2017年08月03日

ネオニコの空中散布で千曲市土口の山から昆虫が消えた。次は人間

今日は3回目の更新ですが、1回目の「子供が壊される、、、」の記事に出ている千曲市(長野県)に関して、関連記事を見つけたので、以下より一部転載します。http://blog.goo.ne.jp/morimorikids/e/616c4ffef99d7e4e20472be58f348c3e

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ネオニコの空中散布で千曲市土口の山から昆虫が消えた。次は人間(妻女山里山通信)

◉千曲市が、6月16、17日にかけて松枯れ病のネオニコ農薬の空中散布を行いました。市のホームページでは、一週間は山に入るなとか、窓を閉めて外に出るなとか、出る場合は帽子・マスクをせよとか、農薬がかかった野菜は食べるなとか書いてあります。そんな危険と分かっている劇薬を空中散布しているのです。

山は繋がっています。散布後の週末には、散布を知らない長野市民が何人も山に入ったことでしょう。鞍骨城跡へ行く人気のコースですから。サイクリストも入ったはずです。これはもう犯罪と言っていいレベルの愚行です。散布地域のゼフィルスは、ほぼ絶滅しました。昆虫もほとんどいません。いずれは人間にも必ず影響が出ます。実際、空中散布の後に体調不良を訴える人が出ているようです。

◉ネオニコチノイド系・グリホサート系農薬の恐怖

 金沢大学教授山田敏郎さんは、「ネオニコは、毒性が強く分解しにくく、『農薬』というより『農毒』に近い。このまま使い続け、ミツバチがいなくなれば農業だけでなく生態系に大きな影響を与える。ネオニコの危険性を多くの人に知ってもらいたい」と語っているのです。生態系には、もちろん人間も当然含まれます。

 群馬県前橋市で、松枯れ病対策としてネオニコチノイド系殺虫剤が使用されるようになった2003年以降、ネオニコチノイド系殺虫剤が原因と思われる頭痛、吐き気、めまい、物忘れなどの自覚症状や、頻脈・除脈等の心電図異常がみられる患者が急増しています。なんと日本のネオニコチノイド系農薬の残留基準は、欧米よりも緩い基準値(日本は、アメリカの10倍、欧州の100倍近い)。(青山内科小児科医院 青山美子医師)

 ネオニコチノイド剤の使用が増え始めた2006年頃から、農薬散布時に自覚症状を訴える患者が増加。中毒患者には、神経への毒性とみられる動悸、手の震え、物忘れ、うつ焦燥感等のほか、免疫系の異常によると考えられる喘息・じんましんなどのアレルギー性疾患、皮膚真菌症・風邪がこじれるなどの症状も多くみられます。

日本では、果物の摂食、次いで茶飲料の摂取、農薬散布などの環境曝露と野菜からの摂取も多い。受診した患者では、果物やお茶の大量摂取群に頻脈が見られ、治療の一環で摂取を中止させると頻脈が消失します。(東京女子医科大学東医療センター麻酔科医師 平久美子氏)

 ネオニコチノイド系農薬の人体への影響として、空中散布や残留した食品の多量摂取による心機能不全や異常な興奮、衝動性、記憶障害など、急性ニコチン中毒に似た症状が報告されています。また、ネオニコチノイド系は胎盤を通過して脳にも移行しやすいことから、胎児・小児などの脳の機能の発達を阻害する可能性が懸念されます。(東京都神経科学総合研究所 黒田洋一郎氏):ダイオキシン国際会議ニュースレターより抜粋

 ネオニコチノイド系農薬の代表は、極悪企業モンサント社のラウンドアップ。元はあのベトナム戦争で使われた、ベトちゃんドクちゃんの奇形児を生んだ枯葉剤そのものです。それを希釈して空中散布するという狂気。家庭用の殺虫剤や、台所の三角コーナーのコバエ退治、猫のノミ取りなどにも使われているという狂気。ラウンドアップを使った土地は、遺伝子組み換え作物しか育たなくなります。


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7月15日 滝上町(北海道) 7564ー7577

滝上町に行く途中でコンビニで外人の集団に7564番〜7573番
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滝上町で道を尋ねたおじいさんに 7574番

滝上町の道の駅に行きました。洋風なのにびっくり。店員さんに7575番と7576番
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しかし、洋風なのはここばかりではありませんでした。北の果てで一体どうしたことか。
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裏から
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滝上町に来たのは「森の子供の村」を尋ねるためでしたが、いきなり西洋風な建物を目にしてイメージがガラガラと崩れていきました。それでも、道の駅の店員さんが知っていて「佐藤商店を訪ねればわかる」と言われたので、早速10数キロ走って行ってみました。ここから、さらに脇道の砂利道を数キロ行けと。7577番を。
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やっと探し当てたものの、鬱蒼とした場所で、いつ熊が出て来てもおかしくなさそうでした。しかも、誰もいません。
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それで再び安全な場所を探してみたら、数キロ走ったところに唯一セメントの地面がある場所があったので、ここで一夜を過ごすことに。草が生えていると、どこから襲われるか分かりませんし、逃げる方向が定まりません。やはり、何もない平地は安心。こういう場合は五郎八にも聴覚、臭覚を効かせてもらわんといけません。「変な物音や臭いがしたら、吠えるんだぞ」「ワオォォォォーー」
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子供が壊れていく、、、

以下より転載します。
http://archives.mag2.com/0000251633/

『 農薬空中散布が子どもを壊す 』

■最初は「安全」、終わりは「超危険」

 「低毒性」の謳い文句で始まり、重篤な被害で禁止される。これが農薬のいつ
ものパターンだ。ビル内の害虫駆除を理由にして撒かれてきたスミチオンなどの
「有機リン系農薬」は、神経毒性が認められて下火になり、その後に伸びてきた
のが「ネオニコチノイド系農薬」だ。これまた「昆虫には効くが、人間には影響
がない」という謳い文句で登場した。そして全世界的なミツバチ失踪の原因物質
の一つとなった。

 日本では単位面積当たりの農薬使用量が世界で中国・韓国に次いで三番目に高
く、有機リン系に続いてネオニコチノイド系が使われた。しかも両方を混ぜて使
う事例も多かった。

 それが脳細胞の神経伝達に影響を及ぼし、子どもたちのADHD(注意欠如・
多動性障害)などを多発させているという報告がされたのは。ミツバチの失踪が
問題になった後になってからだった。特に幼少期であればあるほど、脳細胞への
影響は大きくなる。

 それについて、千曲市で現実に起きてしまっている事態があるので、「松本の
松枯れを考える住民の会」にある動画から一部書き起こしてその実態をお伝えし
たい。

■千曲市の小学校での実態 

「私は、千曲市在住で2015年まで薬剤空中散布を行っていた場所のすぐ近くに住
んでおり、高1、中1、小4と3人の子どもがおります。2番目の子どもである
次女が今年の3月まで通っていた小学校のクラスの子どもたちの状態についてお
話したいと思います。この子たちのクラスは保育園のときから問題があると言わ
れていました。特別支援の先生が必ずついていました。

 しかし先生たちからの説明は私たちに一切ありませんでした。保育園の頃から、
園庭のど真ん中で大騒ぎをしている子がいたり、教室の中にいなければいけない
時間でもいない子がたくさんいたりしました。小学校1年生に上がってからも同
様でした。

 小学校では1クラス27人ですが、授業の時に騒いでしまう子、教室中に外にい
る子、遠足の時でも班行動ができない子、教室も団体で行動ができず、自由時間
を設けないと成立しないような状態でした。たまたま娘の忘れ物を私が届けに行
った時のことです。クラス担任だけではどうにもならず、教頭先生と校長先生も
子どもたちを見ていて、隣の部屋を段ボールで仕切って、子どもたちを一人一人
を囲って何かをしているという様子を見てしまいました。それを見たときに、
どういう教育なのかとすごくビックリして、すぐ先生に聞きました。

 すると先生は、「それはプライバシーの問題なので話せません」と言いました。
おかしな光景を私が見たにもかかわらず、学校側は説明は遠慮させてもらいたい
という事でした。自分の子が他の子たちと同じ教室で一緒に勉強をしている状況
に置かれているにもかかわらず、保護者には知る権利がない状態なのです。

 小学校5年生の頃は、1組27人のうち、1人が子ども病院を入退院していまし
たので残り26人でした。しかし全員で授業を受けられる状態ではなく、別々に授
業を受けていました。

 まず言語障害といったはっきりとわかるような障害を持つ子たちが2人いまし
た。次に、7人のクラスがあります。その7人をさらに2つに分けています。
4人は不登校になりそうな子たちで、娘曰く、国語と算数が著しくできない子た
ちです。みんながいる教室の方に来る時もありますが、その時の気分や来られる
授業だけ来て、あとはお菓子作りとゲーム遊びをして、とにかく学校から出てい
かないようにしています。授業ではないのです。もう半分の3人に加えて違う学
年の子もいます。とにかくじっとしていられず、教室にいられない、個別に先生
が見ていなければならないような子たちでした。

 残り17人のうち、9人の子たちが普通に授業が受けられますが、8人の子たちは
教室から出てしまったり、おとなしくじっと座っているけれど全然勉強ができな
かったりという状態でした。でもかろうじて教室にはいられるから、一緒のクラ
スになっていたようです。

 つまり1組27人のうち普通に授業を受けられるのは3分の1の9人だけで、
あとの子は授業にならないのです。担任の先生は時折教室を出てしまったりする
8人の隣に、授業を受けられる子9人を座らせ、授業を成り立たせようとしてい
ました。

 そのため私の子は、「隣の子の面倒を見ながら授業を受けている」と言ってい
ました。普通に授業が受けられる子は「優等生」のような扱いでした。

 私は2011年頃に「農薬の空中散布」に関心を持ち説明を受けましたが、市から
は散布した後は安全だと言われました。6月に農薬を散布する日が、ちょうどプ
ール開きという時もありました。散布の連絡は有線放送だけで学校からの連絡は
なく、先生たちの認識も全然ないという状態で散布され、散布当日もプールには
前日から水が張ってありました。」

■子どもたちが壊される

 今や学習障害(LD)、ADHD、自閉症などは多発するようになり、世界的
にはその原因は農薬などの外部環境に求めるしかないと定説化している。以前は
「自閉症遺伝子」や「母親の育て方」に原因を探し回った時代もあったが、どれ
も一部を説明するものでしかなかった。今では有害化学物質の影響が大きいと考
えられている。

 有機リン系、ネオニコチノイド系農薬は、どちらも神経伝達を阻害して虫を殺
す。有機リン系もネオニコ系も神経伝達をオンにし続けることで阻害する。これ
が脳の発達障害を招き、ADHD、知能低下、自閉症を招く。

 この農薬がガーデニング、コバエ取り、ペットのノミ取り、家の木材の木材処
理やシロアリ防除にも使われている。見渡せば殺菌・殺虫剤まみれの家庭は、農
薬に囲まれているのだ。残留性が高く、種類によっては数年持続し、しかも水に
溶けやすいので野菜の表面ではなく中身を汚染する。だから果物、お茶、野菜は
洗っても落ちない。それが子どもの脳を襲うのだ。

 松本市では一部地域の空中散布を延期したが、それでも散布を中止してはいな
い。そこで地域の市民は提訴した。そこまでして農薬メーカーを擁護するのはな
ぜなのだろう。子どもより大切なものとはどうしても思えないのだが。(転載終わり)

これに関連したグラフです。以下より転載します。
http://oka-jp.seesaa.net/article/413213183.html

1ー通級( 普通に小学校に通うことに問題はないけれど、発声や耳の聞こえ方などにやや問題がある児童、あるいは、ADHD (注意欠陥・多動性障害)などの子どもなどが、週に一度、教室に通って指導を受けるというもの )
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2ー日本における先天異常発生頻度の推移
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2017年08月02日

7月13日 東川町(北海道) 7534ー7563 水の町

北海道文化放送の柳町さん紹介の東川町を訪れました。
川釣りをしていた方に7534番。

翌日、別な場所で再び魚釣りに来た方に7535番を。
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川が心地よさそうだったので、五郎八を放してやりました。
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「気持ちいいなあ」
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「お前も入らんか!」
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情報収集に、市役所へ行きました。
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応対してくださった方に7546番〜7548番を。一つは留守の町長さんへ。
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本を頂きました。
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本の中にあるここへ行ってみたかったです。次回は是非。
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東川町主催の「写真甲子園」に参加経験がある方と町で知り合い、7549番と7550番を。
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役所では、無農薬農家、自然栽培農家が見つからなかったので、検索して見つかったのが「和合の杜」の南さん。あまりお話をする時間がありませんでしたが、詳しくはホームページをごらんください。南さんの誠実さと品性が伝わる文と写真とデザインです。 「和合の杜」https://www.wagounomori.info 
その後訪ねる「まほろば」で研修されていました。
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亜麻仁油の「亜麻」のタネを頂きました。質の良い食用油が取れるそうです。油絵の高級オイル「リンシードオイル」でもあります。
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南さんが車で案内してくださったのが「ミココロムスビ彩園」の塩谷さん(左)。訪問中のお友達と。タネ交換会をされるというので、余分に7552番〜7563番。
フェイスブックはhttps://m.facebook.com/ミココロムスビ彩園-1746521648911355/
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井戸を掘ったら、掘り師も驚く良質の水が出たとか。五郎八が喜び勇んで入りました。東川町は地下水の汲み上げの電気代金だけで水は無料だそうです。つまり市の水道ではないのです。水道普及率たったの2.2%。消毒していない美味しい地下水。飲んでみましたが、う、うまい!今までにない美味しさでした。
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心地よい庭を案内してもらいました。
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桑の実など野生の果樹が豊富。
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子供の時から、全てを自分で作りたいと思った塩谷さんは設計事務所、海外青年協力隊等を経て、結婚。自分で家を建て、自給自足して、どんどん実現化。
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世界中で減少化する虫たち。ここではでかいのが三匹もイモイモしてました。
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タネの交換もしました。

初めてみた綺麗な模様のある豆。塩谷さんも本当の名前をご存知なくて、道東のおばあさんからもらった豆を「フリルインゲン」と名付けていました。後に「トラマル」という人がいました。
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模様が美しいと聞いて頂いたスイカ「ムーン & スター」
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検索したら、こういう風。確かに月と星!
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2017年08月01日

7月13日 旭川市(北海道) 7533 斉藤牧場

矢島さん紹介の斉藤牧場へ行きました。草に隠れた看板を見つけました。
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舗装されていない道を上って行くと、遠くに牛らしきものが、、、
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旅の中で、路上にいる牛を見たのは初めてでした。「どうして?こんなに自由にしておくの?だいたい、自由にしていいの?」色々な疑問が湧きながら、インドの街中の牛を思い出していました。なんかいい感じなんです。柵の向こうにしかいない、いてはいけない牛がそこにいるのですから。

それから2週間もしてからです。自然食品の「まほろば」の宮下さんに出会い、斉藤牧場が特別な農場だということがわかったのは。それで斉藤牧場のホームページの文章を紹介しながら、しばらく牛の跡を追ってみましょう。

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◆どん底からのスタート


戦後の1947年(昭和22年)春、当時19才だった斎藤晶は、山形市から北海道開拓団の一員として、旭川開拓団に加わりました。最年少だった晶にあてがわれたのは、農業には一番条件の悪い、笹だらけ、岩だらけの荒れ果てた石山でした。死に物狂いで石を取り除き、原野を鍬(くわ)で起こし、笹や草を刈り払い、火入れを行い畑を開墾。タネを蒔き作物を植えるものの、片っ端から野ねずみや野うさぎに食べられていきます。

24才で結婚。夫婦で開墾を続けますが収穫はほとんど望めませんでした。

25才の秋、開墾の考え方から一歩退いて生きていく方法を模索し始めます。開墾した畑の半分は除草せず、雑草を伸ばして山羊や羊に与える方法です。借金をして妊娠牛1頭を購入し、搾乳を開始します。

27才で牛を3頭まで増やしますが、その矢先に妻が倒れ入院。出産や育児、家事や開墾、畑仕事、家畜の世話等からの過労が原因でした。また牛の管理や育てる技術が未熟だったために牛が乳房炎を発症し、搾乳量が減少。一人の労力だけでは行き詰まり、お金も食べるものも底をつき疲れ果てたある日、晶は熊笹をこぎ分けて山に登ります。

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◆自然に逆らわない発想


山頂に登って回りを見渡すと、野鳥や昆虫が楽しそうに飛び回り、木々や草は勢いよく天に向かって伸びています。『鳥や昆虫は、こんなに生き生きと暮らしているのに、人間は肉体を酷使して、その上金まで使って苦労に苦労を重ねても、何の成果にもつながらない。この違いはどういうことなのだろう。』



しばし野鳥の声に耳を澄ませ、山の懐に抱かれてみます。『よし、虫と同じ姿勢で生きていこう。自然に立ち向かうのではなく、自然に溶け込んで生きていこう!』そう決心しました。それは今までの常識からの決別でした。

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◆訪れた奇跡


とはいっても牛にとって、野草だけでは不十分です。晶は、春先に畑に牧草のタネをまきました。そして山の、牧草地にしたい場所に密集する笹を刈り、適度に乾燥した頃、そこに火を入れ、タネをまきました。タネは7種類まきました。土地に合った牧草が生えるだろうという考えからです。

そして思い切って牛を山に放してみました。

すると牛たちは、生え始めのやわらかい笹や野草を食べながら、ずんずんと奥へ分け入っていきます。標高380メートルもある山の山頂まで上ろうととするほどの勢いです。と同時に、蹄(ひづめ)で牧草のタネを土中にしっかりと埋めてくれました。糞尿を落として肥料も入れてくれます。まさに牛が山をひらいていく姿でした。



石だらけだった山が徐々に牧草地に変わっていきます。安定した牧草地になるまで搾乳牛は1頭のみとし、肉牛の牛を預かったり、馬を貸したりで生活をしのぎました。山に牛を放牧し始めて3年、山は見事な牧草地になります。あれほど苦労した笹は、生え始めを牛に食べられるためか、いつしか生えてこなくなっていました。
 
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◆自然と牛と人と


晶は、山にはすべてのものがそろっていたのに、自分がそれに気づかなかっただけだと悟りました。そして「荒れた山は開墾の敵」という思いから、「生活に様々な恵みをもたらす宝の山」そして「農業とは、自然に溶け込み、自然を学ぶ作業そのものだ」という思いに変わりました。

『ここには何もない、ここでは暮らしていけないと思っていた自分がつくづく情けなくなりました。ここには実は必要なものが全部そろっていた。なかったのは自分の能力だけ。』晶はそう笑います。しかしなら当時、近代化・合理化路線にひた走る日本の酪農の中で、晶のやり方は冷笑され、誰からも相手にされませんでした。



そのような中、1965年(昭和40年)、草地造成指導のためにニュージーランドから来日した著名な学者ロックハート氏が斉藤牧場を訪れ、「大変素晴らしい方法だ」と高く評価します。晶のやり方は、スイスやニュージーランドの遊牧民族が行っている伝統的農法だとのことでした。


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ロックハート氏を招いた道庁があわてて調査員を派遣し、その結果「蹄耕法(ていこうほう)」(牛をつかった牧草地造成法)という名前がつき、日本の学者に知られるようになりました。

日本の牧畜の多くは、木を切り表土をはぎ、土地を造成して良い土を他から持ってきます(「客土」(きゃくど)といいます。)。そこに草の種をまき、草地を作ります。

斉藤牧場では樹木は3割残します。木々は山を保水し、草を乾燥から守り、牛たちの木陰になります。あちこちから湧き水が流れ、自然の水飲み場ができます。春にはコブシやサクラ、野草が次々と咲き乱れ、コゴミやタラノ芽などの山菜も豊富です。トンビやバッタ、コオロギなどの小動物も遊びます。



様々な木や動植物が暮らす山は、他のどの場所よりも豊かな土を持った場所です。木が伸び伸びと生長できる場所としての山と、牛達が木陰に涼みながら草を食べる牧場としての山、「自然と牛と人」が共生している場所、それが斉藤牧場なのです。(転載終わり)

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結局、忙しい斉藤さんには会えず、ポストに入れて帰りましたが、こういうことを知っていれば、会えるまで待てばと思いました。しかし、この牛たちが全てを言い表していました。7533番。
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素敵な家屋がありました。
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手作りらしき家屋もありました。
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感性、考え方、名前の付け方まで福岡正信氏とダブりました。結局、行き着く先は同じなのかなあ、、
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斉藤牧場のホームページは以下
http://www.saitou-bokujo.org/setsumei1/setsumei1.html


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2017年07月31日

7月12・13日 当別町・赤平市(北海道) 7510ー7532

ネットでパン屋さんを探して行きました。目指したのは「きみかげ」
よく焼けてて、美味しそうでした。
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店主と店員さんに7510番と7511番を。
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僕が欲しい田舎パンが焼けるまで30分時間がありました。待っていると次々にお客さんが来られたので種蒔きしました。7512番〜7527
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賑やかな4人組がやって来ました。「WATARA」という演奏や踊りをするグループでした。この人たちが紹介してくれた函館の「ククム」や「パザールバサール」を昨日訪ねました。お陰で、いろいろな出会いがあり、昨日だけで70人くらいに蒔けました。人との出会いは本当に不思議です。このパン屋さんを選ばなかったら、、、、田舎パンがすでにできていたら、、、、この人たちが来る時間が違っていたら、、、、函館の出会いは全てあり得ないことでした。ありがとうございました。WATARAさん。
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種を渡すと、韓国の歌を披露してくれました。ありがとうございました。
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さらに、お客さんが
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店主の義母さんに
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「きみかげ」を出て、「WATARA」さん紹介の近くの「kokochiya」へ。旦那さんは音楽家、奥さんは花苗屋さん。ほんのひと時でしたが、楽しく会話して種を頂きました。ありがとうございました。7628番と7629番
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頂いた宿根アマ
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同じくブロンズフェンネル
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矢島さん紹介の伊藤さん宅へ。留守でした。7531番を。
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さて、次の地を目指して走ると、見晴らしの良い心地よい風景が延々と
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7月13日 赤平市

ロケットで有名な植松電機に行きました。右の鉄塔は無重力を生み出す装置だそうです。
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ロケットより、植松さん自身に興味があったのですが、訪問客の社内案内で留守。植松さんとこの方に7530番と7532番を。私としては、宇宙よりこの地上のことを研究して欲しいのですが、宇宙へ行く前にこの地球自体がどうなるやら、、、。
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2017年07月30日

子育て問題「あるシングルマザーからの手紙 3」

子育て問題「あるシングルマザーからの手紙 1」
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/451179069.html
子育て問題「あるシングルマザーからの手紙 2」
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/451367871.html

「最後にメールを送ってから、だいぶ日が経ちましたが、思っていた事を吐き出してスッキリしたと同時に、すこし恥ずかしくてそれと今の仕事上、寝不足もあり中々メール出来ずにいました。あと、正直に言うと・・どれだけ頑張ったら夢に近づけるのかなって、自分が親にしてもらった分、子供達にしてあげれてるのかな?って凹んだり、色々でした。簡単に手にする人もいるのになって。でもまた普通に歩き出すんですけどね(笑)

前回の文章を改めて読み返すと、さも一生懸命、頑張り続けたかのようですが、色々手探りでやってみて、たまたま結果が良かっただけで、そうなるまでの過程はというと・・
浮き沈みの繰り返しで、船酔いしてました(笑)毎日が気持ち悪い。
仕事中も考えてしまうし、仕事は仕事で別な色々な問題・課題が出てくるし、それが3つ4つと増えた時、自分が動けなくなりました。動けなくなって初めて自分の限界を知りました。
試練を感じましたね(笑)
子供、仕事、生活全体的な事・・生きるって大変だなって・・夢はあるんだけど、全然届かないし、夢どころか、生活が精一杯。税金は容赦なく催促くるし、まるで、クルクル回るハムスター?
先が見えない道を、試練に耐えながら進むしかなくて不安や孤独感でいっぱいでした。

畑をお借りするようになってから、子供だけじゃなくて、自分自身が変わってきたんじゃないかな、って思います。もちろん、周りの方の助言も大きな支えだったんですが、せっかく色々な言葉を頂いても素直に聞けず、自分の中に入ってこない部分があって、それを実感として解らせてくれたのが畑であり自然でした。

何だろう・・考えても仕方ない事は考えない、子供の気持ちを受け入れる、自分も、ありのままでいいんだって。無理して人に合わせなくても良いし、型にはめようとしなくなったら、気持ちが楽になって、困ったなって思ってた事が、困らなくなりました。少しずつですけど。

不登校だった子が、なぜ高校から行きだしたか・・・
多分ですが、娘が選んだ高校は少人数で一クラスあたり、通常の1/3程度しかいません。野菜もそうですが、密集して育てると病気になりやすかったり、しますよね。自然栽培のように、のびのび育った野菜は根も強く葉も元気で。人も同じだなって思いました。

あと、不登校の子は、自分の居場所を探そうとしてる、自分がちゃんと根をはれる場所を探してて、何かやり直すきっかけを心のどこかで待ってる、そんな気がしました。
中学3年の頃、30人位いたクラスで、うちの子含め3人が不登校生。その時の担任の先生が、受験を前にした3人のために夜間一時間、勉強を教えてくださって・・それが本当に有り難かった。3人、ほとんど休まず学校に通いました。家が遠い子もいましたが、雨でも雪でも、学校に来てて、その姿を思い出すと涙が出てきます。わずか一時間ではありますが、3人にとって良い思い出になったようです。
3人とも、学校が嫌いだったわけじゃなかったんだと思いました。学校という枠の中に、人が多すぎ 個性も出せなくて、言い方は悪いけど大量生産される中で、他と同じくしたくない、ストレスを感じて心身ともに弱ってしまう、そんな子がいて当たり前じゃないかな。

いよいよ受験・・期限ギリギリまで、ドキドキ状態。受験やっぱり辞めるとか言い出すし(笑) 後で後悔しないでほしいと思い、本気で色々話しました。また文が長くなるので止めときますが

とりあえずこの3人、かなり勇気が必要だったと思いますが、卒業式に参加し最後のけじめをつける事ができました。先生に感謝です。うちの子は学校から出てくると、一度も振り返り学校を見る事はなかったけど、一つの山を乗り越えて、少しホッとした様子でした。

その後、別々な道を選んだ3人が今、どうしてるか・うちの子以外は分からないのですが、きっと大丈夫・・そんな気がします。」 


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7月9日 瀬棚町・島牧郡・小樽市・札幌市(北海道) 7462ー7509

山田牧場で紹介して頂いた瀬棚町の村上牧場へ行きました。

村上さんの奥さんとその子供たちと近所の中学校の先生とその子供たちに7462番〜7470番
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チーズ店前の花壇が素敵でした。
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チーズを頂いたので、フランスパンと一緒に食べました。極上でした。
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さらに、村上牧場で紹介された島牧郡の島牧ユースホステルで家族の皆さんとその種仲間さん(種交換会されるそうなので、後日手渡しを依頼)と、お客さんに7471番〜7500番
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ノルウエーから来た18歳の?君は日本語が話せたので、日本との比較話など楽しい夕食でした。生意気そうですが、好青年でした。
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夕食をご馳走になりました。豪勢だったので、食べるのに夢中になり写真撮影忘れました。すみません。

種を差し上げたら、ここでも逆に種をいただきました。
黒大豆
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春よ来い
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クリ豆ー評判が良くて、あと数個になりました。
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7月10日、小樽に到着。

矢島さん紹介のアーティスト加嘉さんへ7458番。留守でした。
同じく三枝さんに7459番と7460番。留守でした。

目指したパン屋は休みでしたが、
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その場所を尋ねた方に7501番
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元雪印の製品開発する方(酵母菌など)で、今はその技術を利用して味噌作りと販売。頂戴しましたが、味噌だけ湯に溶かして飲んでいます。十分美味しいです。ありがとうございました。
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7月11日 札幌に着きました。

子供の道路横断を見守っているお母さんたちに7502番〜7507番
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矢島さん紹介の北海道文化放送の柳町さんへ7508番を。東川町が面白いと聞いて、行くことにしました。
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2年くらい前に買った靴をガムテームで修理しつつ履いていましたが、とうとう紛失。仕方なく、安売りの靴を買いにお店に行き、店員さんに7509番を。
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2017年07月29日

深刻な精子減少

精子減少の記事を三つ紹介します。

原因をF1の作物にあるとはどの記事にもありませんが、原因はともかくとして、食・水・空気にあることは間違いないでしょうし、とにかく我々の生活が根底から変わらない限り、この現象を止めることは不可能です。

転載記事1、欧米男性の精子数、40年で半減か 研究

 北米、欧州、オーストラリア、ニュージーランドなどの男性の精子数が40年で半減したとの研究結果が25日、発表された。研究は少子化の危機を警告しているが、外部の専門家らは結果については慎重な判断が必要と注意を促している。

 欧州ヒト生殖医学会(ESHRE)の学術誌「Human Reproduction Update」に掲載された論文によると、1973年〜2011年に実施された過去の研究185件で収集された男性4万3000人近くのデータを再調査した結果、精子濃度の「著しい低下」が明らかになったという。

 論文の執筆者らは、精液1ミリリットル当たりの精子数が同期間に9900万個から4700万個へと52.4%減少したと説明している。なお、この減少後の数字は、世界保健機関(WHO)が最低基準限度値とみなす1ミリリットル当たり1500万個を上回っている。また精子濃度が1500万個未満でも、必ずしも不妊症になるとは限らない。

 また、過去に行われた研究件数こそ少ないが、南米、アジア、アフリカなどでは、精子数の有意な減少はみられなかったという。

 少子化の危機とは別に、精子数の減少は、農薬中毒などの環境要因や、ストレス、喫煙、貧しい食生活などの生活要因に起因する潜在的な健康問題を反映していることも考えられる。精子数の研究をめぐっては論争が続いており、これまでに行われた多くの研究でも「減少している」と主張するものと「していない」とするものとで結果が分かれていた。

 そのため今回の最新研究では、潜在的な外的影響(交絡)因子の排除を目指した。不妊問題のための研究で採用された男性らのデータは除外し、精子濃度を「血球計算盤」と呼ばれるハイテク機器で測定した研究だけを使用した。これにより、比べることのできない異なる技術を用いて測定されたサンプル同士を比較するという問題は回避された。古い検査結果ほど、精子数が過大に見積もられる傾向があった。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170727-00000010-jij_afp-int&p=1

転載記事2、若者の精子減少が深刻化、親世代の半分か…原因はサラダ油などの植物油、生殖機能低下

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不妊症は世界的に増加傾向にあり、その大きな原因のひとつに男性の精子減少が挙げられています。過去50年の間に精子が半減したとイギリスでショッキングな報告があった1990年代後半から各国で問題視され、精子濃度、精液量ともに著しく減少しているとの調査結果も世界共通です。日本でも精子減少は著しく、2006年5月には読売新聞が「精子の数、日本最下位『日欧共同研究 フィンランドの6割』」と題して我が国の状況を報じています。仮に子育て支援のための社会制度や施設の充実がなされたとしても、子どもが生まれないのでは意味がありません。精子減少の原因を突き止め、その対策も同時に進めるべきです。

植物油が精子減少の大きな原因

 精子減少の原因はいくつか指摘されていますが、環境ホルモンが生物の性ホルモンを撹乱し、生殖機能を損なうとされています。環境ホルモンは、正確には「外因性内分泌かく乱物質」といい、内分泌(ホルモン)系に悪影響をおよぼす化学物質のことで、ダイオキシンやPCB(ポリ塩化ビフェニル)が代表的です。地球の生態系を狂わす恐るべき物質として一時は大変な注目を集めました。1998年には流行語大賞にノミネートされるなどメディアでも盛んに取り上げられましたが、ダイオキシンやPCBへの対策が進んだこともあってか、最近では話題に上ることが減りました。

 しかし、精子減少に歯止めがかかったわけではありません。新たな原因としてカノーラ菜種油や水素添加植物油に環境ホルモンと同じような性撹乱作用があることが突き止められました。カノーラ菜種油は、サラダ油やキャノーラ油などの調合油の主成分です。精子減少が始まった50年前からもっとも大きく変わったのは食生活で、なかでも植物油の摂取量の増大は突出しています。今の20代男性の精子量は、親世代の40代の半分という報告もあり、植物油過剰摂取の2世代目はさらに精子減少が進んでいるとの解釈も成り立ちます。我が国では1988年に、菜種油生産量が大豆油を上回っています。

菜種油の影響で性ホルモンが正常に働かないことは、生殖機能を低下させるだけでなく、セクシュアリティの多様さや異性そのものへの関心のなさなど、子育て以前に種としての存続問題を生み出します。恋愛に淡白な草食系から、最近では恋愛そのものに興味を持たない絶食系が増えているといわれますが、こうした現象も精子減少とは別の植物油の過剰摂取がもたらす性ホルモン撹乱作用の結果とも解釈できます。
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 国は野放しにされ続けている植物油対策に本腰を入れるべきです。

http://biz-journal.jp/2016/08/post_16369.html


転載記事3、研究でわかった 精子の数、日本最下位…

精子の数、日本最下位「日欧共同研究 フィンランドの6割」

日本人男性の精子数は、フィンランドの男性の精子数の約3分の2しかないなど、調査した欧州4か国・地域よりも少ないことが、日欧の国際共同研究でわかり、英専門誌と日本医師会誌5月号に発表した。

環境ホルモンが生殖能力にどう影響するか調べるのが目的。精巣がんが増えているデンマークの研究者が提唱し、日本から聖マリアンナ医大の岩本晃明教授(泌尿器科)らが参加した。神奈川県内の病院を訪れた、20〜44歳の日本人男性324人(平均年齢32.5歳)の精液を採取した。

年齢などの条件は各国でそろえ、禁欲期間の長さの違いによる影響が出ないよう補正して、各国男性の精子数を統計的に比較した。日本人男性は他国の男性よりも禁欲期間が長く、日本人の精子数を100とすると、フィンランドが147、スコットランド128、フランス110、デンマーク104で、日本が最低だった。

ただ、環境ホルモンの関与が疑われる精巣がんや生殖器の異常の発生率は、日本人男性では非常に低く、研究チームは「精子数の違いは栄養や生活習慣、人種差などが関係しているのではないか」としている。(読売新聞)

最近、取材をしていても不妊専門クリニックにおいても精子量と精子数の低下、奇形精子の増加についてよく話題に上ります。日本の男性のストレス増大と食生活についての影響を言われるドクターが多いですね。ファーストフードやコンビニ食の増加との影響も懸念されるところです。精子の少ない人の生活習慣やストレス状況を追跡するような調査も見てみたいですね。

上記の聖マリアンナ大学の岩本教授は以前、面白い調査をされています。それが下記の記事です。

日本人男性の精子濃度に2つの精子タイプ別季節変動

日本人の男性の精子濃度には季節変動があって、2月から7月に濃くなるタイプと7月から12月に濃くなる2つのタイプに分けられることが、徳島大学大学院の中堀教授と聖マリアンナ医科大学の岩本教授らの研究によリ判明しました。さらに研究が進めば、この精子濃度の季節変動を不妊治療に利用できる可能性もあるようです。

研究は、1999年から2002年にかけて、札幌、金沢、大阪、福岡で、妻が妊娠している男性に協力してもらい、月ごとに764人の異なる人から精液を採取し、X、Yという性染色体のうち、精子や睾丸の形成にかかわる男性特有のY染色体の遺伝情報を調査しました。

その結果、遺伝情報を担うDNA構造には2つのタイプがあることが判明、2万年以上前に、アジア大陸から日本に移住してきた「縄文系」と、3000年前から朝鮮半島経由で渡来した「弥生系」に大別できるとしています。縄文系の男性の精子は7月頃から12月にかけての季節に濃度が濃くなり、一方、弥生系の男性の精子は2月から7月に濃くなることが判明しました。

妊娠を望むときにベストな精子を

一つ目のニュースでは日本人の精子の少なさがピックアップされていますが、2つ目のニュースでもわかる通り、精子も遺伝の形態、その日の身体の状態、季節、環境の状況、相手によってその数や量が変化することがわかります。よって妊娠を望む時にどのようにすればベストな精子を出すことが出来るのかを考える事も大事なのかなと感じました。男性も妊娠について真剣に考えて生活をしていく必要がある時代になったようです。

https://allabout.co.jp/gm/gc/299920/

(転載終わり)

種蒔夫:転載記事1を元に、グラフを作ってみました。戦時中は1億5000万個と記憶しているので、これを加味してみると綺麗に一直線になり、2035年頃には男性精子数はゼロになります。そんなバカなと、私自身も思いますが、上下に変動することはなく、減少傾向の一途ですから否定はできません。

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また、こういう記載があります「過去に行われた研究件数こそ少ないが、南米、アジア、アフリカなどでは、精子数の有意な減少はみられなかったという。」

つまり、この傾向は現代文明に侵されている先進国に限ることのようです。環境ホルモンだの、農薬だの、添加物だの、F1だの、、、そういうものが蔓延しているのは、金のある先進国ですから、当然かもしれません。

我々が縄文時代並みの生活をすれば、徐々に回復する可能性はありますが、それは不可能でしょう。今年生まれた子供が2035年には18歳。彼らには精子がない!その頃には先進国の女性は子作りのために、発展途上国へ行って「一匹、お分けください」なんてことになるんでしょうか。あるいは、精子が輸入品目の中で最も高価なものになっている可能性もあります。石油に代わる次世代の貿易品目の王様は精子!とにかく、人間がいないとどうにもならないんですから。

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2017年07月27日

7月9日 瀬棚町(北海道) 7461 デモンストレーション

7461番の房崎さん。
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瀬棚町に来たら、温泉があったので入ることにしました。駐車場に止めたら女性が「どんなタネですか?」「米と麦です。どうぞ」早速、種を渡してしばらくお話ししました。温泉に来た方かと思ったら、憲法9条を守るデモの集会に来たと。車体の文字を見て、声をかけた女性は今までで1、2人で、とても珍しいことです。しかし、「憲法9条を守る」意識のある人だとわかり、納得しました。社会に対する意識が高い人は「種蒔き」というちょっと変わった社会活動にも敏感なのです。「これは仲間かな?」と臭いがするのだと思います。逆に私も、こういう活動をしている人を見たら近づいて行きます。

日本では社会に対する意識が薄いので、こういう活動もしにくいのです。いきなり「種をどうぞ」なんてできません。「なぜ?」と疑問に感じる前に「変な人」。多分欧米ならば、種蒔きはもっと簡単だと思います。

以前、都内でパフォーマンス(数人に犬の首輪をつけて、一人がリードで引っ張って歩く)をした時に、無数にいる日本人の中で酔っ払った日本人(一人)以外で声をかけた人は皆無。しかし、遭遇した白人の二人は共に声をかけてきました。「何をしているんですか?」日本では公衆の中で他人との距離が遠いですが、欧米人は近いです。

遠慮文化、迷惑文化、他人に関わらない文化、、、

話を戻すと、同じデモでも数百人とか数千人のデモならば、規模は大きいのに意識は意外と希薄です。(ただし、例外は数年前の原発反対の都内での10万人のデモ。日本でも特異なものでした)何故ならその他大勢の中に入り、自分の存在は消えるからです。「みんなと一緒にやっていればいい」って感じです。2年くらい前に京都市内で5月のメーデーに遭遇し、デモ隊の中に入って種まきをしたことがあります。その様子は以下です。
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/418509652.html より転載

「メーデーの日は、一年に一回自己主張しない日本人が、自分たちの権利を主張をする日なので、みんな自由な気持ちで町を歩いているんだろうなあと、自由を謳歌しているようで羨ましい気持ちもありましたが、実は違うんだと感じたのです。

彼らは義務でデモしているのであって、自主的なものではないと。人が行くから自分も行く、行かないことでの周囲との摩擦に耐えられないから参加している。年に一回の義務的お祭りなんだと感じました。これじゃ、あんまり意味がないなあと思いました。

フランスでは速度違反の点数をめぐって長距離トラックの運転手が何十万台というトラックを高速道路に列ね、1週間くらいの間流通は止まる、物資は滞るで仕事もできない、食品も届かない、高速は使えないという事態になり法案が廃案に追い込まれるということがありました。農業の団体は行政の建物の前に農産物をぶちまけたりすることもよくあります。穏やかな日本人にはなじまないでしょうけど、自己主張の強いフランスならではです。

デモって、ある面、危険性や違法性が伴うのです。それを覚悟でしなければ、効果はないでしょう。また、フランスでは市民の側もデモをする側の気持ちを理解しているのです。ですから、困ってもデモを非難する人より賛同する人が意外に多いことも、それが可能な原因だと思います。日本人はデモ隊に対する理解よりも、ただ眺めているだけで無思考の人ばかり。

私もたった一人のデモンストレーションをしているわけですが、そういう理解もこの人達には理解できないレベルなんだと思ったのです。

もし、仮にこれがフランスのデモ隊に種を渡す行動に出たならば、受け取らない人はまずいないと思いますし、人によっては立ち止まり列を離れて「これ何?」「何をしているの?」と訊いて来る人も結構いるのではないかと思います。(転載終わり)

そんなわけで、この房崎さんの「憲法9条を守るデモ」ですが、日本ではやりにくいことをやっておられることに本当に感心しました。8000人の田舎町で10人前後のデモをするのです。それがどれほどのプレッシャーか。田舎ならば、変わり者の集団にしか見ないでしょう。そういえば、群馬・高崎でも毎週末の金曜日に福島原発関連の集会が駅前でありました。以下
http://happyhillcontest.seesaa.net/article/448998351.html

このように、自分たちを守るための「自己主張」を各地で展開できれば日本も変わっていくと思います。

ところで、この日はデモはありませんでした。しかし、房崎さんが正確な情報を得ておられたら、会えなかったわけで、それが種蒔きに繋がるところが面白いところです。9、19、29の日がデモの日で、その次の19日はあったようです。次回は29日。関心のある人はぜひ参加しましょう。場所は北檜山温泉。

温泉から出ると、房崎さんが待っておられて、寄付をして頂きました。さらに、数日して電話があったので、デモに参加する人の7536番〜7545番を郵送しました。重ね重ね、ありがとうございました。

追加:フランスのデモンストレーション
https://videotopics.yahoo.co.jp/video/ruptly/9603 より 転載

「フランス、ナンシーの市街地を200台以上の農業用トラクターが走り、市の中心地にある行政機関の建物周辺に、肥料や干草をこれでもかとぶちまけました。この抗議活動は、フランスの農業団体が主催したものです。」
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