2018年06月19日

NHKスペシャル 人間はなぜ治るのか? 第二回 心がガンを治した その一

5月初旬に紹介した「NHKスペシャル 人間はなぜ治るのか? 第一回 ガンからの生還」の番組の文字起こしの続きです。話し言葉を重複等を避け、わかりやすく言い換えました。

第二回 心がガンを治した その一
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三年前、私はガン宣告に恐怖しました。癌イコール死であるという誤ったイメージにねじ伏せられていたからです。ガンそのものより、恐怖する心の方が危険だということも知らずにいました。癌イコール死ではない。100人を超える生還者の声に触れて、今はもちろんそう断言できます。
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人はガンによって死ぬこともあれば、死なないこともある。つまり、もし心の底から生きることを決意し、無条件に行動を起こすなら、きっと生還への道を選ぶことができるのです。とすれば、なすべきことは一つ。生きるための試み、そして新しい人生のための準備です。心を癒し、体を癒し、人生を癒したいと思います。
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三重県 マイ?外科病院。日本古来の民間療法を基本にガンと戦う病院です。
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生姜湿布。里芋のパスタ。ビワの葉の温灸。稀にソバの湿布。重症のガン患者にも体の代謝を高める治療が基本です。
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抗がん剤、放射線は一切使用しません。朝食が済むと夕食までは自由時間。病室は毎日ほとんど空になります。散歩、水泳、釣り、乗馬クラブ。6人のガン患者を含め、動ける人はみんな思い思いの時間を過ごすのです。どんな患者も病人臭くしないこと。そして本人の持つ治癒力を最大限に引き出すこと。治療の基本方針です。
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医者は病気をあまり簡単に治さない方がいい。院長の山下さんの考えです。
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(山下医師)ただ、僕が病気を勝手に治さないという言い方をする中には、勝手にこちらが手を加えて治してしまうと、患者さんが何で自分が病気になったかに気がつかない。そうするとまた病気をする。例えば、胃潰瘍の患者さんには潰瘍治療剤というのがあり、それによって胃潰瘍は治るわけです。一応ね。

でも、その人がストレスを溜め込んで潰瘍を作ったという状況は何にも変わってない。だから、またその次に同じように潰瘍をするでしょうね。やる度にだんだん治りにくくなって行くのが、現状だし、潰瘍どころか、そのうち肝臓へ怒りなどのストレスを溜め込んで、肝硬変とか肝癌とか、そういうものまで引き起こして行く状況です。

そうすると潰瘍治療剤で患者さんを治したということは、その時はそれで辻褄があってますが、患者さんのライフスタイルを変えてないということは、僕たちが治したために、その人が何年か後で肝がんになる要因を作ったと言えるわけです。その時に治してやらなかったら、苦労して自分で治させたら、今度新しい病気を作ってくることはない。

上野直人さん、26歳。昨年6月、他の病院であと一週間の命と言われた肝臓ガンから回復。岐阜県から通院できるまでになりました。
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昨年6月撮影の肝臓のCTスキャン。ガンが黒々と斑点のように広がり、手術不能、腹水も溜まった末期状態でした。
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(上野)「治る見込みもなく、もう一週間しか持たないということでした。完全に肝臓の機能を失って、腹水が溜まるほどでした。呼吸困難もしばしばで、ほとんど死に近い状態がかなり続きました。
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僕としてはガンだ、死ぬんだと言われても、それほど落ち込むというようなことがありませんでした。病気に対してすごいファイティングスピリッツが旺盛で、病気がありがたいくらいに思ってました。

小さい時から、そういう感じで育てられていたので、病気というのは怖いものだという感覚はありませんでした。薬に頼らずに、自分の自然治癒力を信じて、今までもそういう風にやってきましたし、これからもそのようにやって行くつもりでいます。今後もぜひ生きて、三年後とか五年後とか、ぜひ取材して頂きたいと思います。

私たちが撮影を行ったのは昨年11月。その1ヶ月後、再検査の結果嬉しい知らせがありました。無数に散在していたガンは消え、血液にもガンの存在を示す反応は全くありませんでした。余命一週間の宣告からわずか半年の出来事です。
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つづく

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2018年06月05日

不治の病の克服 11 種蒔夫

私は18歳になる年の春休みに、腎臓炎の治療で入院することになりました。二週間の休み期間に治癒するという説明で、それほど心配することもなく入院したのですが、二週間しても良くならず、学校を休学して入院生活は続きました。それでもまだ楽観的だったのですが、姉の友人が同じ病棟で看護婦をしていて、その人から腎臓病に関する本を借りて読んだことで一変しました。

腎臓はタンパク質等を体外に出さないために、尿を漉すところです。腎臓が悪くなれば、漉す機能が低下してタンパク質はどんどん外に出てしまいます。尿検査はそのタンパク質がどれくらい出たかを調べることなんです。他に赤血球の量も量ります。その本の中に28歳の男性患者の病歴がグラフとともにありました。

タンパク質の排出量がどんどん増えていき、最後のところに「死亡」と出ていました。「え、死ぬ!」この病気は死もあり得るのだと初めて知りました。もちろんどんな病気も死につながっているとは思いますが、それが現実的に医学的解説を読んで動転しました。「これはまじめに治療を受けないと死んでしまう」と姿勢を新たにしました。また、急性腎炎と慢性腎炎の違いもわかりました。急性が慢性になれば、透析という毎週数回数時間にわたって血液を変えるような治療もしなければならず、場合によっては尿毒症で死んでしまうこともある。

同級生はみんな新しい学年になり、受験勉強に励んでいるのに、何故自分はこういう宿命なのか?同学年300人中で最悪の宝くじを当てた気分でした。何と神は意地悪なんでしょう。よりによって、私を選び取るなんて。

しかし、後になって考えてみれば、受験という難事に直面していた同級生に比べて、はるかに難しい生死の問題を突きつけられたわけです。答えがでるわけもなく、参考書があるわけもなく、暗中模索。生死の問題の答案を出すというより、生に執着している自分しかありませんでした。

そして、入院から半年経った時に、新しい医師に変わり、体中の再検査が行われました。検査結果を持ってその新しい若い医師が病室にやってきました。にこやかに、問題などないかのように「慢性になったから、もう退院していいよ」

どういう神経でこういう発言をしたのか、いまだに理解できませんが、その一言で私は地獄に突き落とされました。身体は正直なもので、その途端に、尿の色は濃い黄色からカフェオレ(タンパクと赤血球と尿との混合色)のような色に変わり、悪化しました。治療するはずの医師の発言で人間はこうも変わってしまうのです。何のための医師、何のための医療でしょうか。

胸の中に何か重くて暗いものが、それ以降ずっと支配しました。それまで体験したことのない極度な精神的な落ち込み。四階から飛び降りてみようかと思ったこともあります。窓から下を見下ろしました。あまりに高すぎてとても勇気が出ません。しかし、その光景はいまでも鮮明に覚えていて、自殺願望は元々ないほうですが、人生で最初で最後の自殺願望を抱いた時でした。

死ぬこともできない私は食欲もなく、退院までの数日を病院内で過ごしていましたが、ある夜に止めどなく涙が流れて、その涙を隠すように枕に頭を押し付けていました。私は深いところに落ちていきました。それは高層ビルの中で突然のビル崩壊に遭い、足場を失って奈落の底に落ちるような感覚でした。

それは時間にすれば多分一瞬だったかもしれませんが、奈落の底に落ちていくような感じは長く長く続くように感じられました。その状態が続いていたら、もしかして本当に私は死んでいたかもしれませんし、さらに病気は悪化の一途をたどっていたかもしれません。ところが、私は着地しました。何故、着地できたのか、わかりません。

しっかり足を地面につけたときに、私はやっと平静さを取り戻して、我に返り、自分の現実を見ることができました。「着地」それは「私はまだ生きている」ということでした。生きていることがどんなに貴重なことかをそのときに理解しました。その後、ときどき些細なことでも喜びがこみ上げるのは、この経験なしではありえません。

大きな落ち込みは何とか克服したものの、退院してからの日々に希望は見えてきませんでした。そんなある日「出雲に腎臓病の専門医がいる」とある人から聞きました。ワラをも掴む思いで早速診察に行き、入院が決まりました。再び尿検査、血液検査等をした後に、その医師は言いました。「君は病気ではない」「・・・・・」意外な言葉に返す言葉がありませんでした。嘘をついているのは明白でした。尿の濁り具合でタンパクと赤血球がどれくらいの数値になるかがわかるほど検査をしてきたからです。私の落ち込み具合を見て、あるいは父が頼んで、そう言わせたのでしょう。

数日後、婦長が病室に入って来て、ある本を薦めました。「生命の実相」という新興宗教の本でした。この病院自体は宗教色はありませんでしたが、たぶん肉体の病気が精神に深く影響を与えている場合は生長の家の信者だった婦長の登場ということになるのでしょうか。ある意味柔軟な姿勢の病院だったと思います。その頃、新興宗教に対して何の抵抗もなかった私はためらいもなく本を開けて読みました。そこには難病が治った話が沢山書いてありました。貪るように、次々に本を借りては読みました。

婦長が来て言いました。「錬成道場に行ってみますか」。ここに助かる道があれば、と希望を託しました。しかし、三泊四日の錬成道場には何も感じるものもなく、帰る時間を迎えました。帰る間際にその道場の責任者のような人がカウンセリングをしてくれました。

「どうしましたか」
「腎臓が悪くて、、」
「他に何か問題を抱えていませんか」
「・・・・・」

病気のことで頭が一杯でしたが、他にと言われると、一つだけありました。中学からの反抗期が長く続いて5年間も母の作るものは一切食べず、母と口をきくこともありませんでした。それを話しました。すると、「それが原因です」と言われたのです。人間の憎しみ、恨み、嫌悪、怒り、悲しみ、悩み、嫉妬などなど、悪感情が病気を起こすというのです。

そういえば、「生命の実相」にはそういう似たような話が沢山書いてあったように思いましたが、まさか自分のこととしては捉えていませんでした。しかし、この一言に大きなショックを受けました。あれほど母を拒否していたのに、そのときは簡単に受け入れられたのです。自分の中で無理なく、違和感無く、母を受け入れられました。

早速公衆電話から母に電話して、長い間の親不孝を詫びました。それ以降は普通の親子になりました。しかし、病気に対してはそれだけで治るとは思っていませんでした。宗教団体それ自体は受け入れられませんでしたが、創始者の谷口雅春氏の言うことは受け入れられました。「病気は心の影、本来病気はない、自分で作るものだ」。そうなれば、いままでのような生活をしているわけにはいきません。退院し、家に帰ると普通の生活に戻しました。腎臓病は本来、絶対安静にしているのが一番大事なことなのですが、その生活を止めたのです。

朝、起きるとお祈りをして、ランニングに出ました。腎臓病の人間にとって自殺行為です。しかも、食事制限があり、塩分の制限、タンパク質の制限がありましたが、何でも食べました。5種類近くあった薬も捨てました。医者にも行かなくなりました。

しかし、直後に尿の色が急激に悪くなりました。再びカフェオレのような状態になったのです。どうしよう?元に戻すか、このまま続けるのか?・・・・・元に戻すことは、病気を認めることであり、暗い生活に戻ることでした。私の選択は続行でした。後戻りはしたくない!

そして、数ヶ月後、私は自分の体が軽くなったのを感じ、例の出雲の専門医のところに尿検査を受けに行きました。外来患者なので、診察前にカルテを渡してくれました。それを開けて見ると、カルテには明らかに「慢性腎炎」と記載してありました。「ああ、やっぱりあのときに嘘をついていたんだ」

そして、尿検査があり、結果が出ました。タンパクも赤血球も出ていませんでした。その後、数ヶ月に一度検査に行きましたが、異常なしでした。

あの時から随分経ちますが、それは忘れられない事実です。とは言え、自分の身近な人間が病で倒れたときに、それが有効に働いたかといえば、全く役に立ちませんでした。話しても、信じる人がいないことと、自分の中でも段々とあれはただの偶然だったのかとか、思うようになってしまったのです。

しかし、また最近になって、あれはやっぱり事実だったのだと反芻しています。しかし、自分だけの事例では何とも説得力がありません。そういうことは実体験として起こるんだということが言えるのみです。どんな病気でも直る可能性はあると。説得するためには同じ体験をした人を探すしかありません。それが、今回の旅の目的の一つ「不治の病の克服例を聞き書きする」になっています。

単純に言えば「新興宗教に出会って病気が治った」ということですが、宗教はきっかけに過ぎず、本当に難しかったのは「信じる心」でした。

私は「自分が健康体である」ことを強く強く念じようとしました。毎日1、2回、強烈な念の力を出したのです。しかし、それは簡単ではなく、念じる、つまり健康体と信じるということがいかに難しいかを体験しました。人は「信じる」という言葉を簡単に使いますが、本当に信じることは非常に難しいのです。それまで病気の身体を持っていた人間がある日を境に「病気ではない、健康体だ」と信じるのですから、馬鹿馬鹿しいと言えば馬鹿馬鹿しいですが、馬鹿馬鹿しいと思うからこそ、とても難しいことなのです。

逆に言えば、信じる力が強ければ何でも可能だということでもあります。あの切羽詰まった、後がない状況だったからこそできたと思っています。火事場の馬鹿力と似ています。

さらに、30代のときに突然拒食症になりました。原因がわかりません。無理に食べると戻しそうになりました。一週間が過ぎ、二週間くらいになったときに、危機感を感じました。このまま食べられない状況が続くと死んでしまうのではないか。寝床の中で七転八倒しました。精神的に苦しんだ末に結論が出ました。

「人間は物質ではない」「肉体が精神を苦しめるはずはない」という突拍子もない考えでした。そして、その考えを強く念じたのです。

そして、友人に電話をして「実は二週間何も食べてない。何か作ってほしい」と。友人宅へ行くと、全く問題なく、二週間の出来事が嘘だったように普通に食べることができました。

「念じる力」はけして馬鹿にできないということなんですが、だれでも決断すれば始めることができます。しかし、意識まで変えることができるか否かはその人自身の「信じる力」なのです。「命がけで信じる」くらいの気持ちがないととても難しいと思います。だれでもそういう力はあるのに、本来の力が出せずにいる人が大部分だと思います。それくらい私たちは、常識や固定観念で固められているからだと思います。




posted by 種まく旅人 at 10:42| Comment(0) | 不治の病の克服 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月16日

スギナ茶

昨日の記事で高橋さんの腎臓結石に「スギナ茶」が効いたのことを書きました。私も旅の間に腎臓結石ができて、辛い思いをしました。痛みから2、3週間後に左の腎臓の結石は出ましたが、右はまだ腎臓内にあることがCTでわかりました。医師から右側も腎臓から出て動き出すと痛くなると言われていたので、私も自前でスギナ茶を作って1ヶ月前から飲み始めました。

痛み云々以前に、飲み始めてからとても体調が良くて、毎朝重かった体が軽くなり、朝食も美味しくなりました。スギナはどこにでも生えていますし、お茶にするのも簡単なので皆さんにもお勧めします。

農薬がかかっていないような場所に生えているスギナを採ってきて、天日干しを4、5日すれば出来上がり。煎じる時に、多すぎると苦いので、他の茶に混ぜて、自分に合った味に調節すれば、毎日飲めます。病気でなくても体にいいので、体調が良くなると思います。ただ、飲み過ぎは酒と同じでいけません!

スギナ茶のことは、東城百合子さんの「自然療法」に出ていますが、この本にはあらゆる病に関することが出ているので、常備しているといいです。最近も歯の調子が悪くて、歯医者に行きましたが、二度目の診察予定日の前日に「歯の治療法もあるだろう」とこの本のことを思い出して、見てみると、、、
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「ハコベ」がいいと書いてありました。早速ハコベを探しに出て、大量に摘んできて、ハコベの薬(エキスや粉)製作中です。ナスのヘタの黒焼きもいいようです。

ところで、スギナ茶のページにガンにも効くことが出ていますが、その中に以下のような箇所があったので、紹介します。先日の「人間はなぜ治るのか」と同じようなことが書いてあるのです。つまり、薬草が治す以前に、心の問題があるという話です。

「・・・すべてのガン患者が治るというわけにはゆかない。このすぎなや自然療法でガンや難病が治っている方が大勢おられます。すぎなやビワの葉・ビワの種・梅・あんずやその種にガンその他の難病を治す偉大な力があることは事実でも、その力が全く働かない患者がいることも事実です。長い間の間違った食生活や歪んだ心で、この自然の思いやりと親切をふみつけにし、自分勝手に、我がまま、身の程知らずを改めないで、スギナが効くと言っては騒ぎ、そら、あまちゃづるだ、ビワの葉だというのでは、どうにもならない。そんな根性には自然の力は入りようがない。神経も細胞も自由に働けないから、エネルギーの入りようもないわけです。

・・・心の曼荼羅が整然としていると、体の曼荼羅も自然に整然となってくる。体の曼荼羅が調和してくると、心の曼荼羅も調和する。自然に添う生活が調和をうみ、健康に生きることになるのです。」(転載終わり)

ところで、スギナが体にいいことは犬でも知っています。実は五郎八はスギナをバクバク食べるのです。誰に教わったわけでもないのに、不思議です。

スギナを見せると
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突然、ガブ!
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豪快に食べます。
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追加1:耕運機で事故をして背骨にヒビが入った時にも、病院の痛み止めの薬よりも「自然療法」に出ていたビワの葉とコンニャクの療法が癒してくれました。

追加2:医者に頼るのは大怪我とか、激痛の時だけで、どんな病も自分で治したいと思っているのですが、歯だけはどうしようもないなあと思っていましたが、日頃の心がけ(ハコベやナスヘタで歯磨き)で何とかなりそうだなと思いました。それで思い出すのが、徳島の山川さんでした。家族3人で自給自足生活をしていましたが、コタツにあたって話していると3人が時々歯磨きしているんです。「やりすぎだなあ」と思ってましたが、今思い返すと、さすがだなあと思います。それに、いよいよ虫歯になると山川さんは携帯用の治療セットを持っていて、小さなドリルで歯を削って薬も塗って家族の虫歯を直していました。自給自足を徹底している人はやることが違うなあと感心しました。自給自足自癒=自由!

腎臓結石の話は以下
「悪夢の夜」それは稀なる医師との出会いの序章だった!
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/456485048.html
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/456509499.html
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/456611426.html



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2018年05月15日

不治の病の克服 10 高橋徹さん  難病ー臨死体験ー農業

昨年、8月17日に秋田県で種を渡した高橋さんから難病を患ったと聞いたので、日を改めてその詳細について伺いました。臨死体験を含む、大変貴重な話だったので、忙しい旅の間にまとめるより、落ち着いてから紹介しようと思い、今になりました。
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高橋さんは15年前24歳になる年に、下痢と血便を繰り返し診察の結果、難病「潰瘍性大腸炎」と診断されました。「潰瘍性大腸炎」はアメリカに多く、日本にも増えてきており、食の欧米化が原因とも言われています。他に小麦のグルテン説、品種改良説など挙げらており、さらに糖質が原因で、糖質制限によって治る例もネット上には出ています。しかし、医学的根本治療はいまだにありません。安倍首相の病気も同じで、高橋さんの母親、母方の叔母も同様の病に冒されたそうです。

高橋さんは人工肛門の手術を受けた後、長い入院生活が始まりました。飲食が禁じられ、点滴だけで過ごしました。67キロあった体重は40キロに減り、寝返りを打てず、歩けず、床ずれを起こし、腕をあげる力も失い、太ももより膝の関節部分の方が太く、まるで難民の子供のような状態でした。

入院期間が長くなり、体力が弱ると精神的にも弱くなります。現実と夢の世界の区別がつかなくなり、悪夢にうなされ、段々と生きているのか死んだいるのかわからなくなってきました。治療の痛さに加えて、いつ終わるかわからない先の見えない苦しみ。

そういうある日、不思議な体験をしました。突然、横たわっていた体がスーッと軽くなり、全身の力が抜けました。暗闇の中にいて、天井だけが明るくなり、その明るさが段々と広がり、そこから金色のキラキラするものが自分の体に落ちてきました。それは今まで感じたことのない心地よさでした。そして、穴の方へ吸い込まれていき、光に包まれ心地よい感覚になりました。

そこに、突然聞こえない声が自分に届き「まだ死ぬのは許されない」「己の使命を果たせ」という言葉が降りかかってきました。そして、体から白い煙というか、靄(もや)のようなものが現れて、力強く自分の体を掴んで引き戻され、目が覚めました。死ぬのにも許可いるのか、使命を果たさないと死ねないのか、、、。

心は折れて死の方向に向いているのに、意思に反して肉体自体はわずかずつ回復を見せていました。飲食禁止が解かれ、2ヶ月半ぶりに小さな氷を口に含みました。その瞬間、食する喜びに加え、苦痛に耐えていた辛い思いが込み上げ、涙が止まりませんでした。今までの人生で最も美味しい水であり、始めて生きている実感がありました。人間は口から水を飲んだり、食べたりしないと生きていることを実感しないのだと思いました。

また、別な日には夢の中に祖父が出てきて、一緒に農作業をしていました。目が覚めた時に、農業に対しての強い意識が芽生えました。

手術後、手術の傷口が塞がりません。そのために、三つの病院を転院して北里大学病院でやっと傷口が塞がりました。医者は合併症等の病歴や手術跡を見て「よく生き延びた」と驚きました。

しかし、退院した後も、しばらくは「今日この瞬間が最後かもしれない」と思いながら床についていました。何故なら難病を抱えた体には現実が地獄であり、死んだ方が楽だと思っていたからです。いっそ臨死体験したときに死んだ方が良かったとも思いました。

そういう辛い日々を経て、やっと三年して社会復帰が叶いました。しかし、大腸を全摘すると結石ができやすくなり、術後5年して「体外衝撃波破砕術」という手術を受け、結石の予防薬を飲んでいました。しかし、一生涯続く薬に嫌気が差して止めたところ、1年〜1年半に1回大きな石が腎臓から出て、とても苦しみました。そこで東城百合子さんの本「自然療法」に書いてある「スギナ茶」を飲んだところ、効果覿面(こうかてきめん)!石が大きくなる前に自然排石できるようになり、尿路結石の苦痛から解放されました。

現在、高橋さんは秋田県内で真農楽園という果樹園をしています。高橋さんは東京農大卒で砂漠の緑地化等を学んでいたので、自然に対する関心はありましたが、祖父の夢や美味しい水の体験、病は食から来ているのではないかという思い、そして貴重な臨死体験から農業を志すようになりました。

農業の分野にも色々ありますが、好物の桃が食べたい思いから無農薬での桃栽培に加えてリンゴの無農薬栽培を目指すことになりました。無農薬リンゴでは有名な木村秋則さんがいます。高橋さんは実際に会いに行ったこともあります。しかし、木村さんはリンゴの無農薬栽培を勧めませんでした。何故なら、木村さん以外では一人を除いて成功した人はおらず、非常に困難な道だからです。栽培にのめり込めば、視野が段々狭くなり、成功か死かというくらいに追い詰められるのです。

しかし、高橋さんはあえてこの険しい道に足を踏み入れました。それは限られた人にしかできない無農薬果樹ではなく、誰でもができる果樹の無農薬農法を確立したいという思いからです。

大変だった日々を淡々と話す高橋さんでしたが、氷を口に含んだときの感動的な場面では込み上げて来るものを抑えきれず、目が潤みました。その水のごとく、美味しくて感動的な珠玉のリンゴをいつか食べる日が来ることを祈っています。

今現在はまだ低農薬ですが、すでに美味しいリンゴやリンゴジュースが売り出されています。興味のある方は「真農楽園」で検索してみてください。


posted by 種まく旅人 at 08:23| Comment(0) | 不治の病の克服 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月11日

自然退縮の割合

この数日、文字起こししているビデオの中では、500人あるいは1000人に一人の割合で自然退縮現象があるということです。アメリカでは1960年代に10万人〜20万人に一人という報告もあります。こういう数値を見ると、宝くじに当たるようなものだから、私にはとても無理だと悲観的に考えてしまう人もいるでしょうが、ちょっと待ってください。

実際に自然退縮者がどれほどいるのかはわかりません。何故なら、報告義務がないからです。医者から数カ月で死ぬと言われて何年も生きていても、別に医者に責任はかかりませんし、患者は「ああ、よかった」で済ませるでしょう。

私自身がそうでした。「治らない」と断言した医師や慢性腎炎と判断した名医と言われた人に責任を追及したりしていません。したところで、何もならないからです。医師も興味を示さないでしょう。「あ、そう。よかったね」で終わりです。

そもそもそれが問題なのです。どちらに転んでも、自分の診断が間違っていたら、それを「何故か」と追求するのも医師の大事な仕事のはずなのに、自分の治療以外で治ったら興味を失います。儲けに繋がりませんし、メリットがないのです。追求し出したら、自分の治療に疑問符がつくようになるでしょうし、それほど研究熱心な医師は全国を探し回ってもなかなか難しいでしょう。

しかし、仮にこういう場合に、つまり医師から「死ぬ」「治らない」といわれたのに、完治したり長生きしている場合に、それを報告すれば、それまでの治療費全額返還とか、何故治ったかに協力してくれたら、謝礼100万円出すとかにすれば、もしかしたらそれを目指して治そうという意識も強くなる可能性もあり、自然退縮者は増えて行くでしょう。

とにかく自然退縮者は存在しても、医師の記録にはまず残っていないので統計の取りようがないのです。ですから、1000人に一人とか万人に一人とかの報告は、全く根拠のないデタラメであり、勝手な想像でしかないのです。

しかし、あえて私も想像してみました。例えば、ガンになって三大治療ー手術・抗がん剤・放射線ーに依存する人の割合はどれほどでしょうか。想像ですが、90〜95%くらいはいるのではないでしょうか。

そういう人は一般常識人でしょうし、まして自然退縮などというものはほとんど信じないでしょう。というより、そういう情報を知らない可能性が高いでしょう。逆に悲観的に考える人が多いと思います。するとその危険な治療と絶望的な気持ちの相乗効果で医者の言う通りに数カ月・数年で死ぬ可能性が高くなります。それらの人は自然退縮とは逆の方向へ行く人です。

見方を変えれば、千人に999人、万人に9999人はガンになったら、夢も希望も失い絶望感の中で医師の予言通りの道を歩む、ということになりますが、実際にはそれでも「希望を失わずに生きようとする人」は多いはずです。ですから、実数はもっと多いと思われます。

ただし、三大治療はリスクが大きくて、たとえ意識が変わったとしても、副作用に勝つほどの意識を持つこと自体が、何も治療しない人に比べて何倍も困難になります。当然、助かる確率が低くなります。

本質的な問題は、ガンになった際に希望を全く失うことなく前向きに生きた場合にどれほどの生存率があるかが問題なのです。これならば、私は100%に近い数値が出るのではないかと思うのです。三大治療よりずっと高い確率になるでしょう。

三大治療を選択しない残りの5〜10%の人に望みを託してみましょう。すると、1000人に一人ではなく、50〜100人に一人になります。そうすると0.1%は 0.5〜1.0%に上がります。

さらにその50〜100人の中にどれほど意識が変わった人がいるのか?その中にはお金がないから治療を受けない人もいるでしょうし、どうせ治らないと絶望して治療しない人もいるでしょう。実際に自然退縮や自然治癒力を信じて生きる人は、せいぜい10人くらいじゃないでしょうか。すると10〜20%に跳ね上がります。ただ、この10人の中にどのくらいのレベルまで意識が変わったかが問題です。

「意識が変わる」この言葉の判断は非常に難しいです。数値で表すことができないからです。しかし、これほど科学が進んだ現代医療ならば、意識変化数値は脳波やら何やらで出てきそうにも思います。

もし、そうして測ることができたならば、「これくらいの数値に上がれば、完治する」と言えそうなものが出てきそうに思います。しかし、現代医療はそういう方向には行ってませんから、まだ先の話でしょうけど、可能性としてはありうることです。

病気とは、性格を変えるために生まれるのかもしれません。「そういう性格をしていたら、心身共に疲弊してろくなことがないから、そろそろ性格を変えたみたら」と病は提案しているのかもしれません。実際、ビデオに出てくる人たちはどの人を見ても爽やかな笑顔で、無理のない自然体で生活しているように感じます。



posted by 種まく旅人 at 07:56| Comment(0) | 不治の病の克服 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月09日

NHKスペシャル 人間はなぜ治るか? 第一回「ガンからの生還」 その三

堀江達夫さん、66歳。昭和41年、肝臓ガン発病。手術をしても1年の命と知り、夜中に病院を抜け出しました。
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玄米と野菜の食事療法に命をかける決意をしたのです。
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ガン専門医の多くは食事療法を一笑に伏します。そんな中で希望を持ち続けることは極めて困難なことでした。しかし、堀江さんは勝利するのです。
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堀江さん「便はやはり、黒便が出たり、普通の便が出たり、繰り返しをしておったんですが、2ヶ月ほど経った時に便がね、真っ黄色な便がね、二日続けて出たんです。」
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奥さん「便というより、水が真黄色になったんちゅうんでしょう。」
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堀江さん「やっぱり大便やでね。シァーっと水みたいにね、出たわけですわ。これはひょっとしたらね、先生がおっしゃる通り、悪いものが出る一つの過程でないかなあと、いう考えでね。こう、物事のイメージをちょっと変えたことによってね、前より体が楽になってきたような気がしまして、ガンが溶けて痰になって出ると。悪いもんが痰になって出ると。下痢は悪いものが下痢になって出るんだなと。いう考えに変わってきたわけです。」
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希望、信念、家族の愛情、そして深い安らぎ、全てが堀江さんを癒してくれました。
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堀江さん「私はこの病気をね、治してもらったのは、そのぉ自然食品の他にね、うちの家内の心の支えがあってね、今日があるんだなあと思う。」
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奥さん「ふふふ」
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堀江さん「やっぱりね、本音を言うとね、寿司を食べてみたいね、そしてホルモン食べてみたい、いう気持ちはやっぱりあるんです。もともと肉類が好きでしたから、それはやはり他のもんでね、そのぉ我慢できるようになったわけです。それは何でかいうとね、うちの家内が色々考えてくれてね、いい油で天ぷらをたまにしてくれたり、僕の気持ちをつかんでね、メニューを立ててくれたお陰で、そういうのをしててね、ここで頑張らなあかんと、乗り越えてこれましたね。」
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奥さん「天ぷらが好きなんですよ、主人は。だからたまに天ぷらをすると、とってもご馳走のように思えるんです。ふふふ」
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堀江さん「気持ちもね、非常に自分なりに柔らかい、昔は硬かったわけです。今は気持ちが非常に柔らかくね、毎日毎日をね、ほんと感謝しながら過ごさして頂いてます。はい。」
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奥さん「一つのものに向かって二人で努力するって、そういうところにね、心も一つになりますわね。ガンを治すっていう目的が二人して同じですから。」
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堀江さん「ガンになってかえっていろんな幸いがね、うちに舞い込んできたようなもんですよ。はぁい、夫婦円満やしね。こうやって痛いところなしにね、毎日こうして過ごさせて頂くいうのは本当にありがたいことです。」
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インタビューアー「なかなかまあ、そう言えないですね」

「はあ、、、」
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勤めの傍、ガン患者の食事指導にも骨を惜しみません。授かった命への恩返し、そしてガンを通して人とつながることを喜ぶのです。
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坂本やすこさん、78歳。転移した乳がんから生還して、この笑顔です。
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発病は昭和31年。浮気をし、全く働かない夫との離婚調停が長引く中、手術の費用をどうすることもできませんでした。
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そんな時、一人の台湾人医師に出会います。
「自分で作ったガンは自分で治せる。」
その人の信念でした。
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「私はね、もうここで助からなかったら、おそらく私はもうダメかもしれんなと思いながら、あのぉ田園調布の一軒のうちを借りて先生が診察だけやってた時にね、行ったんですよ。」
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荘 淑旂(そうしゅくき)さん。当時36歳。夫と父親をガンで亡くしたことから、ガン撲滅を決意。独学で医学博士になりました。食事や性格とガンとの関係にいち早く注目し、72歳の今も健康相談を続けています。
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「先生が診察してくださって『治りますよ』と言われたんだわね。その時の言葉のありがたいことったら、『治りますよ』って言われた時には、もうそこで救われた感じがしたわね。観世音菩薩だわね、私に言わせればね。菩薩様だったねえ、ほんとにこの先生の慈愛の深いね、ただね病気を治すっていうだけじゃなくて、人の心の底まで癒してくれる、慈悲のこもった先生だなあっていう感じだったね。人間を超越したようなね、ほんと慈悲そのものの顔だったね。
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だからねぇ日本の医者から受ける印象と、荘先生から受ける印象とは、もう雲泥の差だったわね。あの荘先生の優しい眼差しというものは、心の病めるものには本当に救いだったね。機械的に右から左に『おいっ』てやられるのとね、優しい言葉でもってね『治りますよ』と言われた時の、ここでしか自分は救われないって気持ちだったね。だから、もう先生の言う通り、何でも。」
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一人で始めた商売も思うに任せず、薬を買う余裕もありません。「どんな時にも明るい心を持ちなさい。」荘さんの言葉を支えに生きる日々でした。
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「教えを生かすことを一生懸命思って、例えば、お客様一人もいなくてもね、一人で大きな声して『押さないで、押さないで、品物はありますから、押さないで結構です。ありがとうございます。』ということを一生懸命やったらね、みんながね『坂本さんのところだけ、お客さんがいるのかしら』ってね、みんな見に来てね。誰も一人もいやしないでしょう、いなくってもね『押さないで、押さないで』というようにね、繁盛する言葉を一生懸命やってた。店が繁盛して嬉しいんだ、楽しいんだ、ていう気持ちを自分に起こすようにしてね。
私が今80として、40年経ったって何ていうことないから、治っちゃてるだわね。」
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アメリカ、カンザス州ヘイズ。
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フォートヘイズ大学。心の力を身をもって極限まで表した人の記録があります。
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1957年、ガンの一種「悪性リンパ腫」に冒された一人の患者ライト氏に関わるものです。
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アメリカの著名な心理学者ブルーノ・クロッファーは長い研究生活の中でも決して忘れられないことだと次のように記しています。
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ライト氏はオレンジほどにも成長したいくつもの腫瘍のため、誰の目にも数日後の死が予測できた。
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その時、彼はガンの新しい特効薬「クレビオゼン」が誕生し、他の病院で試験的に使用されたことを知る。
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ライト氏はその新薬を自分にも試して欲しいと懇願する。しかし、医師はその申し出を拒む。新薬は少なくとも3ヶ月以上生きられる見込みのある患者にしか使えないという取り決めがあったからである。
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だが、ついに医師はライト氏の熱意に負け、金曜日に一度だけ注射する。(おそらく月曜日まで命は持つまい)その予想の元に。
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ところが10日後、彼は退院する。ガンの塊は縮小し、あらゆる症状は消えてしまったのだ。
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2ヶ月後、一つの記事がライト氏の有頂天の喜びに水を差す。クレビオゼンの効果に疑問が出されたのである。
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程なく彼は再入院をする。全ての症状が再び彼を苦しめ、希望を失った痛手が苦痛を一層深刻なものにした。
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その時、2倍の効き目のある改良型のクレビオゼンが注射される。だが、それはただの水。全ては彼の苦痛を見かねた医師の演技であった。
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ところがまたしても、彼は飛行機を乗り回すほどに回復する。
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そして2ヶ月後、アメリカ医師会はクレビオゼンが全く無効であるとの最終結果を発表。
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五日後、ライト氏は命を終える。
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「希望」が彼を奇跡的に彼を癒した。そして「絶望」が命を奪った。
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アメリカの心理学者エルマー・グリーンさん。自然退縮の400例を調査しました。彼らは何故生還し得たのか。全員に共通する要素はあるのか。そのことを明らかにするのが目的でした。
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「全員に共通することは、必ず何か一つの方法を固く信じていたということです。ある人はニンジンジュースがガンを殺す様子を思い浮かべ、ある人はグレープフルーツジュースがガンを殺すと信じておりました。別な人は高い山での生活がガンを殺すと信じていました。4000個のパンを食べればガンが治ると信じた人もいます。もちろん4000個のパンにガンを殺す力はありません。
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しかし、心からそう信じることができるなら、4000個のパンは体に影響を及ぼすことができます。もし、あなたが深く信じればその心は脳の視床下部に影響を与えます。そこは免疫機能を作用する、体全体に良い結果が出るというわけです。
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結局大切なことは、どんな方法を試みるかではなくて、何かをどこまで信じられるかということです。つまり心を変え、感情を変えるなら、体の免疫システムがそれに反応するんです。信仰で治ることがあるのもそのためなんです。」
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小山つかささん、76歳。ガンのお陰で以前よりはるかに健康になったと、会心の笑いです。今も20キロのリンゴ箱を軽々と担ぎます。
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安藤京子さん、57歳。体験を語ることを、自然退縮したものの使命だと考えています。最近老人福祉の仕事を始めました。
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堀江達夫さん、66歳。ガンになってからの自分の方がずっと好きだと微笑みます。4年前から高齢者の職業相談をしています。
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四人の道のりをたどり終えた今、私は奇跡とも思える自然退縮がごくありふれた行為から始まっていたことに、静かな感動を覚えます。
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玄米食を始めること、歩くこと、信仰を持つこと、そして明るい心を持つこと。この小さな第一歩と成し遂げたことの偉大さのコントラストに、驚くのです。
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四人は言います。「人間はたとえどのように絶望的な状況にあろうとも、自らの力で始められることがあるはずです。希望と生きる意志を立て直し、自ら選んだ一歩を踏み出すのです。いますぐに、誰にでもできる方法で。」
絶体絶命の中、自らの手で運命を切り開いた自然退縮の四人の体験は人間の、そして心の限りない可能性を示しているのです。
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取材を終えた日、78歳の坂本さんは軽々と木に登り、柿の実をもいでくれました。どんなに手遅れでも、やり直すのに遅すぎることはないのです。溌剌とした笑顔はそう語っているように見えました。
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一人でも前例があれば あなたが二人目になれる。
前例がなければ あなたが一人目になれる。

ジョン・ロジャー「ボジテイブ宣言」より
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つづく

次は第二回「心がガンを治した」






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2018年05月06日

NHKスペシャル 人間はなぜ治るか? 第一回「ガンからの生還」 その二

NHKスペシャル「人間はなぜ治るのか」 

第一部「ガンからの生還」文字起こし 2回目

取材はアンケート調査から始まりました。京都の医師中井修太郎さんが最初の自然退縮の報告を寄せてくれました。昨年9月のことです。胃ガンが再発した一人の男性患者の例です。昭和50年当時、腹壁にまで広がっていた絶望的な胃ガンが、その後何故か消えてしまったというのです。
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「京都南病院というところ、私がその後ずっと患者さんをいつもお願いしている病院ですけれども、そこの院長が私の京都大学の同級だったものですから、お願いしまして、『 取れるだけ取って欲しい 』ということで、手術室にも私も入れてもらって、見たんですけれども、もう、腹内はもとより、腹壁にまで広がっていて、もうとても取り除ける状態ではない。

彼は一目見るなり、『 中井くん、もうこれはあかんで 。残念やけど、このまま閉めさせてもらうわ 』という風な話でした。
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手術の1年後、執刀した医師から大きな戸惑いを表した一通の手紙が届きます。腹壁全体にまで広がっていたガンが縮小し、消失したらしいのです。手術はガンそのものに手をつけられず、ただ開けてすぐ閉じるというものでした。しかも、その後これといった治療も行っていません。自然退縮の典型的な例です。
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「小さいガンなら、消失することはままあるでしょうけれど、腹壁にまで広がってて、腸、肝臓を巻き込んだ大きな塊を作っておりましたから、そんなのが消えるということはねえ。」
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昭和58年、患者は他の原因で亡くなり、京都大学で病理解剖。どの臓器にもガンのないことが改めて確認されたのです。患者本人は胃ガンは手術で治ったものと信じ込んでいた。そのことがガンの消滅に繋がった可能性もあると中井さんは推測しています。自然退縮の発生には心の持ち方が大きく関与しているというのが、最新の研究で明らかになりつつあるからです。
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小山つかささん、76歳。生還の秘密はファイティングスピリットだと言います。昭和41年手術。しかし、すい臓のガンはすでに肝臓や腹部全体に広がり、手の施しようがありませんでした。一晩に3度も意識不明に陥る激痛の中、小山さんは自らの力で生き抜く術を探り始めるのです。
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「そいじゃ、腸を動かす方法はどうすればいいか、これは命と交換で考えようと、誰も教えてくれるものはないですから。そこで考えて、考えて、考え抜いた尻尾が、そのこれは歩くことよりはしょうがないだろうと。歩くことによって、腰がね、動き出すから、そうすると鼠蹊部(ソケイブ)も動き出すし、中の腸もそれによって動くであろうと。あろうですね。これより他にやりようがないんだろうと、自分でできることではね。」
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「ということで、あすこにもありますけどね。バレーシューズ買ってきてくれ、ステッキ買ってきてくれ、それからとにかく、大学病院の庭を吹雪の中ね。11月ですから、ちょうど入院している最中ですよ。ぐーっと一回り回ってくるわけですよ。毎日。これをやろうと決心したんですね。」
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歩き始めたのは手術の四日後。吹雪の中たった一人で歩む生還への道でした。「こうやってね、足なんか上がらないですからね。これだけ上げるのに容易じゃないですよ、吹雪ん中。」
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インタビュアー「他にそんな患者さんはいらっしゃらないでしょう?」

「いなかったですね、一人、生まれてくるときも死んで行くときも一人ですから、大概。心中する人は中にはいるけれども。大概一人ですからね。中には見てるけど、歩くのはだいたい一人です。人なんか、笑ずが泣かずが関係ねえだからね。自分の命だもの、ひひひ。」
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こんにゃく湿布、漢方薬、玄米食。家族の誰かがガンになれば力を合わせて、徹底的に戦ってみよう。日頃語っていた通り、できることは全て試みました。「病気というのは本来治るもんだと、治せるはずだと、まあ、少し過剰かもわかりませんけれども、そこらも一つ私なりきの効果じゃないでしょうかね、ええ」
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ガンに対する心の持ち方が生存率に大きな影響を与える。イギリスの医学雑誌「ランセット」に発表された論文です。
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絶望、そしてファイティングスピリット。同じ進行度のガンでありながら、13年後の生存率は実に3倍もの開きがあるのです。
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くよくよと病状を心配するより、まずどうやって生き抜くかを考えること。小山さんとランセットはそう教えてくれます。
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安藤京子さん、57歳。昭和41年、胃がんの手術。しかし、すでにリンパ節への転移も多く、そのまま閉じるしかありませんでした。病を得て、安藤さんは信仰に触れます。
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「ただ、手を握ってくださってね。『ああ、京子ちゃん大丈夫よ。神様がついてあるからね。』ニコニコしておっしゃってくださったんです。その方が病室を、あの、、大部屋ですからね。一番端っこでしたけど。ドアを開けて入っておいでたとき、とにかくあのー曙光、ピカーっとその後光が射したんですよ。」
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「私にだけにしか見えなかったと思うんです。きつくてたまらないその状態の中でね、それがもう後光がその方に、ドアを開けられて、その瞬間に。だから、いつどこが体のどこがどうあろうが、神様の大きな愛の懐に、どっかりとね、しっかりとじゃないですよ、どっかりと抱かれているから、これくらい楽で安心なことはなくて」
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「したがって私自身はこれほどだに、髪の毛一本、もう、ほんとにもうノミほども自分で力む必要がない、ということがわかったんですよ。私はガンだ、どうしよう、大変な病気にかかったというのがもう、とにかく全くないんですよ、その恐怖が。一欠片も、米粒一粒だにないんですよ。だから結果として皆さんにガンに関する方々に、あのう、一束飛びになるようですけど、恐怖がいけない、恐怖しなくていいーっていうことを、この場で私はお伝えさせてもらいたいですね。」
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私のガンは自分の心が作り出したと、安藤さんは言います。最新の医学「精神神経免疫学」はガンの発病と治癒に心の状態が大きく影響すると考えています。失意、怒り、恨み、そして様々なストレス、そのような否定的な感情が免疫力を落とし、希望、愛情、安らぎなどの肯定的感情が免疫力を高めるというのです。
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農家から嫁ぎ、店の切り盛りに馴染めない上、酒を飲む夫に過剰な嫌悪感を持ってしまった安藤さんもその一人かもしれません。「私はそのあくまでも模範でないといけないという、(夫に)型にはまって頂きたいわけですね、そこが向こうにすれば束縛で窮屈なものだから、反動的に逆に出て行くことになりますでしょう。そういうことがずっと積み重なって、あの、ガンになったわけですよ。だから、全く私のガンの場合、自分が夫との摩擦で作ったわけですよ。」
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安藤さんは自らの心を見つめ始めました。ガンは心を写す宝物だというのです。
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「ああ、本当に私が間違っていた。夫の言うことは、本当に世界中で私だけ、ほかの人がみんな、総人口の人が何か主人のことを悪く反対なさっても私だけは賛成して、同調すると言いますかね、同じになると、しっかりそこで思ったんですよ。だからその当時は洗濯機も買ってなかったから、手で洗いましたよね、毛布でも何でも洗ったんですよ、もう。人様から見られたらびっくりなさることだったと思いますよ。」
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「末期もいいとこでしょう。そしてね、ヒョロヒョロの状態で、ああ神様ありがとうございます、ありがとうございます。もうこれをさせて頂くために、夫の世話をさせて頂くために、今生かされてありがとうございます。そうこうしてて月日が経ちましたら、主人に対して不平不満が起こってきたわけですよ、そうすると信仰の集まりに行って、先達の方達に、あのーね、泣いてその主人のことを訴えるわけですね。」
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「一時期、そんなんして、完全に夫にしたら、素直になろうと思っていたにもかかわらず、月日が経って、、そうですね、2、3年目くらいだったでしょうかね、再発も完全に前とおんなじ状態になるわけですよ。自分でわかりますね、全く前とおんなじ状態になるわけですから、体が。だから私が全く自分で作って。だから、今からでもこうやって、ガンを作ろうと思えばできますよね。逆に、それをまた治すこともできる。
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自己治癒力を考える会。心の持つ治癒力を研究する医師たちのグループです。昨年の夏以来、私とともに全国調査を進めてきました。
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堀雅明「横山さんの場合、四日後に歩き始める。これものすごいジャンプだなと思うんですよ。これ理屈を超えてると思うね、本人のね。決心しちゃってるわけです。本人は生きるって。元々自分の命はどんなになっても、コントロールできると自分で信じていたわけでしょう。元々信じていた人だから、こういうことができたと思う。

でも、元々信じてないとしたら、元々ガンになったら終わりだと決めてることがあったとしたら、彼のようなことにならなかった。やっぱり信じるってことは強い。これはたった一人の、二人の話を見てみても、我々医者が知らないところで、知らないことが起こっているっていう事実は、やっぱり謙虚に見つめなきゃいけないなあということを思いますよね。
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平松園枝「安藤さんの場合ですけど、普通だったら手術を受けるときに、すごくこう無力感、自分はできない、ただお願いする、拝む気持ちとか、まあダメなんじゃないかっていう不安とか、そういうことが大きいということがありますけども、あの人の場合は肯定的な気持ちで、同じ任せるといっても、自分が納得している、それは私たち医者への課題だと思いますよね。

私たちがそれだけやっぱり患者さんに信頼を与えられるか。今行う治療に対して、患者さんに希望を与えられるか。っていうことがやっぱりどういう治療をするにしても、やっぱり根本にあれば、その治療の効果というのが違うんではないかなという風に思いますけれどね。」
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浦尾須弥子「現場でとにかく患者さんにその病気、その人のガンのステージですね。それによって数値的なことは言えますよね。あなた何%治りますという風に言えるけれども、あなたがどっちに入るかっていうのは、私の知ったこっちゃないという感じになっちゃってるわけですよね。ただ、どっちに入るかっていうのはあなたがもしかしたらキーを持ってて、、、」
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川辺修二「だから患者さんは生きたいわけ、で治りたいわけ、だけど医者としてはブレーキをかけちゃうのね。もう、あなたはダメですよ、何年ですよ、というようなことを思いながら言っているから、そこがどうしてもダメでしょ。」
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平松園枝「だから、医者の方が自己治癒力とか潜在能力を信じてられるかどうかというところに、すごく鍵がね、ありますね。」
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つづく




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2018年05月05日

NHKスペシャル 人間はなぜ治るか? 第一回「ガンからの生還」 その一

2015年8月8日に紹介したビデオ「人間はなぜ治るのか」(1992年)
以下 http://happyhillcontest.seesaa.net/article/423816605.html

ですが、これはガンを克服した人たちを紹介したビデオです。提供した情報は3回シリーズ(各45分×3回)の3回のみです。番組の1、2回のビデオはネット上に存在しないからです。私も見たことがありませんでした。

しかし、この数年ずっと気にかかっていて、いつか見てみたいと思っていました。何故なら、3回は主にアメリカの話ですが、1、2回は日本人の克服者を紹介したものだからです。先日、久しぶりにネット検索してみました。すると、その1〜3回分のDVD1枚を安価(送料込み900円)で送ってくれる人を見つけました。

早速電話をしてみると、とてもいい声の女性で、それだけで安心感(克服者共通の至福感)がありました。その方もDVDに登場し、実際に癌を完治させた人でもありました。この方も自分の経験を他の人にも共有して欲しいと切実に願っている方でした。それで早速注文をして、昨夜見ました。

私の中では90%、ガン、あるいは不治の病は治るんじゃないかと思っていたのですが、このビデオを見たら100%じゃないかと思いました。ただし、その人次第なのですが。

そもそも題名「何故、人間は治るのか」はおかしいと思いませんか?癌など病気によっては治ることは難しいものもあるのに、このタイトルには「人間の病気は治る」ということを明確に表明しています。それ自体に私でさえ、ちょっと違和感を感じていました。が、このビデオを見ることで、確信を得られました。

精神状態がいかに病に影響をするかということなのです。病に至る食品類もあれば、病を治すための食品類はいろいろあり、取りざたされますが、そのこと以上に、その人がどういう心理状態、精神状態なのかの方がより重要性を帯びているのです。

ビデオの中で、アメリカの心理学者エルマー・グリーンは自然退縮に共通する要素を調べるため400例を調査しました。その結果、全員に共通していたことは、必ず何か一つの方法を信じていたということです。たとえばある人はニンジンジュースがガンを殺す様子を思い浮かべ、ある人はグレープフルーツジュースがガンを殺すと信じ、ある人は高い山での生活が、、、ある人は4000個のパンが、、、。

グリーンは「治癒した素材はいろいろだが、心からそう信じる事ができるなら、それは体に影響を及ぼす事ができる。脳の視床下部に影響を与え、免疫機能に作用し、体全体に良い結果が出る。大切なことは、どんな方法を試みるかではなくて、何かをどこまで信じられるか、ということである。つまり心を変え、感情を変えれば、体の免疫システムがそれに反応する。信仰で治ることがあるのもそのためなのだ。」

また、病はそれ(自分自身の心や生活)に気づくために起こると言ってもいいのです。登場する人たちはガンに対して感謝しています。「ガンがなかったら、今の自分や家族の幸せはない」と。そして、治癒した皆さんに共通するものは穏やかでゆとりを感じることです。それが癌と交換で手に入れたものではないでしょうか。そしてそれこそが病に有効に効いたのです。病気になれば、通常対症療法的には病院でしょう。しかし根本治療に大事なことは「自分の心や生活を見直せ」と、体は呻いているのです。

人によっては「何だ、そうだったのか!」と思考が変わって、一気に治る人もいます。ほんの数日で劇的に変化するのです。しかし、また人によっては心は頑ななもので、今まで信じてきたものを変えることは、大変難しいです。一般常識や医師の言葉に囚われている人はそれ自体が問題なのです。慢性腎炎を患い、医者から見放された私もそうでした。

私の克服法は祈りでした。「私は病気だ」「私の病気は治らない」「私は病のために死ぬ」そういう思いがずっと心を占めていました。これを覆すのは尋常ではありませんでした。自分なりの健康法を実践していても、心の中は「病気だ」と思っているのです。それを逆方向に「私は健康体だ」と心底思うために、手を合わせて、「病気だ」という弱い心を打ち砕きました。毎日毎日、弱い心を叩き殺すような強烈な祈りの気持ちでした。そうやって3ヶ月後に私は完治に至りました。

ですから、常識に囚われている人は、まず常識を覆してやろうという気概を持つことが大事です。医師の否定的見方に逆らう勇気です。そう、勇気が必要なんです。断崖絶壁から飛び降りるような強い勇気が必要です。そして、いつか眉間にシワをよせる事もなく、雲(病であるという意識)一つない心底心穏やかな気持ちになれば、もう治ったも同然です。

ビデオの中で「自然退縮が千人に一人、五百人に一人という確率でも、妻とともに喜んだ」というような言葉がありますが、それはまだ信じない人が多い今の段階(時代)の話であって、この考え方が広まっていけば、誰でも治癒する病になると思います。だから、100%治る病だと私は言いたいのです。

このビデオをアップしたいのですが、パソコンの性能上できません。また、著作権の問題もあるかもしれません。それで、手に入れたい方は以下のサイトに行ってください。
http://www.geocities.jp/whole_person_approach/video.htm

私にできることは文字起こしですので、毎日少しずつこのビデオの文字起こしをしたいと思います。興味のある方はぜひ読んでください。また、周りに病で苦しんでいる人がいれば、ビデオを手に入れるか、文字起こしの文章を読んでもらってください。必ず、心強い気持ちになると思います。ビデオを見ただけで、あるいは文章を読んだだけで、すでに身体は完治の方向へ向かって行くでしょう。

文字起こし
教育テレビスペシャル「人間はなぜ治るのか」
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もしあなたが全く手遅れの癌になったとしたら、しかしそれでもなお希望は存在します。医師から完全に見放された末期の癌でありながら、何の治療も受けないまま健康を回復する人たちがいるからです。癌の自然退縮といいます。
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そして、そこには患者の心の持ち方が大きく影響しているらしいのです。にわかには信じがたいことでしょう。しかしアメリカでは国家的規模の調査を求める運動すらあります。

人間はなぜ治るのか。自然退縮の存在はその秘密に迫る大きな希望の鍵なのです
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第一回 ガンからの生還
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堀江龍男さん。66歳。1年の命と言われた肝臓ガンが自然退縮して8年になります。
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「良くなる、良くならんは神にお任せせなしょうがないと、という自分の考えでね。もう、うちの家内の言う通り。病院も抜け出す。」
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坂本やす子さん。78歳。転移した乳癌がん自然退縮してやがて40年になります。
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「この病気は切ったって、また大きくなることがあるって、そう言うからね、そいじゃ何にもならないじゃないかね、切ったって、切ったって、またできるようじゃ、手術するようじゃ、あんたベテランだでいいじゃないかって、手術のベテランだでいいじゃないか、医者がそう言う。人をバカにしてベテランだなんて、、幾たび手術したって、人の体だと思っていい加減なこと言わないでちょうだい、て言ってね。」
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小山三さん。76歳。余命3週間の宣告を跳ね除け、すい臓がんが自然退縮しました。
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「病気じゃ負けないよ、ってなことでね、その気持ちっていうのはやっぱし、そういう事が必要なんじゃないでしょうかねえ。自然回復力を期待するというのは、その昔っからそういう感じは持っていたんですよね。」
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安藤京子さん。56歳。余命3ヶ月の胃がんが自然退縮しました。
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「あら、あんたまだ生きとったの、って言われたからね、こっちの方がびっくりしましてね、で、あの、生きとっちゃ悪かったですか、って言ってね。」
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「三年前、私は癌になりました。」
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NHKディレクター川竹文夫。(この番組のディレクター)
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三年前癌の手術を受けました。
入院中、私は自分の運命を自らの力でコントロールできなくなってしまったというどうしようもない無力感に絡め取られていました。「先生よろしくお願いします。」当たり前のように繰り返すその言葉が「先生だけが頼りです。」という意味を隠し持っているということに気づいてからは、その無力感は一層募るばかりでした。癌ともなれば患者は無力。昨日までは顔も知らなかった人物に自らの運命をただ委ねるしかないという誤った考えに取り憑かれていたのです。
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そんなある日、自然退縮の存在を知りました。千人に一人、あるいは五百人に一人という確率でした。しかし、たとえどんなに少数でも、そういう例があるということ自体を私は妻とともに喜びました。彼らは皆、生きることへのひたむきな意思によって、自らの運命を切り開いていたからです。
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今日から三回シリーズのこの番組はそんな私が全国1200人の医師や鍼灸師、そして多くの患者さんに導かれて作ったものです。

つづく、、、

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2018年04月07日

ガンの正体

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タモリとノーベル賞受賞の中山教授が出演するNHKスペシャル人体 第七集(最終回)「”健康長寿”究極の挑戦」を見ました。NHKのサイト等も参考にして、気になる部分だけまとめてみました。

体中の臓器が互いに直接情報をやりとりする物質があり、それによって私たちの体は成り立っている。

例ー酸素が足りなくなると尿をつくっている腎臓が「酸素が足りない!」というメッセージを発する。そのメッセージが骨に伝わると「酸素が少ないなら、もっと酸素を運ぶために赤血球を増やすよ!」と赤血球を増産する。

脳からの指令だけではなく、インターネットのように情報が臓器の間を巡り、連携しながら支えあっている。

病気というのは、私達の社会に置き換えると“SNSでの炎上状態”である。間違ったメッセージがどんどん拡散し、病に侵されていく。乳がんが脳に転移することがあるが、がん細胞が出すウイルスメールのようなものを脳が誤って開封することによって起きている。

「人体」シリーズでは、この情報交換する物質を“メッセージ物質”と呼ぶ。

がん細胞が出すメッセージ物質を顕微鏡映像で詳細に観察すると、「エクソソーム」と呼ばれるメッセージ物質が存在する。

「がん細胞」は、“ウイルスメール”のような巧妙な仕組みを使って、私たちの体をだます“メッセージ物質”を繰り出し、ほかの場所への転移を果たしている。

がん細胞の増殖に欠かせない酸素や養分を増設した血管を通じてより多く奪い取ろうとしている。しかも本来がん細胞を攻撃するはずの、免疫細胞までも手なずけてしまうメカニズムを持っている

このエクソソームの内部には「もっと栄養が欲しい!血管を増設せよ!」など複数のメッセージ物質が入っていて周りの血管に命令し、がん細胞の周辺に血管を増設するよう指示を出す。

なりすましメッセージ物質を受け取った血管は、仲間が出したメッセージ物質と勘違いしてがん細胞に血管をつなげてしまう。

さらに付近の免疫細胞にも「攻撃するのをやめて!」というメッセージ物質を出し免疫細胞からも身を守っている。

(転載終わり)

癌って、単なる病巣というより、何か意思を持った生物に見えませんか?「オレオレ詐欺」のように、巧妙に人体の各部分を騙して、必要なものを奪い取り、攻撃するものを手なずけるのです。

人間にとっては恐ろしい存在ですが、大きな視点から見ると、増えすぎた人口を減らすために現れた特殊生物のようにも見えます。あるいは自然界を人間から守るために自然界自らが生み出した人類絶滅計画生物。

山中教授を始めとして医療従事者は、人間の病気を治そう、長生きさせようとしていますが、平均寿命が80歳になれば十分な気がします。人間の寿命より、自然界や地球自体の命を考える時期じゃないかと。また、医療の進歩より、本当の人類の進歩や末長い人類の未来を優先すれば、全く別な医療が生まれるんじゃないでしょうか。

ところで、身体中が情報交換しているとすれば、我々自身、つまり我々の意思とそれらが繋がらないことがあるでしょうか。我々の意思、意識のためにそれらが存在しているとすれば、我々自身はその頂点にいるはずですから。

私は旅の間に、難病や不治の病、医師から匙を投げられた人が奇跡的に回復した人の訪問記もブログに掲載しています。訪問した人は10人にも満たないですが、実際にはそういう人たちは無数に存在しています。しかし、そういう人たちを医学会は完全に無視しています。

医師が放棄した病が何故治るのか?その鍵がこの番組にあると思いました。つまり、我々の意思と体が情報交換したのではないか。本人は意識しないかもしれませんが、ある種の心の変化が体に情報を送っているのではないでしょうか。

時々、思います。「胃腸」は毎日休まず働いて、消化の仕事をしてくれて、すごいなあと。風邪を引いたり、何かの病気になった時に食欲不振になって、食べられない時に、やっと休憩できる程度です。健康な人ほど、胃腸の長期休暇は無理です。たまには長い休みを取って、ハワイでも行きたいのに到底無理です。(笑)実際に体はハワイに行くことがありますが、その時こそすごい食欲でアメリカの安い牛肉をしこたま食べるので、クタクタになります。

たまには、そういう意識で体全体を見てやれば、多少は体との情報交換も可能になるのではないでしょうか。病気になるのは、体が「もう限界!何とかして!」と体が悲鳴をあげて、意思表示しているのです。情報交換を求めているとも言えます。(感想終わり)

さらに、NHKの番組の中で以下のような情報がありました。

肺に癌があるマウスに運動をさせてみたところ、運動をしないマウスでは癌がより多く広がり、運動するマウスでは癌の増殖が3分の1に抑えられている

コペンハーゲン教授の、ベンテ・ペダーセン先生は「運動は病気の予防だけで無く、もはや治療の一環だと言えます」と。がんの患者に対して「運動」は将来、治療の薬として利用するようになるかもしれない。(転載終わり)

病に運動!意外な感じがします。どんな病でもベッドに横になって安静にしているのが、普通です。しかし、これを知って私はとても納得しました。実は私はその実体験者でした。以前にも記事に書きましたが、慢性腎炎になって医師から見放されたときに、紆余曲折の末に早朝5時に起きて、ランニングをし始めました。慢性腎炎の体にとっては、安静にすることは絶対条件であったので、これは自殺行為ともいえました。

人から「人間には本来病気は無い。自分自らが作り出すのだ。」と聞き、信じたからです。「本来病気がなく、健康体ならば、何故私は寝ているのだ。起きよう。いや、走ってやれ。」と思ったのです。

その後、完治したものの、何故自殺行為の運動して完治したのか、理解できませんでしたが、今回の番組で納得しました。だからと言って、病気で寝込んでいる人に走ることを勧めるわけでは無いですが、要はベッドで落ち込んでいるくらいなら、気晴らしに多少は動いたりして、病のことを忘れたり、他のことに夢中になることは大事だと思います。良い情報が体に伝わるでしょう。落ち込んでいるとがん細胞からの「ウイルスメール」の発信を促すことになるんじゃないでしょうか。

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2017年10月14日

不治の病の克服 9 保志場さん 復活した子宮

この写真がどれほど奇跡的なものか。実はこのお母さんー保志場さんーは18歳で子宮癌を患い全摘手術を勧められた人です。
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発端

18歳の時(12年前)に、ある日息ができないほど背中が痛くなり病院に行った。翌日には親も呼ばれ、検査結果は子宮癌。卵巣、卵管にも転移していた。医師には全摘手術を勧められ、一旦は家に帰った。しかし、再び自転車で病院に行き、医師にあらゆる疑問点をぶつけてみた。結果「腑に落ちない」=納得いかない。その結果、手術拒否の気持ちを伝えた。結局、卵巣と卵管の腫瘍のみを切除して、子宮、卵巣、卵管は残した。子宮には大きながん細胞が残ったままになった。故にそれ以降も痛みは続いた。

原因について

明確ではないものの、以下のような過去の体験が影響したかもしれない。小学6年の時に、持ち回りのいじめがあり、自分の番になった時にそのグループから離れたが、結局それが逆にストレスになり、それ以降月曜日から金曜日に便秘になり、週末に便が出る状態が続いた。それによって、腸が汚れ、血液が汚れ、体温も下がり(35度前後)、癌になりやすい体になったのかもしれない。それ以降中高時代も体調不良が続いた。

その後の病院の対応

病院内で医師と病院側の問題が起こり、産婦人科医は全員が辞めてしまい、産婦人科自体が消滅してしまった。しかし、個々の患者への指導や助言はなく、その無責任さに憤った。病院に行くと、紹介状を書くだけの役割を持った勤務医がいるだけだった。その無責任体質に嫌気が刺して、紹介状も拒否した。

改善・完治したきっかけ

ある日、ダイニングテーブルの上に「腸内細菌予防医学」と書いたチラシがあり、気になり母に尋ねると、母親の友人が「娘の病気に落ち込んだ友人を助けるために」勧めた治療法だった。母親は興味がなく、捨てるつもりでいたチラシだった。

早速、母親の友人に電話し、これに詳しい人の連絡先を教えてもらいすぐに電話した。すると偶然にも函館に来ているというので、ホテルに訪ねて行き、具体的な話を聞いた。この話は医師の話に比べてずっと「腑に落ちた」。

「腸内細菌は非常に重要で、善玉菌を増やし、免疫を正常化し、血液を綺麗にし、血管を元に戻すことで、身体のあらゆる組織が正常に機能し始める」
その善玉菌を「エンテロコッカスフェカリス」と呼び、その菌を増殖させるものがYK622。

服用後の結果

取り寄せて服用すると、翌日には便秘が治り、下血した。手術跡からはブツブツしたものが出て、手術中に使った薬品類の臭いが漂って来た。常時35度だった低体温が37度以上に上がった。通常は高すぎる値だが、体調は非常に良かった。

発病から3年経ち、結婚するにあたって再検査をした。本人は「がん細胞が多少でも残っているのではないか」と思ったらしいが、完璧に治癒していた。腫瘍マーカーも正常、血液も正常。念のため、他の病院でも検査したが、結果は同じだった。

そして、発病から4年後に結婚、5年後に出産。今に至っている。(終わり)

種蒔夫:YK622によって治癒した事例ですが、これを宣伝するつもりはありません。体験者でもないので、判断できません。ただ、事実として掲載しました。もし試してみたい方は、調べてみてください。本人が「腑に落ちる」という言葉を使ったので、そのまま書きましたが、「腑」とは、それこそ「胃腸」のことなので、「腸が納得しなかった」と取れば、そのままだなあと思います。

腸内細菌の大切さに関しては、最近話題になっていますが、「腑」つまり「腸」に訊いてみる、というのも一つかもしれません。「腸なんて意思を持ってない」と思われるかもしれませんが、意外な力を持っているかもしれません。人間の体は人によっては何十年も働いていますが、それってすごいことだと思います。胃腸は毎日毎日食べたものを消化してくれます。痛飲しても、2、3日すれば元に戻ります。たまには感謝しなくてはいけないし、愛おしく思ってあげないと、いつか破綻するでしょう。場合によっては感覚器官、直感器官かもしれませんし。

また、この保志場さんの特徴は、私から見てかなり直感的な人だということです。自分の感覚を信じることも大事かなと思いました。医師のいいなりになっていたら、保志場さんには子供がいなかったわけですから。危険な賭けではあるものの、いざという時には役に立つものです。そういう意味でも日頃五感を磨くこと、さらに第六感を持つことも大事なことかなと思います。コンピューターにはない、人間だけの第六感。




posted by 種まく旅人 at 15:06| Comment(0) | 不治の病の克服 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする