、私に活力を与えてくれる。

(転載終わり)

あと、3時間でキックオフ!オシムさんに元気を与えられますように!

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posted by 種まく旅人 at 20:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月27日

2月8日 高江(沖縄) 9693−9745

8日 高江。この日は一人一人の写真が撮れませんでしたが、蒔いた種番号は9693番〜9745番。

高江は米軍のヘリパッド問題で有名なところです。島根でドキュメンタリー映画を見たことがあり、その現実も見てみようと思いました。

ウィキペディアより、以下「高江ヘリパッド問題」

高江ヘリパッド問題(たかえヘリパッドもんだい)は、沖縄県国頭郡の国頭村と東村にまたがるアメリカ海兵隊の基地である北部訓練場(ジャングル戦闘訓練センター)の過半の返還の条件となる6ヶ所のヘリパッド移設工事に、東村高江の区民総会が反対決議を採択したことに端を発する一連の問題をいう。2007年7月の着工から、ゲート付近の路側帯に建てられたテントでの座り込みによる抗議が続けられていたが、2015年2月に沖縄防衛局が沖縄県国頭郡東村高江に2カ所のヘリパッド(ヘリコプター着陸帯)を建設して米軍に先行提供したためオスプレイの訓練が急増し[1]、2016年7月には残りのヘリパッド建設工事が再開された。その際、工事に反対して道路や出入り口を不法に占拠する人々が沖縄県警の機動隊や全国から派遣された機動隊員、警察に排除された。

「高江音楽祭」開催のために、複数のミュージシャンが来ていました。彼らとともに、現地の方の案内で基地に行って見ました。

厳重な入り口
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向こうからも双眼鏡で見ていました。誰が来ているか記録されるとか。
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ヘリがやって来ました。
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日々、見学者が絶えないようです。
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この人たちにも種まきしようと思いましたが、黙して動かず。
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この日は大学生の団体が来ていました。
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学生たちに説明していたイサさんに
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イサさんの自宅の工房に伺い旦那さんに
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仏壇の小型版のようなものの工房でした。
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いよいよ音楽祭
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音楽祭会場へ
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まず、地元の仲のいい夫婦から始まりました。
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音道さん
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ナベジさん
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夢野さん
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永山さん
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最も個性的だった地元の清水さん
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ブロッコリーハウスに帰って、打ち上げ。
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高江ヘリバット問題についてネット情報を読むと単純でもなさそうなので、数日いただけの門外漢の私が論じるのはやめます。興味ある方はぜひ現地に行って見てください。




posted by 種まく旅人 at 16:30| Comment(0) | 種受取人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする