2016年12月27日

5200番台 千葉県、東京都

5231番以降で、車関係以外での種蒔き記録です。

9月15日 5236〜38番 パンドナルさん 
天然酵母、しかも石窯のパン屋さんと聞いて、過去に一度パンを買いに行ったことがありましたが、今回は石窯の作り方を聞きに行きました。田んぼが広がる中にある田舎のパン屋さんなのに、次々にお客さんが来られます。お薦めの美味しいパン屋さんです。以下ブログです。
http://www.ishigamapan.com/original2.html
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9月某日 5241番  武重さん。
この日、ホームセンターで買い物を終えて車に戻ると、車体の「種蒔いてます」を見て一人の老人が「何の種ですか?」と尋ねて来られました。元農家の方で、以前は1、2町歩の田んぼで米を作っていたとかで、30分ほど熱っぽく立ち話しました。種蒔きの活動に賛同していただき、1万円の寄付金を頂きました。早速、口座「種蒔く旅人」に入金しました。ありがとうございました。                

11月1日 5243〜45 森田さん、宇谷さん、泉さん   
この日は都内で島根県立大田高校の小さな同窓会をしました。数十年ぶりの再会は懐かしく、かつ熱い交流でした。長い人では13年も同じ幼稚園や学校へ行っているので、半分家族みたいなところがあって、ツーカーの部分が何とも人生の宝物です。
種蒔きの活動の話も十分に聞いてもらったので、種を10枚ずつお任せしました。5251番〜60番 森田さん、5261番〜70番 宇谷さん、5271番〜80番 泉さん。ありがとうございました。
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12月2日 5250番 焼きそば「山羊」さん。
車検場の帰りに住宅地にポツンとある焼きそば屋に立ち寄り、おばさんと長話。興味を持ってもらえたので、ここにも5枚置かせてもらいました。5281番〜84番 山羊さん。ありがとうございました。
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2016年12月22日

車検ー海外との比較

2月か3月には私個人で車検を取るつもりです。ユーザー車検というそうですが、フランスであれば、ユーザー車検が当たり前で、工場に頼む人はいないと思います。しかも、居住していた1990年代に1万円もしなかったように記憶しています。

それで、海外の車検事情を調べてみました。紹介する二つの情報に若干の違いがありますが、明らかなのは、車検に関する費用が日本は断然に高いことです。他の国なら1万円以下です。

資料1

ドイツの車検制度

ドイツも基本的には、日本と同じような車検の有効期限を持っており、中古車であれば2年ごとに車検を受けなければならないのです。大きく異なるのはその検査費用です。ドイツの場合、検査手数料が5000円程度かかるだけで、後は整備費用が実費でかかるだけです。日本のディーラーや整備工場では、まず整備を行い、それを終わらせてから検査場に車を持ち込みます。一方でドイツの場合には、まず車検の検査場に車を持ち込んでから、車検に不適合な部分だけを直すというような感じです。

フランスの車検制度

フランスでは現在は、新車の場合には4年の有効期限を設定していますが、2回目以降の車検は2年ごとという風になっており、2回目以降は日本と違いはありません。車検の流れはドイツと似ており、まずは検査場に車を持っていって、問題のある箇所の実を整備して車検を通すというやり方です。気になるのが車検の費用ですが、おおむね7000円から8000円程度といったところです。金額に幅があるのは、フランスでは車検費用は基本的に自由競争となっているからです。ちなみに再検査の場合には、3500円程度の費用がかかります。

アメリカの車検制度

州によって車検制度が異なります。ニューヨーク州の場合には、新車を購入しようが中古車を購入しようが、毎年車検を受けなければなりません。毎年車検を受けなければならないのなら、車検費用も馬鹿にならないと考えてられますが、実はそうでもありません。ニューヨーク州の車検費用は、おおむね2000円程度なのですから、毎年行ってもあまり金銭的負担にはなりませんね。

出典:http://kurumauru-navi.com/archives/40

資料2

●車検制度が厳しい国

日本
新車3年、中古車2年。(車検6000円+税金・保険60000円+代行手数料15000円)

イギリス
新車は購入3年目、以後1年毎。ガソリンスタンドが車検を代行。費用は約29ポンド(約5000円)

台湾
購入して3年で第1回、以後毎年

UAE
毎年1回、簡単なテスト

ドイツ
新車は購入3年後、以後2年後毎。費用は30〜60マルク(約3000円)

オーストラリア
1年に1回、登録を更新

シンガポール
購入3年後に一度、以後2年毎。10年経過以降は毎年。費用は約50シンガポールドル(約4000円)


●車検制度がない・ゆるい

アメリカ    車検制度はない

中国      車検制度はない

イタリア    10年まで不要

インドネシア  車の整備や車検に強制的な制度はなく任意

スイス     法律で定められた車検制度はない。自動車メーカーのすすめで1万〜1万5千キロ(もしくは1年毎)のチェック

ノルウェー   一般には4年毎、10年以上経過した車は1年半毎に陸運局でチェック

出典:http://car-kurukuru.com/blog/blog/2016/03/07/foreign-car-inspection/

日本の場合、車検の際に自動車に関する税金がかかるので高いのですが、他国では車検時とは別に徴収していると思われます。税金に関してはウイキペディアでは以下のようにあります。

日本の自動車税は日本自動車工業会の調査によれば、ドイツの約2.4倍、イギリスの約1.4倍、フランスの約6倍、米国の約14倍となっている(全て同条件で比較[6]:車体価格130万円、9年間使用、排気量1800cc)など、非常に高額である。

自動車税以外の自動車関連諸税(自動車重量税、自動車取得税、消費税、付加価値税など)も含めて比較した場合は、日本はドイツとフランスの約1.9倍、イギリスの約1.4倍、アメリカの約5倍となっている。

日本では、自動車の所有者に対して、この自動車税の他にも自動車重量税や自動車取得税、燃料への課税(ガソリン税・軽油取得税・石油ガス税)、さらには消費税(自動車の購入時と燃料購入時への課税)が課せられる。

多数の税金が複雑に絡み合っており、またその負担額も大きく、特に自家用の乗用車にはさらに高額な負担を強いていることから、若者の車離れを促進し、国内の自動車産業を衰退させている原因として、自動車業界から問題視されている。自動車業界は自動車税と自動車重量税は課税原因が同じであり、二重課税であると指摘している。(転載終)

海外では車検を取ることは簡単(私の経験でも1、2時間)で、個人で取れますが、日本では通常は修理工場に頼んで日数もかかり、手数料も取られます。さらに、日本では税金が高いです。とにかく車に金がかかる日本国ですが、そういう国が上等な車を作っているのは皮肉な話です。いい車を海外に売って儲けて、自国では安く乗れるようにするのが筋だと思うのですが、、、。

さらに、高速道路も以下のように日本は海外より割高になっています。山口から東京までおよそ千キロとすれば、25000円かかります。アメリカなら5000円で済みます。ガソリン代金もいるし、飛行機に乗った方が断然安くて速いです。

普通車高速料金 1キロ当たり

アメリカ  5円
イタリア  6円
フランス  8円
スペイン  9円
イギリス 13円
ドイツ  14円
日本   25円

出典 https://www.express-highway.or.jp/jigyo/info/watch/2010/rpt2010003.pdf
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2016年12月21日

種蒔きと車修理 千葉県 5200番台

今日の記事は車が好きな人(特に修理)でないと面白くありません。悪しからず。
種番号はあちこち飛びます。

7月2日を最後に、種蒔きの記録が滞っています。資金稼ぎ期間なので、無理して蒔かなかったのですが、それでも常に種を携帯していたので、数十人ほどに渡しました。その人たちの中で車関係者がかなり含まれました。車の故障が原因です。

1年間西日本を回った車ーセレナーは約24000キロ走りました。地球の半周より4000キロ多く走った計算です。中古だったので、総距離数は現在14万キロです。これくらい走ると車もあちこちガタがくるのか、次々に故障が見つかりました。金がない時期なので、どうしたら安く修理できるか四苦八苦しました。

旅をしている時からエンジンがかからないことが度々あり、保険会社のサービスを利用して整備士の方に来てもらいました。何回目かには保険会社から「これ以上サービスできません」と言われ、整備士の方も「バッテリーが限界です」

そこで、いろいろ調べた結果ホームセンターでバッテリーを買いました。安い(12744円)のは良かったのですが、しばらくしたらまたエンジンがかからなくなりました。修理工場に持っていくと「ダイナモ」を交換しなければならないということでした。工賃ともで65000円もかかりました。

6月11日 5231番〜5235番 吉野自動車

しかし、しばらくするとまたエンジンのかかりが悪くなりました。整備士の方に「ホームセンターのバッテリーはよくない」と聞いて、ネットでメーカー品(日立)を安く(8860円)買いました。それでも、またエンジンがかからなくなりました。

「もしかして、乗っていないときでも放電しているのかもしれない」と思って、整備工場の人に相談すると「もしかして、セルモーターがダメかもしれない」と言われました。それでセルモーターのことを調べてみました。

車のことはさっぱりわからない私も、こんなに次々に金がかかっては困るので、自分で修理できるものならやってみたいと思いました。ただ、同じ車種でもセルモーターは様々で車検証の細部を見て、判断せねばなりません。「同じ車種なら、同じものを使えばいいものを、なんと面倒な、、、」イライラしつつ調べてみるとと、ネット上に中古品が売ってました。リビルト品と呼ぶそうです。部品を直して売っているのです。値段を見ると、修理工場で言われた値段よりずっと安い値段でした。

しかし、それが信頼できるものかどうか、わかりません。ネット内の情報をよく読んで判断するしかありません。そうこうしているうちに、同じデザインのページで同じものが「今日に限り安売り」してました。「運がいいな」と思って先に見つけたページのアドレスに問い合わせてみると「偽物です。注意してください」。ネット内での僕の動きを知っているものの仕業です。コンピューターがやっているんでしょうけど、怖いなあと思いました。本物の店の方とメールでやりとりしているうちに、責任感があり信頼できる人だと確信したので、新品の3分の1くらいの値段(1万1千円)で買いました。代わりに故障したセルモーターはその店に送る約束でしたので、その後郵送しました。

そして、セルモーターが車のどの辺にあるかをネットで調べてみると、バッテリーの下辺りでした。ところが自分の車を見てみると、どこにもありません。保険を更新したので、再び保険会社のサービスを利用して整備士の方に来てもらいました。

「セルモーターってどこにあるんですか?」「これは下からでないと、見えないね」同じセレナでもセルモーターの種類も位置も違いました。

下に潜り込んで、写真を撮り「これですか?」「そうそう」
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12月9日 5288番〜89番 アーバンレッカー車 
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これはかなり難しい仕事のようでした。しかし、下に寝転んで作業しなくてはいけないから難しいのであって、大きな空間があれば僕でもできるだろう、、、と思って、地面を掘ることにしました。二日かかって大きな穴を掘りました。
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しかし、覗きこんでも、いったいどこにネジがあるのか?自分が持っている工具でできるのか?間違って付け替えたり、さらなる故障の原因を作ったら、、と考えたら、それ以上手も動かず、結局断念しました。

それで、今度は工賃が安い工場を探しました。2万円も要求するところもありました。実際の仕事はネジを二つとパイプが一つだけの仕事なので、いくらなんでも高すぎると思いました。粘り強くあちこちに電話をかけてみると、1万3千円、1万円、7千円、6千円とどんどん安いところが見つかり、とうとう4千円台の工場を見つけました。

安かろう悪かろうなのか、本当に良心的なのか?判断するには、注意深く話し方を聞くしかありません。誠実な人には誠実な人なりの声の質があると長年の経験から感じていたので、その判断力に任せました。それとネット上の評判(最高ランクの5でした)も一応目安にしました。

実際に工場に行ってみると、本当に誠実そのものの方が出てこられました。修理は30分ほどで済みました。税込みで5100円で済みました。ありがとうございました。
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12月15日 5290番 大多和自動車
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大多和自動車のページは以下です。私の記事がページの下の方に載ってます。安くて信頼できます。お薦めです!
http://www.goo-net.com/pit/shop/0123745/top

これ以前に、フロントガラスに40センチくらいのヒビが入っていました。3月の車検までには交換しなければなりません。同じ日産のものならば、ガラスだけで10万円くらいしますが、社外品があることを知りました。しかし、これがまた、同じセレナでも大きさや形が違うので、注意深く選ばねばなりません。

フロントガラスの修理方法はネット上に動画で紹介があったので、できそうでしたが、問題はこれも特別な工具が必要なことと、一人ではとても扱えないほどの大きなフロントガラス。壊してしまったら、台無しです。これも専門家に頼るしかありませんでした。

社外品を使う工場でも、ガラス込みで10万円、8万円、7万円と結構高い値段がしました。しかし、車検場で出会った整備士の方が「自動車ガラス専門店ならば、5万円でできるんじゃないかなあ」と言われたので、必死で電話をかけて探しました。

すると、とうとう4万円台の工場が見つかりました。この時も相手の声を注意深く聞きました。「裏表が無さそうな大きなはっきりした声」は嘘がないなと感じさせました。

ガラス交換は興味深かったので、一部始終を見ていました。全てを新しい部品にするのではなく、使えるものは使う姿勢にも感心しました。工賃も安いですが、その姿勢が安さの根拠でもありました。実に手際良く作業は進みました。ガラス込みで修理代金は4万5千円で済みました。ありがとうございました。
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12月6日 5285〜87番 柏オートグラス
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柏オートグラスのページは以下。ここも安くて安心。お薦めです!
http://nttbj.itp.ne.jp/0471467678/index.html

その他、車関係で種を渡した方たち

11月30日 5239番・5242番 イエローハットにて
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12月2日 自分で車検を取るために、車検場に下調べに行きました。車検場のパーキングに着くと、車に詳しそうな方がおられたので「自分で車検取るのは難しいですか」と話しかけると幸い整備士の方でした。話しているうちに「ちょっと見てあげよう」と言われ、大まかに見てもらうと「ひび割れたフロントガラスだけ直せば、多分通るよ」とお墨付きをもらいました。

5240番 車検場にて 名古屋の整備士の方に
5249番? 車検場の受付をしていた親切な女性に。
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11月23日 あまりに修理代がかかりそうだったので、いっそ車ごと買い換えた方がいいかと思って、ガリバーの方に相談してみました。「うちは100万円以上のものしかありません」「そうですか、、、これは無料です」と言って、種を渡しました。

5247番と48番 ガリバーの方
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以上です。車を持つと本当に金がかかってしょうがないですが、修理をできるだけ安くしようと思えば、粘り強く安い部品を探すこと、安い修理工場を探すことなんですね。思っていた以上に差がありました。

有り余る金があれば、ポンと金を出せば済むことですが、それよりこうして四苦八苦して車にまつわる様々なことを知り、部品や店を探し回り、いろいろな人と知り合う方が面白いなあと思いました。栽培を通して、自分で食べるものは自分で作ることを学んだのですが、自分が生きることの基本を全て自分でできれば、これ以上のことはないと思っています。しかし、さすがに車はあまりに専門的過ぎました。

車のことをいろいろ調べるうちに、車に関する新たな情報を得たので、明日は車に関する記事を書きたいと思います。日本の車事情。

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米と小麦の種を1万人に無料配布するために日本一周しています。六千人近くに配り金が尽き、現在、アルバイトをしつつ、寄付金を募っています。詳しくは以下へ。
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2016年12月10日

原発避難いじめ問題から、考えること

30年前に中学教師だった立場から、私なりにいじめ問題について考えてみました。

子供のいじめのきっかけは何でもいいのです。たまたま福島からの避難者だったので、それがいじめのきっかけになったのです。報道の対象になりませんが、似たことは水銀汚染で有名な水俣でもありました。しかも、昔のことではなく、私が訪ねて行った2011年の話です。サッカー少年たちが「水俣から来た学校の生徒」というので、差別されたそうです。過去の話であっても、誤解や間違いであっても、いじめる材料であれば、子供には関係ありません。

マスコミは「原発避難者だから」と取り上げるよりも、本来のいじめに関して追求すべきだと思います。

私が中学の教師をしていた30年前の話です。全校生徒36人ほどの小規模校でした。田舎の素朴な子供たちと思って赴任しましたが、実情は違いました。それに気づいたのは、1か月も過ぎた頃でした。よく見ると、生徒の腕にはタバコの火を当てた火傷の跡がありました。段々と深刻さがわかった時に、その学校に長年勤めて事情に詳しかった先輩の教師に聞きました。「どうして、最初から教えてくれなかったのですか?」「白紙で見て欲しかったから」

白紙で見ていいこともあるでしょうが、生徒に足をすくわれるだけでしょう。それだけ対応が手遅れになってしまいます。八人の教師のうち半分は新たに赴任した教師でしたが、それぞれ唖然としていました。新たに赴任した教師には洗いざらい学校の実情を話すのは当然のことなのですが、学校あるいは教師によっては、新たに赴任する教師が白紙状態で問題解決してくれると甘い期待を抱いています。あるいは、この先輩教師のクラスにいじめの頂点に立つ生徒がいたから、言えなかった、あるいはかばっていた可能性もあります。

学校の中で特にいじめられていたのは、一年生の男生徒一人と、女生徒一人でした。前者は学級委員も務める成績も良く、真面目な生徒でした。しかし、これが災いしました。学校を牛耳っていた3年生が、不良的行為にそぐわない生徒はいじめの対象にしたのです。女生徒の方は、東京から引っ越してきた生徒で明るい生徒でしたが、またこの生徒も明るさが災いしました。

いじめ容認、卑屈な態度、笑わない、素直でない等々が、暗黙的に上級生から強いられていました。いじめる生徒にも何度か対峙し、話し合いをしましたが、いじめる生徒は過去にいじめられた経験があり、学年が上がると同時にいじめる側に変身するのです。しかも、いじめの歴史のようなものがあり、卒業した生徒がいじめに関わっている(指示する)ようにも感じました。そうなると、学校の生徒だけ指導していてもラチがあかないということもありました。

一方で、とにかくいじめられている生徒を守ってやらねばなりません。いじめられる時間帯は決まっています。朝礼が始まる前、昼休み、部活の着替え時、部活後。つまり、教師の目が届かない時間帯です。

ある日、私は給食が終わるとすぐに準備室に待機してみました。すると、案の定、この男生徒がやってきました。「みんなが僕を探しているので、匿ってください」と。廊下を見ると、2年3年の男生徒がうろついています。「窓から見えないように、姿勢を低くして」と言って、昼休みが終わるまで準備室に一緒にいました。そういう日々が続いたある日、それに気づいた教頭が私に言いました。

「そういうことをすると、余計にいじめられるから止めなさい」

それでは、教頭にどんないじめ対策があったのでしょうか。私からすれば、放任しているのと同じでした。校長や教頭は保護者を集めてのいじめに関する集会を開催したり(アリバイ作りでしかない)しましたが、それより個々の家に訪問して個人的に話を聞く方がもっと有効でした。何故なら、時にいじめは口に出せない田舎の大人の人間関係が関わるからです。例えば、この男子生徒の家は貧しくて、農機具を貸してもらわないと仕事ができない立場でしたが、貸す側の親の子供からいじめられるから文句が言えないということを、辞職後に生徒の親から聞きました。そうなると、地域の人間関係にも教師は精通しないといじめの核心に触れられないのです。

女生徒の方は明るく正直な生徒だったので、いじめられると職員室にやってきて、いじめられていることを訴えてきました。女生徒をいじめるのは通常は女生徒ですが、この学校では男生徒からの暴力でした。それで私は放課後のいじめだけでも、何とかしてやろうと思い、新たに「美術部」を作ることにしました。この学校は小規模であるゆえに、部活はテニス部と陸上部しかありませんでした。生徒はそのどちらかに入らねばなりません。どちらに入ってもいじめは起こりました。私は陸上部を担当していましたが、全くの素人で、美術部で教えたほうが美術教師としては理にも適ったことでした。しかし、学校の部活というのは状況により必ずしも専門性が生かせるわけでもありません。私のように新たに部活を作るようなことは難しいことでしたが、苦肉の策で校長に提案してみました。校長の答えは

「学校は共同生活をする場だから、一人の部活は許せない」

放課後までも、共同生活の場にしなければならない理由があるでしょうか。本来は部活は自由参加で義務でもないはずです。校長は特例を許さない頭の固い教師の典型でした。

結局その女生徒へのいじめは続き、耐えきれなくなって、他の学校へ転校して行きました。その生徒は家庭の事情があって、東京の父母のもとを離れて祖父の家に引っ越してきたのですが、さらに親戚をたらい回しにされたわけです。今でもその後どうなったのかと心配です。それは教師の敗北を意味していましたが、そう感じている教師はほとんどおらず、校内の問題が一つなくなることだけを喜んでいたのではないかと思います。

こうして、教頭も校長もアリバイ的行為(いじめ対策をしているフリだけ)には熱心であっても、いじめを無くそうとする動きに対して不寛容で、無理解な態度でした。

他の教師はいじめを無くそうという気持ちはなくはなかったでしょうが、いじめに対する感度が鈍いと思いました。何故、この差が生まれるのか?私は教師自体のいじめ体験にあるのではないかと思いました。教師が小中高校でどういういじめ体験があったのか。いじめられる側だったのか、いじめる側だったのか、傍観する側だったのか。それによって、いじめの対応も変わってくるのだと思います。幸か不幸か、私は小学校の時にいじめれていました。学年が変わっても、必ずいじめる生徒がいました。自己主張ができなかったのをいいことに、いじめは続きました。中学校へ上がってからは、自己主張するようになるとともに、それが無くなりました。ですから、強い自己主張(文句と言う、し返す)をすることもいじめられる側には必要です。しかし、場合によっては、特に今の時代はさらにエスカレートする可能性が高いのと、多勢に無勢という集団の恐ろしさがあります。

「教師の過去のいじめ体験」はいじめ対策に大きな影響があるだろうと私は思いました。いじめられた経験があれば、その恐ろしさが実感できるので、なんとかしてやろうという気持ちが働きますが、いじめる側であったならば、あまり理解できないどころか、容認する教師もいてもおかしくありません。傍観者も同様です。

いじめられる恐怖体験が、正義感を養うとも言えるでしょう。しかし、考えてみれば、学校時代にいじめられた体験があれば、学校に嫌悪感を抱き、教師になりたいとは思わないかもしれません。ですから、勝手な想像ですが、教師になる大半の人間はいじめる側、あるいは傍観者が多いのではないかと思います。それが、学校がなかなかいじめ対策ができない一つの理由なのかもしれません。

また、いじめをなくすことは、給料をもらうからできるわけではありません。学校で教科を教えるのとは本質的に異なり、いじめを無くすにはどうしても本物の正義感が必要なのです。正義感、あるいは弱者を救う気持ちがあるのかないのか、それが試される場がいじめの対応とも言えます。

「他の教師はいじめに対して鈍い」と言いましたが、例えば生徒のちょっとした言動でそれを察知できなくはないですが、注意してみないとわかりません。私もすべてわかったわけではありませんが、例えばいじめられている生徒は目星がついていますから、そういう生徒を常に観察していれば、何となく落ち込んでいる状態ならば、その日、あるいは前日に何かあっただろうと想像することは難しいことではありません。いじめられる生徒は仕返しが怖くて、なかなか相談することはありませんから、どうしても教師の側の鋭い観察力が必要なのです。

生徒が36人に対して、教師が8人。教師一人に生徒4〜5人。十分すぎる教師の数だと思われるかもしれませんが、人数は関係ありません。その質だけが問題なのは、この学校がよく証明していました。

ほとんどの教師は生徒を観察することに関しては疎(おろそか)かではないかと思います。何故なら、一つには教員養成時代、つまり学生時代にそのことの重要さをほとんど学んでいないからです。30年前も今も、教育実習は1ヶ月か2ヶ月しかありません。生徒観察は実例を実際に示して、実体験しなければ、なかなかわかりませんが、教育実習期間にそんなことはしませんし、それ以外にやることが山ほどあるのです。

実習以外の学生時代の約3年10ヶ月の間には心理学等の授業(実際には役に立たない)があるでしょうが、特別な子供観察のための授業はありません。今も変わらないと思います。また教育学部と言えども、教官たちは必ずしも教育に関心がある人たちばかりではありません。それどころか、自分の専門分野(美術研究室ならば、彫刻家、画家、デザイナなのです)ばかりに夢中になっている人がほとんどで、教育に関して話す経験も知識もない教官がほとんどでした。そもそも彼ら自身が小中高校の教育体験が少なすぎる(多分数ヶ月から数年)のです。教育学部自体を根本的に変えなければならない問題なのです。

こんなこともありました。教育実習を終えた時に、それまで大学で学んだことが実習には全く役立っていないことに気づいた私は教官たちに訴え、教官と学生が集まり話し合いの場ができましたが「もっと、デッサンをしよう」という方向違いの結論でした。これは教官も他の学生も私ほどには深刻に受け取っていなかったこともあります。しかし、私なりの極論を言えば「教育に関心の深い教官への総入れ替え」だったのです。つまり、彼らの教える先に子供の姿が見えなかったのです。
大学の教官は学生への「教育者としての教育」を付属小中学校の教育実習制度に丸投げしているのです。

話を戻しましょう。

では、どうやって子供の観察を学ぶかといえば、実際に赴任してからです。しかし、観察しなくても教師は務まりますし、強制ではないので退職するまで観察眼のない教師はたくさんいます。観察力のある教師やいじめられた体験のある教師は敏感でしょうが、ごく少数派です。

しかし、観察力だけでなく、ほとんどすべての点において、実際に学ぶのは教師になってからです。子供を前にして直に教えるという行為がたったの1、2ヶ月でどうして教員免許が取得できるのでしょうか。教育実習中に学ぶのはせいぜい教師らしい表面的な振る舞いだけです。どんな職業でも、1、2ヶ月でプロになれる職はありません。日本の未来に最も重要な職業である教師のほどんどがアマチュアだということです。

それはまた、そういう仕組みにしている文科省に問題があるでしょう。戦前は知りませんが、戦後ずっとそうやって教師は作られてきたのです。いじめ対策ができないばかりでなく、最近は教師の体罰問題、言動問題しかり、最悪なのは教師の盗撮やわいせつ行為が頻繁に起こっている現実は深刻です。教師の低レベル化は教員養成のあり方と無縁ではないでしょう。厳しい教育実習を長い期間すれば、自分自身の適正がわかります。また、教育実習期間に教える教師が、一人一人の適性を見るでしょうし、問題行動があれば、教師の免許を与えないでしょう。ただ、例えば医師の世界はインターンを2年くらいやると思いますが、それでも最近の医師の人間的レベルが高いとは思えません。期間の長さばかりでなく、やはり教える側の厳しい姿勢が不可欠だと思います。

ちなみに、海外ではどうなっているのか?実際にオーストリアに行った時に、お世話になったギャラリーの人が高校の教師を兼ねていたので、尋ねてみました。教育実習は1年だそうです。また、スイス人の知人も同様に教師だったので尋ねたら、教員を養成する学校に行きつつ3年間子供たちに教えるのだそうです。

学校のいじめの問題を語るならば、まずは教師がどのように作られているのかを徹底して調査しなければ、いつまで経っても、解決できないと思います。

教師の実態に関しては以下の文章も合わせて読まれたら、よくわかります。
「種蒔きの原点」
http://happyhillcontest.seesaa.net/category/25480212-1.html


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http://happyhillcontest.seesaa.net/article/439802350.html

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