2017年01月29日

雪景色

島根県大田市湯泉津町井田の様子です。
1月24日の朝、窓を開けたらこのとおり。
2.JPG

五郎八が飛び出して行きました。
3.JPG

顔をなくした種まき号
5.JPG

いつもの散歩道をいくと見かけない小屋が…
6.JPG

?
7.JPG

ちょっと行ってみよう
8.JPG

だれだ?
8−1.JPG

ヤギです。
10.JPG

何食べてるの? 
9.JPG

ちょっとくれない?
このツノを御見舞いしてからだ!
11.JPG

あ、みつけた!
12−2.JPG

くろまめだ!
12−3.JPG

わしのうんこだよ。 
12−1.JPG

うわー
13.JPG

山道を上へ 
13−1.JPG

13−2.JPG

ぼくも失礼します 
14.JPG

白と黒 
16のコピー2.JPG

17.JPG

雪の竹林
19.JPG

20.JPG

21.JPG

22.JPG

23.JPG

24.JPG

雪が積もると音がします。しーん(無音)という音が 
24−2.JPG

26.JPG

山を一周して帰りました。
27ー1.JPG

餌を雪の上にばら撒いてみました。
29.JPG

どうしてそんなことするんですか? 
おまえ、水より雪を食べるから、一石二鳥だろ
28のコピー.JPG

黙々と食べる五郎八
30.JPG

31.JPG

雪を食べる五郎八のビデオ

*水をやらないわけではありません。水をやっても、雪を食べます。夏でも冬でも、氷と雪が好物の五郎八です。


posted by 種まく旅人 at 14:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 五郎八物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月22日

種まきの記録 5,6000番代 千葉・島根

種蒔きの記録を再開します。番号と日付が前後します。

1月13日 1年ぶりに帰った島根県大田市温泉津町井田で今田一家と食事会。家族の中で唯一渡してなかった長男の隆成くんへ。日頃使わない一眼レフを使ったら、全部ピンボケでした。すみません。
5246番 今田隆誠くん(後ろ右側)
5246−今田1月13日.JPG

12月23日 千葉県長生郡にて

5290−91番 新保さん

1月21日 島根県江津市 過去に何度も足を運び、種蒔きの旅が終わったらカフェ内のギャラリーで旅の記録の展示会を薦めてくれている島根県江津市のカフェ「風のえんがわ」に行きました。
1.jpg

沢山いた鶏は姿を消して(イタチに食べられたのか)、代わりに小さい山羊がいました。
2.JPG

ぬいぐるみのようでした 
3.JPG

僕の指を食べようとして、放っておいたら喉の奥まで入れてしまいました。
4.JPG

早速店内で種蒔きしました。さすがにここに来られるお客さんの反応はいいなあと思いました。変人扱いはされませんでした。(笑)

5293番 河良さん
5293−河良.JPG

5294番 まりちゃん
5294−まりちゃN.JPG

5295番 黄金崎さん(初春から黄金の出会い!幸先いいかな)
5295−黄金崎.JPG

5296番〜98番 二度、三度訪問した愛真高校の生徒さんがいました。手渡した種を蒔き、見事に成長した麦畑に案内してくれた生徒さん(左から二人目)もいました。偶然の出会いの多い旅ですが、またもやでした。
5296−98ー愛真.JPG

愛真高校訪問は以下
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/437023297.html

5299番と5300番 カフェで働いている徳田さん(と友人の佐々木さんへ)。近いうちに二人は江津の駅前でカフェをするそうです。カフェの名前は?聴き漏らしました。すみません。
5299−300−佐々木、徳田.JPG

6505番(正規の種袋が無くなり、1粒用東京版)風のえんがわにお勤めの石田さん
6505−石田.JPG

6506番〜6508番 木地山さん
6506−08−木地山.JPG

12月28日 千葉県長生郡一宮町

5301番〜09番 児童養護施設に初めて訪れました。一宮学園。ノロウイルス感染の恐れがあるので、部外者は子供達との接触はできないということで、学園長と8グループ分の9枚を蒔きました。
5301−09−一宮.JPG

同日 千葉県いすみ市

一度訪問したつるかめ農園の米が美味しかったので再び買いに行きました。そこで手伝っておられたお二人に。つるかめ農園は以下です.。http://farm-share-life.net/?page_id=5

5310番 加藤さん。ご馳走になった甘酒美味しかったです。ありがとうございました。
5310加藤.JPG

5311番 スピッツさん
5311−.JPG

お知らせが二つ

1、土曜日(1月28日、2月4日、2月11日)カフェ「風のえんがわ」で「種蒔夫のタロット占い」をします。一人30分1000円です。お米と小麦の種もお渡しします。興味のある方は、ぜひ。素敵なカフェです。
住所は 島根県江津市後地町2398
ブログ https://kazenoengawa.jimdo.com
予約は090−7893−2175 種蒔夫へ

2、米と小麦の種を1万人に無料配布するために日本一周しています。六千人近くに配り金が尽き、現在、アルバイトをしつつ、寄付金を募っています。詳しくは以下へ。
「寄付金集め 自己流クラウドファンディング」
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/439802350.html

EFBC94-0f3da-thumbnail2.jpg

posted by 種まく旅人 at 08:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 種受取人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月19日

一時帰省 薪風呂

米作りしていた島根の井田に帰りました。
2.JPG

井田の借家に帰ると必須なのが薪風呂。ここに引っ越した当初、ボタン一つで沸く風呂生活から薪風呂生活になり戸惑いました。薪風呂に入るには、自ら沸かさねばなりません。つまり、水を貯め、木を見つけ、集め、切り、燃やさねばなりません。山に入って自然に落下したり、切り倒された木を見つけてその場で切断し、運んでやっとエネルギー確保。寒々とした焚き口で1時間ほど、火の加減を見ながら風呂の湯を沸かします。
3.JPG

木を集めて、切って、持ち帰って、燃やして、沸くのを待つまでの間、、、、2時間はかかるでしょうか。(無論、材木集めは半日がかりで数日分集めますが)それが風呂に入ることなのです。「風呂に入るだけで、そんな労力を使わねばならないの?」と都会の人は思うでしょう。私も、これを体験するまでは信じがたい労力でした。風呂に入るという単純なことが、実は大変なんだと知りました。
8.JPG

風呂に入るってありがたいなあと初めて思いました。そういう思いをこの地で三年間も経験させてもらいました。そのせいで、どこで風呂に入っても「これはすごいことなんだ」と思うようになりました。

ボタン一つの生活は、そのすべてを省略しているのです。その一つ一つに人が働いているからですが、その省略の部分を知らずに使うのは罪深いと思いました。そして田舎だろうが、都会だろうが、燃料というのは自然の中からしか得られないという現実です。石炭にしても石油にしても同様です。

自然の恩恵というものをこういう不便な生活だからこそ知り得るのだと思います。「ああ、我々は自然の中で生きているんだ」「自然がない限り生きていけないんだ」と実感するのです。ですから、この薪風呂を沸かした三年間は非常に貴重であり、自然に対する畏敬と感謝の気持ちが強くなりました。

五郎八は雪の中でも元気一杯に走り回りますが、私がここにいると焚き口に入ってきます。犬も暖かいところが好きです。
6.JPG

風呂の焚く時間は憩いの時間でもあるんです。現代生活では火を見ることが少なくなりましたが、火を点ける、燃やす、火を眺めるというのは太古からの人間の大切な営みだったような気がします。瞑想にも似ています。
7.JPG

風呂の蓋を開けて、5分もすると中が見えなくなります。こういう光景もボタンひとつの生活の中ではなかったのは、ここが極端に寒いせいなのか。そういえば、風呂の外は暖房がありません。普通の家なら、ボタン一つでどこもかしこも暖かくなりますからね。
10.JPG

薪風呂のいいところは、夜焚いても風呂の湯は朝まで温かいことです。夏なら朝風呂にすぐに入れます。冬でも木を二、三本焚べれば、すぐに熱くなります。夜焚いて、朝焚いてを繰り返すと、毎日同じ湯でずっと入れます。無論、水は継ぎ足していくので湯はきれいです。不便だけれど、便利な薪風呂です。しかも、燃料費は只!

posted by 種まく旅人 at 07:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月16日

日本人の蒸発と自殺

IN DEEPというブログに日本人の蒸発に関する記事が出ていました。フランス人ジャーナリスト、レナ・モーガーが書いた『消滅 : 日本で蒸発した人々についてのストーリーと写真』がニューヨークポストに紹介記事が出て、それを転載紹介したものです。その中から部分転載し、感想を書いてみました。
vanish-japan.jpg

出典:http://indeep.jp/some-story-of-japan-s-evaporating-people/

部分転載

フランス人ジャーナリストのレナ・モーガーさんという方が、日本での「蒸発」という現象に衝撃を受け、5年の歳月をかけて、日本を取材し、『消滅 : 日本で蒸発した人々』というタイトルの本を出版しました。
・・・・・
1990年代半ば以降、毎年、少なくとも 10万人の日本人の男女が蒸発していると推定
・・・・・
2005年度、警察庁が発表で「見つかった変死体は 13万6,092人」
・・・・・
「世界的な基準では、変死者の約半分を自殺として扱う」
その計算では日本の自殺者数は、年間7万人から8万人くらいとなる。
・・・・・
「日本では、10年間ほどで 100万人くらいが「死因がわからないまま」となっている」
・・・・・

以下、『消滅 : 日本で蒸発した人々についてのストーリーと写真』の内容の一部

株式市場の暴落から始まる大きな経済ダメージが日本を襲い、イチローとトモコは、大きな借金を負うことになってしまった。このふたりの話と同じような状況を、数十万人以上もの日本人たちが体験している。彼らの多くが家を売り、家族とわかれ、そして、姿を消した。

イチローはこの取材の中でこのように述べる。「人間は臆病なものだよ。そんな状況になった時の誰もが逃げ出したいと考えて、蒸発してしまいたいと思うんだ。そして、自分のことを誰も知らな場所で暮らしたいと考える。俺は、自分自身は、逃走の果てに死に向かうなど想像したこともない……でも、失踪は死へ最も近い道だよ」
・・・・・
日本特有の異様な文化の中で、おそらく、最も誰にも知られておらず、それでいて大きな好奇心に駆られることが「蒸発する人々」についてだ。
・・・・・
彼らは、離婚、借金、雇用の喪失、試験の不合格など、大なり小なりののさまざまな失意や恥辱を理由に自ら消滅する。
・・・・・
日本にサンヤ(山谷)という街がある。
1115_51.jpg

・・・・・
ここで見つけることができる仕事は、日本のマフィアであるヤクザや、あるいは安価で帳簿外の労働者を探している雇用者たちによって運営される。蒸発した人々は、しばしば、インターネットカフェや個人用のトイレのない小さくて不便な簡易宿泊所に寝泊まりしている。
・・・・・
モーガー氏は、ここで、ノリヒロという男性と会った。彼は現在 50歳で、今から 10年前に姿を消した。その頃、彼は、エンジニアとしての職を失ったのだが、そのことを妻に言うことができなかった。仕事を失った時に、彼は最初のうちは、朝にはいつものように起き、スーツとネクタイを着用し、ブリーフケースを持ち「出勤するフリ」をした。玄関を出る時には、妻と別れのキスもしていた。そして、在籍していた会社のオフィスビルに行った後は、勤務時間のあいだ、自分の車の中で過ごした。ノリヒロはこれを1週間おこなった。仕事がなくなったことが家族にばれる恐怖はすさまじかった。

夜は、仕事が終わった後にいつも上司や同僚とお酒を飲んでから家に帰るのが普通で、早い時間に帰宅すると怪しまれるため、周囲をブラブラ歩いて時間を費やしたりした。しかし、給料日になれば、すべてはわかってしまう会社に在籍していれば給料日だった日、彼は身だしなみを整え列車に乗った。その電車はサンヤに向かう電車だった。「もうそれ以上は(通勤しているフリ)は無理だった」彼は言葉も手紙も家族に残していない。家族は、おそらく彼が樹海かどこかで自殺したと考えているはずだと彼は言う。

現在、ノリヒロは仮名で暮らしている。住んでいる部屋には窓も鍵もなく、南京錠でドアを固定している。彼は毎日、大量の酒を飲む。彼は、この被虐的な苦行を繰り返しながら残りの人生を活きていくことを決意したと言う。ノリヒロは言う。「ここに来た後の時間の中で、俺は昔の自分を取り戻せたのかもしれない。けれども、今のこの俺の状態を家族に見られたくはないよ。俺を見てみなよ。何者にも見えないだろ。俺は存在しないも同然なんだよ。もし、俺が明日死ぬとしても誰も俺のことを知らないままで死んでいきたいんだよ」

ユウイチという男性は、1990年代に蒸発した元建設労働者だ。彼は病気の母親の世話をし、健康管理と食べ物の用意、家賃などの生活費をまかなっていたが、ある日、資産が尽き破産した。そして、母親の世話をすることができなくなった。彼は母親を安いホテルに連れて行き、部屋を借りてそこに母親を残した。そして、本人はそのまま姿を消した。彼はサンヤに消えた。

ユウイチは、サンヤでこのように言った。
「あんたがたには、たとえば、そこ(山谷の通り)に歩いている人たちの姿が見えるだろう。でも、あれらはすでにこの世に存在していないんだよ。社会から逃げた時、俺たちは消えたんだ。そしてこの場所で、俺たちはゆっくと殺されていく」
・・・・・
失踪して発見されたくない人たちにサービスを提供する「影の経済活動」が登場する。たとえば、疾走を拉致のように見せたい人たちに、あるいは、家が奪われたというように見えるようにしたい人たちなどにサービスを提供する。夜逃げ屋(Nighttime Movers)と呼ばれる仕事が日本にある。
・・・・・
フルウチ氏は、20歳で失踪した若い男性の学生を発見できたことがある。その学生は試験を受けた後に家に戻ってこなかったが、偶然、彼の友人の一人が東京都の南部で彼と会ったという。その学生は、試験に失敗し、家族を失望させたと考えていて、これからどう生きていいのかとわからないと、自殺願望に苛まれていたという。
・・・・・
障害のある8歳の男の子を持つ若い母親の例だ。学校で子どもの演奏会があった日、その母親は姿を消した。少年には、席の最前列に座っていると約束したのにも関わらず、最前列の母親の席は空のままだった。彼女は姿を消し、再び見られることはなかった。彼女の夫と、そして子どもは、このことにより精神的に非常に苦しんだ。彼女は、それまで、家族に1度も悩んでいる様子や苦しむ姿を見せたことはなかったのだ。
・・・・・
世界保健機関(WHO)の 2014年の報告によると、日本の自殺率は世界平均よりも 60%高い。日本では1日に 60件から 90件の自殺がある。
・・・・・
日本には、「出る杭は打たれる」という格言があるが、社会に適合できない人たちや、日本の厳格な文化的規範に従うことができない人たち、あるいは宗教的に近い勤勉な献身を守ることができない人たちにとって、消滅することは、ある種の自由を見つける行動の一種なのかもしれない。

(転載終わり)

種蒔夫の感想

「フランス人のレナ・モーガー(Léna Mauger)氏は 2008年に、日本における蒸発の存在を知り、その後の5年間、共同研究者のステファン・リメルと共に信じられないような話を報告し続けた。」とあります。どの国でも蒸発くらいはあるだろうと思ったのですが、5年間も取材を続けるほどフランス人から見るとかなり珍しいことだったようです。

私は10年間フランスに住んでいました。パリにも浮浪者、ホームレスはよく見かけますが、その数が日本より多いのか、またそれが蒸発によるものなのか、よくわかりません。ただ、もし人生上で何か大失敗をした時に、どういう行動に出るのか?を想像した時に、日本人ほど悩まないのではないかと思います。何故なら、個人個人で生きている意識が強くて、周囲のものを抱え込んで生きている感じがしないからです。

「周囲のものを抱え込んで」というのは、つまり世間体とともに生きているーということでしょうか。日本は世間を意識しつつ生きるのが普通です。子供の頃から、大人の姿勢を見ているうちに、無意識に世間を意識するするようになるのだろうと思います。すると一人の人生ではなくなるのです。

「失敗したら、世間に合わす顔が無くなる」みたいな気持ちになり、周囲の者とはいっしょにはとても生きていけない気持ちになるのでしょう。人によっては、世間というのは、身近な妻や子供も含んでしまい、彼らからも離れざるをえなくなるのでしょう。

「俺は好きなように生きているのであって、誰にも文句言わせない」と図々しく生きている日本人は少ないように思います。フランス人も無論周囲の人間とバランスをとりつつ生きていますが、日本人のように相手に合わせてとか、嫌われないようにとか、問題を起こさないようにしているというより、日本人に比べてずっと好きなように生きていると思います。それで何ら問題は起こりません。たまには罵り合いもありますが。ですから、逆に人間関係でのストレスは少ないと思います。

フランスではどの市町村に行っても、自治会らしきものに接したことはありません。日本はグループを作りたがりますが、そういう傾向がほとんどありません。常に集団責任という意識よりも、個人の責任の意識が強いと思います。日本では誰かが犯罪や問題を犯せば、その人に関わるものが注目されます。家族は無論ですが、学校とか会社やその土地自体も問題視されます。世界中どこでも同じような傾向はあるでしょうが、日本の場合は特に顕著な気がします。

フランスに住み始めて最初に気づいたことは、日本人は must的(ねばならない=責任)生き方であり、フランス人は want的(したい=願望)生き方だということです。日本人の私にはそのことが長い滞仏生活の中でも最も大きなショックであり、その後の人生を変えたことだったと思います。

実は私も半蒸発みたいな人生だったので、この感情(自殺願望や蒸発願望)はよくわかります。私は元中学教師でしたが、全教員による内申書操作という犯罪、(詳しくは以下 http://happyhillcontest.seesaa.net/category/25480212-1.html )あるいはいじめに対する対応のいい加減さ(詳しくは以下 http://happyhillcontest.seesaa.net/article/444760760.html )に失望し5年で辞職しました。私は正当な理由を持っていましたが「最後の一年は精神を病んで休職したこと」「公務員をたったの5年で辞めたこと」「全教師を敵に回す」という世間の常識からすれば、「おかしな側」だったわけです。どんなに声高に理由を言ったところで、誰も「当然だね」とは言いません。理由はともあれ「我慢しろ。安定した職業ではあるし、、、」と反応するのではないでしょうか。

その時に完全に失敗した人生を負ったわけです。周囲は同情の目か、白い目でしか見ません。そんなことはやりきれません。それは百も承知のことだったので、辞職の決断もかなりの時間も要し、エネルギーの要ることでした。そして辞職した後のこともずっと考え続けていました。結論は「海外へ出よう」「アーティストになる」ということでした。同じ町に住むこともできず、故郷に帰ることもできず、結局は遠く離れたフランスを目指したのです。

電通の女性社員が自殺して大きな問題になりました。彼女は自殺を選択しました。辞めればいいのに、どうして自殺したの?と思う日本人もいるでしょうが、またその行き詰まった感じを理解できる日本人も多いと思います。日本人は一つの集団に飲み込まれると、それが仕事であれ、遊びであれ、その集団から逃れられない意識が強く働かないでしょうか。長時間労働で意識も朦朧とし、まともな判断力も低下していたかもしれませんが、好きで始めた、あるいは希望して始めたはずなのに、その部分はどこかに行ってしまい、残っているのは強い帰属意識だけじゃないでしょうか。絶対に辞められない立場を自分の意識で作ってしまうのではないでしょうか。

私自身でさえ場合によったら、自殺の方向に行った可能性もあります。何故回避できたか?私は「世界は広い、この狭い空間だけじゃない」という意識をどこかに持っていたことです。「それは逃げだ。ずるい」という気持ちもありましたが、その気持ちとの戦いでした。人によっては、その仕事との関わりや人間関係、それまでの歩んできた人生の判断から、それ以外の時空間が想像できなくなりますし、それまでの成功体験が多いほど逃げだせなくなります。

日本人は国際的に見ても一般的にずるくありませんし、一生懸命することや我慢することが美徳ですから、「逃げる」ことを好みません。それがこの場合の問題でもありはしないかと思うのです。学校のいじめの問題も全く同様だと思います。帰属意識は子供でもあるでしょう。その狭いクラス、狭い部活、狭い学校という社会にはまり込んでしまうのです。それ以外の無数に存在している世界が想像できなくなります。

ただ、子供達がかわいそうなのは、大人のように「蒸発する」ことができない、あるいはやりにくいことです。金銭的にも年齢的にも経験的にも難しいです。となると、自殺しかありません。それを断つには、彼らに基本的に教えなければならないことがあります。

極端な話「学校へ行く」「学校へ行かない」という二つの選択肢があることです。親が「学校へ行くという選択肢しかない」と思っていれば、場合によっては自殺の可能性があります。「学校へ行かない」は一般的には「逃げ」ですが、逃げることを教えない親はある意味危険だと思います。「学校に行かない」選択肢をすれば、フリースクールとか自宅学習とかやりようはありますし、犯罪でもありません。

子を持つ親は、子供を学校へやる前に、そのこと(学校に行かない場合の対処)については仕事以上に勉強しておけば、いざとなった時に役立ちますし、そういう気持ちがすでに子供を救っていると思います。まさか自分の子供は自殺なんてしないと思って、仕事に専念したり、金儲けに勤しんでいれば、いつか一生悔いることになるかもしれません。家族や子供を守る第一歩です。今の時代、子供社会であっても危険な社会になりつつあるのではないでしょうか。それに加えて、教師のレベル低下も深刻です。守るのは親しかいません。

それと同様に大学、あるいは高校、いや中学でもですが、以下のような課題の授業を最も大切なものとして取り入れるべきだと思います。

「人間社会はどうあるべきか」
具体的には、例えば
就職先の社会問題
就職先の倫理観をどうして見極めるか
就職先に取り込まれたと感じたら、どうするか
就職先が犯罪を犯していたらどうするか、どこに訴えるか
等々、、、

つまり卒業後、就職先で起こるであろう問題を可能な限り想定して、考えさせる。それは会社を取るか、自分を取るかの問いであり、正義を取るか、不正義を取るかの問いでもあるでしょう。大企業にしても、公務員にしても、最も希望者が多いようなところでこそ、日々こういう問題が起こっているはずですから、学生時代にあらかじめ考えていても良い問題です。それはその人の将来を救うことになるでしょうが、もしかしたら日本を救うことになるかもしれません。

社会に対応できるような課題や授業ではないこともさることながら、日本の大学のところてん式進級や卒業自体も問題です。フランスでは無事に卒業できる学生は何分の一しかいないので、2年中退、3年中退も価値を持っています。大学に入学できることが、大学を卒業できることとイコールであるという日本独特のこの安易さが本来の大学の価値を落とし、人間の質を低下させている原因だと思います。

話を元に戻しましょう。私が「逃げた」のはこの時が最初ではありませんでした。大学は3浪しても第一志望に合格できず、仕方なしに現役で合格して蹴ったところを再受験して再び合格したのはいいものの「何してたんだ、浪人3年も」という意識。後ろめたい何とも言えない気持ちで大学へ行ったら、絵を描かせる暴力的先輩やその雰囲気に嫌気が差して、1年の冬には家族に猛反対されつつも大学へ行かず、アルバイトして金貯めて黙ってヨーロッパへ旅立ち3ヶ月滞在しました。この時の体験「フランスは全く違う価値観を持っている」という底に眠っていた意識が、教師を辞めるときに役立ったのです。そうでなかったら、私だって自殺、蒸発の可能性もなくはなかったでしょう。とはいえ「辞める」というのは大変なこと(意識改革)であるのは、実体験として今でもよくわかります。

電通は無論悪い。しかし、この人も「逃げる」ことを、どこかで学んでいたらと思います。選択肢は一つではない。常に二つ以上、いや考えようによっては無数に存在することを知っていたらと思います。

アリの世界には何もしない2割のアリがいるそうです。数が増えようが減ろうが、必ず「2割の怠けアリ」がいるのです。何故、アリの世界はそういう形をとっているのか知りませんが、それは人間社会にも必要な気がします。もし電通にそんな怠け社員がいたら、この人もちょっと楽だったでしょう。「そういう生き方もあるんだ」と思えるし、「自分もその仲間になろう」と意識が変わる可能性もあります。学校生活では、その役割(ちょっと余裕を感じさせる雰囲気)が受験とは関係ない美術や音楽、家庭科技術科の先生だったり、養護の先生、あるいは用務員さんだったり、事務の人だったりすると思います。

昔は町の中にもそういう人がいました。それはホームレス、障害者等々。昔はそういう人たちを拒否することもなく、子供ならば橋の下に時々やってくるホームレス(当時は乞食と言ってました。彼らをそう呼ぶと叱られました。)の人と話をしたりしてました。そういう体験は今も強く印象に残る光景です。学校で学ばない学習があったのです。

障害を持った子供も一緒遊んでいました。からかいながらも、そこには子供なりの配慮もあったし、彼らの印象は他の子供よりも印象深いものがあります。特殊学級と呼ばれたそのクラスの女先生にも強い印象を持っていました。今、思い返すとその先生は普通のクラスの担任になることはなかったのですが、その先生に受け持ってもらったら今までにない価値観を教わっただろうと思います。

また、自分自身が教師になった時のことです。校内の慌ただしい時間に追われている時に、何のきっかけだったのか、突然特殊学級に入ることがありました。一人の女子生徒と一人の女先生だけのクラスでした。静寂の世界でした。別世界に入り込んだような、同じ校内にあるのが信じられない別次元の空間でした。

異空間、別次元の世界を身体で感じることは、自分自身の異常な世界をまた振り返ることにもなります。そういう体験が今の子供達にはほとんど与えられていません。それが狭い世界観しか知らずに成長することの怖さにつながるのではないでしょうか。

今はそういう人たちは施設に入れられて、日常的に見かけなくなりました。そういう人たちが殺される事件が起こりましたが、「施設に入れる」=「排除する」みたいな感じがあり、そういう成り行きの極が「邪魔者」=不必要=殺すになっているように見えなくもありません。町の人全体でそういう人たちを見守っていた時代の方が、ずっと良かったように思います。彼らには効率世界、能率世界に反逆する役割があったのだと思います。2割のホームレスや障害者、普通の怠け者が町にごく普通に存在したら、日本はもっとマトモになるのかもしれません。アリの世界のように。(終)

【お知らせ】
米と小麦の種を1万人に無料配布するために日本一周しています。六千人近くに配り金が尽き、現在、アルバイトをしつつ、寄付金を募っています。詳しくは以下へ。
「寄付金集め 自己流クラウドファンディング」
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/439802350.html

EFBC94-0f3da-thumbnail2.jpg

posted by 種まく旅人 at 08:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月13日

これからの世界

10.24-ooska-daigaku-isiguro-hirosi-kokoro-geminoid-f-4.4.jpg

最近、頻繁に人工知能のことが取り上げられます。人間の仕事を奪わないか。人間の知能を超えたらどうするか。武器として発達するのではないか。人工知能が人間を支配したら、、、。

楽観視する人は、今から他分野の人を含めて議論を尽くして、人間に無害で有益なロボットにできるという人もいます。しかし、ロボット制作者は聞く耳を持たないと言われます。

しかし、問題はロボット云々というよりも、科学技術の使用法に関する国際的な取り決めには有効性がないことです。核が良い例で、北朝鮮は無視して作りボンボン打ち上げています。テロリストが核を保有する可能性も十分ありますし、すでに保有しているかもしれません。彼らが行き詰まった時に、自爆テロのように自暴自棄になり核を使用する可能性があります。しかし、怖いのはテロリストの核ばかりではなく、現在保有している米、中、露、仏、英、インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエルが間違って(情報の間違いや狂った支配者が)核のボタンを押す可能性もゼロではありません。

つまり、核でもロボットでも、あるいは遺伝子組み換え(最近、子孫を残さない遺伝子ができたとか可能だとか、それを人間に応用したら、、、)でも、一旦その技術が生まれてしまえば、悪意のある人間、平和を望まない人間、世界を崩壊させたい人間、狂った人間に渡れば、悪夢は現実になります。

科学者の姿勢も問題です。彼らに共通するのは、果てしない好奇心と功名心です。彼らはそれが将来悪用される可能性をわかっていても、人類がまだ到達していない領域に踏み込むことに、異常な情熱を持っています。その一心不乱ぶりは科学オタクとも称されます。多少の不安も「人類に有効でもある」という意識で払拭してしまいます。我先に発見してノーベル賞を取りたいという功名心に対する我欲も尋常じゃありません。

我々一般庶民は「核使用の責任者(国家代表)も一流の科学者も立派な人たちで、人類を破滅に導く人であるわけがない」と勝手に楽観視しているところがないでしょうか。

「人間に備わった飽くなき好奇心と欲望が人類を絶滅に導く」のでしょうか。しかし、あるいは人間の果てしない欲の追求は自らの自然淘汰のためかもしれません。この宇宙内の生物は好奇心と欲望が大きい生物であればあるほど発展は大きい反面、生存期間は短いのか、、。知能が優れているほど欲が増し生物寿命は短い、とすれば知能とは何でしょう。知能と欲は反比例が可能でしょうか。
20100709211127fb8.jpg

我々は核があるのが当然の世界で生きています。「世界は敵味方で成り立っていて、常に争いが絶えない。どちらかが核を使ったら世界は終わる」と思っています。改めて考えてみれば、一寸先は闇的な危うい世界の中で生きています。日本のように戦争をしていない国に生まれても、内心は心配です。しかし、考えたところで手も足も出ませんし、大部分の人はそれを考えないようにして生きています。

しかし、ここで仮に「核のない世界」を想像してみたらどうでしょう。

・・・・「核のない世界」・・・・・

それって、すごい世界じゃないですか。それは実に素晴らしいのです。人類の一大決心です。それは単に核が無くなることだけを意味していません。多分、すべての面で人類の生活が変わることを意味しているように思えます。一人一人の意識が変わり、地球生命のために全世界が一致する。そう思うと、核というのは今現在の我々の姿の象徴のような気がしてきます。欲望の成れの果てが核なのでしょうか。

核のボタンを押す最終判断者であるプーチンやオバマや習近平たちはどう思っているでしょうか。いつかボタンを押そうと思っているでしょうか。「あちらが押したら、押すけど、あちらは押さないだろう」と思ってないでしょうか。つまり、我々同様に「そんなことあるわけない」と。

つまり、彼らも使いたいとは思っていない。やられたら、やり返すため。他人(敵)任せのことです。核使用=全滅=自死=家族皆殺し、ですから、自らは使いたくはないでしょう。ある意味中途半端な状況の中でそういう役割を担っています。また、彼らは我々の代表に過ぎず、使用・未使用・核廃絶の決定権を持っているのは、やはり一般庶民だと思います。我々一人一人に責任があるように思えます。核を止めるのは大統領ではなく、我々一人一人ではないでしょうか。

トルストイ「誰もが世界を変えたいと思うが、誰も自分自身を変えようとは思わない。」

ガンディー「世界を変えたければ、まず自分がその変化になりなさい」

核廃絶のために、70億分の1ができることって何でしょう?

posted by 種まく旅人 at 08:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

明けましておめでとうございます。

2017年 初日の出前
1.jpg

年末年始向けの新聞やテレビの特集、あるいはネット情報を見ていて、ロボット技術の進歩等々いろいろ刺激的な情報もあり、それに関して下書きをしていたら、時間ばかりが過ぎてしまい、新年の挨拶が遅れました。しかし、先日NHKスペシャル「ばっちゃん〜子どもたちが立ち直る居場所〜」のことを知人から聞いて、検索してビデオを見つけ思うところ多々だったので、この情報から紹介します。今の日本の姿を知る上でかなり衝撃的でした。豊かな日本でも、まだこんな子どもたちがいることに驚かされます。

NHKの解説は以下です。

社会に居場所を失い、非行に走る子どもたち。そんな少年や少女に寄り添い、30年以上、その立ち直りを支えてきた女性がいる。“ばっちゃん”こと、元保護司の中本忠子(ちかこ)さん82歳。長年の経験から「非行の根っこには空腹がある」と確信した中本さんは、広島市内にある自宅を開放し、手料理を振る舞い、親身になって相談にのりながら、多くの子どもたちを更生させてきた。そんな中本さんと子どもたちの記録。

映像は以下です。


短いものを、もう一本


種蒔夫・・・我々大人が子供達を見るとすれば、学校を行き帰りする姿であり、それは平和な風景です。しかし、彼らの一部には悲惨な生活(親が食事を作らない、面倒見ない)があるのだと知りました。多分、こういう環境にいる子どもたちが日本国中に無数におり、近年の子どもたちの殺人事件等はこういう状況と密接に関わっているのではないかと思いました。

この番組を見たある高校生は教師になる決心をしたと聞きました。しかし、実際に教員生活を経験した私に言わせれば、彼らを救えるのは学校ではないと思います。この番組に出てくる青少年たちを見ていて感じるのは、その表情が学校にいるときのそれと全く異なるであろうことです。彼らは一様に豊かな表情、優しい表情をしていました。まさか、少年院に入れられるような顔つきではありません。つまり、おばさんの前だから、学校の外だから現れる表情なのです。

かつて全校生徒700人くらいの中学校の教師をしているときに、学校一の非行少年たちが4人美術部に入部しました。部活動は義務だったので、楽そうな美術部を選んだのでしょう。美術が得意そうな生徒はいませんでした。美術部は女生徒が多いこともあり、彼らだけ異色でした。

彼らは有り余る力を持っており、運動神経も良く、通常ならばスポーツ関係の部に入るのが妥当でした。しかし運動部は規律にうるさく最も彼らが敬遠する部活動でもあるのです。それで一計を案じ、彼らだけ週に2日くらいは学校から遠く離れた砂浜に連れて行き、運動をさせました。当初は「???」だった彼らも、日に日に表情が変わり喜んで行くようになりました。何でもごまかす彼らが「もう、腕立て伏せ30回終わっただろう?」というと「まだ5回残ってます」と歯を食いしばって頑張り「ほら、水」というと「〜君に先に」上下関係でない思いやり。信じられない素直さでした。

校内で睨みを利かせている緊張した顔はどこかに行ってしまい、素直な普通の少年たちに、あるいはそれ以上の優しい生徒に変わっていったのです。そういう表情を他の教師たちは全く想像もつかないものだったでしょう。実際、ある年配の体育教師に職員室で問われました。「いっしょに酒飲んだり、タバコ吸ってるんじゃないだろうね?」非行に走る少年たちと仲良く行動すること自体が、信じられない出来事であり、そういう見方しかできないのです。

私が校外に連れ出したのは「学校という環境が彼らを緊張させているんじゃないか。」と思ったからです。実は、教師自身も同様なのです。私自身が砂浜で自由だったのです。砂浜では教師と生徒というよりは、信頼しあう大人と子供の関係だったのです。

そのことをこの番組で思い出しました。学校は子どもたちを見守って、大事に育てる場所のはずですが、一部の子どもたちにとっては監獄のようなものです。いつも「悪いことするんじゃないか」と教師から監視されているのです。また、彼らは自己顕示欲が強いので、常に強さを見せつけなければならない彼らなりの姿勢があります。この姿勢自体がエネルギーのいることですが、学校にいる間中それを維持しなければなりません。学校が彼らの肩の荷を降ろさせるには、学校が相当に改革されない限りは難しいことです。

どういう改革かは置くとして、今現在できることはこのおばさんのように、校外で人間的に接することができる人達に出会う事、知り合うこと、つながることだと思います。彼らは校内では敵視され、家では無視され、行き場がないのです。愛情に飢えている彼らが行き着くところは、結局相手をしてくれる不良たちになるのです。信頼できる(愛してくれる)大人を一人でも知ることで、彼らは人間性を回復できる、あるいはその可能性が高いのです。

調べてみると、「子ども食堂」というのは、思った以上にたくさんありました。

朝日新聞の記事を転載します。

「子ども食堂」全国に300カ所 開設急増、半数が無料

 地域の子どもに無料か安価で食事を提供する「子ども食堂」や同様の取り組みをする場所が、5月末時点で少なくとも全国に319カ所あることが朝日新聞社の調査でわかった。子どもの貧困への関心が高まり、今年に入って開設が急増。6月以降の開設も相次いでおり、今後さらに増える見通しだ。

 全国の子ども食堂を把握する組織はなく、各地の子ども食堂のネットワークや子どもの居場所づくりに取り組む団体などの情報をもとに、朝日新聞が1カ所ずつ聞き取った。困窮家庭の学習支援の場や、夜を独りで過ごすことが多い子どもの居場所などで、食事を共にする活動も数に含めた。

 調査の結果、都道府県別で最も多かったのは東京で50。滋賀29、神奈川、京都、大阪が22、沖縄17と続いた。全ての都道府県に最低でも1カ所はあった。

 2013年までに開設したのは21カ所だったが、この年に子どもの貧困対策法が成立。6人に1人という子どもの貧困率が14年に公表され、支援の機運が高まった。調理や食材提供、遊び相手など活動が身近で参加しやすいことを背景に、開設数は14年13カ所、15年100カ所、今年5月末までに185カ所と急増した。給食がなくなる夏休みを前に、6月以降も開設が相次いでいる。

 開催頻度は月1回が139カ所で4割を占めた。月2、3回が71カ所、週1回が57カ所。週5日以上も15カ所あった。時間帯は平日夜が目立つが、登校前の朝食のほか、給食がない土日の昼食や長期休暇中心に取り組むところもあった。

 子どもの料金は、「お手伝い」などの条件付きを含めて無料が175カ所で55%を占めた。有料の場合は50〜500円で、100〜300円のところが多い。保護者など大人については子どもより高く設定されているところが多かった。(転載終わり)

春には、再度種まきに出発しますが、「子ども食堂」にも種まきしようと思いました。

【お知らせ】
米と小麦の種を1万人に無料配布するために日本一周しています。六千人近くに配り金が尽き、現在、アルバイトをしつつ、寄付金を募っています。詳しくは以下へ。
「寄付金集め 自己流クラウドファンディング」
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/439802350.html

EFBC94-0f3da-thumbnail2.jpg
posted by 種まく旅人 at 09:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする