2015年03月03日

受け取らない人 1


たまに受け取って貰えないことがあります。それも貴重な体験として記録していきたいと思います。

一人目は、井田の老人でした。老夫婦で住んでおられて、おじいさんの方が出てこられました。ときどき五郎八の散歩で見かけて話しかけることもありましたので、知り合いではありました。

この袋が何であるかは問題ではありませんでした。差し出すといきなり

「何にもいらん」

「もう、死ぬから」(もらってもしょうがない)という感じでした。脳梗塞だったか、脳の病をしてから元気がないようで、後は死ぬだけだ、という感じのことを話されました。死を前にして、死ぬまでの生を楽しむという感じではなく、しょうが無しに生きている、そういう風に受け取れました。

このように孤独に生きている老人は、田舎で(あるいは都会でも)案外多いと思いました。病も人を苦しめますが、一つには親族や近所との関係がないことで、孤独な生活に陥ってしまうことにあるのではないかと思います。「ありがとうございました」としか言えずに出ました。

二人目は大判焼き屋のお祖父さんでした。ここの大判焼きはとても美味しくてときどき買って食べますが、頑固親父だなあといつも感じてました。しかし、それがまた職人肌でいいなあとも思っていました。

「食の安全」に関しての批判的なものを持ってきたと理解されたのでしょうか

「それは消費者に渡せ」
「文句があるなら国に言え」

ということを言われました。たぶん、「自分を批判しに来た」と思われたかもしれません。こういう受け取られ方が一番まずいなあと思いました。

この人も店を出れば消費者の一人ですし、消費者であることの方が多いと思いますが、店の前だったから余計に反発があったのかもしれません。これ以上話しても無駄だと思ったので、早々に退散しました。

三人目は、ヤマダ電気の人でした。買い物をしたときに、随分丁寧にわかりやすく教えてくれた若者に渡しました。結局受け取ってくれましたが、たぶん「お客様から頂けません」とか、日本人としての遠慮があったかなと思いました。レジにいた若者は躊躇うこと無く受け取ったのと対照的でした。

たぶんこの仕事に就いている人で、客から何かを貰うなどということはほとんど皆無でしょうから、店としての指導もないでしょうし、戸惑うでしょうが、指導が無いだけ自由かもしれません。日本のサービス業は教育が行き届いているので、その教育のせいで個の自由がないんじゃないか、それが拒否させるのではないか思っていました。いまのところコンビニ含めそういう心配はありません。

ギブ アンド テイクに関するノウハウは詳細にあるんでしょう。あるいは計算上どれだけ余計にもらうかは徹底しているでしょうけど、「与えられるだけ」「もらうだけ」に対するノウハウというのはないでしょう。サービス業の落とし穴に向けて今日も 種投下!
posted by 種まく旅人 at 07:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 受け取らない人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする