2016年11月26日

記事紹介 不治の病の克服例 5 吉井さん ホスピス

ホスピスは末期癌、その他で、余命数ヶ月と宣告された人が入る病院です。つまり、死を覚悟した人が入る、あるいは死を待つ病院と言えるかもしれません。しかし、私の親族の一人も入っていましたが、意外にも病院内は暗さよりも清潔感や平和さを感じました。痛みの緩和はしても、すでに病気と闘わなくなったことで、病人も家族も医師も穏やかなのかもしれません。

しかし、本人にとっては死刑台の上に乗ったような気分なんじゃないかと思ったりしましたが、実際にはそれぞれが異なる思いや感じ方を持っているのだと、今回紹介する吉井さんの例で知りました。

「死は怖がることで遠ざかり、受け入れることで近づく」と思われるかもしれませんが、その捉え方によっては逆かもしれないとも思います。長生きするお坊さんとか、そのいい例かもしれません。

死を恐怖するのは、私も実体験してますが、相当なエネルギーを心身ともに使いますから、それは身体にとってはあまりいいことだとは思えません。ただ、恐怖を生へのエネルギーに変えることができれば、異なるでしょう。恐怖におののいている状態では、死を近づけさせるのではないでしょうか。

今回記事紹介する吉井さんは、恐怖でなく、心の平安になったことが、半年持たないとの宣告が5年もの長い生存につながったのではないかと思います。「あとは死ぬだけだ」みたいな言い方をされた時に、死を受け入れた平穏さを吉井さんに感じました。

以下、吉井さんの闘病生活のインタビュー記事です。
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/437762648.html


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2016年11月12日

記事紹介 不治の病の克服例 4 Sさん (脳腫瘍、乳がん、帯状疱疹)

夢と生死の関係、意識と肉体の関係、固定観念の壁、集団意識等いろいろなことを考えさせられる、もっとも多く読まれているSさんの事例です。以下のページへ

http://happyhillcontest.seesaa.net/article/422627477.html


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2016年11月10日

死と隣り合わせの乗り合いバス

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一見楽しい写真ですが、
連れて行かれて、最後には食われるのか、うまく乗り逃げできるのか。
原子力を利用する人類のような、死と隣り合わせの乗り合いバス。


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2016年11月08日

記事紹介 不治の病の克服例 3 加藤さん 墓石か、パソコンか?

今日は大腸癌で20ヶ月後に死ぬはずだった加藤さんの話です。医師の「死の宣告月」から5年と4ヶ月(2015年5月取材)経っても元気ピンピン。加藤さんは医師の宣告に対して「ナニクソ!」と逆に生き抜こうとする力が沸いて来たそうです。死の宣告をされると「そろそろ墓石でも立てておくか」と考える人もいるでしょうけど、加藤さんの場合は気持ちを奮い立たせるために高額なパソコンに買い換えて、長期生存に備えたところが、病に負けない人らしいところです。

顔色もいい加藤さん
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加藤さんの記事は以下です。
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/419660308.html

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2016年11月07日

記事紹介 不治の病の克服例 2 神庭さん 「信じることの危険とその難しさ」

「信じる」ことが危険なこと、そしてまた難しいことも、病の経験から知りました。

例えば、医師が「治らない」「死ぬ」と断言します。我々は専門家の言うことだから「間違いない」と信じてしまいます。また子供の時から、我々は「優秀な成績の人だけが医師になるのだ」と思っています。それも手伝って、彼らが「治らない」「死ぬ」と言えば、それは真実になります。というか、真実として自分の中に埋め込まれます。それは恐ろしいことです。それが絶対ではないことを、人によっては身体が証明するからです。医師はすべてを知っているのではなく、一部を知っているに過ぎません。現代医学、西洋医学でわかっている範囲でしか、ものを言っていません。

また、その言葉を鵜呑みにすれば、それを覆すのは並大抵ではありません。

「病は元々ないのだ」「自分が作り出すものだ」「あなたはすでに健康体だ」というような考えを誰かから教え込まれた時に、自分にとってはその考え方がずっといいにもかかわらず、医師の言葉をこの言葉に切り替えるのは、大きなエネルギーが必要です。人によっては難なく、そこにたどり着く人もいますが、私の場合は心の底からの変革が必要でした。

毎日起床した時と、就寝前に祈っていましたが、祈るというよりは鬼の形相で、病に負けそうな自分を鼓舞する、「病気である」という気持ちを完全否定するという、何か怒りにも似た「病を持っているという気持ちを叩き潰す」という気持ちでした。しかし、それは病が癒えるのに、非常に大きな力になっただろうと思います。実感としては、精神状態を変えることは、一つ一つの細胞にも働きかけるような気がします。体全体が、下向きでなく上向きになり前向きになり活動的になります。それが体全体の細胞に影響を与えないはずがないだろうと思います。

医師が何故「死」という言葉を簡単に使うかといえば、「治ります」と言って、死んだら責任を取らねばなりませんが、「死にます」と言って完治しても、手柄にもなりませんが、責任を問われることもありません。死んだら「ほらね」で済みます。死の宣告をしたのに完治したら、明らかに誤診ですが、責任がないというのも変な話だと思います。精神的打撃を受けたのは明らかだからです。

余命3ヶ月と言われ、それを鵜呑みにしたがために、言葉取りに3ヶ月に死んだ人はどれほど多いかと思います。言葉の効き目が高い時は、それ以前に死んだ人もいるでしょう。医師の言葉は良薬にも毒薬にもなります。

今日、紹介する子宮ガンだった神庭さんは医師から「全部取らないと死ぬ」と言われ、奥さんの手術拒否に賛同した旦那は「奥さんを殺す気ですか!」とさえ言われたのです。こういう言い方をする医師も問題ありですが、これを聞いた神庭夫妻は落胆も大きかったでしょうが、その医師の言葉をそのまま受け取らなかったのか、絶対治してみせると思ったのか、その心情までは聞かなかったのですが、鵜呑みにしなかったと思います。それは最も大事なことだったと思います。

以下、短い記事ですが、神庭さんの子宮ガンにまつわる話です。

http://happyhillcontest.seesaa.net/article/416617400.html

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http://happyhillcontest.seesaa.net/article/439802350.html

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2016年11月05日

記事紹介 不治の病の克服例 1 波多野さん

昨日の話ですが、私の不治の病が克服されるのに新興宗教が関わりましたが、宗教が救ったというよりも、宗教が「自然治癒力」を教えてくれたのだと思います。いろいろな宗教で病気が治った話は無数にあります。それが宗教に目覚めさせるきっかけになった人も多いでしょう。しかし、私の場合はその新興宗教に失望して離れましたが、それでバチがあたるわけでもなく、その後は病気をすることもなく時は過ぎました。

その後、本やネットで様々な難病や不治の病を克服した人の話をたくさん知ることによって、それらに共通したことを探りました。それは人間が本来持っている自然治癒力なんだと結論しました。また、精神的な悩みが病気を生んだり、進行させたりすることも実感として理解できました。

島根、愛知、高知各県で五人の難病克服体験を取材しました。病気に悩む人たちに希望をもたらすものになればと思っています。

今日取り上げるのは、波多野さんです。故郷の島根県大田市在住の方です。
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詳しくは後述のアドレスに行き、読んでいただけば詳しくわかりますが、

まず、1970年代のコバルト照射の治療を受けられるのですが、この時代の治療法ならば、現代ほどの治療効果がなかったでしょうから、かなりガンは残っていただろうと思います。それを克服された主な原因はまず特殊な血液を持った家系であったこと、玄米と野菜の食事、水の力、芸術に親しむ余裕、金に翻弄されない生活(金への気苦労はかなりストレスになると思います)等が総合的に働き、自然治癒力を高めたのだと思います。この中で誰にも真似のできないのは「特殊な血液を持つ家系」です。これだけはどうにもなりませんが、これだけを当てにしていても完治は難しかったと思います。それと自分が信じた治療法をやりづつける根気強さも大事な要素だったと思います。

それでは、以下「不治の病の克服1 波多野さん
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/415987750.html



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2016年11月04日

不治の病の克服 

私は18歳の時に、医師から「慢性腎炎」の診断を受け、一生完治しないと宣言されました。しかし、その後自然治癒し、今に至っています。その経験は生と死について考えさせられ、同時に人間の体の不可思議さを知るきっかけになりました。

今回の旅は米と麦の種を1万人に手渡す旅であると同時に、私と同じような体験、つまり不治の病の宣告、あるいは死の宣告をされたにもかかわらず、いまだに元気にしておられる方達を訪ねる旅でもあります。

種蒔きに忙しく、克服した人たちを探す時間が多くなかったのですが、何とか五人の人たちから話を聞くことができました。

その人たちの記事紹介をする前に、私自身の体験談をお話ししようと思います。

闘病体験

僕は高校三年になろうとする春休みに腎臓が悪くなりました。一時的な急性腎炎ということで二週間くらい入院すれば直るはずでした。ところが入院日数は増えるものの尿の中のタンパクや赤血球は減らず、とうとう新学期は始まりました。僕は入院したまま、休学せざるを得なくなりました。僕はそれまで大きな病気はしなかったので、多少楽観的でしたが、長期化し休学もしたことでとても心配になり、腎臓病の本を看護婦さんから借りて読みました。

その中に急性腎炎から慢性腎炎に移行し、28歳で死亡した男性の経過が尿の検査結果とともに出ていました。それを見たときに一気に恐怖感が襲いました。死亡する病気だと知ったからです。それからは非常に神経質にもなり、食事や運動など制限されていることに対して敏感になり、きちんと守るようになりました。

腎炎の原因と言われた扁桃腺も手術して切除しました。そして夏になりましたが、一向に良くならず、一時は自宅療養をしていましたが、再度入院しました。9月には新しい医師がやってきて、再検査しました。そして結果とともに病室にやってきた医師は言いました。「慢性腎炎になっています。直らないので退院してもいいです」と。

僕にとって慢性腎炎になることは死を意味していました。死の宣告を受けたような説明だったのです。もちろんすぐに死ぬわけではないですが、場合によっては人工透析の可能性はあるし、ひどい場合は尿毒症で死ぬ可能性もあると本で知っていました。はっきりしているのは一生直らないということ。生きていても死と隣り合わせのような感じです。若い私は恐怖のどん底でした。4階の病室から飛び降りたい気持ちの日もありました。退院したものの、先が見えない不安、、どうしていいのかわからない日々でした。

そんなある日「出雲に腎臓病の専門医がいる」とある人から聞きました。ワラをも掴む思いで早速診察に行き、入院が決まりました。再び尿検査、血液検査等をした後に、その医師は言いました。「君は病気ではない」「・・・・・」意外な言葉に返す言葉がありませんでした。嘘をついているのは明白でした。検査に出した尿の濁り具合でタンパクと赤血球がどれくらいの数値になるか、それがどれほど深刻かは、その経験から察しがついていました。私の落ち込み具合を見て父が頼んで、そう言わせたのでしょう。

数日後、婦長が病室に入って来て、ある本を薦めました。新興宗教の本でした。この病院自体は宗教色はありませんでしたが、たぶん肉体の病気が精神に深く影響を与えている場合は婦長の登場ということになるのでしょうか。ある意味柔軟な姿勢の病院だったと思います。私は本を開けて読みました。そこには難病が治った話が沢山書いてありました。半信半疑でしたが、貪るように、次々に本を借りては読みました。

婦長が来て言いました。「錬成道場に行ってみますか」新興宗教に抵抗感のなかった若い私は「ここに助かる道があれば」と希望を託しました。しかし、三泊四日の錬成道場には何も感じるものもなく、帰る時間を迎えました。帰る間際にその道場の責任者のような人がカウンセリングをしてくれました。

「どうしましたか」「腎臓が悪くて、、」
「他に何か問題を抱えていませんか」
「・・・・・」

病気のことで頭が一杯でしたが、他にと言われると、一つだけありました。中学からの反抗期が長く続いて5年間も母の作るものは一切食べず、母と口をきくこともありませんでした。それを話しました。すると、「それが原因です」と言われたのです。

借りた本には恨み、辛み、憎しみ、怒りと病気との関わりの話が沢山書いてましたが、まさか自分のこととしては捉えていませんでした。しかし、直に指摘されたことで大きな衝撃を受けました。あれほど母を拒否していたのに、そのときは簡単に受け入れらました。

早速公衆電話から母に電話して、長い間の親不孝を詫びました。それ以降は問題のない普通の親子になりました。しかし、病気に対してはそれだけで治るとは思っていませんでした。本には「病気は心の影、本来病気はない、自分で作るものだ」。そうなれば、いままでのような生活をしているわけにはいきません。退院し、家に帰ると普通の生活に戻しました。腎臓病は本来、絶対安静にしているのが大事なことなのですが、その生活を止めたのです。

朝、起きるとお祈りをして、ランニングに出ました。腎臓病の人間にとって自殺行為です。しかも、食事制限があり、塩分の制限、タンパク質の制限がありましたが、何でも食べました。5種類近くあった薬も捨てました。医者にも行かなくなりました。

しかし、直後に尿の色が急激に悪くなりました。カフェオレのような状態になったのです。どうしよう?元に戻すか、このまま続けるのか?・・・・・元の戻すことは、病気を認め、暗い生活に戻ることでした。私の選択は続行でした。それは命を賭けた戦いでした。

そして、数ヶ月後、私は自分の健康に自信を回復し、前述の出雲の専門医のところに尿検査を受けに行きました。外来患者なので、診察前にカルテを渡してくれました。それを開けて見ると、カルテには明らかに「慢性腎炎」と記載してありました。「ああ、やっぱりあのときに嘘をついていたんだ」と思いました。

そして、尿検査があり、結果が出ました。タンパクも赤血球も出ていませんでした。その後、数ヶ月に一度検査に行きましたが、異常なしでした。

私は健康を取り戻し、普通の生活に戻りましたが「普通の生活がどんなに幸せなことか」身に染みて感じるようになりました。また、死に対する意識が強くなり「死とは何か」「生とは何か」「死の世界はあるのか」そういうことも考えるようになり、アートのテーマにもなりました。

また、人間の身体の不可思議さも知りました。医療がパーフェクトでないことも知りました。人間の身体も、人間そのものも、まだまだわからないことだらけだと思いました。しかし、また自分が完治した本当の理由もよくわかりませんでした。ですから、難病を抱える人に対しても、自分の体験談を話すことができても、核心的なことは何一つ言えませんでした。周りの親族は一人また一人と死んでいきましたが、誰にもこの体験を生かすことはできませんでした。

友人知人親戚縁者の中には誰一人、私と同じような体験をした人はいなかったので、多勢に無勢でそういう点でも説得力がありませんでしたが、世の中にはそういう人が、宗教とは関係なし(その後、その宗教団体に疑問を感じ離れました)にたくさん存在することを本やネットで知りました。それならば、「日本中を旅している間に会えるかもしれない」と思いました。それで、時々知り合う人に「難病や不治の病を克服した人を知りませんか」と尋ねてみました。種蒔きが忙しく、頻繁に尋ねることができませんでしたが、それでも5人の方と出会うことができ、情報を提供して頂きました。

後日、その方達の記事紹介をします。

【お知らせ】
米と小麦の種を1万人に無料配布するために日本一周しています。六千人近くに配り金が尽き、現在、アルバイトをしつつ、寄付金を募っています。詳しくは以下へ。
「寄付金集め 自己流クラウドファンディング」
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/439802350.html
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