2017年10月28日

ノーベル財団、賞金原資を核兵器関連にも投資 資金引き揚げへ

【AFP=時事】ノーベル財団(Nobel Foundation)は27日、ノーベル賞(Nobel Prize)の賞金の原資を今後一切核兵器製造者に投資しないと発表した。

 スウェーデンの首都ストックホルム(Stockholm)に本部があるノーベル財団は、ノーベル賞の創設者でダイナマイトの発明者でもあるスウェーデン人科学者アルフレド・ノーベル(Alfred Nobel)の遺産の管理を担っている。

 ノーベル賞受賞者に与えられる賞金はこの遺産を原資としているが、ノルウェーの環境団体「Framtiden i vaare hender(The Future in Our Hands、未来は我々の手に)」によると、ノーベルの遺産は核兵器を製造する企業にも投資されているという。

 ノーベル賞の賞金の一部は「欧州航空機大手のエアバス(Airbus)、米航空宇宙機器大手ボーイング(Boeing)、仏航空宇宙大手サフラン(Safran)、米航空宇宙大手ノースロップ・グラマン(Northrop Grumman)」への投資から得られた利益から出ており、Framtidenは「ノーベル財団は核兵器の製造に関与している企業に投資している可能性が極めて高い」と指摘している。

 ノルウェー・ノーベル賞委員会(Norwegian Nobel Committee)が今月6日に2017年のノーベル平和賞(Nobel Peace Prize)を反核団体「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」に授与すると発表してから間もないタイミングでの今回の指摘は、ノーベル財団にとってきまりが悪いものとなった。

 ノーベル財団のラーシュ・ヘイケンステン(Lars Heikensten)専務理事によると、同財団は倫理規則を厳格化し、間接的なものも含め核兵器の製造者への新規投資を中止しており、12か月以内に核兵器製造者に投資した資金の引き揚げ、あるいは調整を行うとしている。

 ヘイケンステン氏は「もっと早くできただろうと言われるかもしれないが、われわれは3月に規則を厳格化し、今はそれに従って動いているところだ」と述べた。「遅くとも来年3月までに、核兵器に関連しているとされるあらゆる物の製造に関わっている対象への投資から一切手を引く」 【翻訳編集】 AFPBB News(転載終わり)

種蒔夫:「ノーベル財団は核兵器の製造に関与している企業に投資している可能性が極めて高い」これはつまり、

核兵器の会社の株を買って、儲けを得て、それが「ノーベル平和賞」を含めてノーベル賞受賞者に手渡っているという意味でしょう。極めて、矛盾していることです。核兵器に反対している受賞者は今からでも受賞返納すべきです。ダイナマイトを作ったノーベルなんて、もうどうでもいいのです。彼の発明でどれほどの命が奪われ、今も奪われ続けていることか。「ノーベル賞委員会」より「ノーベル懺悔委員会」を作り、ダイナマイトを戦争に使わないように世界中の国に厳命すべきです。そして、地球市民の寄付金で行われ、地球市民が管理して行われる公平中立な「地球市民賞」を作るべきです。


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発芽実験ー三日目

昨日の発芽袋の種ですが、三日目で半分以上発芽しました。前田さんに連絡したら、この袋で成功するのは発芽に光が不必要な植物、植え替えても育つ植物だそうです。ちなみにこの袋に入っていたのは「お化けオクラ」の種。問題は袋から出した後に、育つ季節じゃないことですね。胸の中でどこまで育つか、やってみます。お母さんになったような気分です。
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2017年10月27日

急用と休養

突然ですが、急用ができたので、種蒔きを中断しました。福井、滋賀、またその近辺でお待ちの方、すみません。

急用は数日で終わりますが、この際ちょっと休養します。半年間休まず種蒔きして、少々疲れました。長く車の運転していると膝が痛くなって、正座ができなくなるのです。パソコン操作も同じ姿勢なので、毎日半日くらい同じ姿勢なのです。ひざ痛の症状が現れ始めたので「これは休めということかな」と感じ、思い切って休むことにしました。正座が出来るようになれば、また同じ辺りから種蒔きしますので、よろしくお願いします。

お陰様で、福井県の種蒔きは順調でした。大野市の「笑人堂」の中川さんに会ったことで、一気に種蒔きが進みました。各町、各グループ、各個人、とても楽しい種蒔きでした。何故だか、終わりに近づくにつれてみなさんの種に対する反応がすごく良くて、充実感が増しています。有り難うございます。現在、9120人! 

ところで、この袋何でしょう?
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中に種と布が入っており、それを湿らせて首からぶら下げて、胸で温めます。
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すると、ほら!
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元気に発芽しました。何日かかったと思いますか?
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二日後でした。早いですねえ。寒くなり始めたのに、種蒔夫の体は熱いみたいです。(笑)
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これは、10月15日の石川県能登島で催された「のとじま手まつり」で、出会った前田絢子さんの作品です。種と交換で頂きました。半信半疑で試したら芽出しは思ったよりずっと早かったです。フェルトでできています。以下、前田さんのサイトです。  https://nohara-note.jimdo.com

能登島でのイベント会場ではたくさんの店が出ていたので、直感で店の人に声をかけて種蒔きをしていました。そしたら3人目くらいに、木工芸の店を出していた男性がいて「受けれてもらえそうだ」と感じて、手渡そうとすると「もう、もらってます!ハッピーヒルですよね」「え!!!!!」びっくりしました。石川県に入ってまだ三日目くらいでしたし、お会いした記憶もありません。

隣の店がこのフェルトの芽出し袋を作った奥さんの店で、奥さんに「もらったよね」「そうそう、わあー感激」と向こうもびっくりした様子。それで、どういう経過を経て、前田さん夫妻に手渡ったのか、調べてもらいました。私もどうも姉が関わったらしいとわかったので、姉に電話してみました。

それでわかったことは、兵庫県の姉が種蒔きに協力してくれて10〜20人分あちこちに配りました。それが近所の奥さんの手に何人分か手渡り、そのうちのいくつかがそのお嬢さんに手渡り、お嬢さんはそれを嫁いだ先の岐阜に持ち帰り、お友達に差し上げました。その中の一組が前田さん夫妻だったのです。

不思議ですよね。やっぱり。
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2017年10月26日

「野山に生きる植物」展にて

先日、福井県大野市の「笑人堂」で種を蒔いた人ー高見さんーが展覧会をしていたので行ってみました。

こんな風に植木鉢がいくつか置いてありました。「?」です。どこにでもある木々を展示して、どうしようというの?はっきり言って「あなたが何をしたっていうの?」
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何もしない、ただ置くだけの展覧会。アーティストとしては逆に興味をそそられます。なので、いろんな質問を立て続けにしました。すると、「今までもアーティストが来て同じようなことを訊かれました。同じようなことを言われました。」
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そうなんです。アーティストの見方からすると、何とも理解しようがない展覧会なんです。日本人のアーティストも西洋化しているので、言葉や理論で見ようとして、感覚で見ることを後回し、あるいは感覚で見ることをせずに見ようとしているような傾向があります。
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それが一つの問題だとも思いました。が、やっぱり、これを理解するには、あるいは鑑賞するには、いくつかの質問と答えが必要でした。

それで段々とわかってきました。と同時に、新しい視点で植物を見ていることもわかりました。つまり、植物も個だということです。人間社会で言えば、名前もあり、個性もあるということです。
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そういう視点で見ると、それぞれの植物はどこにでもある植物でなく、全く固有の、そこにあるその植物だけの個性を発揮しているのがわかります。

地上に植物は無数にあります。人間の数より圧倒的に多いです。しかし、やっぱり個なのです。そういうことを指し示してくれる展覧会でした。植物に対する意識を白紙に戻さないと見えてこない展覧会です。
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話が飛びますが、以前「もし、大災害、核戦争等で、自分一人が地球に残されたら、どうするだろう?」と想像したことがあります。多分、人間を探し歩くに違いありません。あまりに寂しすぎるからです。仲間が欲しいのです。

人間でなくともいい、生物、動いているものを探すだろうと思います。小さな虫でもいい、植物でもいい、、、。そして、もし雑草の一つを発見したとしたら、もはやそれはただの雑草ではありません。
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自分の仲間として、大切に育てる、あるいは見守るでしょう。そして、決して死に絶えることがないように、あるいは子孫を残すように毎日家族、あるいは友達や恋人のように接することでしょう。

そういうことを思い出させた「野山に生きる植物」展でした。
28日まで、11時から18時まで、福井市月見1−2−31

高見さんに50人分の種を渡したので、来場者には米と小麦の種が手渡されるはずです。種を受け取っても欲しいのですが、まずこの展覧会をじっくり見て欲しいと思いました。
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現在地:「波の華」福井市蒲生町
今日の活動:八俣町、越前市内




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2017年10月25日

9月7日 鶴岡市・蔵王温泉(山形県) 8410ー8430

奥田シェフで有名なレストラン「アルケッチャーノ」に8410番。
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湯殿山神社で8411番
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9月8日 

蕎麦の畑
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パン屋さんへ8412番
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松藤さんを訪ねましたが留守でした。ポストへ8413番。

蔵王温泉に行く途中で見かけた面白そうな古道具屋さん
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中に入って8414番と8415番。
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蔵王温泉でマルモさんに8416番。
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マルモさんと会ったカフェ「オトチャ」のお客さんに8417番と8418番。
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「オトチャ」の店の人に8419番。
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同じくお店の人に8421番。
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お店に来た方に8422番。
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9月9日 
翌日、コンビニで車が故障して再びレッカー車。
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レッカー車のおじさんに8420番。
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交通量を量っていた方達に8423番〜8425番

日産へ行き、店長さんに8426番
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新装開店の日産は楽しそうでした。8427番〜8430番
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その後もあちこちの日産にお世話になりましたが、今は一応動いています。たまに、エンジンがかかりませんが、2、3時間待てば始動します。これで何とか最後まで走ってくれれば。

今現在、勝山市内。今月中は福井県内です。これから福井市、越前市、若狭町を通過予定。タネに興味ある方、五郎八に興味のある方、変人に興味のある方は連絡を。個人、グループ、外国人、宇宙人、、、誰でもどこでも、立ち寄ります。daiki8822@yahoo.co.jp



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2017年10月24日

9月6日 鶴岡市(山形県) 8402ー8409

小嶋さんが勧めてくれた羽黒山に行きました。
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驚いたのは神社の茅葺きの屋根の大きさ、その厚さ。
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厚さ2mはあります。
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神社に8402番
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巫女さんに8403番と8404番。
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出羽三山(月山、羽黒山、湯殿山)の出羽三山神社で行う女性の山伏修行=「神子(みこ)修行」に遭遇しました。資料より、以下解説。
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水ごり、雪解けの冷たい水に打たれる滝行、山越えなど仏教思想による「「十界(じっかい)」を体感。
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一番の苦行は「南蛮いぶし」=扉が閉ざされた中、米ぬかに唐辛子、乾燥したどくだみの葉を加えた“薬味”を火鉢でたかれ煙責めとなる。
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開山1400年の平成5年、すでに参拝客の3分の2が女性であったことなどから踏み切り、山伏ではなく、「神子(みこ)」と名付けた。(解説終わり)
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外人の姿も。女性があらゆる場所に登場するようになりましたが、山伏修行までするようになるとは、、、。もう、並みの男じゃ女性の相手はできなくなっています!相手にしてもらえるように、男は田畑で農耕修行しましょう。
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心地よい田んぼをドライブして
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米沢市の遠藤さんの紹介で鶴岡ユースホステルの菊地さんのところへ行きました。
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留守だったので、玄関に置いて帰りました。
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その夜に菊地さんから電話があり、大盛り食堂でご馳走になり、温泉に行かせてもらい、ユースに泊めて頂きました。有り難うございました。友人知人分の8407番〜8409番を。大の写真嫌いで、この好青年の写真がないのは残念!
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広々した西洋風ユースでした。
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「亀の尾」という品種を二袋頂きました。
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どこかで聞いた名称だと思ったら、千葉県いすみ市の「つるかめ農園」の鶴渕さんが探していた種もみでした。「我々が日頃食べているコメの先祖なんだ」みたいな話を何となく記憶していたのですが、コシヒカリ等の曾祖父母さんです。以下です。酒米の五百万石も子孫品種です。
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菊地さんはこの米を作った阿部亀治さん(1868−1928)の阿部家を訪ねて直接種もみを貰い受けて、その後10年間育てているそうです。以下、亀の尾に関するウィキペディアの記事です。

明治維新以来、以前の庄内藩の農政の影響もあって、山形県庄内地方は他地域では類を見ないほど民間での米に対する探究心は旺盛であった。そのような中、山形県東田川郡大和村の小出新田集落(現:庄内町)の篤農で、寺子屋程度の教養以外はすべて独学で農業を学んだ阿部亀治(あべ・かめじ:1868年-1928年)[9]が、1893年(明治26年)は、冷害の年に立谷沢(現:庄内町)の熊谷神社に参詣した際に、その近隣の田んぼで、在来品種「惣兵衛早生」の中で冷害にも耐えて実っている3本の穂を見出した。

亀治は、その田の所有者から穂を譲ってもらい、それを種子として翌年から翌々年にかけて生育させた。この二年間は、稈丈が伸びすぎたり倒れたりしたため、妥当な収穫を得るに至らなかった。

1896年(明治29年)に、水温が低い水口に植えたところ、多くは生育が不良であったが、1株だけ生育が良好な株があった。この株を抜穂選種し、作付けして足掛け三年の歳月を費やし収量を増やしたものが「亀ノ尾」である。強風に耐え冷害や病気に強く収量も上がることから、噂を訊いて尋ねてくる百姓に、亀治は金や欲にこだわらず、この種籾を無償で分け与えたという。篤農家である亀治は、品種創選のみならず、農法の研究を怠らず、当時としては画期的な技術であった「乾田馬耕」にも積極的に取り組み、熱心に農業改良に取り組んだ。亀治は、その功績により1927年(昭和2年)には藍綬褒章(らんじゅほうしょう))を受章した。亀治は俳号を「花酔」と称し、俳句をよくした。その一句に「思うまま/道はかどらぬ/稲見かな」とある。

当初は「新穂」「神穂」「新坊」などと呼ばれたが、友人の勧めにより阿部亀治の1字を取り亀ノ尾と命名された。一時期「亀ノ王」との命名案があったが、それではあまりに畏れ多いと阿部亀治自身が恐縮して「亀ノ尾」に落ち着いたとされる。

1925年(大正14年)には、東北地方・北陸地方を中心に、朝鮮半島・台湾を含めて19万ヘクタールに作付けされ、当時の代表的品種の一つとなった。飯米・酒米・寿司米のいずれの用途でも評価が高かった。

公立研究機関によって、純系分離法で「亀の尾1号」「亀の尾4号」などが育成され、さらに陸羽132号を通じて、ササニシキ・コシヒカリなど多くの品種にその系統が受け継がれている。育成当時としては耐冷性に優れる品種であったが、害虫に弱いなどの欠点もあった。また化学肥料で育てると極端に米がもろくなるので現代の農法には向かない。食管法時代に多収性の米とちがって環境的に冷遇され、次第にその子孫品種などに取って代わられた。(転載終わり)

亀の尾も皆さんに無料配布していますので、興味のある方は連絡をください。栽培者のパワー、誠実さが種に伝わるとすれば、この種もみは特上です。
連絡は daiki8822@yahoo.co.jp

現在地:福井県天空の城「大野城」直下
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今日は11時〜12時は福井市月見1−2−31の和草(高見さん)の展覧会場
13時半以降は福井市中手町16−25の萌叡塾 (ホウエイジュク)にいます。

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2017年10月23日

9月5日 鶴岡市(山形) 8390ー8401

パソコンの「か行」が出るようになりました。逆に車は再び動かなくなりました。2時間後には動きましたが、油断できません。パソコンも車も、どちらも何とか使えますが、いつ使用不能になるやら、、、。

さて、山澤さんの録音の文字起こしをしようと思ったら、山形弁がよくわからなくて、複雑な話ほど理解不可能です。2時間も話したので、文字起こし終了までに時間がかかりそうなので、後回しにして、種蒔きの続きをします。

8月5日、鶴岡市の板垣さんを北海道の「まほろば」さんの紹介で行きました。本人が不在で、板垣さんの田んぼで働いていた方に8390番。
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息子さんに8391番。
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8月6日、翌日にやっと会えました。板垣さんに8392番。
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広い田んぼの稲はよく実っていました。
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今現在は確か10ヘクタールほどでしたが、
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将来的には100ヘクタールに広げたいとか。
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お父さんに8393番。
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同じく、板垣さんの農場で働いていた元パン屋さんに8394番。
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田んぼの調査に来た方達に8395番〜8397番
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板垣さんのトラックにエンジンオイルを入れに行った先で8398番
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お気に入りのラーメン屋さんでご馳走になりました。チャーシューが食べきれないほど入っていたので、五郎八に持って帰りました。
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ラーメン屋さんに8399番。
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板垣さんのお友達に8400番。
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「愛情込めた味がする、農業一筋30年」
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美味しい枝豆を頂きました。
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訪問客の方に8401番
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板垣さん、映画の中の三船敏郎に似ていました。ぶっきらぼうで、男っぽい!18歳の時に、交通事故で重傷を負い入院中に行方不明になり、不自由な体に悲観して「自殺したんじゃないか」と騒然となったそうです。実はガールフレンドと楽しい時間を過ごしていたとか。エピソードに事欠かない人でした。
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ブログ掲載が1ヶ月以上遅れていますが、どの人も昨日会ったように鮮明に覚えています。印象が深い人ばかりです!

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2017年10月22日

パソコン不調

パソコンのKの文字だけが何十回も押して、やっと出てくる状況になり、「か行」だけが時間かかっています。無視すると「おんなふうになります。わありますあ?おまりました。パソオンはいらいだ。」
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これからは、ネットカフェでやるか、我慢してやるか、、、たまにしか更新できなくなりそうです。
悪しからず。車は最近調子いいんですけどね、、。

今現在、福井の勝山市です。福井情報、少ないです。誰か、情報を。
daiki8822@yahoo.co.jp




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2017年10月21日

祈りのコインでシンギングボールを

昨日は岐阜の石子さんの紹介で小坂さんに会いました。脳梗塞になり、自殺するつもりでインドへ行ったところが、インドの生活の中で改善し、さらに帰国してからディジュリドゥの練習によって完治させた人です!
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小坂さんの活動の一つを紹介します。「アレン ネルソン平和プロジェクト」
平和の祈りを込めた様々な国のコインでシンギングボールを作ろうというものです。並びにビデオ制作費支援。賛同される方は、チラシの住所かメルアドに連絡をしてください。チラシはクリック拡大すると鮮明になります。
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2017年10月20日

クリック一つで平和な世界に

(鶴岡市の山澤さんについての話は次回に回し、今日は別件です。)

「何故、種蒔きしているんですか?」とよく訊かれますが、こういう答え方もあります。

「理想の世界にするために」

「理想の世界」とは何か?と考えた時に、この世界の最も大きな問題は何か?という問いかけでもあります。それを、種蒔きしながら、この数ヶ月間ずっと考えていました。答えは「核爆弾」でした。それは7月に北海道で吉村さん(後述)に出会った1ヶ月後くらい、8月中旬でしょうか。そしてタイミング良くというか、8月29日に北朝鮮から、ミサイルがやって来ました。

災害、異常気象、温暖化、、、、いろいろ問題がありますが、人工的な問題では「核爆弾」が最上位でしょう。もし、仮にどこかが打ち上げれば、報復攻撃があり、惨憺たる世界が生まれます。世界の終わりかもしれません。

ときどき、愕然とするのは、日常的生活=楽天が勝った、広島が勝った、株が上がった、衆議院選挙、、、そういうことでザワザワしている姿です。核爆弾が落ちたら、すべて「灰燼に帰す」わけです。衆議院の候補者も「核爆弾をゼロにします」と公約する人は皆無です。国民も議員も一番の問題は常に先送り、いや永遠に何もしないかもしれません。使われるまでは、、。だから、どうでもいい問題に右往左往している姿に愕然とするのです。種蒔きしていても、作物が育ったとしても、爆弾が落ちたら、終わりです。

全世界の人は「核爆弾」が存在することを当たり前のこととして受け入れて生きています。核爆弾が無い世界は考えません。想像もしません。想像したって、どうにもならないのですから。

しかし、それをあえて私は想像してみました。すると、とてもいいんです。すごく安心できます。もしかしたら、それだけで世界中で病で苦しんでいる人の何割かが全快するかもしれません。それくらい目の上のたんこぶのようなものだなあと思ったのです。諸悪の根源かもしれないのです。

何故なら、人間が人間を信じない象徴的な人工的物質だからです。人間世界を自ら無にする道具です。自殺する道具をいつも持ち歩いているようなものです。そんな世界にいることが、人類全体にとって幸せであるはずがありません。ですから、徐々に人間を病的にしてしまう可能性は大ですから、癌になる人の原因の数%はそれが原因しているかもしれません。もしかすれば、全ての病の遠因になっているかもしれません。

つまり、核爆弾がなくならないうちは、人類は本当の幸せを手に入れられない、健康になれない。この世界が信頼関係で結ばれるには、核爆弾はあってはならない。

また、核爆弾に使われる莫大な金を他のことに転用できるならば、、、、まずこの世の中に飢餓はないでしょう。環境問題も解決するかもしれません。地球の浄化に使われ、地球はもっとまともだった時代に帰ることができるかもしれません。

じゃ、どうしたら無くすことができるか?核爆弾を無くそうという運動はありますし、デモもしているでしょう。すでに、何十年もしている団体もあるでしょう。表現活動で訴える人もいるでしょう。歌で、美術で、映画で、演劇で、バレエで、、、、。

しかし、核爆弾は増える一方で、効果が上がっているとは言えません。「言わせておけ」「やらせておけ」程度のもので、全く相手にされてないと言ってもいい。

そこで、私は今の時代だから、簡単にできることがあると思いました。ネットを利用することです。ネットで選択肢が二つだけあり「この世界に核爆弾が必要である」「この世界に核爆弾はいらない」この中の一つをクリックするだけで、その人の気持ちは反映されます。

誰かがクリックする度にカウントされて増えていきます。それが、どんどん増えていき「いらない」が圧倒的多数になったり、あるいは1億、10億票という数になった時に、あるいは20億、30億になった時に、それでも何も変わらないでしょうか。

我々はクリック以外何もする必要はありません。数だけが頼りです。しかし、それは絶大です。

元々、この世界を決定づけるのは、トランプやプーチンや、習近平やら、あるいはその裏で暗躍している人たちでしょうか。いいえ、我々地球市民一人一人の意思だと思います。我々こそ、決定する権利を持っています。その意識に帰るべきだと思います。「帰る」?いや、初めからあったのかどうか知りませんが、とにかく我々一人一人のものだと思うのです。

でも、その市民が犠牲になってはいけません。だから、気持ちだけを伝えるのです。その数の力が何の効力もなかったら、諦めるしかありません。

しかし、私はそれを信じられます。何故なら、この世界は意識が作っているだろうと思うからです。今、全人類の意識は「諦め」です。一人一人があまりに非力だからです。「私は何もできない」と諦めています。しかし、数が揃えば、莫大なパワーに変わります。それがクリック一つで可能です。

核を左右する人たちの気持ちが変わる以前に、我々の意識がクリック以前よりもさらに変わる可能性が高いのです。そこが大事なのです。例えば、世界平和を本当に望む人たちはどんどんクリックしていくでしょう。それがある程度増えていけば、少しは世界平和を考えている人も影響を受けて、クリックします。そうしてどんどん増えます。世界中で1億人に達したとします。すると、クリックした人も、そうでない人も「おーっ」てなると思います。それは連鎖して、さらにクリックする人は増えていくでしょう。

そして10億くらいになるとすれば、本当に世界の人々は「世界が平和であることを望んでいるんだ、自分と同じだ」とちょっと感動しないでしょうか。そうなっていくと、さらにその機運は高まるでしょう。無論どんな状況でも邪悪な人はいますから、反対票もある程度はあるでしょうけど、地球市民の普通の人は平和がいいに決まっていますから、まず90%は「不必要」と答えるでしょう。戦争がある度に、犠牲になるのは普通の市民です。あるいは、普通の市民から成り立つ軍隊です。普通の人は戦争をして死にたいなどとは思っていません。国の方針、グループの方針でしかたなくやるしかありません。そういう人が常に大多数なのです。そういう人たちこそが、数を増やしていくのです。それは多分地球市民の99%以上でしょう。

数を知ることによる人類全体の高揚感。これがさらに人類史上稀に見る大きな全体変化ー平和希求ーになるはずです。

ところで、ご存知でしょうか?人類の歴史の中で一度だけ数の力によって核爆弾投下を抑止したことがあります。「ストックホルム アピール」と言います。以下は、当ブログの中から抜粋します。

「ストックホルム・アピール」

徳村さんは戦時中、広島江田島の海軍兵学校の生徒でした。8月6日広島に原爆が落とされ、内部被曝しました。戦後は原爆関係の映画を作ろうとしていたグループに属していました。

その頃朝鮮戦争が起こり、アメリカ大統領トルーマンが朝鮮半島に再び原爆を落とすような動きがありました。それに対してキューリー夫人の娘婿であるジョリオ・キューリーが中心になって平和擁護世界大会委員会(のちに世界平和評議会)ができ、その動きを阻止しようとしました。

そのアピールの内容は

1、われわれは、人民にとっての恐怖と大量殺害の兵器である、原子兵器の絶対禁止を要求する。

2、われわれは、この禁止措置の履行を確保するための、厳格な国際管理の確立を要求する。

3、われわれは、どのような国に対してであれ、最初に原子兵器を使用する政府は、人道に対する罪を犯すものであり、戦争犯罪者として取り扱われるべきであると考える。

4、われわれは、世界中のすべての善意の人々に対し、このアピールに署名するよう求める。

―これらのアピールを採択、発表して、世界の人々に署名を呼びかけました。

その結果、世界中から5億人の署名が集められました。当時の世界総人口が25億人ですから約20%、70億人の今ならば14億人の署名です。日本からも639万人の署名が集まりました。当時の日本総人口8320万人の7.6%。今の人口ならば約1000万人になります。

1950年2月、平和擁護世界大会委員会書記局から日本の「平和を守る会」宛に委員会への招請があり、それを受けて大山郁夫・金子健太・川端康成の3人の派遣を決めパリの書記局へ返信をしましたが、連合国軍総司令部の渡航許可が得られず、出席は果たされませんでした。今回も同様ですが、アメリカの介入があり、日本の核兵器反対の意思表明は難しかったのです。

しかし、大山・金子・川端の代わりの人選が行われ、無許可であろうが、密航でもして日本から何人か送り出そうとしました。その一人として徳村さんが選ばれるのです。しかし、渡航許可がないので、徳村さん曰く「遣隋使、遣唐使の頃よりももっとひどい小さな漁船」での密航だったそうです。

                 吉村さん
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最初に着いたのが中国でした。その頃毛沢東が主席になって3年目で勢力がある時期で、中国共産党がトラック部隊を作り密航を担当していたのではないかと。北京ではアジアと太平洋地区の平和大会に参加し、それを終えると北京から飛行機でモスクワに向かったそうですが、吉村さん曰く「小さな飛行機で赤とんぼのように羽根をバタバタさせて飛び、生きた心地がしなかった」と。今でも飛行機だけはダメだそうです。

モスクワからは汽車に乗りウィーンに到着します。世界中から2000人が集まった大きな大会だったそうです。吉村さんは「そのアピールや会の影響はなく、国際関係、勢力関係からいえば、落とすことはできなかったのだろう。広島長崎を各国知っているーそれを後押ししたくらい」と言われましたが、ウィキペディアには

「アメリカ合衆国国務長官などを務めたヘンリー・キッシンジャーは、『この運動のために朝鮮戦争で核兵器を使うことができなくなった』旨回顧録に記している」とあるので、こうした運動はかなりの影響があったのだと思います。

ただ、この平和擁護世界大会委員会は「東側諸国の政府とその意を受けた西側諸国の社会主義者の主導で常設されていた」とあります。しかしその後、その社会主義国のロシア、中国、北朝鮮が核を持ち始めました。右も左も核保有をしている現状はよりひどい状況になっています。

しかし、ネットで個人が世界とつながる今の社会ならば、右左関係なく、各国の市民レベルの総意で反対表明ができるのではないかと思います。10億20億を超える署名が集まり、その機運が高まれば我々の力で核をなくすことも可能ではないかと思いますが、皆さんどう思われますか?(転載終わり)

当ブログの以下のページより転載しました。
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/452808127.html

「クリック一つで平和な世界」を思い描いてから、しばらくして「口に出して提案してみよう」と思い、ある日勇気を出して話してみました。最初は秋田県内での集まりでした。思った通り、ちょっとぼやけた反応でした。無論、反対はありませんが、想像外という感じでした。当然だと思います。「この地球に核爆弾あるのは当たり前」ですから、無い世界を創造することも、それを無くすことも想像外です。これが一般的反応だと思います。「無理だ」とは言いませんが、「無理だ、不可能だ」という言外の気持ちも若干伝わってきます。

しかし、各県で何度か話すうちに、すごくいい反応をしてくれる人に会うようになりました。その最初がこの人形を作った及川さんでした。これはタオル一つでできています。この人との遭遇も、路上での偶然の出会いでした。この方の話ではタオルで様々な動物が作れるのが伝わり、ある日突然タオルの会社から「すぐにニューヨークに来て、披露してほしい」と頼まれたとか、本当に面白い人生を歩んでいる人でした。こういう自由人は常識的な壁がないので、話はスムーズです。

             平和の使者「シロクマくん」
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そう、これは常識を超えた提案なのです。さらに、富山県の「くじら堂」で堀さんも酒井さんもこの非常識に賛成!新潟の嶋村さん宅でも同様でした。「意外に反応ありだ」と心強く思いました。

さて、今日この話をしたのは、少し進展があったからです。というのは、「話してみる」の様子見段階から「相談してみる」「助言を受ける」段階に入ったからです。その最初が羽咋市の高野さんでした。

高野さんはローマ法王に羽咋市のコメを食べさせたり、宇宙飛行士を地元に招待したり、本物の宇宙船を米ソから持って来て博物館を作ったり、、、、ちょっと図抜けた才能がある人だと感じ、提案してみることにしたのです。

しかし、会うこと自体が難しいと感じてはいました。というのは、すでに有名人で、講演会、大学での授業、僧侶としての仕事などなど、超多忙の人なので、会うのは難しいと何人もの人から言われたからです。しかし、いつものように、電話もせず、突然お寺「妙成寺」(能登随一の大伽藍あり)に行ってみました。

近くに食堂があったので覗くと「お昼食べて行きませんか」と話しかけられたので、高野さんのことを色々訊いてみました。そしてお寺の入り口の拝観料を払うところで、再び高野さんのことを訊くと「ここにはもういません」父親の後を継いで「妙法寺」の住職になったらしいのです。しかし、妙成寺は立派なお寺なので、見学だけして帰ろうと思いましたが、一周して40分かかると言います。

そろそろ12時、お腹も空いたので飯食ってからにしようと思い、食堂に帰りました。すると、おばさんが「高野さんのことで訊きたいことがあるなら、丁度いい人が来たよ」と、高野さんと役所で同僚だった女性を紹介してくださったのです。その女性に再び高野さんのことを根掘り葉掘り聞き出し、何となく輪郭が見えて来た頃に、その女性が「電話してあげよう」と予想外の展開ーというか、種の仕業!ーになったのです。

本人に電話しても出ません。ついで、息子さんに電話すると「宇宙科学博物館に父と一緒にいるけど、12時半までに来てもらえれば、会える」と聞いて、高野さんの尽力で生まれた「宇宙科学博物館」に向かいました。

                 高野さん
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博物館のエントランスでニューヨークから来た女性と歓談中でした。息子さんと私も会話の中に入り、12時半を過ぎて2時間も話していました。高野さんもこの世を憂えている人ですが、その解決策としては「黒船」だと言います。つまり、UFOという黒船が来ることで、地球人は一致団結してまともな世界になるだろうと。高野さんは学生時代からスタンフォード大学のUFO専門の先生のところへ訪問するほどUFO研究をしていて、筋金入りです。高野さんの話では、遠い星から地球にやって来るくらいだから、かなり高度な科学技術力を持ち、それに比べれば地球人は人間にとっての猿程度にしか見えないだろう。科学技術力も低い上に、自虐爆弾ともいうべき核爆弾を無数に作っている愚かな動物たち程度に見ているだろうと。彼らは地球人に攻撃的というより(もはや敵には成り得ない)、老婆心で見ているのが宇宙人だと。

そういう話を一通り聞いた後に、私の提案を話してみたのです。当初はポカーンとして「こいつ、バカじゃないか?」という感じでしたが、ストックホルムアピールの話などもしているうちに、「いいかもしれない。それは国連大学に提案してみよう。幸い親しい人がいるから」ということになったのです。

無論、どういう展開になるのかわかりません。ただ、高野さんが言うには、この提案は「権威が付く必要がある」ということでした。それによって関心が集まり、クリック数も増えるだろうと。

ローマ法王、宇宙飛行士、木村秋則、宇宙船、、有名な人、物、組織を使うのがこの人の特徴的なところです。それが今回のことでも、功を奏するかどうかはわかりません。また、国連という組織が一体どういう組織なのか、わかりません。本当に、世界平和のために存在するのか?

今回の旅は基本的な考えは変わりませんが、動き自体は「流されるまま、風の向くまま、気の向くまま」が基本になっています。そうすると、偶然が多いこと、意外な人に会うこと、面白い展開になることに気づきました。高野さんに会ったことも、その一つです。国連の話が出たのも流れの一つだと思います。国連大学が提案を受け入れて、この二者択一のアンケートをするに至るのかどうか、わかりませんが、流れがそこで止まれば、また別な方向に流す(流れる)ことになるでしょう。

ただ、どういう方法のアンケートであれ、問題は投票というのは改ざんの可能性があることです。それをいかに監視するか。これが大きな問題だと思います。

この提案に対して、何か意見があれば、ぜひコメントしてください。あるいは以下へメールください。また、共感できる方は、この文章を拡散してください。また、ネット上のアンケートに詳しい方、ネットの仕組みに詳しい方、良心的ハッカーの方等々もぜひ連絡をください。
daiki8822@yahoo.co.jp

posted by 種まく旅人 at 09:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする