2019年01月17日

5月12日 長南町(千葉) 10139ー10168

フリースクール「千の葉学園」(千葉県長南町)のイベントに参加しました。子供、父兄、先生たちに10139番〜10168番を。

着くなり、五朗八の登場に子供達が集まってきました。
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ミツバチの巣がありました。怖がる様子なし。
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池で何かを捕っている男の子がいました。
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ザリガニ?
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餅つきが始まりました。美味しかったです。
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すっかり気に入られた五朗八
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【関連する記事】
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2019年01月16日

4月19日−29日 半田市(愛知)いすみ市(千葉) 10092ー10097・10127ー10138

4月19日、半田市の玉村さんを訪ねました。4人分10127番〜30番。
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3月20日にメールをもらい、「福岡正信さんの米麦不耕起栽培を今年から確実にやっていきたい」と書いてあったので、予めハッピーヒルを郵送していました。過去の種もあったので、2014年から2017年までのタネを送り、発芽の比較をしてもらいました。
2014年
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2015年
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2016年
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2017年
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意外にも、2016年、2017年よりも古い2014年、2015年の方が芽が良く出ていました。何故なのか、原因はわかりませんが、数年前の種籾も十分に発芽することがわかりました。

4月29日、いすみ市の星空の家を訪ねました。
10092番 作業中の方に
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10131番 上田さんに
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10132番 女性に

10133番〜35番 三人組の女性たちに
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10136番 トラックの男性に
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10137番 パンドナルの方に

10138番 宮崎県長友さんへ郵送

カフェ グリーンプラスに行きました。
10093番と94番をお客様に
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10095番〜97番も同じくお客様に
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10098番 お店の方に。


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2019年01月09日

科学、超能力、神、原爆、戦争、未来、などなど 4

NHKBSの「“衝撃の書”が語る人類の未来〜サピエンス全史/ホモ・デウス」はとても興味深い番組でした。

イスラエルの歴史学者 ユヴァル・ノア・ハラリ著「サピエンス全史」(全世界1000万部超のベストセラー)「ホモ・デウス」を紹介したものです。
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ネットで検索したものを含めて、私が個人的に興味を持った部分を紹介します。

1、小麦や稲に家畜化された人間

1万年ほど前、人類は狩猟採集による生活を捨て、小麦や稲を育てる定住生活を始めた(農業革命)。しかし、農耕民よりも過去の狩猟採集民の方が豊かな暮らしをしており、農業革命は、史上最大の詐欺だった。

ホモ・サピエンスがそれらの植物種を栽培化したのではなく、ホモ・サピエンスが小麦や稲に家畜化された。

それまでただの野草に過ぎなかった小麦、稲は、突然世界中で大事に育てられるようになり、植物のうちでも地球の歴史上で指折りの成功を収めた。それ以来、人間は畑を荒らす動物から守ったり、水を苦労して運んだり、糞便まで集めて地面を肥やしたりという労働を強いられた。農耕に向かない体は肉体的にも問題を起こした。(抜粋転載終わり)

「小麦や稲に家畜化された人間!」

意外な視点ですが、私はある時に似たようなことを感じました。栽培を通して植物に関心を持った頃だったからかもしれませんが、走行中に道路の両側から延々と生い茂る植物を見て、ふと「もし、地球に宇宙人がやって来たら、この地球を支配しているのは、この無数にある緑色の物だと思うかもしれない」と。

植物は人間無しでも生きていけますが、人間は植物が無ければ生きていけません。その点からしても支配される側です。

植物は何も話さないし、自由に動き回れないし、人間のような脳があるわけでもないし、静かな生物くらいにしか思っていませんが、そんなことで植物の本質を捉えているとは思えません。

人間が言うところの「狡猾なやつ」かもしれません。私は日本中を旅して米と麦を1万人の人に配りました。そうしたら、途中から様々な種をもらう羽目になって、それも同様に配ることになりました。

自分の意思でやっているように見えますが、見方を変えると植物繁栄のために、植物にさせられているようにも見えます。

1万年前、稲、麦、野菜の繁栄に大いに役立った人間は、今現在、植物からどう思われているでしょうか。

「邪魔者」ですね。環境を破壊して、動植物が絶滅するようなことばかりする思い上がった生物(作物が雇った小作人)。「あえて害のある農薬使わせて、自滅させるしかないなあ。」と思ってないでしょうか。農薬も使っているんじゃなくて、使わせられている。人類絶滅の一方法として。

という風に、植物の側から見ると、思えなくもないのですが、、、、

しかし、現代科学は逆の「人間が植物を支配する」ことを通り越して、植物不要の時代が来つつあります。

2、細胞バーガー

ネット上にあるハラリ氏へのインタビューでは以下のような発言がありました。

特定の細胞を培養することで農産物や肉を生産する「細胞農業」や「培養肉」という技術があります。ステーキが食べたければ、細胞からステーキを育てるだけです。雌牛を育てる必要はありません。

SFの世界の話のように聞こえるかもしれませんが、もうこの技術は現実のものになっています。3年前、細胞から初めてハンバーガーが作られました。30万ドルという巨額の費用がかかりましたが、いま(2017年3月)私の知る限り、細胞バーガーの価格は1個あたり11ドルにまで下がりました。開発者によれば、今後、おそらく10年前後で肉のハンバーガーより価格を下げることができるそうです。(転載終わり)

もし、培養肉が本格的に作られるようになれば、畜産は不要です。多分、同じような技術で牛乳もできるでしょう。捕鯨が問題になっていますが、鯨の肉も培養されるでしょう。食肉から起こる動物愛護の問題は無くなります。

多分、魚も同様です。動物は食べるものではなく、動物園や水族館で見るだけのものになりそうです。さらにネットで調べると植物も同様にできそうです。

農業も漁業も畜産も、つまり第一次産業のほとんどが無くなります。第一次産業とは「自然界に働きかけて直接に富を取得する産業」とありますが、自然界というものから食べ物を得ることが不必要になるので、自然界は自然のままでいられることになります。ウイキペディアの「細胞農業」には、こう書いてあります。

「急激に世界中の人口が増加するにつれてそれに伴う食料の供給が望まれてきた。しかし70億人の中の10億人は飢餓に苦しんでいるのが現状である。2050年に人口は90億人に達し、食料は今の1.5倍は必要になると予測されている。その中で従来の畜産物の生産方法では限界がある。

従来の方法では牛肉1kgを得るために10kgの飼料(主に穀物)と2000Lの水が必要となる 。 世界中で利用可能な水資源の28%、土地の26%が畜産のために利用されており、これからの食料不足を解決する方法として従来の畜産業を用いることは効率的ではない。

また地球温暖化の原因とされる温室効果ガスは、家畜が放出するものが全体の18%を占めているため環境問題の面からも望ましい方法ではない。 さらに衛生面としても、従来の畜産方法は鳥インフルエンザやBSE問題、人畜共通感染症、抗生物質の問題を抱えている。

このような背景から代替的な食料資源や新しい生産方法の確立が求められており、細胞農業は上記のような様々な問題を解決できる方法として期待されている。」(転載終わり)
https://ja.wikipedia.org/wiki/細胞農業

培養肉が美味いかどうかは別にして、この方法は地球の環境問題の多くを解決しそうです。培養肉、培養野菜が世界を席巻する可能性は高そうです。

農業を営んでいる人にはあまりいいニュースではありませんが、消費者には農薬の心配がなくなります。農地は無くなり、自然は愛でるだけのものになりそうです。

ただ、培養肉や培養野菜を嫌い自然のものが食べたい贅沢な人には無農薬栽培している人の野菜や肉は貴重品になるでしょう。時代とともに栽培野菜に対して「クラシックなものを食べているね」と言われ、子供からは不思議な食べ物に思われる時代が来るかもしれません。

ハラリ氏はAIとバイオテクノロジーが人類を変え、人間が神になる技術だと言います。つまり、人間が人間を作り出せたり、死を克服するようになるらしいです。

それに対する我々の向き合い方次第で、ユートピアにもなればデストピアにもなる、支配者階級と無用者階級を作る、と警告しています。

一体、どういう未来が待っているのか、自分なりに想像してみました。

Amazonで何度か買い物をすると、向こうから勝手に「あなたのほしいものはこれじゃないか」みたいなものが出て来ますが、最初に出て来たときには、本当に驚きました。

それが当たっているかどうかではなくて、分析されていることにです。こうして一人の人間の買い物の傾向ばかりでなく、いろいろなことーつまり、その人の祖先のDNA、生まれてからの全ての記録、そういうものを分析したものが完成したら、その人の分身みたいなものが存在します。

そうすれば、人は自分が悩む問題をその第二の自分に相談するでしょう。本来なら悩んで悩んで一年くらいかかる問題を、一瞬にして答えを出してくれるから、時間の節約になるし、悩まなくて済みます。付き合いたい人との相性も見てくれて、付き合うべきか否か、どうしたらうまくいくか、、、そういうことも相談するでしょう。

とにかく第二の自分にあらゆる問題を問いかけて、段々と依存するようになるでしょう。すると、自分で判断することがなくなります。それは自分を失くすことに等しいかもしれません。

これを「データ至上主義」というらしいですが、確かに今の時代、すべてデータで処理し、その結果が重視されます。

テレビの歌番組で優劣を決めるのに、カラオケのコンピューターを使って点数を出すのに驚きました。人間が判断すると不公平になるからでしょうけど、人間の感情が入らない審査って、どうなんだろうと思います。

芸術や芸能文化こそ人間本来のもので、コンピューターやロボットやAIが太刀打ちできないもののはずです。彼らにわかるのは音程の正確さくらいのもので、それがいかに感動的なものであるかはわからないし、そもそも感動は個人的なものなので、それ故に不公平さが出るのも仕方のないものでもあるのです。人間感情よりも、正確さを求める姿勢は完全にAIにひざまづいている状態です。

人間が審査すると「あの審査員は何もわかってない」と文句が出たりしますが、AIが審査すると「そうなんだ。」と納得してしまうという、見ている側の姿勢も完全にAIにひれ伏している。

「何十年先にはAIが人間を超える」とか言いますけど、すでにそれが始まっています。

しかし、こういう場合はどうでしょうか?

将来の仕事をAIが導き出したとして、それが思いもよらないもので、それよりずっと好きな職業があった場合。

大好きな人がいるのに、好きになれない相手の方をAIが最良の伴侶だと判断した場合。

こういう時に「待てよ」と疑心暗鬼する人間性が出るのだと思いますが、しかしやっぱり安全策を取って、AI に従う人が増えていくのだろうと思います。

「好き嫌いじゃない、効率だ」
「失敗じゃない、成功だ」
ということになります。

「失敗から学ぶ」ということもありますが、これをAIは計算に入れられるでしょうか。

これが進むと、人間は感情より理性を大事にし、心の動きを無視するようにならないでしょうか。

失敗してやけ酒を飲んだり、八つ当たりするような人間的姿勢はドンドンなくなり、効率と成功の中で冷静で静かな生活をする。

しかし、とはいえ人間とAIの葛藤の時代があり(今かな?)、それを過ぎればドラマのないAIに従う人間の時代が来るでしょう。かなり大まかで乱暴な結論かもしれませんが、前述の歌の審査のカラオケコンピューター審査がまかり通っているのを見て、相当にショックだったのです。きっと人間に審査させたら違う結果が出ると思うのです。それを無視する局側、何も言わない視聴者側。すでに人間至上主義時代からデータ至上主義時代に移行しているように思いました。

「支配者階級と無用者階級を作る」とハラリ氏は言います。しかし、すでにそういう時代になっているように思います。「GAFA」(Google、Apple、Facebook、Amazon)は無論のこと、大企業が支配する現代社会。

ロボットが進化することで、ほとんどの仕事は無くなり、無職の人が増え、逆にロボットを使って儲ける会社はドンドン大きくなり、資産を増やす。

無用者階級(無職)の人は無駄、無用に思われますが、会社が作るものを使う人間、買う人間として存在しなくてはなりません。(人間は金目的のための存在になる!)そこで始まるのがベーシックインカム。ベーシックインカムって、生活保護費みたいに思っていましたが、異なる点は以下です。

富裕層でもお金を受け取ることができること
生活保護のような面倒な手続きは要らない
生活保護の不正受給をなくすことができる
貧困層が後ろめたさなくお金を受け取ることができる
制度がシンプルで分かりやすい

富裕層にも配るので、お金がかかりそうですが、国民全員一律の金額にすることで、行政コストを大幅に削減できるらしいです。

先日やっていたNHKBS番組「欲望の資本主義」で、ニクソン大統領はベーシックインカムを採用しようとしたらしいです。ところが実験的に採用した結果は、病気は減ったとか、子供が学校に行くようになったとか、良いことづくめだったのですが、ただ一つ離婚率が増加したのが理由で取りやめになったとか。ところがこれだけがウソ情報だったらしいのです。

もし、この時にベーシックインカムが大々的に行われていたら、世界は違う方向に行った可能性があります。

日本では「生活保護費を貰うなんて、もってのほか!働け」と言われ、まるでコジキ扱いです。だから、貧しくても貰いたがらない。「生活保護を受けている人は何もしないで食って寝ているだけ」と思われて、実際そういう人やズルをしてもらっている人がマスコミで話題になるので、悪い印象しかありません。

何故、働くことが美コのように思われ、生活保護を受けていれば怠け者のように見られるのでしょうか。真面目な日本の国民性もありますが、多分、戦後は働かないと食っていけなかった、そして高度経済成長期にさらに働かされた。それが身についてしまっているのでしょう。しかし、これは世界的傾向ではありません。

フランス人はバカンスが人生みたいな(ブラジル生まれ、レバノン人、教育だけフランスの働き者のゴーン氏はちょっと違うかも)国なので、労働=美コというより「何故、そんなに働くの?」と言われ、労働はバカンスのための手段であり、目的ではありません。手段は楽であればあるほどいい。

フランスの生活保護事情も全く異なると思います。「生活保護もらった」と言えば、すかさず「よかったねえ!」と羨ましがれるでしょう。と書いて、ネット検索したら、興味深い事例がありました。以下。

「フランスではあり得ない生活保護バッシング(レジス・アルノー)

人気お笑い芸人の河本準一は生まれる国を間違えたのだろうか。河本は5月、自分は高い収入がありながら母親が生活保護を受給していたことを日本じゅうの人々の前で謝罪した。

 フランスなら河本は模範市民と見なされたはずだ。勲章の1つももらえたかもしれない。フランスの基準からすれば、河本親子は当然のことをした。母親は失業して国に助けを求めた。息子は一生懸命働いて高い所得税を払っているのだから、政府の歳入の足しにさえなっている。息子がいくら成功していても、母親はできる限り政府の寛大さに甘えるべきだ──フランス人ならそう考える。

 フランス人は困ったときに国からお金をもらうことを恥と思わない。日本人より高い税金を払っているから、経済的に困っている人間の面倒を見てもらうだけの金は政府に「支払い済み」だと考える。生活に困っている親を子供が経済的に援助する法的義務はあるが、親は子供の経済状態に関係なく生活保護を申請する。

 実は親が生活保護を申請するのは、決して子供に頼らず、自分の好きなように生活するためだ。フランス人にとっては、国から金をもらうより子供から金をもらうほうが恥ずかしい。一方で子供は、親のすねをかじらない自立した人間に育てる。もちろん親子の絆はとても強いが、国の責任はきちんと果たしてもらう。

 もらえるものはもらわなきゃ、というのがフランス流。フランスなら、河本の母親は息子が成功していても堂々と生活保護をもらえるだろう。生活保護を受ける人の割合はフランスでは総人口の5・7%と日本(1・6%)の3倍以上だ。

 多くのフランス人は政府に助けてもらって当然と考えていて、そのためなら詐欺まがいの手も使う。しかもフランスの公務員は民間より労働時間が少なく失業の不安もない。生活保護を申請する側にしてみれば、あの恵まれ過ぎた連中から金を取り返してやれ、ということになる。
(中略)
河本はフランス語を勉強し、パリでコメディアンとして再出発するべきだ。失敗しても失業保険や生活保護を受け取ればいい。フランスの福祉制度は日本よりずっと寛大だ。」(転載終わり)

「働かざるもの、食うべからず」なんて言葉はフランスにはありません。あっても、従わず「働くものは与うべし」と反論するでしょう。

フランスの浮浪者はいつも手を出して、金や食物をもらいますが、日本の浮浪者は手を出しません。誰もくれないから。

フランスの話はこれくらいにして、

しかし、江戸時代ならば、日本もこれほどには働かず、余裕があり、もっと遊び方もうまかったでしょう。先日取り上げたゆとり世代は案外これに近く、本来の日本人を取り戻してくれるかもしれません。

日本人にとって、働くことこそが目的になっていますが、無論、人によってはそれが楽しくて生きがいの人もいるでしょうが、今の時代、やりたいことで食える人は少ないわけで、だいたいが金を得るためです。生活して、人生を楽しむために働いています。明らかに手段です。

手段は簡単なほど良くて、目的を充実させることこそ大事なはずです。しかし、働き過ぎて、目的達成の時にはすでにエネルギー切れどころか、勘違いして目的を達成した気になっている。

時代をさかのぼって、縄文時代はベーシックインカムみたいな時代だったと思います。何故なら、給料みたいなものは自然の恵み、つまり木の実や果物ですから、給料が落ちているようなものです。栗くらいは栽培もしていたみたいですが、種を埋めとけばいいわけですから、肥料だ農薬だという世界ではありません。

そうすると、とても時間的に余裕があったのだと思います。岡本太郎が縄文時代の土器を賛美していますが、こんなにも創造的なものを1万年前に創作していたのは驚きです。
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それに比べて、稲栽培をやり始めた弥生時代のものは素朴ですが、躍動感や創造性に乏しいです。ハラリ氏の言う「小麦や稲に家畜化された人類」を思い起こします。
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この事例を見ても、ベーシックインカムの時代は自由奔放でいいかもしれないと思うのです。堂々ともらって好きなこと、大切に思っていることを一生懸命するには良いと思います。

ロボットには手が届かない人間にしかできないこと。それは、芸術・芸能とか修行者、瞑想とかボランテイアとか、、。かなり精神的な生き方です。縄文時代の名残は土器くらいしかありませんが、土器から推察するに、音楽、舞踊等もあったでしょうし、芸術芸能盛りだくさんの時代だったと思います。まだ、宗教もないだろう時期に自らの文化を創っていたのはすごいことです。

現代では職業が細分化されて、芸術芸能は特殊なもので、特別な才能の持ち主のものと思われがちですが、本来はそうではなくて、誰でもがするものだったはずです。しかも、競争しなくても良いのです。競うのは金が絡むからで、金は必要な分だけ貰えるので、自分の思うように追求するだけ。現代人は他人との競争が好きですが、本来は自分との葛藤であり、自分自身と向き合う姿勢の方が健全だと思います。

本当にベーシックインカムが当たり前の時代になったら、縄文時代の現代版になる可能性があります。

しかも、培養技術の発達で自然は元の状態に戻り、金のための人口集中はなくなり、自然の中での生活が復活し、みんな自然の中で伸び伸び生きるでしょう。

逆に、儲けたい人、金に執着がある人、人と差をつけたい人、、、そういう人は色々アイデアをひねり出して会社を作って儲ければ良いのです。こういう人たちこそ可哀想な労働者であり、奴隷かもしれません。

しかし、高度な文化的生活をするには大事な要件として、教育があるでしょう。「人間とは何か」ということを中心に教育する姿勢があれば、みんなそれぞれ追求し始めるでしょう。

本来はそうであるべきなのに、お金が生み出され、お金が人間を支配したことで、「お金儲けの教育」になり、学歴のための教育になり、本来の教育の意味がなくなったのです。

「支配者階級と無用者階級を作る」という心配は、こういう風な方向に行けば、全然悪くありません。

一方、未来が悪い方へ行く可能性も想像してみました。

人間の歴史を見ると、とにかく楽な方へ楽な方へ行きたがります。だから、道具を作り始めました。

できれば体を使いたくない。結果、何でもボタン一つの生活になってきました。人付き合いが煩わしいから、ネットでできる仕事を始めました。面倒なので、恋愛や結婚も煩わしい。とにかく人間関係で揉めずに、悩まずに済む方向です。

今の時代は健康維持のため、走ったり、ジムへ行ったりしますが、永遠の生命が得られれば、意味がありませんし、一部が壊れたら、すぐに取り替えです。

体を持っていること自体が煩わしくなって、頭だけあれば良いと思うようになるかもしれません。肉体的喜びも、脳をいじれば良い(激しい運動をしたように思わせる、筋肉も疲労したように見せかける)わけですから、結局は全て脳が喜ぶようにしておけば良いのです。本当は悲惨だった人生も、幸せな人生だったと思わせるように脳を操作すれば済みます。

人間はバーチャルなゲームにのめり込みがちですが、現実より刺激があって良いのかもしれません。最後にはその中だけで生きているようにして欲しい人も出るかもしれません。覚醒剤など薬物でいい気持ちになるのも、そういうことです。脳を操作して、いい気持ちになるなら、そちらを選ぶようになるでしょう。

しかし「現実感がほしい」「本当の世界がいい」と思うかもしれませんが、本当の世界を感じるのも脳ですから、結局脳が現実感を感じさえすればいいのです。

だんだんエスカレートして、生きるのさえ面倒になり、自分の分身みたいなものを作って死後に残す契約をして、死の世界に旅立ってみようと思うかもしれません。

子供を産んだり、育てたりすることは最も面倒なことの一つですから、そういう希望者は少なくなるかもしれません。すでに、人間の生殖機能はドンドン衰えていますから、その前兆は始まっています。

人工授精したりして、それを何とか乗り越えようとしていますが、そもそも子孫を残したり増やしたりすることに興味がなくなるでしょう。それより自分の満足感を優先する人が増えるでしょう。

その結果、人口を増やすのは政府の仕事で、妊娠しやすい人を高給で雇って、過去から現在の最も優秀な人間の冷凍精子を受精させて優秀な子供を作るようになるでしょう。いや、受精も妊娠も不必要になり、人間培養器さえあれば優秀な人間を作り始めるかもしれません。

そして、最後には優秀な人間の頭部だけがゴロゴロして、それらの面倒をロボットが甲斐甲斐しくみる。

同じような記述がネットにありました。
「もし世界が終わるなら?2016年最新版、人類終焉10のシナリオ」よりhttp://karapaia.com/archives/52219092.html

「AIが仮に「共感」という物を手に入れたとしても、何が起こるのかは予測がつかない。もしかしたらAIロボットは我々の脳が培養液に付けられたタンクの中に入り、そこで生き続ける事こそを幸せだと解釈するかもしれないのである。なんという銃夢の世界。」(転載終わり)

名付けて「おもてなしロボット」

このシナリオならば、結局、生物の進化した形は絶滅する方向、何もしなくなる方向かもしれません。

さて、人類はどういう方向に転んでいくのか。脳の刺激に満足するのか、新たな文化を創造するのか、科学が進歩することで面白いことになってきました。



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2019年01月07日

科学、超能力、神、原爆、戦争、未来、などなど 3

政木氏が尊敬していた人物がいます。中村和尚という人です。政木氏によれば、空海の生命体だそうです。過酷な修行をした人で、かなり超越しています。関東で起こるはずだった大地震を止めたりしていますが、特異な例は以下です。

米ソの冷戦時期の1976年に突然ソ連のミグ戦闘機が函館空港に緊急着陸しました。パイロットが亡命してきたのですが、実は中村和尚の加持祈祷の力だったという話があるのです。当時、ミグ戦闘機は米軍の戦闘機を上回る速度でした。その秘密を探るため、ミグ戦闘機の情報入手の依頼がアメリカから日本に来たのです。その会議に参加していた一人が、その能力を頼って中村公隆和尚に相談しました。和尚は「そりゃ、ミグを日本に呼んでしまえば良いでしょうが・・・。一週間時間を下さい。一週間もあれば大丈夫でしょう。」

この一週間で中村和尚は全力で加持祈祷を行いました。そして引っかかりそうなソ連兵パイロットを捜して(テレパシーでしょうか?)、見つけると途端に亡命するように、護摩を焚き祈祷しました。その結果、一日の誤差も生まずにミグを呼んでしまったのです。
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人間の予知に関してですが、旅の中でも災害等を予知した人など予知能力のある人には何人も出会いました。しかし、その後の災害に関しては全く連絡がありません。東北大震災を予言した人は何人もいます。ところがその人たちからの熊本の地震、北海道の地震の予知連絡はありません。予知は人に知らせてはいけないのか、知ってはいけないのか、解せないところです。

災害を加持祈祷等によって、防いだ話もあちこちで聞きます。しかし、起こらないわけですから、証明できません。いっそのこと、公然と予言した上で「止めます」と断言して、止められずに実際に起こる方がより予知に関しては信憑性があるのですが。中村和尚はたまたま姉宅から15キロの距離のお寺の住職なので、ぜひ訪ねて真相を聞いてみたいと思っています。

政木氏は超常現象を科学的に証明したいくつかの話がありますが、それならいっそのこと海外の著名な科学雑誌に発表すれば、科学界の常識は一変したと思うのですが、何故そうしなかったのか、解せません。古代から今まで、数限りない超常現象があったでしょうに、何故科学的実証がなされないのか。それも不思議でなりません。

しかし、仮に超常現象が事実で、UFOも存在し、神様も存在するとしましょう。しかし、結局彼らが何かをしてくれるわけでもありません。危機が到来したら、いつも助けに来てくれるわけではなく「人間が創造するように、世界は現実化する。いい方にも悪い方にも、お前次第だ」と神様は言っているんじゃないでしょうか。つまり「人間の創造通りに現実化する」これこそ神業そのものじゃないでしょうか。神が居ようが居まいが、実際に我々が何を考えて、何をするかが問題です。

人類の目的が「人類全員がこの地球で半永久的に幸せに暮らすことである」とすれば、現時点で永久性も幸せも遠のいているように思います。地球は人為的にダメージを受け続けており、絶滅危惧種はドンドン増えています。生物種は絶滅するのは簡単ですが、生み出すには相当な時間が必要です。その尊い種が無くなろうとしています。

山形大学の資料から、絶滅危惧種に関して抜粋転載します。

「100年前には1年間に1種の割合で生物が絶滅していました。絶滅のスピードははますます加速され、現在では1日に約100種となっています。1年間になんと約4万種がこの地球上から姿を消しているのです。驚くべきことに、たった100年で約4万倍以上のスピードになっています。そして現在もなおそのスピードは加速を続け、このままでは25〜30年後には地球上の全生物の4分の1が失われてしまう計算になります。

地球上にすむすべての生物はお互いに深く関わりあい、支えあっています。トキが減少していった原因は、開発によって生態系が破壊されたことに加えて、農薬によって餌となる虫やタニシがいなくなってしまったためです。私たち人間もその複雑な絡み合いの中の一部だということを思い出さなければなりません。私たちの体の中には、大腸菌や、その他の多くの微生物がいて、体の働きを整えています。私たちの身体は、ほかのたくさんの生命に支えられているのです。 種の絶滅が続くなら、必ずその先には人類の絶滅があることを忘れてはなりません。

私たちにできること

日常生活において私達にできることは、環境破壊の根本原因である大量生産、大量消費、大量破壊の生活を見直すことです。これは現在進行中の全ての地球環境問題の解決に基本的な事項です。野生生物種の保護に関しては次のような共通項目が挙げられます。

1)野生生物の乱獲を招くような象牙、毛皮、皮革、べっこう、さんご製品などを買わない
2)動物実験をしている薬品や化粧品の利用を控える
3)合成洗剤、殺虫剤などの化学汚染物質の利用を減らす
4)農薬や化学肥料を使わない(無農薬野菜などを利用する)
5)酸性雨の原因となる排気ガスを出さない(自動車の利用を減らす)
6)節電、節ガスなどを心がけ、過剰な消費をしない
7)海や川、湖などの自然を破壊しない

 私たちひとり一人がほんの少し意識を変え「ノーサンキュー」と言う生活に切り替えれば、それが生態系を守ることにつながります。
(転載終わり)

絶滅する生物は加速度的に増えているのに「私たちにできること」の7つの項目のどれができているでしょうか。大部分の人は、逆のことをしているか、それに加担しているか、知らず知らずのうちにやってしまっているか、でしょう?

国際的組織が地球規模で全ての国を巻き込んで、今からすぐにでも実行しなければならない時期に来ています。

25〜30年後に全生物の4分の1が失われるとすれば、計算上は100年〜120年後、つまり来世紀初めころには全生物種絶滅の日が来ます。意外と早いです。

戦争したり、AIだ、ロボットだと言っている場合じゃないのです。7つの項目を守るためには、害のある素材を即急に無くし、代替品を用意する必要がありますし、生活が変わることで仕事を失う多くの人がいるので、そういう人たちをどうするか、新たな仕事をどうやって作り出すか。今までの消費社会ではなくなるでしょうから、節約社会を徹底しなければなりません。また、お金中心の生活ではないでしょう。生活は根底から変わります。

しかし、人類はそういう方向へ舵を切れるでしょうか。今までの人類の動きを見ていると、大きなことほど、みんな他人事ですから、いざそういう時にならないと考えない、動かない、と思います。

先端技術を模索している科学者はどう思っているのでしょうか。彼らが完成品を作り上げた頃は、もう住めない地球になっているか、人類はいないかもしれないのに、、。

ここまで書いて、そろそろ終わりにしようと思ったら、興味深い番組がありました。▽“衝撃の書”が語る人類の未来〜サピエンス全史(つづく)



posted by 種蒔夫 at 10:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月06日

科学、超能力、神、原爆、戦争、未来、などなど 2

政木氏の話に戻ります。

政木氏が体験した奇跡には、スプーンを曲げたばかりでなく、真珠が口や果物から出て来たり、酒が汲めども尽きぬほど出て来たり、観音像、仏像、恵比寿像が突然出現します。一見、木像に見えるのですが、政木氏によれば「空気を1億度以上に熱して、空気を圧縮してできるもので、現代科学では不可能なもの」だと言われます。
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出現時には何人もの人が見ているのですから、証言者も複数人いるはずです。そういう人に是非会いたいものです。講演会で話されるのは、無論政木氏のみですから、政木氏の話すことが全てです。それを鵜呑みにしていいのかどうかが、私には疑問です。

他にはテレビ番組の中で物体を移動させたそうです。翌日、同じ大阪大学の教授から反論されたそうです。本人は体に一万ボルトの静電気が発して動くそうですが、これも一概には信じられません。政木氏自身が何度も言われますが「自分は見たものしか信じない」それは我々自身も肝に命じることだと思います。

医学に関しても勉強された人ですが、政木氏の言葉には「病気とは生命体に傷があること。肉体ではなく精神が病んでいるだけ。左右の脳のバランスが悪い。ストレスの塊が病」とあります。その病の患部だけ見ていてもダメで、西洋的対症療法でなく、東洋的根本治療の大切さを説かれます。また、実験でビタミンCを麻酔薬と偽ったところ、75%の人が騙されたそうです。これは薬のプラシーボ効果ですが、精神が体に及ぼす影響は非常に強いことを実験的に実証したからでしょう。それ故に、医師は患者が落胆するようなことを言うのではなく、常に良い方向に診断・助言してあげる人こそが名医だと言います。

過去のブログ日記にNHKの「人間はなぜ治るか」という番組の文字起こしをしていますが、その中に台湾の「荘淑旂」という女医さんの話が出てきます。噂を聞きつけた末期がん患者が尋ねて行くと、その女医さんが診断後「治りますよ」と言ってくれたことにより、本当に治っていく話があります。誰でも彼でも、医師が言えばいいとは思いませんが、名医と言われる人や患者から絶大の信頼を得ている医師に「治る」と言われたら、その効果は大きいと思います。記事は以下のページ。
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/459270547.html

しかし、治らない場合の責任問題を考えて医師は逆に余命の年月を言う場合がほとんどです。医師もそれが効果的とわかっても、責任問題、法的問題ゆえに言えないのです。しかし、また普通の医師は「精神が体を支配している」なんてほとんど信じていない西洋医学一辺倒な人ばかりだと思われるので「俺の一言で治るぞ」なんて思っている医師も少ないかもしれません。

私は自分の体験から、あるいはこれまで訪ね歩いた「不治の病から生還した人」の話から、精神が身体に及ぼす影響については何度も書いています。政木氏の話はもっともなことばかりです。

その他人間の生きかたについて、様々な発言がありました。私の体験から、私なりの意見を書いてみます。

1、「自分さえ良ければ、それでいいという人が増えることで、世界は滅亡する」

私自身も「一人一人が自分のためだけに生きていたら、この世界は壊れる」と思うようになったことが、種蒔きに繋ります。全く同感です。前述のマンハッタン計画に参加した科学者の姿でもあります。

2、「神仏は自分の肉体の中におるだけ。周辺の人に幸福を与えれば、与えただけ自分の中に神仏がやってくる」「目先の欲望を捨てれば、この世に不可能はない」

1とは逆に「我欲を捨てて人のために生きる」ということです。これを実践すると必要なものは必要な分だけやってきます。金にしても、時間にしても、人にしても。ただし、実践しながら「これやると恩恵を受けるぞお」と欲むき出しでは、逆に災いが起こるかもしれませんが、見返りを求めることなく、淡々と実行していれば、思っている方向に自然と全てが動き出すのです。それは種蒔きで実感しました。

先日29日のテレビ番組「心の時代ーあたたかな弁当に宿る心」は典型的な例でした。15年前にシンガポールの一夫婦が貧しい人に弁当を配り始めたのです。最初は一人だけ、ところが今では6000人分です。食材は全てシンガポール内の売れ残り等々を貰い受け無料、数十人働く人たちもみんなボランテイア。それを毎日欠かさずやっているのです。

3、「程度の低い生命体(動物などの低級霊)が宗教をおこすと、まず金を集める。そして、恐怖心を与える。しかし、神仏は金も求めず、恐怖も与えない。この二つだけで宗教の良し悪しの判断ができる。」

ブッダもキリストも着替えを持っているようには見えませんし、贅沢なものを食べたり、神殿もありません。豪華絢爛な神殿風景はその後の宗教者たちの仕業。必要以上の金は貧しい人に恵んでいくのが本来の姿勢のはず。

4、「この世に偶然はない」

これは旅の前から、何となく思っていたことです。しかし、種蒔きの旅で確信するようになりました。旅は毎日変化があり、動きが激しいです。そういう中で「一瞬を逃すとあり得なかった」ということが、たびたび起こったのです。会いたい人に会える、蒔く場所の情報が次々に入る、つまり種を蒔くためのシナリオができているがごとくでした。

5、「全てには原因があり、それ故の結果がある=因果応報」

政木氏は「陰徳を積む」ということをよく言いますが、ボランテイアは無論のこと、笑いを提供したり、心地良い挨拶をしたり、、そういう些細なことさえも陰徳のようです。

6、「脳波を下げてシーター波にすることで、スプーン曲げは可能になり、発想も豊か、先見性も出て来る。合掌は脳波を下げる方法の一つである。子供時代に身体が弱かったために、ある人の助言から腹式呼吸をするようになり、それが容易にシーター波なった原因ではないか。7秒で吸い込み、7秒止め、7秒で吐き出す。それが最後には20秒ずつになり、1分間に一回の呼吸になった。」

シーター波がどういうものか知りません。ただ、自分の体験から、発想豊かな瞬間=シーター波の時、だとすれば、早朝4時から5時前後に突然アイデアが湧いて、ノートに記録してまた寝入ることがよくあり、全国への種蒔きの発想もこの時だったような気がします。

また、生活空間を変えるー移住、あるいは引越しーことも脳の中を変えて、思いもしないような発想に変わる体験もありました。どういう人と接するかで発言や行動が変わる瞬間も同様です。ユリ・ゲラーがテレビでスプーン曲げを見せたことで、スプーンを曲げる子供が突然現れ出したのはいい例です。

腹式呼吸ばかりでなく、時間、空間、人はシーター波と大いに関わるんじゃないかと思います。

ところで、スプーン曲げをする人は旅先で何人か出会いました。最近も、私が名付けたオリータトリオ(神等が降りてきた3人)の一人のフセインさんが、紙で結界を作ったらその中でできたとフェイスブックに最近書いてました。

しかし、政木氏が言うように、スプーンを曲げても何にもなりません。ただし、世界人口の中の1000万人、いや100万人くらいの人が一斉にスプーンを曲げる能力が身についたら世界が激変するかもしれませんね。意識変革は人類に非常に重要だと思います。以下は旅先で出会った人が曲げたものですが、ねじれ方がすごいです。
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政木氏の予言

予言した話で最も印象的だったのは、昭和天皇が死亡する日を1月7日と12月の段階で予言したことです。ただし、これも本人が言うことなので、この講演を聞いた人に直接話を聞かない限りは保留です。

政木氏の外れた予言

90年代の講演会で「1年以内に中国へ行かないと、中国へは行けなくなる」
同じ講演で「18年〜20年後、アメリカは没落する」

将来的には可能性がありますが、これは時期的には完全に外れました。

政木氏本人に関することで外れた予言は寿命です。確か60歳頃に死ぬと予言していたところ「陰徳を積んだから寿命を伸ばす」とお告げがあり、寿命は92歳になったはずでした。ところが87年の生涯でした。(つづく)





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2019年01月05日

科学、超能力、神、原爆、戦争、未来、などなど

先日、政木和三氏を紹介してから、政木氏のことが気になり、年末ずっと政木氏関連の文章やビデオを見ていました。自分なりにまとめて、ブログにアップしようと思ううちに大晦日が来てしまいました。それで、年末から年始にかけて、NHKBSのドキュメンタリーなどずっとを見ていたら、政木氏のことが陳腐にさえ思えて来て、書き加えたいことが次々に出て来て文章はドンドン長くなりました。政木氏は、神仏云々を頻繁に言いますが、すでに我々が神になってしまうような未来が来つつあると学者は言っています。一体、この先どうなるのか、私なりの想像を交えつつ書いてみたいと思います。

長すぎるので、いくつかに分けて、まず政木氏のことから始めます。
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政木氏の科学者として特異な点として、学んだ範囲が広いことです。工学部で通信、建築、土木、応用物理、造船、航空、醸造、それが終わると医学部で7年間。これほど多くを学んだ科学者は日本はおろか、世界でも珍しいかもしれません。それが発明に非常に役立ったと思いますし、1000件とも3000件とも言われる特許数の多さの原因かもしれません。しかもその大部分の特許を放棄している点が他の発明科学者とは一線を画するものです。

発明品は炊飯器、電気ギター、瞬間湯沸かし器、自動ドア、嘘発見器などたくさんありますが、それぞれ調べると、それ以前にも発明されており、世界初ではなさそうです。炊飯器も戦時中に97式炊事自動車なるものがあり、すでに電気炊飯器が装備されていたようです。ただ、政木氏の製造方法はそれまでにない画期的なものだったでしょう。炊飯器の特許を放棄して何年もしてから、炊飯器のメーカー5社が勢揃いしてお礼に来た折に「もし、放棄していなければ4000億〜5000億儲けていただろう」と。日本人のほとんど全てとアジア系の国々の多くが電気炊飯器を使っているわけですから、これ一つ取ってみても、人類に大変な貢献をしている人だと思います。日常生活の目立たないところにもたくさんの特許が生かされていることを思うと、電気商品ノーベル賞があれば受賞していてもおかしくないような気がします。

一般的には科学を学べば、理論的になりますし、頭が固くなってしまいがちですが、政木氏は何度も不思議な体験をすることで、単なる科学者ではなくなります。しかし、そのきっかけは科学的立証です。スプーン曲げが世の中を騒がせた時に、それを暴くために、テレビ番組で自分で作った装置をスプーン曲げに使ったのです。そうすると、「曲がる」という念を送っただけのスプーンがほんのわずかに曲がったことをその装置が証明したのです。

しかも、スプーンが折れ曲り、千切れてしまった跡を見ると、物理的に引張って、あるいは捻って千切れたのではなく、高温を発して溶け離れたことを知ります。政木氏によれば、人間がシーター波を送ることで、バクトロン(政木氏の命名)に働きかけて、高温が発する(説明はもっと複雑)というのです。政木氏は現代科学では説明しきれないものを、自分で仮説を立てて説明します。通常は今まで見出された科学的知識の範囲で説明しますが、新たな理論を自ら作り上げて「これは数十年後に立証されるだろう」と言います。そうしないと説明しきれなかったからだろうと思います。目にしたものと、現代科学が一致しないのですから。

政木氏は度々言います。「現代科学はレベルが低い」と。その中でも特に何度も語るのは自動車や飛行機のエンジンです。程度の低い科学で作ったエンジンだから、二酸化炭素を発生してこの地球の空気を汚していると。それが原因で松枯れ病も起こるし、温暖化にもなり、これがこの先深刻な問題になっていくようです。

戦時中に「もし、戦死することがあれば、、、」と遺書のように書いた文書には「空気エンジン」のことを書いていたと言われます。それを戦後(多分1993年頃)実際に研究開発し、99%まで作り上げたそうです。ところが、宇宙人から「その発表を待て、刺客が来る」と連絡があり、周りの人間も巻き込むことを恐れた政木氏は取りやめました。しかし、再び研究を始め「1997年にはできる」とビデオでは言っていましたが、それは実現していません。

それが何故なのかわかりません。結局不可能だったのか、再び宇宙人からの連絡が入ったのか。しかし、空気を汚さない、あるいは金のかからないエンジンはよく話題になります。4、5年前にもyou tubeで水で走る自動車のことが出ていて「いよいよ、そんなものができたのか!」と喜んでいたら、いつの間にかその動画はなくなっていました。

石油に頼っているこの現代においては、それに変わるものができると不都合な人が無数にいるからでしょうか。残念であるし、恐ろしい世界だと思います。

ところで、これで思い出すのは相模原で出会った発明おじさんです。この人は燃える水を研究しています。この人にはぜひもう一度会いに行きたいと思っています。その人も天才的な人で、政木氏同様、一瞬間で装置の仕組みを発想するそうです。ブログでは以下のページです。
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/448626481.html
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/448795740.html

世界の空気が汚れることを何度も嘆く政木氏ですが、それで今後地球がどうなるかは以下のように話しています。

100〜150年後 人口数千万人になる
350〜450年後 木が枯れ始め、植物が枯れ、作物が取れなくなる。
1万5千年後    空気が元に戻り、人口が増える。
7万年後      人口が50億に増える。

この人類の未来は、実は過去にも同じようなことがありました。京都大学と大阪大学が共同で琵琶湖の地底250mの採掘調査をしたそうです。その時に、11万年前、18万年前、25万年前の地層の全ておいて無機物ばかりであったと。アメリカでも同様の調査があり、そこには現代使われているようなコンピューターや電気の部品が出てきたと言われます。

政木氏は空気が汚染されることが人口減少の原因とされているようです。空気汚染はガソリンエンジンからの二酸化炭素もあるかもしれませんが、最も恐ろしいのは原爆・原発による放射能汚染です。NHKBS番組「悪魔の兵器はこうして誕生した」の中で、原子爆弾計画を推進し、大統領科学顧問であり、世界一のミサイルメーカーレイセオンの設立に関与したヴァネヴァー・ブッシュの一言

「敵国よりもより強い武器を持とうとして、兵器は進化し、永遠に続く。ある人種を殲滅(せんめつ=残らず殺す)するような原子力の戦争が起こるだろう。それは人類を初めの状態に戻し、また同じことが繰り返されるのだろう。」

人類の歴史を知っているかのような言葉です。こういうことを思っていても、兵器を作り続ける罪深い兵器屋さん。

この番組「悪魔の兵器はこうして誕生した」のことを取り上げてみたいと思います。アメリカの原爆製造、投下に関与したアメリカ人を取材した様子です。私なりにまとめてみました。
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原子爆弾が完成し、投下した大きな要因の一つは、個人的な欲に他なりません。オッペンハイマーはマンハッタン計画(原爆製造)のためのロスアラモス国立研究所の初代所長ですが、所長になったのも、原爆を作り、投下したのも、ノーベル賞が取れなかった(彼は能力が高かったけれども、ノーベル賞レベルではなかった)悔しさからです。それに相応しい業績(原爆製造、投下)をあげたかった。また、この地位はずっと憧れ続けたノーベル賞科学者達のまとめ役(ボス)でもあったからでしょう。

この研究所にはアメリカ国内から300人の最優秀な科学者(ヨーロッパからの亡命者が多数)が集められ、そのうちの25人はノーベル賞受賞者です。原爆はこれほどの人材が集まらない限り不可能なものだとすれば、原爆製造の基本設計のチャンスは後にも先にもこの時だけだったでしょう。ウイキペディアによれば、この研究所にはソビエト側の自主的スパイ(オリバーストーン監督のプーチンへのインタビュー番組によれば、スパイ自ら兵器の均衡を考えたらしい)もおり、情報が漏れていたわけですから、ソビエトの核所有にも貢献し、その他の核保有国もこれらの情報の拡散だと思われます。

この時の25人のノーベル賞科学者の集結さえなかったならば、あるいはオッペンハイマーがノーベル賞に憧れなかったならば、、とも思いますが、ノーベル賞科学者って、本当に人類に貢献しているのでしょうか?彼らの発明によって、便利で健康な生活ができるようになったけれど、逆に最後には彼らの製造したもので皆殺しにされるとしたら、、、、。

いやいや、科学は使い方次第、科学者の人間性の問題、、とも思いますが、科学の進歩で人間関係は希薄になりました。農業は機械が入ったことで、多人数で協力してやっていたことが、たった一人でできます。子供は集団で遊ばなくても、一人でゲームすれば満足でき、大人も人的交流無しで仕事も遊びも可能です。さらに、ロボットが相手をしてくれれば、人間は不必要です。バーチャルな世界は現実的な人間関係を希薄にするでしょう。そうして人間は科学が進めば進むほど一人ずつ孤立していくような気がします。また、医学の進歩はありがたいものの、それによって生じる人口爆発は食糧危機を生み、地球上は溢れる人間で同士討ちを始めないでしょうか。自国優先する最近の傾向はその前兆のような気がします。

科学は進歩しても、人間の真の幸せは置き去りにされるような気がします。科学の人間生活への侵入がどのレベル、どんな科学ならば人間が最高に幸せな状態であるのか、それを議論し研究しないと、人間の幸福のための科学ではなくなり、科学のための科学、科学者を満足させるためだけの科学になってしまいます。場合によっては人類全滅の方向への科学になります。

話を戻しましょう。ドイツの核開発の危惧から始まったマンハッタン計画でしたが、その後ドイツの核開発は進んでいないことがわかりました。この時に研究所内部で計画継続を疑問視する科学者が現れ、集会をするのですが、功名心にはやるオッペンハイマーは「これほどの強力な武器を持てば、敵国は戦意喪失するだろう。戦争終結のためだ。」と目的を変更してまで納得させるのです。

(注:これと同じことが過去にもありました。チクロンBという毒ガスを作ったユダヤ人フリッツ・ハーバー博士 [化学兵器の父、ノーベル化学賞] は、その科学の誤用に恐怖した妻から「止めてくれ」と懇願されたました。その時の博士の反論です「戦争を終わらせ、ドイツの兵士を救うのだ」しかし、その後妻はピストル自殺、チクロンBは同胞のユダヤ人虐殺に使用されることになります。それまでにない最悪の兵器ができる度に、新兵器発明者は戦争を終わらせるためと言いながら、新兵器製造は戦争被害者を増やし、戦備を増し、過激になり、敵対意識を増加させ、最後には自らを殺すことを意味しているのです。)

しかし、番組の中である米人は「この問題をあえて外部に漏らすような研究者は皆無だった。現代のスノーデンのような人はいなかった」と言います。何故か?研究所を追い出されるからです。また、これほどの天才的科学者の集団から離れることは、科学者としての人生の終わりも意味していたかもしれません。自分を捨てきれなかった、しかし世界を捨てたのです。

また、お金の問題も絡んできます。今のお金にして3兆円をつぎ込んだマンハッタン計画です。完成しただけでは一般市民を納得させることはできない、実際に使用し戦争集結させ無駄に米軍の戦死者を出さないことに貢献したことにしなければならなかったのです。つまりマンハッタン計画に関わった人間たちが「無駄金使いの無用者だ!」と罵詈雑言言われることを避けたわけです。

結局、オッペンハイマーは無論のこと、科学者全員、自分が可愛いために、自分自身のために、自分の欲、自分の出世のために、人類史上最悪の汚点をアメリカに作り、人類全滅の危機状態を人為的にもたらすきっかけを作ったのです。

「自分のことばかり優先していたら、この世界はダメになる」

これはその典型です。この中に一人でも科学者スノーデンがいれば、世界の歴史は変わっていたかもしれません。

ここまで書いて、ウイキペディアを調べると以下のような記述がありました。

1945年6月11日には、シカゴ大学のジェイムス・フランクが、グレン・シーボーグ、レオ・シラード、ドナルド・ヒューズ、J・C・スターンス、ユージン・ラビノウィッチ、J・J・ニクソンたち7名の科学者と連名で報告書「フランクレポート」を大統領諮問委員会である暫定委員会に提出した。その中で、社会倫理的に都市への原子爆弾投下に反対し、砂漠か無人島でその威力を各国にデモンストレーションすることにより戦争終結の目的が果たせると提案したが、暫定委員会の決定が覆ることはなかった。また同レポートで、核兵器の国際管理の必要性をも訴えていた。

さらに1945年シカゴ大冶金研究所で7月12日、原爆の対日使用に関するアンケートがあった。それによると、科学者150人のうちの85%が無警告での原爆投下に反対を表明している。7月17日にもシラードら科学者たちが連名で原子爆弾使用反対の大統領への請願書 (Szilard petition) を提出したが、原爆投下前に大統領に届けられることはなかった。しかし実際には、レスリー・グローブス陸軍少将らが請願書を手元に置き、大統領には届かないように防害した。(つづく)

科学者が悪ばっかりではなかったのは、幸いですが、ここに出てくるグローブスその他に関しては過去のブログ日記を見てください。
「ヒロシマ 世界を変えたあの日」
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/440464494.html




posted by 種蒔夫 at 18:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月22日

4月12日 寝屋川市(大阪)  10124−10126

今年の4月頃のことです。1万人への種蒔きが終わり、以下のような文章を書いてブログに載せないままになっていました。

「種蒔きの活動は、この大きな世界に対して微々たるものですが、それでも希望を失わず、効率や能率は無視して、思いを伝えることは大事なことだと思います。また、種が日本国中のあちこちで芽を出すと同時に、思いの連鎖というのもありますし、この活動がどういう風な展開を見せるかは、蒔いた本人にもわかりません。とにかく希望の持てることはどんなに小さなことでも、各人がそれぞれ実現していけば、そのうち世界は変貌していくでしょう。

ところで、旅を終えて自分に課した活動から解放されて、ホッとはしていますが、何か消化しきれないものがあります。何かヒントがありはしないかと、島根に残した書籍の一部を再読しています。その中の一冊ですが、

1983年初版、関英男の「超能力」。超能力なんて、タワゴトと思う人もいるでしょうけど、旅の中で度々起こった偶然は、いまだに解せないことなのです。自分が超能力者ということでなく、この世界は常識で割り切れないものがあると強く思うようになりました。
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その本の中に大阪大学工学部工作センター長(工学博士)の政木先生のことが出ており、その人のことを紹介したいと思います。」

と書いてから、政木和三のことについて調べ出したら、それは深くて広くて膨大でキリがありませんでした。簡単に紹介すれば、大阪大学・工学部で通信学科、建築学科、土木学科、応用物理、造船工学、航空学を学び、さらに医学部にも入部し直し、幅広く学び、発明品の数は1000件以上。それなのに、自身の特許の多くを手放しました。スピリチュアルな体験、経験を数多くし「人々が幸せになる発明をしなさい」という啓示的信号を受けた。という人です。

面白いのは、科学者でありながら、スピリチュアルな面があることです。以下はタケシ・さんまの番組で紹介されたものです。6分45秒まで。



興味のある人は、「政木和三」で検索すれば、たくさん出てくるので、ぜひ読んでみてください。you tubeにも講演会のビデオがいくつもあります。

ところで、政木先生のことに衝撃を受けていた頃、大阪の寝屋川市に行きました。そこで富田・浅野夫婦のところへ行き、種まきをしました。その時に「不治の病から生還した人を探している」ことを話すと、富田氏が「うちの母もです」と言われるのです。

外にはみ出るほどの末期の乳がんを患ったけれど、いまはだいぶん回復していると。その治療に大阪大学の政木先生が発明した機械を使っていると聞いて、「あの政木和三先生ですか?」「そうです。」「え!」そのシンクロにびっくりしました。使われた機械は、たぶん、以下のものだと思われます。
http://www.biotechs.co.jp/masaki/main/information/index.html

富田浅野夫妻と赤ちゃんに10124番〜26番。
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posted by 種蒔夫 at 10:56| Comment(0) | 種受取人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月17日

ゆとり世代

NHKの番組 「アナザーストーリーズ 運命の分岐点 ゆとり教育〜戦後最大の教育改革〜」(再放送は今日です。 NHK BS3ー17日月曜日午後11時45分 )は非常に興味深かったです。ゆとり教育という言葉は知っていましたが「勉強しなくなって学力が落ちた世代」くらいにしか思っていませんでした。

ところが、内容を見てみると「生きる力を育む」なんて狙いがあったんですね。それは、僕が理想に思っているような内容で、学校によっては作物栽培したり、家畜を飼ったりしていたようです。驚きました。日本の小中の公立学校でそんなことをしていた時期があったなんて。しかし、結局はゆとり教育は無くなりました。

ゆとり教育の評価は芳しくなく、今だにゆとり世代を悪く見る傾向があるようです。「ゆとり教育のせいで、国際的なテストの結果が悪くなった」というのですが、実は原因はテストを受ける国が増えて順位を落としたとか。実際にはそれほど落ちてはいなかったのではないかと思われます。

しかし、私が思うに「ゆとり教育」を始めた時点で、国際的なテスト競争に参加しない方が良かったと思います。何故なら、通常の学習時間を減らすわけですから、当然学力が落ちる可能性があります。マスコミも、世間も早い結果を求めるし、海外との比較は好きだし、その結果でしか評価しません。競争自体がゆとり教育にそぐわないのです。

第一にゆとり教育は学力向上を狙ってのものではないだろうし、もっと人間的な成長や従来の学校教育にはなかったものを狙っていたと思います。であれば、もっと異なった基準の比較をすべきだったと思います。国際的な教育組織がすることに従うのではなく、日本発の比較テストを編み出せばよかったと思います。

例えば、この世界を平和にするにはどうすればいいかとか、科学を悪用しないようにするにはどうすればいいか、ロボットは我々人類にどういう影響を及ぼすかとか、人口増加にどう対応するか、災害、食糧危機の問題、経済問題等々、我々大人が直面していることをそのまま問題にしてもいいと思います。この答えの中に、どれほど知識や情報があるかがよくわかるし、発想力創造力や人間性も見えてきます。

これは単にテストに留まらず、世界中の子供の頭の中が見えてくることで、未来さえも見えてくるように思います。世界中の国々は、比較するのは学力ばかりで、何故そういう大事な方向性のテストをしないのでしょうか。学力が上だ下だと言って、一喜一憂している場合じゃないと思います。学力が上でも、その学力の高さで武器を創作するようになり、殺しに協力していれば、人類の発展には全く貢献していません。何のための学力か? がまず問われないと、学力自体には意味がありません。ゆとり世代はこういう問題にユニークな答えを出してくれそうな気がします。

「ゆとり教育」を始めた時に、教師たちは慌てふためいたようです。当然です。彼ら自身がゆとり教育を受けたことがないのですから。右往左往して、自分たちのゆとりさえ失なったでしょう。無為無策の彼らは、国の方針以前にすでにゆとり教育を実行していた長野県の市立伊那小学校に見学に行きます。連日すごい数の教師が見学にきたそうです。伊那小学校は今だにゆとり教育をしているようですが、楽しそうです。

ゆとり教育の本当の実力は時間が経ってからじわじわと出るだろうと思います。長い目で見ることをしなかったことこそに、このやり方に問題があると思います。やるならば、10年20年くらいの余裕を持って、じっくりやるべきだったと思います。

それと、ゆとり教育は金になりません。「生きる力」は自ら育むものなので、何かに頼るよりまず自らの力を見出し、産み出さねばなりません。塾に行って学ぶものでもないでしょう。そして、通常の学習が軽視されれば、学習塾や参考書で食っている会社は当然猛反発するでしょう。いろいろな理由をつけて、学力が落ちたことを声高に言い、親の不安を煽る。子どもの学力向上、点数上昇のために存在している会社の抵抗パワーが、ゆとり教育を止めさせるのに一役買ったともいえるでしょう。逆に、ゆとり教育にどうやって組み込んで行くか?を真剣に考えるような会社が出てくれば、また状況は変わったでしょう。

学力を上げろ、点数を取れ、順位を上げろ、いい大学に入れ、いい会社に入れ、、、これはわかりやすいし金を求める教育には金も絡みやすい

逆に「ゆとり教育」は平和教育であり、人間教育であり、未来教育であり、想像教育であり、文化教育であり、、じゃないでしょうか。だから、前者に比べて、時間もかかり、点数にも現れにくい、目にも見えにくい面があるのだと思います。

ゆとり教育の特徴の一つに「総合的な学習の時間」というのがあって、それは「児童、生徒が自発的に横断的・総合的な課題学習を行う時間」だそうです。子供達自身に任せることで、子供同士で相談しあっていろいろなことが決まり、実行する意欲も増すようです。例えば伊那小では「手作り弁当を作りたい」が「米作り」まで発展するのです。教室の床にこぼれた精米したての数粒のお米を慌てて拾う伊那小の子供の姿は、実体験の重みを感じさせます。上から目線で教えるばっかりだった教師には「子供に任せる」という前代未聞の180度方向転換のことだったでしょう。しかし、それが子供の成長にどれほど役だったか知れません。

また、伊那小の教師は「ゆとり教育」とは「とことんやるという意味」ではないかと言うのです。確かに通常の学校教育は時間に追われて、時間のための1日があるような具合です。しかし、人間は興に乗った時が一番の知識や情報の書き入れ時です。しかも、その印象は深く記憶されます。それは学びの最も大事なことの一つかもしれません。

ゆとり世代の教育を知るにつけ、学校へ行かなかった子供たちとの共通点を感じます。一つはこの「とことんやる」という点です。彼らには時間が無限にあるし、何かを突き詰めてやるには都合がいいです。追求型の人間を生むにはある面理想的な環境なのです。

それと押しつけでなく、子供中心の時空間の存在。ゆとり教育の中の子供は週に2、3時間程度の限定的な時間で「総合学習」と称して、子供の発想計画の元に活動する時間があったわけですが、学校へ行かない子供はそういう時間の方が圧倒的に多い、というかそればっかりでしょう。学校へ行かない分だけ、自発的に行うことが多いのは当然です。

つまり、子供が主体的に考え、行動し、しかも時間の制限を受けずにやれる点に共通点があり、その点からすれば他の世代よりも、積極的で前向きの面が強いのではないかと思います。

また一つの傾向としては、ゆとり世代は自分勝手で付き合いが悪いとか言われるようですが、日本独特の「和の精神」は悪く言えば、「長いものに巻かれる」ということでもあり、それを怖がらないとすれば、新しい日本人の姿でもあるように思います。海外に行くと、日本人は個性が無くて、何も言わないと無視されることさえありますが、多分この世代は海外に出ても、自分を出せる可能性があります。

これから20年30年以内くらいの間には、世界は大変貌を遂げるかもしれません。超大災害、世界戦争、大飢饉、株超大暴落などなど、、、。このときに、彼らはゆとり世代の本領を発揮するような気がします。こういうときには、みんなが行く方では無く、自分の考えで動く人間の方が有利であろうし、周りの人間を救う可能性さえあります。

彼らの傾向の一つに他の世代に比べれば、ボランテイア精神もあるらしいです。そういえば、旅で出会ったニートの一人は趣味のようにボランテイアしている青年がいましたが、確かにこの世代です。予測困難な時代にタイミング良く、ゆとり世代が世の中を動かせる30歳代から50歳代になります。

2020年からの文科省学習指導要領は「予測困難な時代に一人一人が未来の作り手となる」だそうです。官僚もやばい時代になってきたことを実感し、そろそろ準備にしなければと思っているようですが、ゆとり世代はいち早くそれに対応する能力を身につけているようです。

官僚といえば、このゆとり教育を動かしていた中心人物は寺脇研という人ですが、ゆとり教育を酷評されて退職勧奨までされたそうです。産経新聞の論説委員からは日本の教育を崩壊させた張本人の一人とされています。しかし、本人は「それでも、ゆとり教育は間違っていない」という本を出したりしていますが、その本も5点満点の1.8点。しかし、いつか見直される時が来ると思います。

ところで、ゆとり世代(1987年〜2003年生まれ)にどういう人たちがいるか調べてみました。

テレビでも紹介がありましたが、スケートの羽生、大リーグの大谷。両方ともに、国際級、しかも超一流です。羽生はかなりな怪我をしても競技に出ますが、結果的にはオリンピックで連続金メダル。大谷もベーブルース以来の二刀流。二人ともに、無難な道を選びません。通常なら上の立場の人間が無難な道を勧め、それに従うのが日本人だったはずです。

フィギュアスケートでは他に 浅田真央(90)宇野昌磨(97)紀平 梨花(02)

スピードスケート 高木菜那(92)高木美帆(94)

スキージャンプの 高梨沙羅(96)

スノーボーダー 平野歩夢(98)

大リーグでは 田中 将大(88)前田 健太(88)。
 
テニスでは 錦織 圭(89)

卓球では 福原愛(88)水谷隼(89) 石川佳純(93)伊藤美誠(00)平野美宇 ( 00) 張本智和(03)

体操の 内村 航平(89)白井 健三(96)村上 茉愛(96)

バトミントンでは、高橋礼華(90)松友美佐紀(92)桃田賢斗(94)奥原希望(95)山口茜(97)

ゴルフでは松山 英樹(92)畑岡 奈紗(99)

サッカーでは吉田麻也(88)香川 真司(89)大迫勇也(90)酒井宏樹(90)原口元気(91)柴崎岳(92)中島翔哉(94)南野拓実(95)堂安律(98)

陸上では 短距離の飯塚翔太(91)山縣亮太(92)ケンブリッジ飛鳥(93)桐生祥秀(95)多田修平(96)

挙げればきりがないほど、スポーツ選手には多いです。年齢的にスポーツの分野で活躍する時期になっていることもありますが、驚くのはそのレベルの高さです。それぞれの分野で過去の世代ではなし得なかった壁を超えての世界トップレベルで、あるいは史上最年少記録なども多数、しかも一発屋ではなくこの世代は高レベル継続中です。

この世代独特な図々しさーつまり、海外でも物怖じせずに、実力通りの自分を発揮できるという強みがあるのではないでしょうか。彼らが競技を「楽しむ」ということをよく口にしますが、それはゆとり世代あたりからではないでしょうか。以前ならば「なめるな!」と怒号が飛ぶような「楽」を口にできるのです。

暴力や脅しで成長していた時代や世代は去り、自らの意欲で伸びていく点では青山学院大学の駅伝4連覇がいい例です。

他の分野では、クラシックバレエの熊川 哲也以来のローザンヌ国際バレエコンクール1位受賞者が二人 2012年の菅井 円加(94)、2014年の二山 治雄(97 )

将棋では藤井聡太(02)
囲碁の井山裕太(89)

特筆モノは体操女子の宮川紗江(99)。日本体操協会の役員の塚原夫妻をパワハラで告発しました。目上のコーチを訴えるのにも相当なパワーと図々しさが必要ですが、体操界の大親分夫妻を訴えるなんて、しかも当時18歳です。こんなことがかつてあったでしょうか。これは金メダルよりもすごいことじゃないかと思います。

さらに、國母和宏(88)服装で物議を醸した時、僕はすごいヤツが出てきたと痛快な想いでしたが、さらに「自分にとって五輪はスノーボードの一部で、特別なものではない」の言葉も、ゆとり世代故でしょうか。

この二人のように、その優秀さはスポーツの能力だけでないところが、ゆとり世代にあるように思えるのです。とにかく、特出しているこの世代の活躍に対して、マスコミの報道はほぼ連日ですが、これを「ゆとり世代である」と伝えているメデイアはありません。散々酷評したせいでしょうか。

最後に日本国内で登録者数700万、動画再生回数56億回、年収1億円以上の「ゆとり世代」のYouTuber「はじめしゃちょー(江田 元)」(93)は「総合学習の時間」について訊かれると「サボれる」と答えていました。しかし、「サボる」は大事なことだと思います。無理やり教えられる苦痛な時間を緩和させ、さらに指図されるのではなく、自ら動ける時間ですから、ぼんやりしていても楽しいはず。

とにかく、学習内容が減らされ、こういう一種の自由時間が増えたことで、子供は本来の息を吹き返したと思います。また、ゆとり教育について訊かれると「AIやロボットが考えつかないようなことができるのが人間だと思うので、そこの能力を伸ばせるのがゆとり教育だったとしたら成功だと思う」と言ってました。

驚いたのは円周率を訊かれたときでした。よく知られているように、ゆとり世代の円周率は「3」なのです。彼は「3.14159 26535 89793 23846 26433 83279 50288、、、、」随分長々と答えていました。「興味があったから自分で覚えた」そうです。ここがゆとり世代の不思議で、恐ろしくて、逞ましいところです。

先日ラジオに出演していたサックス奏者の上野耕平(92)もゆとり世代。サクソフォンコンクールの最高峰・アドルフ・サックス国際コンクール第二位。僕も少々サックスを吹くので、you tubeで聞いてみたら、他の奏者とは音色が違いました。中学時代は音楽も含めて、オール1だったそうです。ゆとりを通り越した上野少年。最後はこれで締めましょう。上野耕平のゆとりの音色「G線上のアリア」


posted by 種蒔夫 at 18:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月10日

3月10・11日 松江(島根) 10116ー10123

3月10日、松江の熊野神社へ10116番。
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結婚式の最中でした。
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カフェ「木空風」にて、10117番〜10120番。
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経営者の飯島さん。
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自ら改築改装した空間は隠れ屋みたいでいい感じでした。
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3月11日
誰かからの連絡で、突然の訪問先。慌てて行って、地名、名前を記録するのを忘れました。すみません。10121番〜23番。
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posted by 種蒔夫 at 09:59| Comment(0) | 種受取人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月09日

フランスの暴動

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フランスで暴動が起こっています。日本人から見ると、すごい野蛮な感じがするかもしれませんが、日本人も70年代には同じようなことをしていました。しかし、その張本人だった学生が仲間内で喧嘩して挙句の果てに殺し合いまでして、理解されるどころか非難され、改革時期という印象より、学生同士で殺し合う恐ろしい時期だった印象しかありません。あれほど犠牲者を出し、大騒ぎしながら、その見返りが何も感じられない日本。

逆に、当時同じように学生運動していたフランスではかなり改革されたようです。無論、日本のように惨たらしくて、馬鹿馬鹿しい内ゲバでの殺し合いがあったという話は聞きません。日本の場合、当初の目的は高邁でも、時間が経つうちに方向性が狂ってしまうところはオーム真理教でも同様でした。結局、組織ができて、組織に入ると、個がなくなってしまい、組織内での批判精神も欠如して、ボスや組織のおかしさに気づかず、言いなりになってしまうところが日本人の弱点だと思います。フランス人の強さはどこまで行っても、個を失わないところだと思います。嫌なら、とっとと出て行くでしょうし、組織が拘束することもないでしょう。

以下、日本の学生の内ゲバを扱った映画の一部です。この映画はたまたまイタリアに滞在しているときにテレビで見て、衝撃を受けたのですが、日本ではあまり知られていないのではないでしょうか。ぜひ、全編を見て欲しい映画です。



ところで今回のフランスのデモの発端はフランス革命にもあるかもしれませんし、1968年の5月に始まった学生デモゆえだと思います。その動きは世界中に広まり、日本の学生デモもこのフランスのデモがなければ、有り得なかったでしょう。ウイキペディアにはその後のフランスについて、こう書いてあります。

「この運動により労働者の団結権、特に高等教育機関の位階制度の見直しと民主化、大学の学生による自治権の承認、大学の主体は学生にあることを法的に確定し、教育制度の民主化が大幅に拡大された。」

さらに「中長期的には、女性解放、黒人やアジア人への偏見の見直し、セックスやマリファナの再評価、反=帝国主義、ベトナム終戦、マイノリティ運動、LGBT運動、エコロジー運動など現代につながるより幅広い認識をせまる大衆運動のさきがけとなった。この精神はフランスのみならず、アメリカやヨーロッパ、メキシコなどを包括して「68年精神(The spirit of 68)」と呼ばれ、それ以後の大衆文化におおきな影響を与えるところとなった。」(転載終わり)

世界中に影響を与えた「68年精神(The spirit of 68)」。しかし、結局日本では内ゲバ(組織内の暴力的闘争)に終わってしまい、後味の悪いものしか残らなかった。それが、結局、国民自ら国を動かすパワーにはなり得なかったのだと思います。まことに残念なことです。

もし、この時にデモンストレーションは国を動かすということが認識されていれば、福島原発事故後の反原発デモは10万という少数ではなく、100万くらいは集まったかもしれません。原発再稼働は、政治家云々よりも日本の国民の思考停止、行動力の無さを象徴しているように思います。そろそろ日本型デモンストレーション(無暴力、かつ数百万単位の圧倒的多数)を生み出すべき時だと思います。

当時の象徴的闘争「成田闘争」の映像を見つけました。ここでは学生のみならず、農民も加わっており、日本国民はここまでやったのか!と思わされる映像です。いまのフランス以上です。しかし、それでも政府は姿勢を変えなかった。学生側の内ゲバも問題なら、政府の国民主権無視も大いに問題あり。フランス政府より、ずっと傲慢、強引、暴力的!






posted by 種蒔夫 at 15:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする