2018年02月21日

10月21日  能美市(石川県) 8981−8982

この建物、何でしょう?レストランのような、ホテルのような洋館。
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実は、松井秀喜ベースボールミュージアムです。
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12時に着き、17時まで5時間もいました。全てのビデオを見ました。
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写真もつぶさに見ました。特に、子供の頃のものを。
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アメリカでMVPを取った時のトロフィー他、野球に関するものもたくさん展示してありました。
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しかし、一番気にかかったのは、松井がどう育ったのか?ということでした。私はスポーツは好きですが、ファンになるほどの選手はいません。そして、成績云々や能力云々よりも、どんな人間なのかが気になります。これまでで最も気になったスポーツ選手が松井選手でした。それでわざわざこの博物館に立ち寄ったのです。

何故気になるのか?それは、以前雑誌か、本か、ネットかで、松井選手のお父さんが自分の息子を「秀喜」とは呼ばずに「秀喜さん」(あるいは「秀喜君」)と呼んでいたと聞いたからです。時々、母親は自分の子供をさん付けで呼びますが、父親がさん付けで呼ぶのは初めて聞きました。

無論呼ぶだけではありません。それは、小さい時から人間として敬意を持って接した父親の姿勢の現れです。自分の子供を一人の人間として、生まれた時から接する親は珍しいと思います。口では言っても、実行するのは難しいことです。つい、子供扱いしたり、上下関係が出てきたりします。

そういう環境で育った松井秀喜とはどういう人なんだろう?

本人に直接訊くことができませんから、本当のところはわかりませんが、全ての資料を見て感じたことは、行く前と変わりませんでした。彼は野球選手である前に紳士だなあ、ということです。あれほどの成績を残したにも関わらず、全く傲慢さや、自慢げにしている様子がありません。チームプレーとはいえ、個人の成績を優先したくなる事もあるだろうに、そういう感じを受けません。成績が悪くなれば、さっさと引退し、実に清い生き方を示してくれました。

多分、一流の野球選手にならなくても、ごく一般的な職業についたとしても、彼は人間として人を魅了しただろうと思います。

彼個人の資質もあっただろうし、長い野球人生で接した人々の影響もあっただろうと思いますが、生まれたときからの親の接し方にこそ、人間の生き方の基本が培われただろうと思います。

以下は多分小学高学年か、中学生時代にお父さんから松井秀喜に贈られた言葉です。普通の親なら子供に改めて贈る言葉としては、ちょっと恥ずかしくて躊躇うような言葉の数々ですが、これを堂々と贈るところがさすがです。
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一、世の中で一番楽しく立派なことは一生涯を貫く仕事をもつことである。
一、世の中で一番みじめなことは教養のないことである。
一、世の中で一番寂しいことは仕事のないことである。
一、世の中で一番みにくいことは他人の生活をうらやむことである。
一、世の中で一番尊いことは、人のために奉仕して決して恩に着せないことである。
一、世の中で一番美しいことは、すべてのものに愛情をもつことである。
一、世の中で一番悲しいことはうそをつくことである。

松井秀喜さんにお米の入った袋を受付の人に渡しました。お父さんに届けてくれるということでした。8981番。受付の方に8982番を。
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2018年02月12日

一万人達成!

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昨日、沖縄北中城村の桜祭りで247人に蒔き1万人を超え、10007人まで来ました。実質2年、資金稼ぎの期間を入れると3年もかかりました。予想よりも時間も金もかかりましたが、想像外に興味深い展開があり、次の日本一周の予定も立て始めました。次回は「学校へ行かない子供たち」を訪ね歩く旅です。

この親子が9999番目と10000番目でした。おめでとうございます。笑顔が可愛い男の子なのに、それを撮れなかったのが残念です。
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風邪を引き、解熱剤を飲んでの種蒔きだったので、ちょっと辛い日でした。今もまだ全快ではないので、元気になったらブログ書きます。ちなみに、桜祭りの情報を教えてくださった上地さんが風邪の僕に代わって、必死になって蒔いてくださったので、1万人達成できました。ありがとうございました。



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2018年02月04日

10月20日 金沢市(石川県) 8974ー8980

種蒔き記録のつづきです。

10月20日、金沢市内の自然食品店「NOPPOKUN」へ行きました。NOPPOKUN=ノッポ君=経営者がすごい長身だそうです。忙しそうで、会えませんでしたが。
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そこで再会したのが、自然栽培パーティー代表の佐伯さん(左側)。昨年の5月19日に群馬の会場でお会いしました。この日は金沢で講演会だったようです。みなさんに、8974番〜8976番。
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お店の方に8977番。
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同じく8978番。
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岐阜の石子さんの紹介で小坂さんに会いました。小坂さんは数年前に脳梗塞になり、家族と別れ自殺するつもりでインドへ行ったところが、インドの生活の中で改善し、さらに帰国してからディジュリドゥの練習によって完治させた人です!今ではディジュリドゥの先生です。石川県の海辺でディジュリドゥを吹くとイルカが寄ってくるそうです。8979番を。
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お友達に8980番を。
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その日は楽器の練習の日でしたので、一緒について行きました。私もディジュリドゥを持っていて、以前は吹いていました。
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珍しい円形のディジュリドゥ。
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近況;無料の駐車も可能になり、沖縄初日のドミトリーも見つかり、いよいよ今夕フェリーに乗ります。持参する米と小麦の種も整理し直しました。9645番から10100番まで455人分用意しました。133種類の野菜類の種とともに、相当に重い荷物が全て身体にかかります。車が無いのは辛いですが、種を蒔けば蒔くほど楽になる、理想の出立ち。
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お、鹿児島に雪が降っています。温暖化!?
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2018年01月26日

10月18日 羽咋市・羽咋郡・河北郡・金沢市(石川県)  8957ー8973

10月18日 羽咋市・羽咋郡・河北郡

羽咋市のJAに行き、8954番〜8956番を。
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昨日のブログで紹介した高野さんの働きによって、羽咋市のJAでは自然栽培の野菜を売っていました。品数は少ないですが、JAが自然栽培の野菜を売ること自体が画期的です。
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羽咋市には奇跡のリンゴの木村さんも農業指導に来られるとか。高野さんが勤める立正大学では自然栽培の講座が始まっています。
http://www.ris.ac.jp/introduction/information/branding_proj/naturalcultivationproj.html
さらに、立正大学には自然栽培農法試験場があります。
http://www.ris.ac.jp/rpra/news/avfpmp0000008st5.html
多分、この調子ならば日本で初めて、いや世界初の大学内での「自然栽培学科」ができるんじゃないでしょうか。

海辺で話しかけてきたおじさんに8957番を。
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羽咋郡の自然農園「もと屋」さんを訪ねました。8961番。
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河北郡の奥野さんを訪ねました。8962番〜8965番
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10月20日 金沢市

糀パークへ行きました。
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糀の講義を受けました。
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一緒に講義を受けたみなさんに8958番〜8960番・8966番・8967番を。
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金沢美術工芸大学へ行き、学生さんに8968番〜8973番を。
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2018年01月25日

10月17・18日 鹿島郡・羽咋市(石川県) 8947ー8953

10月17日 鹿島郡の岡崎君の家に訪問した時にお会いしたお兄さんに8947番。
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ここから以下の詳細に関しては、過去のブログから転載し、後述します。

10月18日 羽咋市の高野さんを訪ねました。まず、高野さんがお勤めの妙法寺に行きました。

お寺の門前にあった食堂のおばちゃんたちに8948番と8949番
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その食堂で偶然出会った高野さんの元同僚の市職員の方に8950番。
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この市職員の方に紹介してもらい、高野さんに会うために宇宙科学博物館へ
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中に入ると早速エントランスで高野さんに会えました。8951番
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息子さんに8952番。昨日紹介の岡崎君のハリネズミ(あるいはブッダの頭!)の帽子を被って貰いました。高野さんに天才編み物師の岡崎君の存在を知って欲しかったのです。そういえば、この親子は僧侶でした。
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高野さんと会話中だったニューヨークから来られた女性に8953番。

その後、宇宙科学博物館の中を見学しました。
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以下、昨年10月20日の日記を転載します。

タイトル「クリック一つで平和な世界に」

「何故、種蒔きしているんですか?」とよく訊かれますが、こういう答え方もあります。

「理想の世界にするために」

「理想の世界」とは何か?と考えた時に、この世界の最も大きな問題は何か?という問いかけでもあります。それを、種蒔きしながら、この数ヶ月間ずっと考えていました。答えは「核爆弾」でした。それは7月に北海道で吉村さん(後述)に出会った1ヶ月後くらい、8月中旬でしょうか。そしてタイミング良くというか、8月29日に北朝鮮から、ミサイルがやって来ました。

災害、異常気象、温暖化、、、、いろいろ問題がありますが、人工的な問題では「核爆弾」が最上位でしょう。もし、仮にどこかが打ち上げれば、報復攻撃があり、惨憺たる世界が生まれます。世界の終わりかもしれません。

ときどき、愕然とするのは、日常的生活=楽天が勝った、広島が勝った、株が上がった、衆議院選挙、、、そういうことでザワザワしている姿です。核爆弾が落ちたら、すべて「灰燼に帰す」わけです。衆議院の候補者も「核爆弾をゼロにします」と公約する人は皆無です。国民も議員も一番の問題は常に先送り、いや永遠に何もしないかもしれません。使われるまでは、、。だから、どうでもいい問題に右往左往している姿に愕然とするのです。種蒔きしていても、作物が育ったとしても、爆弾が落ちたら、終わりです。

全世界の人は「核爆弾」が存在することを当たり前のこととして受け入れて生きています。核爆弾が無い世界は考えません。想像もしません。想像したって、どうにもならないのですから。

しかし、それをあえて私は想像してみました。すると、とてもいいんです。すごく安心できます。もしかしたら、それだけで世界中で病で苦しんでいる人の何割かが全快するかもしれません。それくらい目の上のたんこぶのようなものだなあと思ったのです。諸悪の根源かもしれないのです。

何故なら、人間が人間を信じない象徴的な人工的物質だからです。人間世界を自ら無にする道具です。自殺する道具をいつも持ち歩いているようなものです。そんな世界にいることが、人類全体にとって幸せであるはずがありません。ですから、徐々に人間を病的にしてしまう可能性は大ですから、癌になる人の原因の数%はそれが原因しているかもしれません。もしかすれば、全ての病の遠因になっているかもしれません。

つまり、核爆弾がなくならないうちは、人類は本当の幸せを手に入れられない、健康になれない。この世界が信頼関係で結ばれるには、核爆弾はあってはならない。

また、核爆弾に使われる莫大な金を他のことに転用できるならば、、、、まずこの世の中に飢餓はないでしょう。環境問題も解決するかもしれません。地球の浄化に使われ、地球はもっとまともだった時代に帰ることができるかもしれません。

じゃ、どうしたら無くすことができるか?核爆弾を無くそうという運動はありますし、デモもしているでしょう。すでに、何十年もしている団体もあるでしょう。表現活動で訴える人もいるでしょう。歌で、美術で、映画で、演劇で、バレエで、、、、。

しかし、核爆弾は増える一方で、効果が上がっているとは言えません。「言わせておけ」「やらせておけ」程度のもので、全く相手にされてないと言ってもいい。

そこで、私は今の時代だから、簡単にできることがあると思いました。ネットを利用することです。ネットで選択肢が二つだけあり「この世界に核爆弾が必要である」「この世界に核爆弾はいらない」この中の一つをクリックするだけで、その人の気持ちは反映されます。

誰かがクリックする度にカウントされて増えていきます。それが、どんどん増えていき「いらない」が圧倒的多数になったり、あるいは1億、10億票という数になった時に、あるいは20億、30億になった時に、それでも何も変わらないでしょうか。

我々はクリック以外何もする必要はありません。数だけが頼りです。しかし、それは絶大です。

元々、この世界を決定づけるのは、トランプやプーチンや、習近平やら、あるいはその裏で暗躍している人たちでしょうか。いいえ、我々地球市民一人一人の意思だと思います。我々こそ、決定する権利を持っています。その意識に帰るべきだと思います。「帰る」?いや、初めからあったのかどうか知りませんが、とにかく我々一人一人のものだと思うのです。

でも、その市民が犠牲になってはいけません。だから、気持ちだけを伝えるのです。その数の力が何の効力もなかったら、諦めるしかありません。

しかし、私はそれを信じられます。何故なら、この世界は意識が作っているだろうと思うからです。今、全人類の意識は「諦め」です。一人一人があまりに非力だからです。「私は何もできない」と諦めています。しかし、数が揃えば、莫大なパワーに変わります。それがクリック一つで可能です。

核を左右する人たちの気持ちが変わる以前に、我々の意識がクリック以前よりもさらに変わる可能性が高いのです。そこが大事なのです。例えば、世界平和を本当に望む人たちはどんどんクリックしていくでしょう。それがある程度増えていけば、少しは世界平和を考えている人も影響を受けて、クリックします。そうしてどんどん増えます。世界中で1億人に達したとします。すると、クリックした人も、そうでない人も「おーっ」てなると思います。それは連鎖して、さらにクリックする人は増えていくでしょう。

そして10億くらいになるとすれば、本当に世界の人々は「世界が平和であることを望んでいるんだ、自分と同じだ」とちょっと感動しないでしょうか。そうなっていくと、さらにその機運は高まるでしょう。無論どんな状況でも邪悪な人はいますから、反対票もある程度はあるでしょうけど、地球市民の普通の人は平和がいいに決まっていますから、まず90%は「不必要」と答えるでしょう。戦争がある度に、犠牲になるのは普通の市民です。あるいは、普通の市民から成り立つ軍隊です。普通の人は戦争をして死にたいなどとは思っていません。国の方針、グループの方針でしかたなくやるしかありません。そういう人が常に大多数なのです。そういう人たちこそが、数を増やしていくのです。それは多分地球市民の99%以上でしょう。

数を知ることによる人類全体の高揚感。これがさらに人類史上稀に見る大きな全体変化ー平和希求ーになるはずです。

ところで、ご存知でしょうか?人類の歴史の中で一度だけ数の力によって核爆弾投下を抑止したことがあります。「ストックホルム アピール」と言います。以下は、当ブログの中から抜粋します。

「ストックホルム・アピール」

徳村さんは戦時中、広島江田島の海軍兵学校の生徒でした。8月6日広島に原爆が落とされ、内部被曝しました。戦後は原爆関係の映画を作ろうとしていたグループに属していました。

その頃朝鮮戦争が起こり、アメリカ大統領トルーマンが朝鮮半島に再び原爆を落とすような動きがありました。それに対してキューリー夫人の娘婿であるジョリオ・キューリーが中心になって平和擁護世界大会委員会(のちに世界平和評議会)ができ、その動きを阻止しようとしました。

そのアピールの内容は

1、われわれは、人民にとっての恐怖と大量殺害の兵器である、原子兵器の絶対禁止を要求する。

2、われわれは、この禁止措置の履行を確保するための、厳格な国際管理の確立を要求する。

3、われわれは、どのような国に対してであれ、最初に原子兵器を使用する政府は、人道に対する罪を犯すものであり、戦争犯罪者として取り扱われるべきであると考える。

4、われわれは、世界中のすべての善意の人々に対し、このアピールに署名するよう求める。

―これらのアピールを採択、発表して、世界の人々に署名を呼びかけました。

その結果、世界中から5億人の署名が集められました。当時の世界総人口が25億人ですから約20%、70億人の今ならば14億人の署名です。日本からも639万人の署名が集まりました。当時の日本総人口8320万人の7.6%。今の人口ならば約1000万人になります。

1950年2月、平和擁護世界大会委員会書記局から日本の「平和を守る会」宛に委員会への招請があり、それを受けて大山郁夫・金子健太・川端康成の3人の派遣を決めパリの書記局へ返信をしましたが、連合国軍総司令部の渡航許可が得られず、出席は果たされませんでした。今回も同様ですが、アメリカの介入があり、日本の核兵器反対の意思表明は難しかったのです。

しかし、大山・金子・川端の代わりの人選が行われ、無許可であろうが、密航でもして日本から何人か送り出そうとしました。その一人として徳村さんが選ばれるのです。しかし、渡航許可がないので、徳村さん曰く「遣隋使、遣唐使の頃よりももっとひどい小さな漁船」での密航だったそうです。

                 吉村さん
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最初に着いたのが中国でした。その頃毛沢東が主席になって3年目で勢力がある時期で、中国共産党がトラック部隊を作り密航を担当していたのではないかと。北京ではアジアと太平洋地区の平和大会に参加し、それを終えると北京から飛行機でモスクワに向かったそうですが、吉村さん曰く「小さな飛行機で赤とんぼのように羽根をバタバタさせて飛び、生きた心地がしなかった」と。今でも飛行機だけはダメだそうです。

モスクワからは汽車に乗りウィーンに到着します。世界中から2000人が集まった大きな大会だったそうです。吉村さんは「そのアピールや会の影響はなく、国際関係、勢力関係からいえば、落とすことはできなかったのだろう。広島長崎を各国知っているーそれを後押ししたくらい」と言われましたが、ウィキペディアには

「アメリカ合衆国国務長官などを務めたヘンリー・キッシンジャーは、『この運動のために朝鮮戦争で核兵器を使うことができなくなった』旨回顧録に記している」とあるので、こうした運動はかなりの影響があったのだと思います。

ただ、この平和擁護世界大会委員会は「東側諸国の政府とその意を受けた西側諸国の社会主義者の主導で常設されていた」とあります。しかしその後、その社会主義国のロシア、中国、北朝鮮が核を持ち始めました。右も左も核保有をしている現状はよりひどい状況になっています。

しかし、ネットで個人が世界とつながる今の社会ならば、右左関係なく、各国の市民レベルの総意で反対表明ができるのではないかと思います。10億20億を超える署名が集まり、その機運が高まれば我々の力で核をなくすことも可能ではないかと思いますが、皆さんどう思われますか?(転載終わり)

当ブログの以下のページより転載しました。
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/452808127.html

「クリック一つで平和な世界」を思い描いてから、しばらくして「口に出して提案してみよう」と思い、ある日勇気を出して話してみました。最初は秋田県内での集まりでした。思った通り、ちょっとぼやけた反応でした。無論、反対はありませんが、想像外という感じでした。当然だと思います。「この地球に核爆弾あるのは当たり前」ですから、無い世界を創造することも、それを無くすことも想像外です。これが一般的反応だと思います。「無理だ」とは言いませんが、「無理だ、不可能だ」という言外の気持ちも若干伝わってきます。

しかし、各県で何度か話すうちに、すごくいい反応をしてくれる人に会うようになりました。その最初がこの人形を作った及川さんでした。これはタオル一つでできています。この人との遭遇も、路上での偶然の出会いでした。この方の話ではタオルで様々な動物が作れるのが伝わり、ある日突然タオルの会社から「すぐにニューヨークに来て、披露してほしい」と頼まれたとか、本当に面白い人生を歩んでいる人でした。こういう自由人は常識的な壁がないので、話はスムーズです。

             平和の使者「シロクマくん」
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そう、これは常識を超えた提案なのです。さらに、富山県の「くじら堂」で堀さんも酒井さんもこの非常識に賛成!新潟の嶋村さん宅でも同様でした。「意外に反応ありだ」と心強く思いました。

さて、今日この話をしたのは、少し進展があったからです。というのは、「話してみる」の様子見段階から「相談してみる」「助言を受ける」段階に入ったからです。その最初が羽咋市の高野さんでした。

高野さんはローマ法王に羽咋市のコメを食べさせたり、宇宙飛行士を地元に招待したり、本物の宇宙船を米ソから持って来て博物館を作ったり、、、、ちょっと図抜けた才能がある人だと感じ、提案してみることにしたのです。

しかし、会うこと自体が難しいと感じてはいました。というのは、すでに有名人で、講演会、大学での授業、僧侶としての仕事などなど、超多忙の人なので、会うのは難しいと何人もの人から言われたからです。しかし、いつものように、電話もせず、突然お寺「妙成寺」(能登随一の大伽藍あり)に行ってみました。

近くに食堂があったので覗くと「お昼食べて行きませんか」と話しかけられたので、高野さんのことを色々訊いてみました。そしてお寺の入り口の拝観料を払うところで、再び高野さんのことを訊くと「ここにはもういません」父親の後を継いで「妙法寺」の住職になったらしいのです。しかし、妙成寺は立派なお寺なので、見学だけして帰ろうと思いましたが、一周して40分かかると言います。

そろそろ12時、お腹も空いたので飯食ってからにしようと思い、食堂に帰りました。すると、おばさんが「高野さんのことで訊きたいことがあるなら、丁度いい人が来たよ」と、高野さんと役所で同僚だった女性を紹介してくださったのです。その女性に再び高野さんのことを根掘り葉掘り聞き出し、何となく輪郭が見えて来た頃に、その女性が「電話してあげよう」と予想外の展開ーというか、種の仕業!ーになったのです。

本人に電話しても出ません。ついで、息子さんに電話すると「宇宙科学博物館に父と一緒にいるけど、12時半までに来てもらえれば、会える」と聞いて、高野さんの尽力で生まれた「宇宙科学博物館」に向かいました。

                 高野さん
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博物館のエントランスでニューヨークから来た女性と歓談中でした。息子さんと私も会話の中に入り、12時半を過ぎて2時間も話していました。高野さんもこの世を憂えている人ですが、その解決策としては「黒船」だと言います。つまり、UFOという黒船が来ることで、地球人は一致団結してまともな世界になるだろうと。高野さんは学生時代からスタンフォード大学のUFO専門の先生のところへ訪問するほどUFO研究をしていて、筋金入りです。高野さんの話では、遠い星から地球にやって来るくらいだから、かなり高度な科学技術力を持ち、それに比べれば地球人は人間にとっての猿程度にしか見えないだろう。科学技術力も低い上に、自虐爆弾ともいうべき核爆弾を無数に作っている愚かな動物たち程度に見ているだろうと。彼らは地球人に攻撃的というより(もはや敵には成り得ない)、老婆心で見ているのが宇宙人だと。

そういう話を一通り聞いた後に、私の提案を話してみたのです。当初はポカーンとして「こいつ、バカじゃないか?」という感じでしたが、ストックホルムアピールの話などもしているうちに、「いいかもしれない。それは国連大学に提案してみよう。幸い親しい人がいるから」ということになったのです。

無論、どういう展開になるのかわかりません。ただ、高野さんが言うには、この提案は「権威が付く必要がある」ということでした。それによって関心が集まり、クリック数も増えるだろうと。

ローマ法王、宇宙飛行士、木村秋則、宇宙船、、有名な人、物、組織を使うのがこの人の特徴的なところです。それが今回のことでも、功を奏するかどうかはわかりません。また、国連という組織が一体どういう組織なのか、わかりません。本当に、世界平和のために存在するのか?

今回の旅は基本的な考えは変わりませんが、動き自体は「流されるまま、風の向くまま、気の向くまま」が基本になっています。そうすると、偶然が多いこと、意外な人に会うこと、面白い展開になることに気づきました。高野さんに会ったことも、その一つです。国連の話が出たのも流れの一つだと思います。国連大学が提案を受け入れて、この二者択一のアンケートをするに至るのかどうか、わかりませんが、流れがそこで止まれば、また別な方向に流す(流れる)ことになるでしょう。

ただ、どういう方法のアンケートであれ、問題は投票というのは改ざんの可能性があることです。それをいかに監視するか。これが大きな問題だと思います。

この提案に対して、何か意見があれば、ぜひコメントしてください。あるいは以下へメールください。また、共感できる方は、この文章を拡散してください。また、ネット上のアンケートに詳しい方、ネットの仕組みに詳しい方、良心的ハッカーの方等々もぜひ連絡をください。
daiki8822@yahoo.co.jp

以上です。長い文章読んで頂いてありがとうございました。





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2018年01月22日

10月17日 羽咋市(石川県) 8933−8946

パン屋さんにて、8933番を。
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カフェ「むうみん」へ行きました。個性派が多くて、楽しい空間でした。
皆さんに8934番から8946番を。
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彼が似顔絵を描いてくれました。確かにこんな感じ!
彼は編み物の天才でした。明日紹介します。
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アウトサイダーアート。
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ここは、障害者の皆さんとスタッフがやっているカフェですが、とてもホッとする空間です。ギスギスした生活している人、ストレスでフラフラの人にお勧めします。ぜひ、寄ってみてください。

カフェ夢生民(むうみん)

OPEN:10:00〜17:00
定休日:日・月・祝日

住所:羽咋市大川町ク9-11
TEL/FAX:0767-23-4137

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2018年01月18日

10月17日 羽咋市(石川県) 8931−8932

五郎八の散歩に浜に出ました。すると、この像!
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看板がありました。
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さらに、こんな表示が
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早速、五郎八が試走!
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あっと、言う間に、、
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点になります。
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口笛を吹くと、帰ってきます。
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到着時はカメラが追いつけず、いつもこんな感じ
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ボールを投げると、海の中も何のその
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そこへ、高校生の一団がやって来ました。
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後から、男の集団も
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しばらくすると、トップランナーが帰って来ました。
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追う二番手
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もうだめ!
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「下を向いて歩こう」
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最後尾の男生徒に、「ご褒美に、これどうぞ」と種蒔き。
8931番と8932番。
この後、教師の車が近づいて「何してるんですか?渡さないでください」
やっぱり、公立校はダメだなあ、、、。
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2018年01月15日

10月16日 輪島市・羽咋市(石川県) 8926−8930 

「のとの手まつり2017」で出会った谷川醸造さんからの情報で輪島市在住の新井寛さん(右側)のところへ。知人の方と8926番8927番を。
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さらに、整体師の方も来られて8928番。
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田んぼを見せて頂きました。当初は住民とのやり取りで苦労されたとか。お察しします。
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さらに、この地に移住された建築家の家に行きました。
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奥様に8929番。
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その後羽咋市へ。新井さんの紹介で屋後さんを訪ねました。大豆農家だったので、大豆の種類を沢山差し上げました。喜んでもらって光栄です。
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現在:長崎県大村市。長崎市では核兵器禁止のセミナー(ノーベル賞のICAN事務局長来場)、大村市ではダム建設反対の映画上映の場(鎌仲監督登場)に行き種蒔き。9443番まで来ました。意外に寒い長崎県、とうとう風邪をひいて昨日は車の中で1日絶食して横になっていました。絶食が効いて回復して来ましたが、ちょっとでも油断すると元に戻りそうなほど、厳しい寒さが続いています。

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2018年01月13日

10月15日 能登町(石川県) 8823ー8925

この日、「のとじま手まつり2017」に行きました。
種蒔きの許可を責任者の方にお願いしましたが、僕が店を出すと思われたみたいで、この方と随分やり合いました。手渡しするだけだとわかり「何だ!そうですか。どうぞ」
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受付の方達にも
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店を出している人たちに次々に種蒔きしました。
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この夫婦に渡そうとしたら、「もう、もらっています!」「え?どこで?」
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昨年10月27日にその経緯を書きました。以下です。その中から抜粋転載します。http://happyhillcontest.seesaa.net/article/454472858.html

能登島でのイベント会場ではたくさんの店が出ていたので、直感で店の人に声をかけて種蒔きをしていました。そしたら3人目くらいに、木工芸の店を出していた男性がいて「受けいれてもらえそうだ」と感じて、手渡そうとすると「もう、もらってます!ハッピーヒルですよね」「え!!!!!」びっくりしました。石川県に入ってまだ三日目くらいでしたし、お会いした記憶もありません。

隣の店がこのフェルトの芽出し袋を作った奥さんの店で、奥さんに「もらったよね」「そうそう、わあー感激」と向こうもびっくりした様子。それで、どういう経過を経て、前田さん夫妻に手渡ったのか、調べてもらいました。私もどうも姉が関わったらしいとわかったので、姉に電話してみました。

それでわかったことは、兵庫県の姉が種蒔きに協力してくれて10〜20人分あちこちに配りました。それが近所の奥さんの手に何人分か手渡り、そのうちのいくつかがそのお嬢さんに手渡り、お嬢さんはそれを嫁いだ先の岐阜に持ち帰り、お友達に差し上げました。その中の一組が前田さん夫妻だったのです。(転載終わり)

1万人に蒔き終わっても、日本国土に12000人に一人しかこの種を持っていません。12000人の中の一人に会うのは、人間は移動するのでなかなか難しことだと思います。そういうことが、今までに何度か起こりました。種蒔きの不思議現象!

息子さんにも
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この方にも群馬のイベントでお会いしてました。
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とうとう8888番が来ました。
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この方でした。景品がなくて、すみません。
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五郎八も交流していました。
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この日はいろんな犬がやって来て、犬世界も賑やかでした。
そういえば、今年は戌年でしたね。どんな年になりますか、、、
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2018年01月07日

10月13・14日 珠洲市(石川県) 8812ー8822

10月13日 珠洲市
パン屋さんの前でおじさんに8812番
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くじら堂で紹介された食堂「小さなおうち」へ
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店主とお客さんに8813番〜8816番・8818番
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お店の前のお寺に8817番
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10月14日 珠洲市
ベトナムスイーツのお店「ムイネー」のご夫妻とお客さんに8819番〜8821番
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ガソリンスタンドで8822番
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「日本3大パワースポット」があると聞いて行ってみました。
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入場料が必要です!
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仰々しい入り口。儲けるために、勝手に「3大パワースポット」と名付けたのが始まりのようです。見る価値なし!
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「小さなおうち」で「のとじま手まつり2017」のことを聞き、翌日行ってみることにしました。
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この日は「小さなおうち」の店主が使用していない空き家を提供してくださって、海の見える素敵な一軒家で過ごしました。ありがとうございました。
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