2017年08月13日

山の中から抜け出した日ー赤い服を着た宇宙人

8月5日夜から8月12日朝まで一週間ほど山の中にいました。その間に心配のメール、励ましのメールを何通か頂きました。ありがとうございました。中には500キロ離れたところから助けに来ようとされたり、、、その気持ちだけで随分救われました。

しかし、一方でどうしてそんなに頑張るのか?と疑問に思われた方もおられたと思います。しかし、心配されるほど山の中での生活は大変ではありません。だいたい、今回の旅は山、川、海等自然の中で車を停めて宿泊していますから、それとあまり変わりません。ただ、「脱出」という課題があったことだけが異なることでした。ガソリンも満タン、食料、水も十分でしたし、心配することはほとんどありませんでした。

ただ、この課題は思った以上に難題でした。何故なら、タイヤの半分が地面に隠れ作業がしにくい上に、地面全体がぬかるんでいたので、ジャッキで上げようとしても、下にめり込んでいく状況でした。金槌と手で掘っていくだけでも大変なのに、最も作業しにくいところに大きな石があったり、また掘れば掘るほど、水が染み出して溜まる量が増えるのです。次々に難題が降りかかり、何だか試されているような気さえしました。
5.JPG

11日に最後の試みと思って、力を振り絞ってやった結果が再び徒労に終わりました。翌12日、もし天候が雨でなく、疲労度が軽ければ、最後の最後の試みをしようと思っていましたが、残念なことに左腕は上げることも難儀なほどで、しかも雨。断念するしかないなと観念して、保険会社に電話しました。

ところで、8月5日の夜に何故山に向かって行ったのか?

青森県の種蒔きは北海道に入る前の6月末から数日と、8月1日〜15日を予定していました。ところが青森は極端に情報がないところで、北海道に入る前に1件、8月に2件しかありませんでした。それでも訪ねた先で新たな情報も得ることもあるので、それほど心配はしていませんでしたが、それさえほとんどない状況でした。木村さんのところでも県外情報はあっても県内情報はありませんでした。

日本中に広まった奇跡のリンゴの木村さんの地元なのに、どうして無農薬農業や自然栽培や自然食品の情報がないのか?とても不思議でした。しかし、よくよく考えてみれば、福岡さんにしても、川口さんにしても、かなり知名度が上がった人たちの県や市でも、自然栽培が盛んになったと聞いたことはありません。単に自然栽培者の農地内で全国から集まった研修生たちによって盛り上がっているだけのような気がします。

青森はかなり保守性の強い地域だと思いました。それ故に、木村さんのやり方には相当批判的だったであろうし、今だにそれが続いているのではないかと思います。今でも木村さんの周辺農家はほとんど農薬農家だと思います。それほど保守性は根強いものがあり、おいそれとは変わり得ないものだと思います。

マスコミが騒ごうが、映画になろうが、健康によかろうが、やり方が確立されようが「みんなと一緒」が基本の日本の保守的農業なのかなあと思います。国が変わらない限りは、浸透していくことは難しいのかもしれないと思いました。

ですから、青森県は自然栽培農家は多くはないだろうし、在来種、固定種に対する興味関心も薄い。種交換も不必要。ならば、私の活動も難しいかもしれない。しかし、日程は8月15日まで。無駄にはしたくない10日余りの日々をどうするか。発想の大転換「そうだ!宇宙人に蒔こう」それは、木村さんに会った直後でもあるし、UFOが出るという岩木山を目の前にしていたからでもあります。

ネットから拝借した岩木山
Route_Aomori_04_Iwakisan_0102.jpg

それで、夜の9時頃に「岩木高原県立自然公園」を目指しました。「高原」「自然公園」の言葉につられて心地良い所と思って行ったところが、単なる砂利道の山の中だったのです。行き止まりになったので、引き返そうとアクセルを踏んだ瞬間にぬかるみ埋まってしまい、車から出て見た光景がこれです。得体の知れないダムのような建造物。UFOが出るには相応しいかも知れないけれど、怖いなあ、、、。
101.JPG

しかし、怖いも何も、そこからもう動けないのですから、留まるしかありません。簡単に飯を食った後に、怖々一夜を明かしました。翌日からの行動は以前にお知らせした通りです。こうして四苦八苦している間に宇宙人が来て、車体をフワーと浮かしてくれるんじゃないかと期待したり、抜け出た暁には「よくやりました」と出てくるんじゃないかとか、色々想像して作業していたわけです。だから、簡単には諦めきれなかったのです。

しかし、最後には赤い服を着た宇宙人が日本製の車で引っ張り上げれくれました。ありがとうございました。珍しい坊主頭に手ぬぐい姿の宇宙人と帽子を被った宇宙人に7923番と7924番。
1.JPG


posted by 種まく旅人 at 08:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月12日

山の中から抜け出せず 5

結局、今朝保険会社に電話して車を手配してもらい、引っ張り上げたもらいました。その後、秋田県に入り一週間ぶりの風呂に入り、飯を食べ、やっと落ち着いているところです。昨日はネットにつなぐことが困難で、更新ができませんでした。詳細は明日に。
posted by 種まく旅人 at 20:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月10日

山の中から抜け出せず 4

何故、タイヤにつけた棒が機能しないのか?有効なはずなのにと、前面のカバーを取ったり、車体の下を覗いているうちに原因がわかりました。多分、タイヤが穴を深く掘りすぎて、段差がひどくなって車の前部が引っかかるのです。前に行こうにも、後ろに行こうにも、それが邪魔をしているのではないかと思います。
2.JPG

抜け出すには、車の前の土を掘り返して斜面を作って石を敷き詰める、という作業をしなければなりません。相当な量の土(石混じりの土なので重くて厄介です)を掘り返す必要があります。金槌と手袋だけでこの量を掘り返すには時間もかかりますが、体力が問題です。休み休みして、二日くらいかかるでしょうか。今日は曇り、明日も曇りなので、この二日で何とかしたいと思います。
1.JPG

posted by 種まく旅人 at 07:48| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月09日

山の中から抜け出せず 3

道具はこんなものしかありません。スコップがないのは痛いですが、金槌で地面を叩いて砕いて土と石を手袋でかき出す。それを姿勢を屈めてやるのが一番きつい仕事。
11.JPG

石を敷き詰めてこんな状態にしても、まだ空回り。
13.JPG

放っておくと、水が溜まります。  タイヤについたこの棒は、、、
14.JPG

以下のようなやり方がネットに出ていたので試しました。


しかし、棒が石に挟まっただけで終わり。車内のこの太い材木も使いましたが、同じ。しかし、これは衝撃的なアイデアでした。地面ばかりに気を取られていましたが、逆にタイヤを凹凸にする発想ですね。
15.JPG

頻繁にこのアブが来て、邪魔します。虫が減ったとはいえ、こういう虫はたくさんいるんです。嫌な虫だけが残る世界になるのでしょうか。
10.JPG

これからは、できるだけ大きな石を敷き詰める作戦で行こうと思っています。
12.JPG

問題はガソリンの量です。まだ半分ありますが、これが無くなるとパソコンとスマホも使えなくなり、救助も呼べなくなります。それでも歩いて町には出ることができるので、切羽詰まるわけではないです。

ところで、北朝鮮の核の脅威が増すせいなのか、以下のような記事がありました。一部文章を抜粋紹介します。

以下より抜粋 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170805-00010000-yomonline-life

高度上空の核爆発で起きる「電気がない世界」の恐怖

国全体で長期間、電力がまったく使えなくなると、どのようなことが起きるのだろうか。そのイメージをつかむのに、今年2月公開の日本映画「サバイバルファミリー」(矢口史靖監督)が参考になる。平凡な一家の視点から、現代人の生活がどれほど電力に依存し、それがないと、どんなことが起きるかがわかりやすく描かれていた。

普段と変わらないある日、原因もわからず電気が止まる。目覚まし時計もスマホもテレビも、冷蔵庫もガスコンロも水道も使えない。今何時かもわからないまま外へ出ると、エレベーターも信号機も自動車も電車も、何もかも止まっている。現金自動預け払い機(ATM)は作動せず、預金データも消えてしまっている。食料や水、日用品は次第に尽きていく――。(転載終わり)

以下予告編、ちょっとふざけてますけど、核でなくとも実際起こりうる話です。


これらの生活に困るであろう様々なことを都会でなく、田舎に住み、現代の生活の中に浸らないようにしていた場合にはどうなるかを考えてみました。

目覚まし時計=時間は太陽を見て決めます。
スマホや携帯、固定電話=連絡ができなくなるという点で困りますが、こうなったらお互い自分たちでやっていくしかないですから、放っておくしかありません。
テレビ=ない方が健全です。

冷蔵庫=あったに越したことはありませんが、無くても生活はできます。一時期、反原発で電気料金を支払わないでいたら、電気を止められました。電気なし生活が3ヶ月(春から夏)くらいありました。その時に困ったのは冷蔵庫でした。そこで、食えるものを探したら、山の中には山菜が豊富にあったので、毎日おかずは山菜にして、玄米は1年分くらいはあったので何とかなりました。肉食の人は、罠でも仕掛けて、猪でも取ればいいです。簡単じゃないですし、技術が要りますが、あえて食わなくてもいいでしょう。

電灯・パソコン=その時に、大家さんが一枚だけの太陽光パネルを用意してくれたので、パソコンと電灯は何とかなりましたが、パソコンは元々不必要ですし、電灯はローソクがあれば何とかなるし、夜は寝てしまえば、明日は明るいです。

ガスコンロ=山の木々があれば、煮炊き、風呂も可能です。

水道=地下水、湧き水があります。

エレベーター、信号機、電車=田舎にはありません。

自動車=動かなければ、要りません。のんびり家にいて、自然を満喫すればいいのです。

現金自動預け払い機(ATM)=ATMも遠いし、第一買う店がほとんどありません。しかし、いざという時のためにある程度は現金で持っておく方がいいですね。

食料=玄米と梅干しと、時には自家製の味噌もあります。山菜と。

日用品=洗剤とかですかね、手で洗えばいいし、熱湯注げば落ちます。
他に贅沢を言えばきりがないので、日用品はあるもので満足する。トイレットペーパーが無くなったら、インド式で水と手で洗う。

ということで、電気がなくなって困るのは、都会の人と、田舎でも都会並みに生活している人だけです。こういう事態になった時には、いつも現代的でなく、かつ贅沢をしていない人だけが、いつもと変わらず幸せに生活しているように見えるし、実際そうだと思います。それが元々の人間の生活だと思うのですが、それを電気と科学が一つずつ潰していったように思います。

映画の中の「人間がONになる」という言葉はいいですね。つまり、みんなOFFなんです。今、私はあえてONやってるわけです。でも、文明の利器ー車ーなんか使うからこういう羽目になるんですけど。

みんな分かったかな?トイレは外でもできるよ!
4.JPG


posted by 種まく旅人 at 11:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月08日

山の中から抜け出せず 2

二日目

レッカー車を呼べば簡単なんです。しかも車の保険にはレッカー車の無料サービスがありますし。しかし、それじゃ面白くないなと。山中で、今ある道具を使って抜け出せるのか?刻々と迫るサバイバルライフの実験でもあります。
2.JPG

周辺はいいところなんですが
3.JPG

しかし、野生動物がいそうなので、五郎八に鈴をつけて散歩。
5.JPG

四苦八苦。普通の道路に見えますが、ここは行き止まりのところなので、誰も来る気配はありません。
6.JPG

幸い、すぐ下に川があるので五郎八と水浴びしたり、
11.JPG

洗濯したり、結構、この場に馴染んでます。
12.JPG

炎天下の作業に疲れると、水のそばに行きます。水は飲むために必要ですが、そればかりじゃなくて、洗濯も食器洗いもできますし、体も洗えます。しかし、一番の効用は水の音も含めて、水の存在には癒し効果があることです。それと山の中の環境は何か頂いている感じがします。そういう意味で不安感がないのです。とにかく水は一番大事ですね。それを実感してます。
100.JPG

ネットに繋がりにくいところなので、更新が途絶える可能性があります。


posted by 種まく旅人 at 07:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月06日

山の中から抜け出せず、、、

泥濘に入ってしまい、抜け出られなくなりました。どうなりますやら、、、。明日をお楽しみに。
1のコピー.JPG
posted by 種まく旅人 at 20:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月05日

木村秋則氏に会った意味

昨日は、例の奇跡のリンゴの木村秋則さんに会いました。栽培の話をテレビで聞いたことが、木村さんに興味を持つきっかけでしたが、その後木村さんの本をいろいろ読むうちに、それ以外のことがより一層興味深く、今回はそのことについてお話を伺いました。それは、木村さんの龍に遭った話、宇宙人に連れ去られた話。それは我々の時空間はどうなっているのか?という問題でもあります。次元や意識の問題。

郡山の講演会の時にタネを渡したhttp://happyhillcontest.seesaa.net/article/450453226.htmlものの、住所も知らず、約束もせずに木村さんと一対一でお話ができるチャンスはそうそうあるものではありませんが、それは運の良さ、偶然の産物です。それ自体が次元や意識の問題でもあると思いました。今までの旅の間にも、単に種を蒔くだけの旅なのに、不可思議な人に何人も出会いました。飛躍した考え方をすれば、種=自然=宇宙=次元という風に関連を持っているのかもしれません。木村さんに会えたのも、そういうことを象徴するためだったようにも思えます。

この日聞いたことで目新しいことはありません。すでに本に書いてあることですが、本で読むのと実際に本人から聞くことは全く異なることです。この日のことをまとめるには時間がかかりすぎるので後日に回すとして、今日はネットで見つけた木村さんの記述(以前に本で読んでいた内容)を抜粋して転載することにします。木村さんを単に奇跡のリンゴを作った人とだけ思っている人には驚愕の話の数々です。最後は農薬の話に帰りますが、農薬とこの自然界は真っ向から対立しているのでしょう。
1.JPG
昨日、リンゴ畑で会った木村さん

以下より転載
http://ufoparallelworld.blogspot.jp/2015/10/blog-post_19.html

木村秋則著 『地球に生まれたあなたが今すぐしなくてはならないこと』 

 <わたしたちの想像を超えた世界が存在する?>

17歳の時に、わたしは「龍」を見ています。この時、周りの時間も空間も止まったような体験をしました。時間の隙間に紛れ込んだかのようでした。時間も空間もわたしたちが「ある」と思っているだけで、それをはるかに超えた世界(次元)が存在します。死後の世界も同時に存在しています。わたしたち人間が、この地球の生命体として頂点に立っていると考えるのは、どんなものか?

 <わたしの見た光景が地獄図絵の中にあった>

2歳のときに死ぬ予定だったのが生き永らえ、その後の人生で宇宙人や龍に遭遇するなど不思議と思われる体験を何度もしていますが、ひょっとしたら人に見えないものが見えるのは、地獄に行ったときに、頭の周波数のようなものが変わってしまったせいではないかと思います。

波長が合わないと見えない。波長が合うから見えるのです。見えないものを見ることのできる人がいたから、地獄だって、龍だって天使だとかも絵になったり、彫刻になってさ。世界中の美術館に残ってるでしょう。見えないものを見ることのできる人は、世界中にいるんだ。

 <気づいたときに大きなシャボン玉の中に包まれていた>

大人になってから、もう一度死後の世界をさまよいました。インフルエンザから高熱を出し、下着一枚で電気毛布にくるまっていたときのこと、寒くて震えながらいつの間にか意識を失っていました。気がついたときには辺りに大きなシャボン玉がいくつも浮かび、いつの間にかその中の一つに包まれていました。

室内で寝ていたのですから上にあるはずの天井がなぜか感じられず、そのまま3メートルほどの高さに浮かびあがって自分の身体を見下ろしていました。不思議なことに、横たわる自分の亡骸が、誰のものなのかわからないのです。

そのうちに女房が現れてわたしの身体を揺すっている光景を、ずっと「誰なんだ、あの人は誰なんだ」と思いながら自分自身を見下ろしていました。

 <生まれ変わる人の列>

その後も歩き続けて、6つ目の門をくぐると、肩まで髪の伸びた人が二人すっと現れ、「案内する」と申し出るのでついていきました。しばらくするとなだらかな斜面に家のような建物が無数に立ち並ぶ場所に出ました。どの家にも窓も戸もなく、一軒に一人ずつ、白いゆるやかな着物をまとった人が住んでいる様子です。そこで白い帯状のものが、はるか向こうの山まで糸のように続いているのを見ました。

近づくとその帯は白い着物の人々が、ずらりと並んで、何かの順番を待っているのだとわかりました。列は一本の川から伸びていて、案内人のように見える肩まで髪の伸びた人が、二人、川に入っていました。列に並んでいる人はみな同じような顔で、自分の順番が回ってくると川に背を向けて立ち、案内人の二人によって川に流されていきます。「何をしているんですか?」と聞くと、「生まれ変わる人たちです」という答えが返ってきました。

 <「23回生まれ変わっていますね」>

二度目の臨死体験には、後日談があります。一年ほどたったある日、わたしは講演を行っていました。話を終えたとき、わたしに会いたいという女性からの電話がかかってきたのです。時間に余裕があったので承諾をし、待つ間に駐車場で煙草を吸っていました。駐車場は車でいっぱいでしたが、車間の細い隙間を通して、一台の車が現れ、若い女性が降りるのが見えました。

驚いたことに、一面識もないその女性は、わたしの居場所を知っているかのようにまっすぐこちらに向かって歩いてきたのです。彼女の側からはわたしは物陰に隠れて見えないはずなのに、不思議でたまりませんでした。さらに驚くことには、その女性は、わたしがシャボン玉に乗って浮かんで行ったとき、別のシャボン玉に自分も乗って一緒にあの世に行ったと言うのです。彼女はわたしの体験した一部始終をすべて知っていました。

彼女は自分のことを「木村さんのあの世への案内人」と呼んでいました。わたしが自分自身を知らないということが、その女性がどうしてもわたしに伝えたかったことなのでしょうか。名前も連絡先も聞かなかった今では、知る術もありません。

 不思議な訪問者は、彼女だけではありませんでした。ある日ひょっこりとうちを訪ねてきた高齢の男性がありました。津軽弁の訛りがないところから、青森の人ではない様子です。ここは誰々の家ですか、と聞くこともなく、「ごめんください」と玄関を開けて入ってきました。

たまたまわたしが出たのですが、お互いに一言も口にすることなく、無言のときが流れました。その人はわたしの顔をじっとみると、「23回生まれ変わっていますね」とつぶやきました。記憶が確かではないのですが、23回生まれ変われば、死んだ後に自分がやらなくてはならないことをたくさん背負っていると、そんなことを言われた気がします。その人は、「ありがとうございました」とそのまま帰ってしまいました。

不思議な体験が、こうも重なり過ぎてしまい、「現在」も、「過去」も、「未来」も、わたしたちが、時間を区切って範囲を決めてしまっているだけで、本当は同時に存在していて、自由に行き来ができるのではないかと思うようになりました。

 <わたしは、青森県弘前市に住むリンゴ農家です。>

 リンゴ農家の常識では、リンゴの無農薬栽培は絶対不可能と言われています。ところが女房の農薬に弱い体質を少しでも楽にさせようと、リンゴの無農薬栽培を始めたばかりに、わたしのリンゴ畑は病気と害虫が蔓延し、荒れ果て、リンゴは一つも実らず、収入も途絶えて、家族を極貧の生活に陥れてしまいました。

家族には大変な苦労をかけ続け、わたし自身も何度も挫けそうになりました。岩木山に登って、首をくくろうと自殺を考えたこともありましたが、10年あまりの歳月をかけて、世界で初めて、リンゴの無農薬栽培に成功したのです。

誰もリンゴの無農薬栽培の方法は教えてはくれませんでした。10年近くに及ぶ苦闘の末にようやく実ったリンゴは、2年経っても腐らない「奇跡のリンゴ」と呼ばれるようになりました。リンゴが実をつけてくれるようになったのは、「本当に大切なことは目に見えない」と気づいてからです。

大切なものは、「目に見えない部分」にこそあり、そんな見えないものを見る心が、奇跡を起こす力になるのです。

 <宇宙からのメッセージを聞く>

わたしには、人に話してもなかなか信じてもらえない不思議体験がたくさんあります。それが「奇跡のリンゴ」に直接に結びついたとは思いません。でも、奇跡の一部を担ってくれたのは、宇宙のエネルギーだったのではないかと感謝しています。

 <なぜなのか?わたしによく起こる不思議な出来事>

2013年だけでも、わたしはUFOに3〜4回出会いました。どうしてなのだろうと、不思議でなりません。2013年11月中旬の夜7時ごろ、畑から自宅に戻ってトラックから降りたとき、空を見上げたら南方にUFOが飛んでいるのが見えました。

 わたしの家の周辺は、よくUFOが見える地域として有名なのです。このときのUFOはひさしぶりに見た感じでした。遠くで輝いていただけで、とくになにも話してくれませんでした。UFOはわたしに、なにかメッセージを発することもあるし、一瞬姿を見せるだけで、無言でさっといなくなってしまうこともあります。

 <北海道仁木町で出会った二本の虹とUFOの不思議>

今、わたしは北海道余市郡仁木町で、「自然栽培の塾」をやっています。「自然栽培」を広めるために、以前からわたしは地主さんたちに、耕作放棄地を貸してほしいと交渉しつづけてきました。その願いがかなって、わたしが訪れたその日、仁木町が耕作放棄地を協力しましょうということに決まったのです。

決まったと聞いたそのときでした。真っ昼間だったのに、太陽を真ん中にはさんで、虹が太陽のすぐ両脇に2本、まっすぐに立ち上がったのです。ほんとうに不思議な気持ちでした。そして、この日の晩にもUFOを見たのです。

リンゴ栽培の先行きがまったく見えず、日々の食べものにもこと欠くような生活をしていた頃のことですから、ずい分前のことですが、わたしはまったく口をきかなくなっていたことがあります。答えを求め続け、考え続けていたその頃、夜の畑で地球のものとは信じられないものを目にしました。月明かりの中、発光する丸太のような物体が、リンゴの木の間を高速スピードで移動して、突然消えてしまったのです。直感的に、これは宇宙人ではないかと感じました。

 <UFOで宇宙人に連れ去られたことがある>

それから畑で目撃した宇宙人に再び出会ったのは、リンゴがようやく生産できるようになった40歳のときでした。深夜にいきなり寝室の窓が開いたと思うと、黒ずくめの身体に二つの大きな目が輝く生物が二人、連れだって現れたのです。彼らはわたしの両脇を抱えると、二階の窓から外に連れ出してそのまま上空に上がって行きました。

気がつくとUFOのようなものの船内に連れ込まれていました。UFOの中にはわたしと同じように連れて来られたらしい白人の男女がいました。彼らは裸にされて観察されていましたが、わたしは観察されることなく、宇宙船の操縦室のような部屋に連れていかれました。宇宙船の内壁が、彼らが手を触れるだけでガラス張りのように透明になるのを目撃して、あっけにとられました。この動力物質を、彼らはKと呼んでいるように聞こえました。

彼らの説明では、地球人が知っている元素は120くらいで、そのうち使っているのは30にも満たない、けれども「我々は256の元素をすべて使っている」とのことです。地球人を極めて低能と言わんばかりでした。

宇宙人は、Kのことを「永久エネルギー」と呼んでいました。そして、「その物質は地球人には作れない、頭が悪いから」と、ちょうど人間が猿を見下げるような感じで話しました。

下等生物扱いはされましたが、彼らが熱を持たないエネルギーを取り出す方法を持っていることは確かです。彼らは熱のない、光だけは存在する世界に生きているのでしょうか。光そのものが彼らのエネルギーだったのか、それはわかりません。

(種蒔夫:地球人と宇宙人の間に密約ー宇宙人の技術提供ーがあった話はこのブログの以下に掲載しています。参考にどうぞ。
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/449042479.html

 <地球のカレンダーはあと何枚も残っていない>

宇宙人にカレンダーの見方を教えてもらい、最後の数字を確認しました。宇宙人からも、そして夢からも地球がなくなると告げられた、その問題の日。それがいつなのかは、しっかりと覚えていますが、人に言ったことはありません。

もし、わたしがそれを口外したら、大変なことになると思うからです。だから、地球がなくなる日を一日でも先に伸ばすために、わたしたち地球の住人はなにをしなければならないのか。それを優先して生きていかなければとわたしは思うのです。

 <宇宙人は「木村は今、なにをしているのか」を見ているのかな>

しばしば宇宙人と遭遇したという話をするためか、きっとわたしが宇宙人にお願いして力を借りているのだろうと言う人がいます。でも、そうではありません。奇跡と言われているリンゴ、コメ、野菜などの「自然栽培」に成功したからといって、わたしはこれまで、天や神仏や宇宙人などのお願いしたことはないのです。

あの、自殺しようと岩本山をうろついたときだって、「リンゴが一個でも実ってくれるように、答えを教えてくれませんか」とは言いませんでした。わたしが宇宙人を何度も見た、というのは事実です。でも、宇宙人にわたしがなにか願いごとをしたことは、一度もないのです。

逆に、彼らは、「木村は今、なにをしているのか」を見ようとして来ているのかもしれません。すぐ近くの星から彼らは来ているのではと、感じることがあります。

 <奇妙な体験が、脇目もふらずに働く原動力>

ソクラテスの夢の中で、そしてUFOの中で、わたしは地球のカレンダーが終わる日を確認しました。でも、それは気が遠くなるほど未来の話ではありません。

 <肥料のガス化がオゾン層を攻撃し生態系を破壊>

このようなフロンガスへの取り組みは、期待したほどの効果はなかったのです。さまざまやってみても、まったく大気汚染が修復されていないのです。米国大気圏局の研究者は、それについて本格的な研究調査をしました。その結果、世界中の農家が使用している肥料、とくに亜酸化窒素が原因だということが判明したのです。

<今という瞬間を感謝し、自然のままに生きる>

わたしは、無農薬はすばらしい、無肥料はすばらしいということを言っているわけではありません。無農薬でも無肥料でもできるのだから、今使っている農薬や肥料をせめて半分にしても、農業はできるだろうと提言しているだけなのです。

<農薬・肥料・除草剤はいらなかった>

私が提唱する農業は、農薬・肥料・除草剤をまったく使わない栽培法です。簡単に言えば、わたしの提唱する自然栽培農法の根幹は次のようなことです。

@ まず、大豆を植えなさい。

A それから、野菜などの作物を育てなさい。

B そして、雑草を育てなさい。

C 結果、雑草は邪魔物ではなく、土を作る基礎になります。

現代農業は、土を作るという大きな作業をしてこなかった。

<18世紀末にゲーテによって示されていた農法>

「大豆を植え、野菜を植え、雑草を育てなさい。そうすれば、永遠に農業は可能である」

このゲーテの言葉こそ、わたしがこれまで自分で悪戦苦闘してきた自然栽培の原点だったのです。その哲学がすでに18世紀の終わりに示されていました。

 <わたしもそれが当たり前だと思っていた>

リンゴは農薬で作ると言われるほど、栽培には農薬散布を欠かすことができませんでした。わたしの一家の収入はリンゴが頼りでした。リンゴの害虫は30種を下らないと言われています。

虫食いのない、甘くて、大きなリンゴを作るには、青森県で発行されているリンゴ用の防除暦を使わなければなりません。時期ごとに散布すべき農薬と濃度が設定されており、その使用すべき農薬の容量といったら大変なものでした。

妻は農薬の臭いで吐き気をもよおすほどで、散布中に畑で倒れたこともあります。その症状がだんだんひどくなっていったのです。妻の健康を考えると、農薬を防除暦通りに使うことができなかったのです。

<ムシが1匹、2匹出たら、すぐ農薬をまく農業はおかしいのでは>

一般の農家が殺虫剤もなにも使わなければ、リンゴの場合、90%減収するそうです。青森県のようにリンゴが基幹産業のところでは、「農薬なしに、リンゴは生産できない」というのは間違いではありません。でも、リンゴ以外のイネや野菜などは、30%程度の減収で済みます。だから、わたしが言いたいのは、ムシが1匹、2匹出たからといって、すぐに農薬をまいてしまう現在の日本の農業は、おかしいのではということです。

<日本の農薬使用量は世界一>

リンゴ栽培は、昆虫、カビ、ウィルスなどとの闘いで、防除暦に従ってやれば、それらの悩みから解放されるのはだれでもわかっています。でも、それには大量の農薬を散布する必要があり、人体へのリスクがあるのです。その大きなリスクを背負って栽培しなければならない。

リンゴ栽培の歴史は、ムシと病気との絶望的な闘いだったのです。「本当に現代農業は、リスクを背負わなければやっていけないのか」わたしの自然栽培は、そんな疑問からのスタートでした。実は、日本での農薬使用量は世界で一番多いのです。除草剤の使用量もまた、世界一です。

(種蒔夫:農薬によって虫がいなくなり、子供を壊し、精子を減少させ、、、、人間がいなくなる世界を作るのか、、。先日の記事「子供が壊れていく、、、」が農薬の怖さを物語っています。以下 http://happyhillcontest.seesaa.net/article/452371307.html


posted by 種まく旅人 at 15:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月04日

環境と、お尻にも優しい、奇跡のトイレットペーパー

東川町の塩谷さんに頂いた環境に優しいトイレットペーパーです。「痔にならない優しい紙」と言われました。
1.JPG

2.JPG

今回の旅では宿泊場所が河原や山の中になると、当然野糞をせざるを得ません。現代のウォシュレットに慣れたお尻は非常にか弱い皮膚に成り果てており、紙で拭くだけでは皮膚が悲鳴をあげて血の涙を流します。私もそれで悲しくも辛い野糞生活をしていましたが、塩谷さんの言葉を思い出して、この紙で用を足してみました。するとどうでしょう!本当に優しい触り心地で、全く傷つかないのです。環境とお尻にも優しいトイレットペーパー! お勧めです。
3.JPG

「僕は拭かなくていいから」「わかっとる!」
11.JPG



posted by 種まく旅人 at 14:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ビハインド・ザ・コーヴ

毎晩、子守唄代わりにNHKのラジオ深夜便を聞いています。寝入っているのに、自分にとって興味深いこと(インタビュー番組で)を言い始めると不思議と「お!」と目が覚めて聞き入るのです。そういうことがこの数年間で何度もあって、それは今の自分の血となり肉となり、励みにもなっているように思います。意図的なのか、農業や自然に関する人が結構出演するからです。

昨夜も「お!」と思って、暗闇でノートに記載した「ビハインド・ザ・コーヴ」「やぎけいこ」を今朝調べてみました。以下に紹介する監督のインタビュービデオが見つかりました。やや右傾化した面(監督がではなく、周りが)がありますが、そのことより、実際に日本人がもっと知らなければならないこと、するべきことを教えてくれていると思いました。

捕鯨問題に関しては日本と同じようなことをしている国は他にも3、4カ国もあるのに、どうして映画「コーヴ」は日本を標的にしているのか?それは戦時中にあった日本の残虐性が未だに海外の人たちには色濃く残っているかららしいのです。これは単に捕鯨の問題でもなさそうなのです。その他にも、いろいろ考えされられる映画をズブの素人が自費で撮った映画「ビハインド・ザ・コーヴ」はモントリオール映画祭に出品されたそうです。

日本の捕鯨問題を追求する「コーヴ」に対抗して作られた「ビハインド・ザ・コーヴ」は一見の価値がありそうです。日本人には珍しく「物申す日本人」の八木景子監督、その視点、行動性、いいぞと思いました。




posted by 種まく旅人 at 08:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月03日

青森情報ください

今、青森市内にいます。青森県内の無農薬農家、自然食、自然食品関係、その他諸々、個人的にご存知の情報があれば、教えてください。daiki8822@yahoo.co.jp まで。
1.JPG
posted by 種まく旅人 at 13:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする