2014年11月30日

2014年度ハッピーヒルコンクールの結果

コンクール結果発表 ( http://happyhill.exblog.jpより )

藤田さん、刈田さん、せこさん、山村さんの四人が最後まで残りました。それぞれ穂がついていますので、全員栽培賞を贈ります。

当初は一人1キロでしたが、人数が少ないので5キロ以内なら何キロでも送ります。ただし、送料は負担して頂くのと、種籾状態(籾を込み)で送ります。白米でも玄米でもありません。それをいかにして玄米なり、白米にするかはそれぞれ工夫(機械、依頼、自らの手)してください。それもまた米を作り、口に入れるまでの過程の一つだからです。事務局に住所氏名とキロ数を連絡してもらえば、直接ここから送ります。

それにしても最後まで残る人が意外に少ないことに驚きましたが、それほど難しいということでしょうか。私自身は3年目でもあり、田んぼでも育てているので、無農薬米って案外簡単だなあと思っているのですが、たまたま運が良かっただけなのかと思い返しています。

応募された方達が都市部に住んでいるとすれば、まず土探しからでしょう。ホームセンターとか行かれるのでしょうか?あるいはコンクリートやアスファルトの間のわずかな隙間にある土を取るとか。学校や幼稚園の土や砂をもらったり、空き地の土をこっそり頂いたり、郊外に行って取ってきたり、田舎に住む親戚に頼んだり、、結構苦労されたかもしれません。

しかし、実はここに現代の問題があるのかもしれないと思いました。土と水と太陽さえあれば、後は残飯、大小便を肥やしにどこでも育てられるのではないかと思いましたが、都会にはバケツ一杯の土さえない!という現実。都会での自給自足は到底無理ですね。

他の要因、例えばうかつにも日陰に置いていたとか、水が枯れていたとか、ほったらかしだったとか、何か原因があったかもしれません。昨年当地の農家の方にもバケツ栽培してもらいましたが、全く関心のなかった農家のバケツ稲は寂しい穂でしたから、面倒見の良さは大事なのだと思います。逆に本気でやった農家は田んぼの稲と変わらないたくさんの穂がついてました。物理的な面倒見もさることながら、栽培への思いに結構米は反応すると思います。

失敗された方は、それがわかっただけでも、別の意味の収穫なのではないかと思います。また、米の収穫があった方は、米を育てるということがどれほど楽しくてうれしいことかわかって頂けたら大変うれしいです。不思議なことに、米の生長や収穫は他の作物にはない喜びがあるのです。栽培賞の方は将来米を育てる気持ちになったときには、ある程度の自信を持ってできるでしょう。バケツと田んぼでは異なりますが、基本は同じです。

私事ですが、今年は事故があったり、穂と穂の幅を広げたりした(雑草を取り易くするために)ので、収量は少なかったですが、早めに刈ったコシヒカリは大変美味で母も食べ過ぎるくらい食べてくれました。家族に自分で作った米を食べてもらうほどうれしいことはありません。また、三回目ともなると、農家の方の助言を受けることなく、それぞれの作業をスムーズにできました。

先日、たまたまおでん屋で米の品評をする方と偶然に同席しました。市内の米から厳選された20農家の米を品評したそうですが、色、艶とも素晴らしい米を一つ選んだところ、それは人口700人弱の当地井田の米だったそうです。私のような素人でも美味しい米ができるわけです。寒暖差があることと粘土質の土が美味しい米作りの条件ですが、ここは300m程の高地にあることで寒暖差があり、どこもかしこも粘土質なのです。

最後に余談ですが、日本の農業について興味深い情報を得たので列記します。

1、全世界で農業用地下水の過剰な汲み上げ量は年間1600億立方mで、日本の年間水総利用料877億立方mの二倍弱である。

つまり、他の多くの国々は地下からの水を利用することが多いのに、日本では天から降って来る地上の水でほとんど満たされているということです。地下水をくみ上げることで、水自体が枯渇しているところもあるのに比べて、いかに日本が恵まれていることか。

2、植物が生長しているのは、土壌表土から30cm程度の表土と呼ばれる部分である。表土の生成速度は1cmにつき200〜300年と推定される。30cmの表土は6000〜9000年という長い期間をかけて形成されたものだ。これが失われることは、農業生産力をほとんど放棄することに他ならない。

何でもない土なのですが、実は金(ゴールド)より貴重なものが表土なんだといつになったら、人類全体が気づくのでしょうか。

3、カリフォルニアでは、200年かけて作られる1cmの表土の11分の1が毎年失われている。つまり200年かけて作られるものを11年で失っている。このような表土の浸食は全世界で年間250億トン、オーストラリアの小麦畑から、すべての表土をはぎ取るに等しい量だと言われている。

全体のことや永続性を考えずに生きている人類の未来は哀れなり。

4、かつてヨーロッパの三圃式農業に見られるように輪作体系により、連作障害を防止していた。しかし、同じ農地に同じ作物を連続して作付けするという単作化が進行している。これによる単作障害を抑えるために、農薬や化学肥料の投下量が増加している。これは土壌を劣化させるだけでなく、地下水等も汚染してしまう。

こういう実情を話しても、良い反応する農家はほとんどありません。「それ(無農薬、無化学肥料)じゃ、作れない、食っていけない」が大部分の反応。「それでは、どうすればいいか?」という問いかけに繋がりません。わずかにそういう農家も増えてきつつありますが、微々たるものです。政府が決めれば一斉に変わるのも日本なのですが。

5、資源のない日本が工業国になり、資源が豊富なアラブ諸国やオーストラリアなどの国では、何故十分に工業が発達しないのか?工業に必要な水がないからであり、これを輸入するとコストがかかり過ぎて競争力がなくなるからである。豊富な水があることが工業国になり得た一つの原因であり、経済大国になり得た原因でもある。

日本の工業力は、技術力によるものだとばかり思っていましたが、水の豊富さがなければありえなかったわけです。経済的に豊かになったのも水の御陰。

6、日本の年間平均降雨量は1700ミリで世界平均の二倍、世界第三位。雨水のままでは、流れてしまうだけで利用できないが、水を蓄えて供給してくれるのが第二の資源である「森林」と、3000年も維持して来た水田である。雨は山の木と土に蓄えられ、ゆっくりと川へ流れ、また雨水や川水から水田にたまった水もゆっくりと下流に流れる。この作用によって、水は蒸発することなく利用できるようになる。その結果、日本の取水量は300ミリで世界平均の6倍で世界第一位。森林と水田は巨大な緑のダムとしての働きがある。

こういうことを知らずに(あるいは知っているにも関わらず)減反政策をしている日本政府には多いに責任があります。日本人全体がこのことを知り、日本の水田を大事にしないといけないと思います。

7、アジアでは夏に降雨量が集中し、ヨーロッパは平均して雨が降ることが、アジアは米、ヨーロッパは小麦になった理由でもある。一粒からの生産力という点では、米は小麦をはるかにしのぐので、ヨーロッパもできれば稲作をしたかったはずである。アジアのモンスーン地域が世界の14%の面積にもかかわらず、世界人口の54%を養っているのは米の力である。水田は水を作り出す一方、水の働きによって森林からの養分を導入するとともに、病原菌を洗い流す。この作用で水田には連作障害はない。中国長江で7000年間、農業が継続できた理由である。

過去数千年のアジア人類最大の知恵が水田なのです。これが軽視される科学万能の現代は、数千年の知恵を水の泡にするのか、、、。

8、水田は土壌流失を防ぐが、都市部に水田が少なくなったことで、土壌は都市に流れ、川底が上昇し、雨期には水の氾濫がおこる。下水道を逆流し、低地にあるマンホール、風呂場から溢れ、浸水被害が生じ、都市型水害になる。人間と自然の共生システムは都市化により水田は宅地化され、さらに高度経済成長時代に急速度で崩壊、70年からの減反政策で決定的に破壊された。将来、米の一人当たりの消費量減少と人口減少、輸入米により、さらに水田の面積は減少する。

日本から水田面積がドンドン減っていくことで、我々の生活は一体どうなっていくのでしょうか。日本全体でなくとも、少なくとも地域的にこの共生システムを復活させて生活していくことが、これからの我々の使命のような気がします。あなたもそろそろ田舎に行って、米作りをしませんか?

この資料は農林省の山下一仁氏著作「農協の大罪」からでした。良識と良心のある官僚もいるんだなあと関心しました。すでに沢山の人に読まれている本ですが、日本国民全員に読んでほしい本です。あなたも是非一読を。

ところで、地球的規模であちこち問題が起こっています。自然災害、異常気象、経済問題、戦争、暴動、病気、、、。すべての問題が同時期に起こっていることの不思議さを思います。20年前にアーティストとして崩壊作品を作り出し、2001年の911同時多発テロで「あれ、世界崩壊を暗示してたのかあ、、」と自分の作品を振り返りつつ、さらに作品も世界も崩壊一路の路線は続き、今は何だか後一歩の感じがしています。

6月の耕耘機事故で、自分の命も危うくなり、「こりゃ、やばいなあ。やるべきことは早いうちにしておかなきゃ」と過去の全作品を見せる展覧会をやりましたが、それも崩壊に繋がるような作品が大半。

さて、これからどう動くのか?思考錯誤してます。それもあって、私自身はハッピーヒルのバケツ稲栽培コンクールから撤退することにしました。正直、「これをしていても間に合わない」という自分の思い込みかもしれませんが、のんきにバケツ稲栽培しているより、できるだけ多くの方が田舎に住み本格的に栽培したほうがいいじゃないかと思っています。これからは都会に住んでいるより、田舎の方が断然安心、安全、長生きだと思うからです。食べ物(栽培、自然の山菜、木の実、果物、動物等々)とエネルギー(木、枯葉、雑草、水、風、太陽等々)が豊富にあり、サバイバル時代にはここしかありません!

もし、あなたがバケツ稲栽培したいのであれば、だれかが主催するバケツ稲栽培を待っているのではなく、農家に行き、種籾を分けてもらい、育て方を教わり、実行することです。そこには人との交流があり、農に接し、農に学ぶという大事なことが沢山含まれています。それがとても大事なのです。

農家の人は本当に親切な人が多いし、稲を育てたいという気持ちは尊重されると思います。稲を栽培したことがある人ならば、拒否することはまずないと思います。その喜びと大切さを身にしみて知っておられるからだと思います。栽培に関しての厳しい言葉も聞くことになるかもしれませんが、それも大事なことです。また、無農薬農家なんて、めったにないのを知るでしょう。致し方無しの農薬農家を知る良い機会にもなるかもしれません。逆に言えば、つまりは食べる側が「安いものでなく、安全なもの食わせろ」運動をすれば、みなさんそうせざるを得なくなるのです。大部分が食べれば、安くもなるでしょう。化学肥料、農薬を売らんがための農協農業に反旗ひるがえし、見た目や安さより安全作物を求めることが日本人がすべきことでしょう。

ただし、栽培はそれなりに本気にならないと実りはないし、現代文明に汚染され過ぎている人には、パソコン操作みたいにはいかないことを覚悟しないといけません。また、量が多ければ多いほど、肉体がものを言う世界です。それらの一つ一つが「人間が生きる」ということに繋がる重要なことなのです。人間は勝手に自らを霊長類と決めていますが、結局一種の動物であり、動物として自然との調和をしていかなければならないというのが、自然農とか無農薬、無化学肥料での栽培から学ぶことではないかと思います。

バケツ稲栽培をハッピーヒルで始めましたが、それは自然農の創始者である福岡正信さんの交配した米であるからです。自然農への賛美と、また、これからの食糧難に備えて多収穫米であるハッピーヒルを選んだのです。しかし、米の種類は何でもいいと思います。消毒をしていない、できれば無農薬で作られた種籾を探すところから自らの命、地球の命を守ることが始まるでしょう。


posted by 種まく旅人 at 07:18| Comment(0) | TrackBack(0) | コンクール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする